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美樹八歳、小さくても女の涙は最強
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和真が外回りから職場に戻って来ると、何故か不自然な位に室内が静まり返っていた。
(うん? 何やら妙な雰囲気だな。何か有ったのか?)
不思議に思いながら部屋の奥に進んだ和真だったが、自分の席に到達したところで、恐らく先程感じた違和感の原因だろうと推測できる人物が隣の席に居るのを認め、鞄を置きながら彼女に向かって軽口を叩いた。
「どうした? いつも無駄に元気で傍若無人なお前にしては珍しく、随分おとなしいじゃないか?」
「部長補佐!」
「美樹様の神経を逆撫でする様な発言は!」
慌てた周囲の者達から、和真に向かって小声で諫める声がかけられたが、当の和真はそれを平然と無視しながら椅子に座った。すると机に突っ伏したままの体勢で、美樹がぼそりと呟く。
「加積さん……、死んじゃった……」
それを聞いた和真は(こいつ、初恋の相手があのジジイって公言していたし、色々な面で崇拝してたからな。はっきり言ってどうかと思うが、それなりにショックを受けてるのか)と一応納得したが、若干釈然としないものを感じた為、正直に思うところを述べた。
「先週の葬式に、会長と弟と一緒にお前も出てただろうが。今更、何を言ってるんだ。しかしあと軽く五十年は生きて本物の妖怪になるかと思いきや、意外に呆気なかったな。まあ長引かなくて、本人にとっても周りにとっても良かったんじゃないのか?」
「…………」
何か反応があるかと思いきや美樹は無言で突っ伏したままであり、和真は無意識に眉根を寄せ、聞き耳を立てていた周りの者達は盛大な溜め息を吐いた。
(ちっ、調子が狂うな。いつもの傲岸不遜ぶりはどうした)
美樹の無反応ぶりに妙に苛立った和真は、これならどうだとばかりに話を続けた。
「まあ俺が知る限り、あのジジイはやりたい放題の人生だったし、欲しい物は手段を選ばず粗方手に入れていたから、この世に悔いは無いだろう。ただし、あの世で迷惑がられて舞い戻って、化けて出るかもしれんがな」
「…………」
そこで「あははは」と和真は楽しげに笑ったが、さすがに周りの者達が一斉に非難の声を上げた。
「ぶ、部長補佐!」
「不謹慎ですよ?」
「幾ら親戚と言えども、それは」
「悔いは有るわよ」
「え?」
いきなり割り込んだ落ち着き払った声に、男達は揃って美樹に顔を向けた。するといつの間にか上半身を起こした美樹が、真顔で和真に向かって話し始める。
「今日、加積さんの初七日だったから、学校を休んでお屋敷に行って来たんだけど」
「学校をさぼってか? 身内じゃないから忌引きになる筈もないし、良く常識人の会長が許したな」
呆れ気味に口を挟んだ和真だったが、美樹はそれを完全に無視して話を続けた。
「そこで加積さんからの手紙を、桜さんから貰ったの。初七日が過ぎたら渡す様に言われてたんですって」
「ほう? そうか。お前に何か財産でも残すと言われたか?」
「財産と言うより、不良債権と言うか、心残りを押し付けられたわ」
「はぁ? 何だそれは?」
意味が分からず顔を顰めた和真だったが、美樹はそこで彼以上の渋面になりながら、呻く様に言い出す。
「失敗したわ……。確かに二歳の時にやらかした記憶はしっかりあるけど、当時そういう意味合いが有るだなんて、夢にも思ってもいなかったんだもの……」
「一体、何の事を言ってるんだ?」
「美実叔母さんに和真が言い寄ったけど、盛大に振られた時の話よ。まさか忘れたとか言わないでしょうね?」
「……それがどうした」
思わず顔を引き攣らせた和真を見て、その危険性を素早く察知した同僚達が、静かに彼らから距離を取り始める。そんな緊迫した空気が漂い始める中、美樹の淡々とした口調での話が続いた。
「あの時……、あまりにも和真が不憫だったから、思わず仏心を出したのが敗因だったわ」
「一言言わせて貰うが、お前にそんなに不憫がられるいわれは無いぞ!?」
思わず声を荒げた和真だったが、美樹は盛大に溜め息を吐いてから、忌々し気に続けた。
