はなさないとつかえないもの

篠原 皐月

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つかわないときはくっつけるもの

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 朝の慌ただしい時間帯。
 出かける支度をしていた佳代は、朝食を食べていた息子の翔から、どこかのんびりとした声をかけられた。

「ママ~、つかうときにはなすのって、なに~?」
 唐突に言われたこの台詞に、佳代は苛立たしげに言い返す。

「はぁ? この忙しい時に、なぞなぞなんかやめてくれる?」
「わかんない?」
「分かりません」
「じゃあ、あとできく~」
「そうして」
 
 全く……、バタバタしている時に、どうでも良い事を聞いてくるのは止めてくれないかしら?

 邪険に言い返されても特に気分を悪くしたような素振りは見せず、翔はおとなしく朝食を食べ終えた。そして幼稚園の送迎バスの乗降場に彼を連れて行った頃には、佳代の頭の中から先程の謎かけの内容などはすっかり消え去っていた。



「バイバ~イ」
「また明日ね」
 幼稚園のバスから降りて来た翔を引き取り、息子と共に家に向かって歩き出した佳代だったが、ふとその日の朝のやり取りを思い出す。

 そう言えば、朝に言われたなぞなぞ、答えはなにかしら?
 「はなす」って、『話す』じゃなくて『離す』よね?

 そのまま考え込んでいると、翔が彼女の顔を見上げながら問いを発する。

「ママ、つかうときにはなすのって、なに?」
 忘れていなかったのかと思いながら、佳代は正直に答えた。

「ええと……、考えてみたけど分からなかったから、教えてくれる?」
「わかんないの?」
「…………すみません」
 若干の怒りと呆れを含んだ口調に、佳代は思わず神妙に謝罪の言葉を口にする。すると翔はまるでしかたがないなと言わんばかりの表情で、佳代のトートバッグを指さした。

「ママのバッグ」
 そう言われて、佳代は一瞬戸惑ってから納得する。

「え? ああ、そうか。これは上をマグネットで止めるものね。確かに使う時は離して、使わない時はくっついてるわね……」
「おはし」
「あ、そうよね。箸はまとめてしまっておくけど、離して使わないと食べられないわね」
「くつした」
「確かに、しまっておく時は対にしておくけど、左右に履かないと駄目よね」
 淡々と例を挙げてくる息子に、佳代はちょっと感心した。

 やだ、この子って意外に賢いかも……。

 そんな親馬鹿なことを考えていた佳代の耳に、翔のすこぶる冷静な台詞が飛び込んでくる。

「ちがうくつしたでくっついてた。おなじやつ、はなさないで」
「ごめんなさい……。気をつけます……」

 朝から一番言いたかったのは、それなのね……。

 息子からの非難と注意の一言に、佳代はがっくりと肩を落として再度謝罪の言葉を口にしたのだった。











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