世界が色付くまで

篠原 皐月

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第30話 困惑のボウリング大会 

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「……と言うわけなんだ。全く、この二日神経が擦り切れた。あちこち詫びを入れに回ったし」
 その日の夜。夕飯を食べ終わり、食後のお茶を飲んでリラックスした浩一が、つい昼間の出来事を恭子に愚痴っていると、最初驚いた表情で聞いていた恭子が、段々真剣な表情で考え込み始めた。

「お弁当……。先生お手製、ですか……」
「恭子さん、どうかした?」
 両手で包み込む様にして持っていた湯飲みの中をじっと見下ろし、何やらブツブツ呟いている為浩一が声をかけると、恭子は静かに立ち上がった。

「ここでちょっと待っていて貰えますか?」
「ああ、構わないよ」
 何事かと思いながらも浩一が了承の返事をすると、恭子は真っ直ぐキッチンへと向かった。そして引き出しや戸棚を探る物音が聞こえてきたと思ったら、長方形の二つのタッパーを手にしてリビングに戻って来る。そしてコーヒーテーブルび上にタッパーを置くと、浩一にお伺いを立ててきた。

「ちょうど良いのが手元に無いので、この組み合わせで良いでしょうか?」
「何が?」
「ですから、浩一さんが職場に持って行く、お弁当の容器です」
 怪訝な顔で問い返した浩一に、恭子が真顔で説明する。それを聞いた浩一は、益々要領の得ない顔付きになった。

「ちょっと待って。どうして俺が弁当を持って行く話になるのかな?」
「あの先生がただ単にイチャイチャしたい為だけに、五時起きしてお弁当を作ったり、あの真澄さんが昼食を食べる為だけに、休んでいる会社に出向くとは思えません。絶対、何か裏があります。一番可能性があるのは『自分の分ばかり作って無いで、浩一の分も一緒に作れ』と暗に要求しているのだと思いますが」
 すこぶる真面目に可能性を挙げてきた恭子に、浩一は疑わしげな表情になった。

「……それは考え過ぎじゃないかな?」
「浩一さん経由で話を聞いた私が、どんな反応をするのか探っている可能性も有りますね。何もしなかったら『勘が鈍ったな。ここら辺でまた、命に係わる危ない仕事で勘を取り戻させてやろうか?』とか、難癖を付けかねません」
「…………」
 そんな可能性は皆無だと断言できなかった浩一は、何とも言えずに思わず遠い目をした。そんな浩一に向かって恭子が催促してくる。

「そういう訳ですから、騙されたと思って明日はお弁当を持って行って下さい。何も無ければそれで良しです。あ、いっそのこと今先生に電話をして、その意図が合っているかどうか確認して貰えませんか?」
「今から?」
「はい」
 真剣な顔付きの恭子に断りを入れる事などできず、浩一は携帯を取り出した。
「……分かった。今、聞いてみる」
 そうして清人の番号を選択した浩一は、(それは幾ら何でも、深読みし過ぎだとは思うが……)と思いつつ応答を待った。

「やあ、こんな時間にどうした、浩一」
「会社でのバカップル話をさっき聞かせたら、恭子さんが先生が弁当を浩一にも作れとプレッシャーをかけている様なので、浩一さんの分も作りますと言ってるんだが」
「やはりすぐ分かったか。勘は鈍ってないらしい」
 内心、彼女の深読みのし過ぎと笑って否定して貰える事を期待していた浩一は、それを聞いてがっくりと項垂れた。

「おい、まさかお前、本当に彼女に俺の弁当を作らせる為だけに、あの騒ぎを引き起こしたのか?」
「確かにそれもあったが、第一の理由は真澄とのスキンシップだ。第二は弁当の話をした時、自分も作って貰いたそうな顔をしてたからな」
「俺は別に、そんな物欲しそうな顔はしてないぞ?」
「顔には出てなかったかもしれんが、考えがダダ漏れだった。同じ弁当を食べたりすれば、新婚気分だろうなとか」
「お前な……、俺はそんな事は微塵も考えて無い」
「そうか?」
 もはや溜め息しか出ない浩一に、電話越しに清人の宥める声がかかる。

