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第3章 蠢く陰謀

30.事の顛末

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 エリーシアが重い瞼を開けると、視界一杯に暗褐色の色彩が広がっていた。
(あれ? ここって……)
 咄嗟に自分が置かれている状況を掴め無かった彼女が、ぼんやりと正面を眺めていると、横の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「やあ、エリーシア。目が覚めたかい?」
「シュレスタさん?」
 顔を左に向けると、座り込んでいるシュレスタと目が合った彼女は、彼を認識してから少しずつ頭の働きを活性化させた。

(ええと……、レストン兵に囲まれて戦ってたら、確かいきなりお父様が手勢と共に現れて、アッシー達と一緒にトンズラして……)
 どうやら天幕の中に寝かされているらしい事は理解し、次いで記憶を辿ってそこまで思い出したエリーシアは、痛恨の表情になって呻き声を上げた。

「うわぁ、やっちゃったわ……」
「何がだい? どこか具合でも悪いのかな?」
 途端にシュレスタが心配そうな声をかけてきた為、彼女は慌てて弁解する。

「そうじゃないんです。私、馬に乗りながら気絶したんですよね?」
 そう確認を入れた彼女に、彼は何でもない事の様に笑った。
「ああ、確かにそうみたいだね。でも同行していたファルス公爵家の魔術師がすぐに魔術で君の身体を固定して、大事には至らなかったんだ」
「それは助かりましたが、従軍魔術師としては戦場でそんな事をするなんて、有り得ない失態じゃ無いですか……」
 横になったまま激しく落ち込んだエリーシアだったが、シュレスタは幾分困った様に彼女を宥めた。

「それは確かにそうだが、君が誰よりも味方を守る為に、力を振り絞ったのは皆分かっているさ。その為の過労と睡眠不足の結果なんだから、誰も咎めはしないよ」
「それはそうですが」
「それにうっかり馬上で眠った位、大した事ないさ。私なんて、昔間違って味方の陣に攻撃を加えて、辛うじて死者は出なかったものの大勢の怪我人を出して、投獄された事があるんだ」
 シュレスタの口からとんでもない内容が語られた為、エリーシアは軽く目を見開いて絶句した。

「……本当ですか?」
 こんな事を冗談で言う人では無いと思いつつも、信じられない気持ちで問えば、苦笑混じりに肯定の返事が返ってくる。
「ああ。初めて従軍した若造の時にね。当時の魔術師長があちこちに頭を下げて回って、やっと許して貰えたんだよ」
「そうだったんですか……」
 何と言えば良いか分からなくなり、彼女が何となく口を噤むと、シュレスタがさり気なく話題を変えてくる。

「ところで気分はどうだい?」
 その問いかけに、エリーシアはちょっと考えて答えた。
「身体はだるいですが、悪くはありません」
「そうか。丸三日寝ていたから、少ししたら消化の良い食べ物を持ってこよう」
「はい……、って! 丸三日!? そう言えばここはどこで、どうして私はシュレスタさんと一緒にいるんですか!?」
 一気に意識が覚醒したかのように、エリーシアが勢い良く上半身を起こして問い質してきた為、シュレスタは半ば呆れた様な表情で彼女を宥めた。

「真っ先にその質問がくるかと思っていたが……。ちょっと落ち着こうか」
 そして「もう暫く横になっていなさい」と再び彼女を寝かせてから、彼は簡潔に説明し始めた。

「君達の部隊は、三日前に私達の本隊と、無事合流できたんだ」
「本当ですか? それじゃあ戦況は?」
 その質問に、シュレスタは何故か一瞬視線を泳がせてから、何となく棒読み調子で話を続ける。

「細かい事を一切省いて簡単に説明すると、君達が戻ると同時に遠征軍総指揮官のモンテラード司令官が、第五軍のナジェスタ司令官を拘束。全軍の指揮権を握って一気に反撃に転じ、レストン軍を各個撃破の上、停戦に持ち込んだ。実は今、両者の代表者間で和平協定の締結中で、私は居残り組でね。勿論、国境線は従来のままだ」
「なんですか? その話が旨すぎる、劇的展開は?」
 呆気に取られたエリーシアが率直な感想を述べると、シュレスタは溜め息を吐いて説明を続けた。

「随分話を端折ったけど、君が居ない間に色々有ったんだ。まずは王都で、ナジェスタ司令官の親族とルーバンス公爵家が接触している事を、ファルス公爵家の手の者が掴んでね」
「何かもう、傍迷惑な話の予感しかしないわ……」
 思わず呟いた彼女に、シュレスタは同情の眼差しを送った。

「確かに周囲にとっては、傍迷惑以外の何物でも無かったな。ナジェスタ司令官はこの遠征終了後、自分を王都に呼び戻す事に尽力して貰う見返りに、ルーバンス公爵に便宜を図る旨を密約していたそうだ」
「それをファルス公爵家に、嗅ぎ付けられたって訳ですか」
「ああ。明確な証拠も握られてね」
「……迂闊過ぎる」
 心底忌々しそうに吐き捨てたエリーシアに、シュレスタも真顔で同意した。

