51 / 85
第50話 幸せな誕生日
しおりを挟む
昼食を終えた二人は庭園に出向き、広い敷地内を散策しつつ、育てられているハーブ関連の商品を揃えている店舗を覗いて買い物をしてからそこを後にした。さらに清人が断りを入れていた様に幾つかの店舗で食材を購入してから、四時過ぎに別荘に戻って来る。
まだ早い時間ではあっても秋も深まった時期の為、既に辺りは薄暗くなってきており、真澄はソファーに腰掛けて窓の外の木立を眺めながら小さく息を吐いた。
「歩き回って、流石に少し疲れたわね。最近仕事にかまけて、運動不足だったかしら?」
「それなら良い運動になりましたね。今お茶を淹れますから、少し待っていて下さい」
真澄が購入した物が入った袋を目の前のテーブルに置きつつ、自分が購入した袋を抱えてキッチンに向かおうとした清人に、真澄が思い付いた様に声をかけた。
「あ、清人君、どうせなら、さっきブレンドして貰った物を、淹れてみてくれない?」
「分かりました。……これですね?」
「ええ、お願い」
テーブル上の袋から目的の包みを取り出し、真澄に確認を入れた清人は、それを手にして今度こそキッチンへと消えた。それを確認してから真澄はバッグから携帯電話を取り出し、電源を入れてコソコソと新着メールの確認を始める。
(さてと。清人君と二人で回っている時に邪魔されたく無かったから、電源を落としておいたけど、何か緊急の用件とか無かったでしょうね?)
ざっと内容を確認した真澄は、特に問題発生を知らせる連絡等は無く、主に友人達からの誕生日祝いメールだった事に安堵すると同時に、嬉しくなって顔を綻ばせた。
(会社関係は無さそうだけど、皆から例年通り来てるわね。後から纏めて返信しよう)
緩みがちになる顔を何とか引き締め、いつも通りの笑顔を装いながら真澄が携帯電話を再びバッグにしまい込むと、清人がティーポットとカップを運んできた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
そして目の前で清人が淹れてくれるのを大人しく待った真澄は、差し出されたティーカップを受け取り、香りを確認して中身を一口味わってから、満足そうに小さく頷いた。
「人によって好みの香りに違いがあるし、味に癖があると思っていたから、ハーブティーってこれまであまり飲んだ事が無かったんだけど、これはこれで独特な味と香りで結構良いわね」
「すっきりとした香りで良いんじゃ無いですか? 店員さんと色々相談しながら選んでいたみたいですし」
清人も穏やかな笑みで同意すると、真澄が苦笑いの表情を浮かべる。
「店員さんから『これは静穏作用、こちらは新陳代謝を高める作用が』とか一通り説明して貰って、欲張って色々詰め込んでブレンドしちゃったから、実際にどんな物になるか想像出来なくて、変な香りと味になってたらどうしようって、結構ドキドキしてたの。思ったより美味しくてホッとしたわ」
「それは良かったです。楽しんで貰えたみたいで」
安堵した様に清人が笑みを深めると、真澄が笑顔で返してからしみじみと言い出した。
「ええ、確かに薔薇は盛りの時期じゃ無かったけど、野ボタンやダリアが見頃で綺麗だったわ。ハーブも盛りの品種が沢山あって、どれもお花が可愛かったし。係員の方が『通年楽しんで頂ける様に心掛けておりますが、やはり五月から六月にかけての時期が一番お勧めです』って言っていたから、その時期に是非もう一度来てみたいわね」
(その頃に清香ちゃんを誘って、二人で来ようかしら? 結構気に入ってくれると思うのよね)
そんな事を考えながら再びカップを持ち上げて中身を飲んでいた真澄の耳に、予想外の台詞が飛び込んできた。
「……行きますか?」
「え?」
考え事をしていた為、半ば聞き逃してしまったそれに真澄が不思議そうな顔で反応すると、清人がまっすぐ真澄を見返しながら、先程の言葉を言い直した。
「真澄さん、その時期にまたあそこに行きませんか?」
そう言われたものの、真澄はその言葉を半信半疑で受け止めた。
(えっと……、行って来たらどうですかって勧めているの? でも……)
少しだけ悩んだ真澄は、慎重にその言葉の意味するところを確認してみる事にした。
「あの……、清人君が連れて行ってくれるの?」
「ええ、そのつもりですが……」
「他に誰か誘うとか?」
「五月蝿いのは呼ばないつもりですが、真澄さんが楽しく見学したいと言うなら、周りに何人居ても俺は一向に構いません」
表情は淡々としているものの、何となく清人が不機嫌になっている様な雰囲気を感じ取った真澄は、慌てて首を振った。
