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第3章 蠢く陰謀
1.事の始まり
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王宮専属魔術師執務室の、中央に設置してある広い机に古文書を広げ、同僚達と共にエリーシアが古文書の解読と補修を行っていると、ノックも無しに勢い良くドアが開かれた。
「失礼。魔術師長と副魔術師長は在席しているか?」
そう呼ばわりながら、揃いの白い近衛軍の制服を身に纏った近衛軍第四軍司令官であるジェリドと、その副官であるアクセスが了解を得る事も無く室内に踏み込んで来たが、如何にも不機嫌そうなジェリドに対して誰も文句など口にする勇気は無かった。
「はい! お二人とも、奥の部屋にいらっしゃいますが」
「あの、モンテラード司令官殿、どの様なご用件ですか?」
エリーシアを初めとする王宮専属魔術師の面々は戸惑いながらクラウスとガルストがいる隣室に目を向けたが、ジェリドはそんな周囲には目もくれず、足早に部屋を横切る。
「急用だ。通るぞ」
「悪いね。お邪魔して。気にしないで仕事を続けてくれ」
アクセスが申し訳程度に軽く頭を下げながら上司の後に続き、二人は奥の部屋に消えた。その途端室内のあちこちから、不吉な呟きが聞こえてくる。
「何事かしら?」
「さあな。だがあのモンテラード司令官がいきなり押しかけてくるなんて、嫌な予感しかしないんだが」
「同感だわ」
エリーシアとサイラスも当惑しながら囁き合っていると、少ししてから奥に続く扉が開き、顔を見せたガルストが強張った顔付きで呼びかけてきた。
「すまない、シュレスタ殿、エリー、サイラス、こちらに来てくれ」
「はい」
指名された三人は嫌な予感を覚えつつも異口同音に応じ、作業の手を止めて奥へと進んだ。そして扉の前でなんとなく無言で前を譲り合ったが、無役ながら魔術師長のクラウスよりも年かさのシュレスタが、その役を引き受けて一番最初に入る。
次にサイラスが続き、結果的に最後に入る事になったエリーシアは、それで幾らか気持ちが落ち着いた。
(私一人じゃないって事は、私が原因のトラブルって事じゃない筈だけど……)
そんな考えを巡らせながら、横に控えているジェリドとアクセスの視線を受けつつ上司の話を聞く態勢になったエリーシアだったが、一通り話を聞いてから疑問の声を上げた。
「西方国境付近への遠征ですか?」
「しかしそんなに物騒な騒乱の噂とかは、耳に入ってはいませんが」
「いや、エリー、サイラス。西方なら、恐らく我が国とレストン国間の恒例行事の“あれ”だろう。西方ではイドリア国とも国境を接しているが、今のところ、かの国と揉める要素も無いしな」
若手の疑問に答える形でシュレスタが説明を付け加えたが、エリーは益々怪訝な顔になった。
「恒例行事?」
しかしそんなエリーシアとは対照的に、サイラスが納得した様に頷く。
「ああ、ひょっとして、シベール川西側の帰属問題ですか?」
「サイラスはトレリア出身なのに詳しいな。……あ、いや、これは皮肉では無いんだが」
「分かっています。王宮専属魔術師として働く事が決まってから、これまでの派遣先や業務を確認して、頭に入れた知識ですので」
(何? 王宮専属魔術師の仕事としても、何か重要な関わりでもある事なの?)
同僚二人が普通にそんな会話を交わしている横で、まだエリーシアが要領を得ない顔付きをしていると、それを見咎めたジェリドが、いつもより低い声で問い質してきた。
「エリーシア。まさか生粋のエルマース国民である君が、この問題を知らないなどとふざけた事を言わないだろうな?」
「……すみません、分かりません」
(う……、何か相当まずい状況? シェリルの前で披露してる、あのゆるゆるの雰囲気が皆無で、殺気すら感じるんだけど!?)