「だから唾付けて、下僕として引き取って面倒見てあげると、加積さんと桜さんの前で宣言しちゃったのよね」
「だから、くだらん話を蒸し返すな!」
「当時唾付けるって、青田買いとかの意味合いでしか認識していなかったから、『美樹ちゃんのファーストキスで売約済みの呪いがかかったせいで、和真は未だに独り身だ。責任を取って結婚して、奴が死ぬまで面倒を見てくれ』と頼まれちゃったわよ。つくづく失敗したわ」
「…………」
そう言って、美樹が再度盛大に溜め息を吐くと同時に、室内が静まり返った。そして室内の視線が美樹と和真に集まる中、彼が唸る様に言い出す。
「おい……、お前と俺の年齢差は分かってるよな?」
「ちょうど三十歳違いね」
「そんなガキと、どうして俺が結婚しなきゃならねぇんだ!」
「あんたが未だにフラフラして、結婚できない甲斐性無しなのが悪いんじゃない。と言うか三十歳年下のピチピチ新妻が貰えるのよ? 涙を流して感謝しなさい」
そう言って厚かましく言い放った美樹を見て、和真は本気で腹を立てた。
「五月蝿い! 俺は結婚できないんじゃなくて!」
「『結婚する気が無いだけだ』なんてお約束な台詞、少しも感銘を受けないんだけど?」
「…………」
弁解の台詞をぶった切られ、和真は拳を震わせながら黙り込んだ。そんな彼を見て周囲の者達が肝を冷やし、二人から更に距離を取る中、美樹の容赦が無さすぎる台詞が続く。
「見当違いの文句を言う前に、少しはこっちの心情も考慮してくれないかしら? 私は三十も年上のオッサンと、結婚する羽目になるのよ? 少しは申し訳なく思って欲しいわ」
それに対して、和真はムキになって言い返した。
「嫌なら、結婚なんかしなけりゃ良いだろ? 俺だってお前みたいな、生意気なガキは御免だ」
「結婚するわよ」
「はぁ? 何で? 俺は嫌だし、お前だって不満だろう?」
「あんたに選択権なんかあると思ってるの? それに加積さんからの頼みだから、仕方がないじゃない」
淡々とそんな事を言われた和真は、呆気に取られて無意識に呟く。
「お前……、本当に、あのじじいに心酔してやがるな……」
「当然でしょう?」
平然と応じた美樹は、ここでしみじみとした口調で言い出した。
「確かに三十年上って、結婚相手としてはどうかと思うけど、加積さんが言うには、あんたが八十でぽっくり逝ったらその時私はまだ五十の女盛りで、若い男を囲ってやりたい放題だし。物は考えようだという事にするわ。さすが加積さんよね」
それを聞いた和真は、如何にも気分を害した様に片眉を上げた。
「……何だそれは? じじいがお前に、そんな事を言ってたのか?」
「ここに一緒に書いてあるのよ。見る?」
「見せろ」
「…………」
手元にあった封筒を美樹が差し出してきた為、和真はそれを睨み付けながら受け取り、早速中から便箋を取り出して、内容に目を通し始めた。そのまま無言の彼に、少ししてから美樹が声をかける。
「どう? その通り書いてあるでしょう?」
それが契機になった如く、和真は怒りの表情で怒声を張り上げた。
「あっ、あの、性悪くそじじいがぁぁ――っ!!」
「きゃあぁぁっ!! 和真、何するのよっ!?」
悪態を吐いただけでは飽き足らず、和真はあろうことか手にしていた加積の言葉が書かれた便箋を、勢い良く細かく破り捨てた。それを見た途端、美樹は悲鳴と非難の叫びを上げたが、和真は手に残った便箋の切れ端を机に落としながら、横柄に言い放つ。
「はん!! 清々したぞ。これでお前と結婚する謂われも無くなったよな?」
「お、小野塚さん!」
「部長補佐、それはさすがに!」
「幾ら何でもやりすぎです!」
「…………」
周囲が真っ青になって口々に和真を嗜めたが、美樹は一度叫んだあとは口を閉ざし、恨みがましい目で和真を見上げた。その目を真正面から受け止めながら、和真が動じないまま言い返す。
「何だ、その目は。俺に何か言いたい事があるなら言ってみろ。いつもの勢いはどうした」
「…………っ!」
憤然と言い放った和真だったが、次の瞬間、美樹がいきなりボロボロと大粒の涙を零し始めた為、さすがの彼も動揺した。
「おっ、おい。何も泣く事は」