「同感だ。だが両者の気の緩みも、分からないでも無い。実際ナジェスタ殿がした事と言えば、意図的に戦況を停滞させて軍を分断する様に誘導した事だから、偶々そうなったと申し開きすれば認められなくも無い内容だし」
「でもさっき拘束されて、指揮権を剥奪されたと言っていませんでした?」
「ああ。これは分断した部隊の方に、王太子殿下が存在していた事で大問題になったんだ。と言うか、モンテラード司令官が、敢えて大問題に仕立て上げたと言うべきか……」
「どういう事ですか?」
 全く意味が分からなかったエリーシアが、何故か口ごもったシュレスタに問いかけると、彼は憂鬱そうな顔付きになって話し出した。

「要は『軍内部に内通者が居るらしいとの情報を得て、危険回避の為に密かに王太子殿下の身代わりを立てていたにも係わらず、殿下の所在が敵に筒抜けになって、危うく捕らわれの身になる所だった。これは王太子暗殺を試みた、れっきとした王家に対する反逆罪だ!』と糾弾してね」
 予想外過ぎる話を聞かされた彼女は、何回か瞬きしてから呆れ気味に感想を述べた。

「こじつけもいいところですね……」
 そこでシュレスタが、疲れた様に確認を入れてくる。
「実際は、殿下が勝手に本隊を抜け出したんだろう?」
「そうです。身代わりを立てていた所までは合っていますが」
「だがレオン殿下は戻ってからそんな事は一切口に出さず、居並ぶ主だった面々の前で、ルパート殿が敵軍と通じていた事と、実兄のウェスリー殿の指示で敵軍に居所を知らせた事を報告した上で、ルパート殿の自白内容を録音していた物を披露したんだ。勿論同時に、ファルス公爵が持参したナジェスタ司令官絡みの証拠も提示したから、ナジェスタ司令官とルーバンス公爵家兄弟による、《レオン殿下殺害及び王太子位剥奪計画》が明らかになったわけだ」
 そのもの凄いでっち上げぶりに、首謀者のジェリドが義妹の婚約者である事実を思い出したエリーシアは、思わず遠い目をしてしまった。

(こんな腹の中真っ黒野郎が婚約者だなんて、シェリルは本当に大丈夫なのかしら?)
 そんな事一瞬だけ考えてから、エリーシアは意識を目の前の事に切り替えた。

「それは……、ウェスリー殿も、さぞかし顔色を変えたでしょうね」
「ああ。真っ青になって『殿下の事は知らない! あの女だけ引き渡せと言っただけだ!』と抗弁したが、『レストン国からどれだけ利益供与を受けた! 反逆罪を回避する為に、兄弟揃って下手な言い逃れをするな!』と一喝されて、その場で拘束されて王都に護送の上、問答無用で近衛軍の軍籍を抹消された」
「自業自得、ここに極まれりって感じですね」
「全くだな。ルパート殿もろくでもない話にあっさり乗ったばかりに、哀れなものだ」
「は? あの人、どうかしたんですか?」
 エリーシアが(そういえば、森で別れたきりだったわ)と思い出しながら問うと、シュレスタは溜め息を吐いてから話を続ける。

「レストン軍の捕虜になったらしくてね。我が軍に身代金の要求がきたんだが、『反逆者に払う金など皆無だ』とモンテラード司令官が突っぱねたんだ。それで使者が、スペリシア伯爵家に向かったそうなんだが……」
「どうなったんですか?」
「司令官が予め伯爵家に早馬を出していてね。『反逆者を庇ったり身代金を支払ったりしたら、伯爵家が丸ごと取り潰しの憂き目にあうぞ』とか、脅しをかけたらしい。スペリシア伯爵はルパート殿との養子縁組と、彼と娘との婚姻を即刻破棄する旨を、王都の陛下に届け出たそうだ」
「見事な手のひら返しっぷりですね」
 ルーバンス公爵家との縁をいとも容易くぶった切った伯爵家に、(相当持て余されていたわね)と内情を推察しながら彼女が呟くと、考えている事が分かったのか、シュレスタが苦笑いで話を続けた。

「その上で、訪ねて来た使者には『その者は我が家とは一切係わり合いが無い。ルーバンス公爵家を訪ねて下さい』と一蹴したそうだ」
 そこでエリーシアは、素朴な疑問を口にした。

「ルーバンス公爵家、身代金を支払うと思います?」
「さあ……。だが金にならないと分かったら、解放するから良いんじゃないか?」
「身代金を払う価値も無い人間だと、レッテルを貼られそうですが」
「それ位は仕方が無いな」
 互いに突き放す口調で意見を述べ合ってから、エリーシアは新たな疑問を口にした。
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