藤宮美樹最凶伝説

篠原 皐月

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美樹十三歳、遥の執念

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「あの……、すみません。お怪我はありませんか? それから調書作製の為、お名前等をお伺いしたいので、こちらに来て頂きたいのですが」
 美樹が飛び越えた車は横滑りして停車中の車に盛大にぶつかり、エアバッグが作動した車内から犯人を引きずり出そうと警官と救急隊員が群がっていたが、その中から二人の警官が美樹達の所にやって来て声をかけた。しかし遥の対応だけで手一杯の美樹は、勢い良く振り返りながら、対応を酒井に丸投げする。

「こっちは取り込み中よ! 話なら酒井に聞きなさい。あの馬鹿に突っ込まれて轢かれかけたのは、私じゃなくて酒井なんだから!」
「はぁ?」
「え?」
「美樹様!?」
 その無茶ぶりに、さすがに酒井が狼狽した声を上げたが、そんな彼に美樹が静かに問いかける。

「酒井、私じゃないわよね?」
「……はい、俺です。ですので私が証言しますし、調書作成に協力します」
 眼光鋭く睨み付けられて、酒井は神妙に警官達に向かって申し出た。しかし当然彼らは納得せず、美樹を指差す。

「いえ、ですがさっき車を飛び越えたのは、この子ですよね?」
「見間違いです、気のせいです、単なる錯覚です」
「いや、そんな筈は」
「こんな子供が走ってくる車を飛び越えてかわすなんて、そんな事有り得ないじゃ無いですか。嫌だなぁ、刑事さん」
「そう言われましても、現に」
「さあ、行きましょう、どんどん行きましょう、さっさと行きましょう」
「あの、ですから……」
 まだ何か言いかけた警官二人の腕を取り、酒井は引き攣った笑顔のままパトカーの方へ移動して行った。それを確認した美樹は、改めて遥に向き直る。

「さて、今度はこっちね」
「クケーッ!」
「おみゃー!」
 そんな混沌とした光景に頭痛を覚えながら、美樹はなるべく優しく遥に声をかけてみた。

「遥ちゃん、それ、ポイしようか?」
「ポイ?」
「そう、ポイっ!」
 両手で捨てる動作をしながら言い聞かせてみた美樹だったが、遥はプイと顔を背けた。

「やっ! はるか、おみや!」
「キュハッ!」
「あのね、遥ちゃん。それ、持って帰れないから、離そうか」
 そう言いながら手を伸ばして、鳩の翼から遥の手を外そうとした美樹だったが、それを察した遥が滅茶苦茶に両手を振り回して抵抗した。

「やーっ!! はるかー! おみゃー!」
「ちょっ、遥ちゃん、そんなに振り回したら」
「キュイィィーッ!」
「うぎゃあぁぁぁぁ――っ!!」
「……っ!」
 必死の形相で鳩を振り回しつつ絶叫した遥に、美樹は無意識に両耳を押さえて顔をしかめ、他の子供達もそれに倣った。

「うわっ、凄いわね」
「はるかちゃん、ちょうおんぱ?」
「あ、鳩、ぐったりしちゃった……」
「拙くない? お巡りさんの前だし、動物虐待で捕まらないかな?」
「子供だし、さすがにそれは無いと思うけど……」
「仕方がないわね」
 子供達が顔を寄せ合って囁く中、美樹は深々と溜め息を吐いてからスマホを取り出し、素早くある物の検索を済ませて、それを遥に向かって差し出した。

「ほら、遥ちゃん! それをポイしたら、こっちのポッポをあげるわ!」
「うぎゃあぁぁ――っ!! ……ポッポ?」
 すると泣き喚いていた遥は、それに映し出されている物を見て、キョトンとした表情になった。それを逃さず、美樹がたたみかける。

「そうよ、白いポッポよ。そして中には……、じゃ~ん! なんと、茶色のポッポが入ってます!」
「おぉう……」
 美樹が素早く画面を移動させ、新しく出て来た画像を目にした遥が、思わず声を出す。