「かっ、和真の馬鹿ぁ――っ!! △●#の、★※◎◇で、▽■○な、◆☆§▼*のくせに! 地獄に落ちろ――っ!! うわあぁぁ――――ん!!」
そしてとんでもない内容を廊下にまで響き渡る大声量で絶叫した美樹は、和真が引き止める暇も無く、盛大に泣き叫びながら駆け去って行った。そして再び静寂が戻った室内で、我に返った和真の腹立たし気な声が響く。
「なっ、なんて事を口走りやがるんだ、あいつはっ!!」
「…………」
怒りに任せて口走った和真だったが、そんな彼に周囲から冷ややかな視線が突き刺さった。それを察せない彼では無く、その場をごまかす様に、続けて悪態を吐く。
「はっ、やっと静かになった。これで漸く仕事も進むぞ」
「…………」
しかし周囲は静まり返ったまま、物言いたげな視線を向けて来た為、和真は偶々目の合った部下を睨み付けた。
「何だ?」
「いえ、何でもありません……」
その部下は静かに目を逸らして自分の仕事を再開し、他の者も何事も無かったかのように、中断していた仕事を再開し始めた。当の和真も、まだ怒りが収まらないまま机に向かったが、その端に散らばった便箋の切れ端が、否応なく目に入る。
(全く、ろくでもない……。だが確かに手紙を破いたのは、やり過ぎだったか……)
その時、和真は珍しく、自分の行為について素直に反省した。
(俺とした事が。これで三十年上なんぞと、威張って言えないだろうが)
次に自嘲気味にそんな事を考えた彼は、両手で集めた切れ端を見下ろして一瞬どうしようか迷い、すぐにゴミ箱に投入するのは止めて、自分の机の真ん中に広げる。
(仕方がない。確かに事の発端はどうあれ悪いのは全面的にこちらだし、きちんと詫びを入れるか。その前に取り敢えず、これを何とかしないとな)
そして殊勝にも、和真はそれらの切れ端を繋ぎ合わせて、元の形を再現し始めた。
「あの……、部長補佐。こちらの報告書に目を通して頂き」
「後にしろ。今、取り込み中だ」
「……はい。失礼しました」
「小野塚君、田辺班の調査の進行状況につい」
「部長、田辺に直接聞いて下さい」
「……分かった」
するべき仕事を放置し、結構な時間を費やした結果、彼は便せん二枚分のそれを見事に復元し、綺麗にテープで張り合わせたが、不幸な事にそれを披露する機会には恵まれなかった。
(うん? 何やら妙な雰囲気だな。何か有ったのか?)
不思議に思いながら部屋の奥に進んだ和真だったが、自分の席に到達したところで、恐らく先程感じた違和感の原因だろうと推測できる人物が隣の席に居るのを認め、鞄を置きながら彼女に向かって軽口を叩いた。
「どうした? いつも無駄に元気で傍若無人なお前にしては珍しく、随分おとなしいじゃないか?」
「部長補佐!」
「美樹様の神経を逆撫でする様な発言は!」
慌てた周囲の者達から、和真に向かって小声で諫める声がかけられたが、当の和真はそれを平然と無視しながら椅子に座った。すると机に突っ伏したままの体勢で、美樹がぼそりと呟く。
「加積さん……、死んじゃった……」
それを聞いた和真は(こいつ、初恋の相手があのジジイって公言していたし、色々な面で崇拝してたからな。はっきり言ってどうかと思うが、それなりにショックを受けてるのか)と一応納得したが、若干釈然としないものを感じた為、正直に思うところを述べた。
「先週の葬式に、会長と弟と一緒にお前も出てただろうが。今更、何を言ってるんだ。しかしあと軽く五十年は生きて本物の妖怪になるかと思いきや、意外に呆気なかったな。まあ長引かなくて、本人にとっても周りにとっても良かったんじゃないのか?」
「…………」
何か反応があるかと思いきや美樹は無言で突っ伏したままであり、和真は無意識に眉根を寄せ、聞き耳を立てていた周りの者達は盛大な溜め息を吐いた。
(ちっ、調子が狂うな。いつもの傲岸不遜ぶりはどうした)
美樹の無反応ぶりに妙に苛立った和真は、これならどうだとばかりに話を続けた。
「まあ俺が知る限り、あのジジイはやりたい放題の人生だったし、欲しい物は手段を選ばず粗方手に入れていたから、この世に悔いは無いだろう。ただし、あの世で迷惑がられて舞い戻って、化けて出るかもしれんがな」
「…………」
そこで「あははは」と和真は楽しげに笑ったが、さすがに周りの者達が一斉に非難の声を上げた。