ジェリドから底光りする強烈な視線を向けられたエリーシアは、本気で恐れおののいたが、それは周囲も同様だった。
「司令官殿! エリーは長年、王都の端で慎ましやかな生活をしてきたもので!」
「そうです。それに加えて若い娘ですから、紛争などは普通に暮らしていれば関わり合いが無い内容ですし!」
「申し訳ありません! 仕事内容に関しては、まず通常業務を完全に覚えて貰ってから、有事の業務について解説しようと考えておりまして」
「俺がその問題を確認しておいたのも、外国出身で若手の俺なら、ヤバい案件には真っ先に投入されるかと推察した為ですから、エリーが知らなくても無理はありません!」
彼女の上司や同僚達がこぞって弁解してきた為、アクセスが呆れ気味に取りなしてきた。
「……ジェリド、あまり脅かすなよ。話が進まんだろうが」
「それならお前が委細漏れなく、彼女に説明するんだろうな? 私は王宮専属魔術師なら本来知っているべき情報を、ここで敢えて説明する必要性を全く感じない」
「へいへい、仰せのままに」
そして肩を竦めたアクセスは、エリーシアに向かって(すまないね)とでも言う様にウインクしてから、真面目な顔で話し出した。
「失礼。魔術師長と副魔術師長は在席しているか?」
そう呼ばわりながら、揃いの白い近衛軍の制服を身に纏った近衛軍第四軍司令官であるジェリドと、その副官であるアクセスが了解を得る事も無く室内に踏み込んで来たが、如何にも不機嫌そうなジェリドに対して誰も文句など口にする勇気は無かった。
「はい! お二人とも、奥の部屋にいらっしゃいますが」
「あの、モンテラード司令官殿、どの様なご用件ですか?」
エリーシアを初めとする王宮専属魔術師の面々は戸惑いながらクラウスとガルストがいる隣室に目を向けたが、ジェリドはそんな周囲には目もくれず、足早に部屋を横切る。
「急用だ。通るぞ」
「悪いね。お邪魔して。気にしないで仕事を続けてくれ」
アクセスが申し訳程度に軽く頭を下げながら上司の後に続き、二人は奥の部屋に消えた。その途端室内のあちこちから、不吉な呟きが聞こえてくる。
「何事かしら?」
「さあな。だがあのモンテラード司令官がいきなり押しかけてくるなんて、嫌な予感しかしないんだが」
「同感だわ」
エリーシアとサイラスも当惑しながら囁き合っていると、少ししてから奥に続く扉が開き、顔を見せたガルストが強張った顔付きで呼びかけてきた。
「すまない、シュレスタ殿、エリー、サイラス、こちらに来てくれ」
「はい」
指名された三人は嫌な予感を覚えつつも異口同音に応じ、作業の手を止めて奥へと進んだ。そして扉の前でなんとなく無言で前を譲り合ったが、無役ながら魔術師長のクラウスよりも年かさのシュレスタが、その役を引き受けて一番最初に入る。
次にサイラスが続き、結果的に最後に入る事になったエリーシアは、それで幾らか気持ちが落ち着いた。
(私一人じゃないって事は、私が原因のトラブルって事じゃない筈だけど……)
そんな考えを巡らせながら、横に控えているジェリドとアクセスの視線を受けつつ上司の話を聞く態勢になったエリーシアだったが、一通り話を聞いてから疑問の声を上げた。
「西方国境付近への遠征ですか?」
「しかしそんなに物騒な騒乱の噂とかは、耳に入ってはいませんが」
「いや、エリー、サイラス。西方なら、恐らく我が国とレストン国間の恒例行事の“あれ”だろう。西方ではイドリア国とも国境を接しているが、今のところ、かの国と揉める要素も無いしな」
若手の疑問に答える形でシュレスタが説明を付け加えたが、エリーは益々怪訝な顔になった。
「恒例行事?」
しかしそんなエリーシアとは対照的に、サイラスが納得した様に頷く。
「ああ、ひょっとして、シベール川西側の帰属問題ですか?」
「サイラスはトレリア出身なのに詳しいな。……あ、いや、これは皮肉では無いんだが」
「分かっています。王宮専属魔術師として働く事が決まってから、これまでの派遣先や業務を確認して、頭に入れた知識ですので」
(何? 王宮専属魔術師の仕事としても、何か重要な関わりでもある事なの?)
同僚二人が普通にそんな会話を交わしている横で、まだエリーシアが要領を得ない顔付きをしていると、それを見咎めたジェリドが、いつもより低い声で問い質してきた。
「エリーシア。まさか生粋のエルマース国民である君が、この問題を知らないなどとふざけた事を言わないだろうな?」
「……すみません、分かりません」
(う……、何か相当まずい状況? シェリルの前で披露してる、あのゆるゆるの雰囲気が皆無で、殺気すら感じるんだけど!?)
ジェリドから底光りする強烈な視線を向けられたエリーシアは、本気で恐れおののいたが、それは周囲も同様だった。
「司令官殿! エリーは長年、王都の端で慎ましやかな生活をしてきたもので!」
「そうです。それに加えて若い娘ですから、紛争などは普通に暮らしていれば関わり合いが無い内容ですし!」
「申し訳ありません! 仕事内容に関しては、まず通常業務を完全に覚えて貰ってから、有事の業務について解説しようと考えておりまして」
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彼女の上司や同僚達がこぞって弁解してきた為、アクセスが呆れ気味に取りなしてきた。
「……ジェリド、あまり脅かすなよ。話が進まんだろうが」
「それならお前が委細漏れなく、彼女に説明するんだろうな? 私は王宮専属魔術師なら本来知っているべき情報を、ここで敢えて説明する必要性を全く感じない」
「へいへい、仰せのままに」
そして肩を竦めたアクセスは、エリーシアに向かって(すまないね)とでも言う様にウインクしてから、真面目な顔で話し出した。
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