「そのポッポは一匹だけだし、野良鳩だから薄汚れてるし、食べる為には血抜きして羽根をむしって捌かなきゃいけないのよ? だけどこれは、何枚も入ってるし個包装で衛生的だし、袋を開ければお手軽に食べられる! お土産として、万人受けの一品!」
「ふぉおぅ……」
「キシェーッ!」
「さあ、遥ちゃん。分かったら、そのポッポはポイッ!」
 再度美樹が投げ捨てる真似をして見せると、遥はまだ幾分迷う風情を見せながらも、おとなしく鳩を手放した。

「……ポイ!」
「クェッ、クハーッ!」
 そしていきなり解放された鳩は、地面に叩きつけられそうになりながらも、勢い良く羽ばたいて奇声を上げながら飛び去って行った。
「偉い、遥ちゃん! ポイできたね!」
 笑顔で遥の頭を撫でながら誉めた美樹だったが、そんな彼女を遥が見上げてきた。

「ねーちゃ? ポッポ?」
「うん、ちゃんと遥ちゃんのお家に帰る前に、お土産にあげるからね。大丈夫、約束するから」
「ポッポ……」
 しかし名残惜しそうに、鳩が飛び去った方向を眺めている遥を見て、美樹は声を張り上げた。

「鶴見! 大至急鳩サブレーを買う手筈を整えて、家に届けて! 一時間以内よ!?」
「美樹様、ちょっと待って下さい! 鎌倉まで行って買ってくるんですか!?」
 いきなり指名された鶴見は狼狽した声を上げたが、それ以上の声で美樹が怒鳴り返した。

「少しは頭を使いなさい! 都内のデパートなら、取り扱ってるわよ! 日本橋でも銀座でも、渋谷でも池袋でもどこでも良いわ! 日曜なんだし、社員の一人か二人はそこら辺をフラフラしてるでしょ!? 取り扱い店舗を検索確認して、都合のつく人間に買わせなさい! 何の為に緊急連絡ツールがあると思ってるの!?」
「はっ、はいっ! 一時間以内に何とかします!」
「ポッポ……」
 泡を食って公社の当直者に連絡を取り始めた鶴見から、遥に視線を戻した美樹は、彼女がまたぐずり出さないうちに帰ろうと、即座に周囲に指示を出した。

「さあ、帰るわよ! 皆、車に乗って! 運転は和真と茂原さんで大丈夫ね? 使える車が三台から二台になるけど、定員は大丈夫よね?」
「ああ、何とか大丈夫だな」
「安曇、そっちは任せたわ」
「了解! ほら、さっさと乗るわよ。ええと、こっちは淳志君と美久君、それに猛と和哉君。そっちは淳実ちゃんと美那ちゃん、美昌君と遥ちゃんだからね!」
「はーい」
「荷物をちゃんと持って!」
 急にバタバタと動き出した子供達を見ながら、和真は片手で顔を覆いながら呻いた。

「最後の最後で……。この面子で何事も無く済んだら、奇跡かもしれないと思ってはいたが……」
「小野塚さん……」
 そこで近寄って声をかけてきた茂原に、和真は苦々しげに答えた。

「不可抗力だし、始末書まではいかないと思うが、報告書を出したら部長の嫌みの一つや二つは、覚悟しておいた方が良いだろうな」
「はい……」
 そしてがっくりと項垂れた茂原を急かして自身も車に乗り込み、和真は何とか無事に藤宮邸まで帰り着いた。

「お母さん達は、まだ帰って無いわね。お祖父ちゃんもあいつもまだか。取り敢えず、皆入って」
「ただいま~」
「おじゃましま~す」
「ポッポ……」
「…………」
 賑やかに玄関から上がり込んだ面々だったが、変わらずテンションが低い遥の呟きに、その場全員が動きを止めた。