「ぶ、部長補佐!」
「不謹慎ですよ?」
「幾ら親戚と言えども、それは」
「悔いは有るわよ」
「え?」
いきなり割り込んだ落ち着き払った声に、男達は揃って美樹に顔を向けた。するといつの間にか上半身を起こした美樹が、真顔で和真に向かって話し始める。
「今日、加積さんの初七日だったから、学校を休んでお屋敷に行って来たんだけど」
「学校をさぼってか? 身内じゃないから忌引きになる筈もないし、良く常識人の会長が許したな」
呆れ気味に口を挟んだ和真だったが、美樹はそれを完全に無視して話を続けた。
「そこで加積さんからの手紙を、桜さんから貰ったの。初七日が過ぎたら渡す様に言われてたんですって」
「ほう? そうか。お前に何か財産でも残すと言われたか?」
「財産と言うより、不良債権と言うか、心残りを押し付けられたわ」
「はぁ? 何だそれは?」
意味が分からず顔を顰めた和真だったが、美樹はそこで彼以上の渋面になりながら、呻く様に言い出す。
「失敗したわ……。確かに二歳の時にやらかした記憶はしっかりあるけど、当時そういう意味合いが有るだなんて、夢にも思ってもいなかったんだもの……」
「一体、何の事を言ってるんだ?」
「美実叔母さんに和真が言い寄ったけど、盛大に振られた時の話よ。まさか忘れたとか言わないでしょうね?」
「……それがどうした」
思わず顔を引き攣らせた和真を見て、その危険性を素早く察知した同僚達が、静かに彼らから距離を取り始める。そんな緊迫した空気が漂い始める中、美樹の淡々とした口調での話が続いた。
「あの時……、あまりにも和真が不憫だったから、思わず仏心を出したのが敗因だったわ」
「一言言わせて貰うが、お前にそんなに不憫がられるいわれは無いぞ!?」
思わず声を荒げた和真だったが、美樹は盛大に溜め息を吐いてから、忌々し気に続けた。
「だから唾付けて、下僕として引き取って面倒見てあげると、加積さんと桜さんの前で宣言しちゃったのよね」
「だから、くだらん話を蒸し返すな!」
「当時唾付けるって、青田買いとかの意味合いでしか認識していなかったから、『美樹ちゃんのファーストキスで売約済みの呪いがかかったせいで、和真は未だに独り身だ。責任を取って結婚して、奴が死ぬまで面倒を見てくれ』と頼まれちゃったわよ。つくづく失敗したわ」
「…………」
そう言って、美樹が再度盛大に溜め息を吐くと同時に、室内が静まり返った。そして室内の視線が美樹と和真に集まる中、彼が唸る様に言い出す。
「おい……、お前と俺の年齢差は分かってるよな?」
「ちょうど三十歳違いね」
「そんなガキと、どうして俺が結婚しなきゃならねぇんだ!」
「あんたが未だにフラフラして、結婚できない甲斐性無しなのが悪いんじゃない。と言うか三十歳年下のピチピチ新妻が貰えるのよ? 涙を流して感謝しなさい」
そう言って厚かましく言い放った美樹を見て、和真は本気で腹を立てた。
「五月蝿い! 俺は結婚できないんじゃなくて!」
「『結婚する気が無いだけだ』なんてお約束な台詞、少しも感銘を受けないんだけど?」
「…………」
弁解の台詞をぶった切られ、和真は拳を震わせながら黙り込んだ。そんな彼を見て周囲の者達が肝を冷やし、二人から更に距離を取る中、美樹の容赦が無さすぎる台詞が続く。
「見当違いの文句を言う前に、少しはこっちの心情も考慮してくれないかしら? 私は三十も年上のオッサンと、結婚する羽目になるのよ? 少しは申し訳なく思って欲しいわ」
それに対して、和真はムキになって言い返した。
「嫌なら、結婚なんかしなけりゃ良いだろ? 俺だってお前みたいな、生意気なガキは御免だ」
「結婚するわよ」
「はぁ? 何で? 俺は嫌だし、お前だって不満だろう?」
「あんたに選択権なんかあると思ってるの? それに加積さんからの頼みだから、仕方がないじゃない」
淡々とそんな事を言われた和真は、呆気に取られて無意識に呟く。
「お前……、本当に、あのじじいに心酔してやがるな……」
「当然でしょう?」
平然と応じた美樹は、ここでしみじみとした口調で言い出した。
「確かに三十年上って、結婚相手としてはどうかと思うけど、加積さんが言うには、あんたが八十でぽっくり逝ったらその時私はまだ五十の女盛りで、若い男を囲ってやりたい放題だし。物は考えようだという事にするわ。さすが加積さんよね」
