ものぐさ魔術師、修行中

第３章 蠢く陰謀

９．主導権

「エリー、今日のお昼は一緒に食べられそう？」
　一緒に朝食を食べながらシェリルがそんな事を尋ねてきた為、エリーシアはちょっと考え込んだ。
　ここ暫く出発準備で忙しく、魔術師棟に近い王宮勤務者用の食堂や、棟内に各自与えられている個室に軽食を持ち込んで食べていた事を思い出し、久々に一緒に食べる事にする。

「そうね。戻って食べる余裕はあるわね。私の分も用意して貰って良いかしら？」
「うん。頼んでおくわ」
　何やら安堵した様に微笑んだシェリルに、エリーシアは何か折り入って相談したい事でもあったのかと不思議に思ったが、昼休憩に後宮の部屋に戻って来た時、その理由が分かった。

「やあ、エリーシア」
「……どうも」
「ええと……、その、今日はレオンと一緒に、昼食を食べて貰いたいんだけど……」
　予想外の人物がシェリルの部屋に居たため、エリーシアは頭痛を覚えたが、一応義妹に確認を入れた。

「それは、三人で食べるって事かしら？」
「そうじゃなくて……、私はミレーヌ様と一緒に頂くから、レオンと二人で食べて貰いたいな～って」
「…………」
　もの凄く言いにくそうに、もじもじしながらそう言ったシェリルに、エリーシアは言いたい文句を飲み込んで了承の返事をした。

「分かったわ。ミレーヌ様のお誘いを蹴るわけにはいかないでしょうしね。行ってきなさい。レオン殿下と食べる事にするわ」
「う、うん。エリー、ごめんなさい」
　どうせこの場で席を外す口実に、シェリルの方から同席を願い出ただろうなと見当を付けたエリーシアは、後ろめたさ全開に見える彼女に、思わず笑いを堪えた。

「良いわよ。それより、殿下は私と二人で食べでも構わないんですか？」
「あ、ああ。構わない」
「そうですか。それなら良かったです」
　急に話を振られて動揺しながらもレオンは頷き、エリーシアは淡々と話を進めた。

「じゃあシェリル、時間は大丈夫なの？　ミレーヌ様をお待たせしたら駄目よ？」
「あ、そうだわ。そろそろ行かないと！　じゃあリリス付いて来て。ソフィアさん、あとを宜しく」
「はい、参りましょうか」
「お任せ下さい」
　そして慌ただしくシェリルとリリスが部屋から出て行くと、ソフィアが落ち着き払ってレオンとエリーシアに声をかけた。

「それではお食事を整えますので、お二人とも席にお着き下さい」
「分かった」
「お願いします」
　促されて二人は丸いテーブルに向かい合って座り、ソフィアがワゴンで運んできた料理の皿やカトラリーを、手際良く二人の前に並べた。そして最後にテーブル上に呼び鈴を置き、静かに告げる。

「それでは私は隣の部屋に控えておりますので、ご用がある場合はこちらでお呼び下さい。それでは失礼致します」
　そして優雅に一礼したソフィアは、二人が何かを口にする前にさっさと退室して行った。

（何かここまでお膳立てって言うのも、笑えるわね。サイラスから例の話を聞いていなかったら、『どうして殿下と二人っきりで食べなきゃいけないんですか？』と、突っ込むところだけど）
　二人で取り残されてもエリーシアは全く動揺せず、素知らぬふりで平然と食べ始めた。するとレオンがかなり思い詰めた表情で、彼女に声をかけてくる。

「エリー。話があるんだが」
「殿下が私の事を、お好きだってお話でしょうか？」
「なっ!?」
　口火を切ろうとしてストレートに言い返されたレオンは、激しく狼狽してナイフとフォークを取り落とした。それは皿にぶつかって耳障りな音を立ててから、見事に床に落下する。それを見てもエリーシアは微塵も動揺せず、傍らの呼び鈴を持ち上げて軽く振った。

「お呼びになりましたか？」
「すみません。殿下用の新しいナイフとフォークを準備して貰えませんか？」
「……少々お待ち下さい」
　動揺著しいレオンとその足元をチラッと眺めたソフィアは、一礼して部屋を出た。そしてすぐに新しい物を持参してテーブルにセットし、床に落ちた物を無言で回収する。

「……すまないな、ソフィア」
「いえ、ごゆっくり」
　余計な事は一言も漏らさなかったものの、ソフィアから（何やってんですか？）的な視線を受けたレオンを見て、エリーシアは少しだけ同情した。しかし再び二人きりになってすぐに、遠慮無く話を再開する。

「自分では全く分かっていなかったんですが、最近、とある筋から殿下が私の事を好きなんじゃないかと指摘されまして。そこの所、どうなんですか？」
「どう、と言われても……」
「あ、じゃあ、私の事は好きでも何でも無いんですね？」
「いや、好きだから！」
「そうですか」
　いきなり核心を突いた話に動揺した挙げ句、なし崩し的に告白して赤面したレオンは、無駄に口を開閉させて絶句した。そんな彼とは対照的に、エリーシアは頭の中で考えを巡らせる。

（う～ん、やっぱりサイラスから事前に話を聞いていて、助かったわね。この間色々考えて、こっちの考えは纏まってるし。この時期に、殿下が二人きりで会う機会を作ってくれて助かったわ。やっぱりすっきりして、遠征に挑みたいものね）
　そして余裕綽々のエリーシアは、話の主導権を取った。