「え、ええと、遥ちゃん! お母さん達が戻るまで、皆で遊ぼうね! ほら、美久、美那! 玩具とか絵本とか持って来て! 私は今、お菓子と飲み物を持って来るから!」
「了解」
「もってくるー」
「じゃあ遥ちゃん、奥に行っていようか?」
 そしてバタバタと美樹達が走り回る中、安曇達が必死で遥を遊ばせているうちに、インターフォンの呼び出し音が鳴った。

「美樹様、お待たせしました!」
 モニターで確認もせずに門柱まですっ飛んで行った美樹は、畏まって大きな紙袋を差し出した鶴見を誉める。
「でかした! 領収書は経理に回して! そっちに話を通して、割増で給与口座に振り込んであげるわ!」
「ありがとうございます!」
 そして紙袋を引ったくった美樹は、そのまま皆が揃っている座敷に直行した。

「遥ちゃん! ほら、約束のポッポよ!」
「ポッポ!」
 そして美樹は手早く缶を開けて取り出した一袋を開け、それを遥に差し出す。

「さあ、食べてみて?」
「……う?」
「どう? おいしい?」
「うまうま~」
 差し出されたそれに一瞬戸惑いながらも、遥はその端に小さくかじりつき、もぐもぐと食べてから満足そうに感想を述べた。それに安堵した美樹は、上機嫌に鳩サブレーを小分け用の袋に詰め始める。

「そう、良かった。じゃあお土産にたくさんあげるからね!」
「おみや! どーも!」
「どういたしまして」
 半分近くを詰めた紙袋を貰ってほくほく顔の遥と、満面の笑みの美樹を見ながら、周りの者達も漸く安心した。

「遥ちゃんの機嫌が直って良かったわ……」
「本当だね」
「あ、美那。鳩を掴んだ遥ちゃんの写真は、すぐにプリントアウトしないからね? 何年かしたら記念に、遥ちゃんにこっそり渡すから。皆も、駐車場での事はお母さん達には内緒よ?」
「はーい!」
「だよねぇ……、こんな事がバレたら、これから子どもだけで遊びに行けなくなくなるかもしれないし」
「それはいやだね。うん、ないしょ!」
 思い出したように美樹が注意し、美那が元気よく応じる。それを聞いた周囲も頷き合い、駐車場での出来事については口を閉ざす事で意思統一した。
 それから三十分程で母親達が揃って顔を出し、最後まで付いて面倒を見ていた和真に、口々に礼を述べた。

「ただいま。美樹、ご苦労様。小野塚さんも、今日はお世話様でした」
「……いえ、お役に立てて何よりです」
「本当にお世話様でした」
「警護してくれる人の中に、小野塚さんが居てくれたから、安心してお任せできたわ」
「本当にそうね。知っている人がいるかいないかで、随分違うもの」
「小さな子どもばかりで大変でしたよね? 本当にご迷惑おかけしました」
 深々と頭を下げた美野に、和真も微妙に顔を引き攣らせながら頭を下げる。

「いえ、聞き分けの良いお子さんばかりでしたので、お気遣い無く」
「あら? 鳩サブレー? これはどうしたの?」
 見慣れない物を見つけた美子が声をかけ、和真は内心で動揺したが、美樹は平然と言葉を返した。

「ちょっと急に食べたくなって取り寄せた物が、タイミング良く帰って来た直後に届いたから、皆にご馳走してたの。美幸ちゃん。遥ちゃんが随分気に入ったみたいだから、お土産に持って帰ってね?」
 そう言いながら美樹が遥の手元にある紙袋を指差すと、美幸はそれを覗き込んで申し訳無さそうな顔になった。

「随分入っているけど、うちだけこんなに貰って良いの?」
「遥ちゃんは、一日いい子にしてたから特別。皆、構わないよね?」
「うん」
「いいよ!」
 口々に声を上げる子供達に、美幸は笑顔で礼を述べた。

「皆、ありがとう。遥、良かったわね。パパにも食べてもらおうね」
「ポッポ! おみや!」
 そして事なきを得たかに見えた、遥の野鳩ゲット事件だったが、後に思わぬ事から露見する事になるのだった。
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