「安心しろ。彼女がちゃんと理解したから、明日から弁当を作るのは止めだ。正直疲れるからな」
「それは良かった」
 取り敢えず一安心して通話を終わらせた浩一は、恭子に苦笑いで告げた。

「恭子さんの考えた通りだった。悪いね。社員食堂で弁当についての話をした時、どうせなら俺の分も一緒に作れば良いのにと思ったらしくて。手間がかかるなら俺の分は良いから」
「いえ、大した物は詰めてませんし、同じ物を二つ作るなら大した手間ではありませんから。でも浩一さんはお弁当を持って行くのは、煩わしかったり嫌ではないんですか?」
「いや、作って貰えるなら、ありがたく食べさせて貰うよ」
「そうですか。それなら早速明日から作りますね? 週末には浩一さん用のお弁当箱を買いに行きましょう」
「分かった」
 和やかにそんな会話を交わして頷いた浩一は、(こういう会話はさすがにちょっと面映ゆいな。本当に新婚みたいで)などとチラッと思ったが、そんな甘い考えは次の恭子の台詞で綺麗に消し飛んだ。

「先生と真澄さんと言えば……、本当に私が真澄さんに同行して、来月の社内ボウリング大会に出向いて良いんでしょうか? 全くの部外者なんですが」
「……何、それ?」
 寝耳に水の話に、浩一が僅かに顔を強張らせて尋ね返すと、恭子が素で驚いてみせる。

「え? 先生か真澄さんから、お聞きになって無いんですか?」
「全く」
 固い表情で頷いた浩一に、恭子は首を傾げながら説明を始めた。

「参加する先生の応援に、真澄さんが出向く事にしたんですが、予定日の二週間前だから、念の為付き添いをしろと言われまして」
「あいつ、何を勝手な事を」
 思わず小さく舌打ちした浩一に構わず、恭子は説明を続けた。

「福利厚生の一環で、社員一人に付き同伴者二名まで無料でゲームできるそうですが、普通家族とかでゲームする場合ですよね? 座る場所だけ確保して貰って、二人で見学するつもりでした。浩一さんも出ると聞いていましたが……」
「いや、確かに主催する組合青年部から参加要請のメールは来てたけど、まだ返事をしていない」
 それを聞いた恭子は、益々怪訝な顔になった。

「でも先生が『浩一と比べても見劣りしない若手の有望株が何人も参加するから、実際に浩一と比較して検分してろ。気に入った男が居たら紹介してやる』って言ってましたので、てっきり参加するものと……」
 そこでなんとなく口を閉ざした恭子と、怒りを押し殺していた為に無表情になっていた浩一は、互いの顔を無言で見つめた。

(まさか真澄さんの前で浩一さんを引き立て役にして、格好良い所を見せたいとか、社内で浩一さんを推している連中に、ボロ負けする所を見せ付けようってわけ? どこまで陰険で容赦ないのよ。親友で義理の兄弟でしょうが!)
(あの野郎……。本当に最近、ろくな事を考えてないな。彼女に変なちょっかい出されたく無かったら参加しろと、俺に遠回しに圧力かけてやがる。今度は何を仕組んでるんだ! ちゃんと仕事はしてるんだろうな!?)
 二人とも清人に腹を立てながら違う事を考えていると、不意に見つめ合っているのに気付いた恭子がなんとなく気まずさを覚え、それを誤魔化すように話題を変えようとした。

「えっと……、出る気が無いなら、この話は別に関係ありませんよね。それで」
「いや、参加する事にした」
 きっぱりと断言されてしまった恭子は、思わずまじまじと浩一の顔を眺めてから控え目に尋ねてみる。

「……本当ですか?」
「ああ。たった今、決めた」
「その……、止めた方が良いんじゃないかと」
「出る」
「そうですか。頑張って下さいね」
「ああ」
(何を考えているか分からないし、あいつの思い通りになるのは癪だが……、これ以上余計なちょっかいを出されてたまるか!!)
(浩一さん、何かムキになってるみたいだし。当日何事も無く済めば良いけど……)
 両者が嫌な予感を覚えつつ、様々な思惑を乗せてその夜は更けていった。
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