それを聞いた和真は、如何にも気分を害した様に片眉を上げた。
「……何だそれは? じじいがお前に、そんな事を言ってたのか?」
「ここに一緒に書いてあるのよ。見る?」
「見せろ」
「…………」
手元にあった封筒を美樹が差し出してきた為、和真はそれを睨み付けながら受け取り、早速中から便箋を取り出して、内容に目を通し始めた。そのまま無言の彼に、少ししてから美樹が声をかける。
「どう? その通り書いてあるでしょう?」
それが契機になった如く、和真は怒りの表情で怒声を張り上げた。
「あっ、あの、性悪くそじじいがぁぁ――っ!!」
「きゃあぁぁっ!! 和真、何するのよっ!?」
悪態を吐いただけでは飽き足らず、和真はあろうことか手にしていた加積の言葉が書かれた便箋を、勢い良く細かく破り捨てた。それを見た途端、美樹は悲鳴と非難の叫びを上げたが、和真は手に残った便箋の切れ端を机に落としながら、横柄に言い放つ。
「はん!! 清々したぞ。これでお前と結婚する謂われも無くなったよな?」
「お、小野塚さん!」
「部長補佐、それはさすがに!」
「幾ら何でもやりすぎです!」
「…………」
周囲が真っ青になって口々に和真を嗜めたが、美樹は一度叫んだあとは口を閉ざし、恨みがましい目で和真を見上げた。その目を真正面から受け止めながら、和真が動じないまま言い返す。
「何だ、その目は。俺に何か言いたい事があるなら言ってみろ。いつもの勢いはどうした」
「…………っ!」
憤然と言い放った和真だったが、次の瞬間、美樹がいきなりボロボロと大粒の涙を零し始めた為、さすがの彼も動揺した。
「おっ、おい。何も泣く事は」
「かっ、和真の馬鹿ぁ――っ!! △●#の、★※◎◇で、▽■○な、◆☆§▼*のくせに! 地獄に落ちろ――っ!! うわあぁぁ――――ん!!」
そしてとんでもない内容を廊下にまで響き渡る大声量で絶叫した美樹は、和真が引き止める暇も無く、盛大に泣き叫びながら駆け去って行った。そして再び静寂が戻った室内で、我に返った和真の腹立たし気な声が響く。
「なっ、なんて事を口走りやがるんだ、あいつはっ!!」
「…………」
怒りに任せて口走った和真だったが、そんな彼に周囲から冷ややかな視線が突き刺さった。それを察せない彼では無く、その場をごまかす様に、続けて悪態を吐く。
「はっ、やっと静かになった。これで漸く仕事も進むぞ」
「…………」
しかし周囲は静まり返ったまま、物言いたげな視線を向けて来た為、和真は偶々目の合った部下を睨み付けた。
「何だ?」
「いえ、何でもありません……」
その部下は静かに目を逸らして自分の仕事を再開し、他の者も何事も無かったかのように、中断していた仕事を再開し始めた。当の和真も、まだ怒りが収まらないまま机に向かったが、その端に散らばった便箋の切れ端が、否応なく目に入る。
(全く、ろくでもない……。だが確かに手紙を破いたのは、やり過ぎだったか……)
その時、和真は珍しく、自分の行為について素直に反省した。
(俺とした事が。これで三十年上なんぞと、威張って言えないだろうが)
次に自嘲気味にそんな事を考えた彼は、両手で集めた切れ端を見下ろして一瞬どうしようか迷い、すぐにゴミ箱に投入するのは止めて、自分の机の真ん中に広げる。
(仕方がない。確かに事の発端はどうあれ悪いのは全面的にこちらだし、きちんと詫びを入れるか。その前に取り敢えず、これを何とかしないとな)
そして殊勝にも、和真はそれらの切れ端を繋ぎ合わせて、元の形を再現し始めた。
「あの……、部長補佐。こちらの報告書に目を通して頂き」
「後にしろ。今、取り込み中だ」
「……はい。失礼しました」
「小野塚君、田辺班の調査の進行状況につい」
「部長、田辺に直接聞いて下さい」
「……分かった」
するべき仕事を放置し、結構な時間を費やした結果、彼は便せん二枚分のそれを見事に復元し、綺麗にテープで張り合わせたが、不幸な事にそれを披露する機会には恵まれなかった。
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