「あのっ! 別に他の人に声をかけなくても良いし、是非また二人で行きたいわ、お願い!」
「分かりました」
叫ぶように言った真澄の台詞に、清人は満足そうに頷いてカップを口に運んだ。それを見ながら、真澄は意外な思いを隠せないでいた。
(どういう事? 暫く清人君の方から誘って貰う事なんて、無かったのに……。でも嬉しい)
気が付くと変に緩みそうになっている自分の顔に、最大限の注意を払いつつ真澄がハーブティーを飲んでいると、先に飲み終えた清人がカップを手にして立ち上がった。
「じゃあ少し時間が早いですが、俺は夕食の支度を始めていますので」
「分かったわ。私は上で本を読みながらのんびりしてるから」
「じゃあ飲み終わったカップは、そこにそのまま置いておいて下さい。支度が出来たら声をかけます」
「お願いね」
そう言って再びキッチンに向かった清人を真澄はソファーで見送り、真澄は残っているカップの中身を上機嫌で飲み干した。
(ちょうど良かったわ。清人君の前から姿を消して、早々と部屋に籠もったりしたら、機嫌が悪いのか具合が悪いのかと、思われかねないし)
そんな事を考えながら飲み終えた真澄は二階の寝室に入り、ベッドに座り込んで携帯電話を取り出した。
「さて、今のうちに返信や電話を済ませておかなくちゃ」
そして嬉々として長年の友人の連絡先番号を選択し、電話をかけ始める。
「……あ、もしもし、美奈? 真澄だけど。お昼過ぎにお祝いメールくれたでしょう? ありがとう。…………ええ。それでね? ちょっと教えておきたい事があって。それが笑えるのよ?」
ひとしきり何人かと楽しい会話をして携帯電話を手から離した真澄は、それから昨日買った本の続きを読み始めた。そしてほぼ読み終わった所で、タイミング良く二階に上がって来た清人が、ノックの音と共にドアを開けながら声をかけてくる。
「真澄さん、お待たせしました。食事の用意が出来ましたから、下に来て貰えますか?」
「分かったわ」
(ふふっ……、本当に今日は近年稀にみる楽しい誕生日だわ。最近は年齢が増えていくのが嫌に思ってたけど、こんな誕生日ばっかりだったら年を重ねるのも楽しいんだけど)
先に下りた清人の後を追い、そんな事を考えながら真澄がリビングに入ると、キッチン側の食卓に皿を並べながら、清人が声をかけてきた。
「少し時間がかかってしまって、すみませんでした」
「まだ七時半よ。遅いって時刻でも無い……」
笑顔で食卓の上を眺めた真澄が、中途半端に言葉を途切れさせて固まったが、その反応を予め予想していた清人は、軽く笑って真澄を促した。
「真澄さん? どうぞ座って下さい」
「……ええ」
半ば呆然としながらも大人しく椅子に座り、真澄は改めて目の前の皿を眺めた。そして向かい側に座ってワインのコルクを抜いていた清人に、おずおずと声をかける。
「あの……、清人君?」
「どうかしましたか?」
平然とコルクを抜きながら清人が尋ね返し、彼が傍らのワイングラスを引き寄せるのを見ながら、真澄は当惑しつつ声をかけた。
「その……、どうしてこのメニューなの?」
真澄が指差したテーブル上には、かつて真澄が大学入試に合格した時、お祝いにと清吾が作ってくれた料理と同じ品々が、そっくりそのまま揃っていた。すると清人が事も無げに答える。
「好きでしょう? 最近は好みが変わったかもしれませんが」
「ううん、今でも好きよ?」
「それは良かったです」
「そうじゃなくて!」
答えている様で答えになっていない清人の返答に、真澄はちょっとだけ苛々しながら追及しようとすると、清人は苦笑しながら話を続けた。
「真澄さん、今日は誕生日でしょう? だからちょっとお祝いしようと思って、真澄さんの大学合格の祝いの席で親父が作った物を再現してみたんです。あの時香澄さんが、真澄さんの好きな物ばかり親父に作らせましたので、これだったら外しようがないかと思ったもので」
サラリとそんな事を言われた真澄は、完全に意表を衝かれた。そして一瞬呆然としてから、猛然と食ってかかる。
「今日が、私の誕生日だって知ってたの? どうして? だってこれまで清人君にお祝いして貰った事なんて、一度も無かったじゃない!?」
その訴えを聞いた清人は、些か弁解がましく言葉を継いだ。
「それは……、今年に入ってから何かの折りに、清香から聞いたんです。だから今年はちょっとお祝いしてみようかと思っていましたので……。この時期に一緒に過ごす事になるとは、思ってもいませんでしたが」
(ずっと前から知ってて、プレゼントを渡し損ねてたなんて言えないしな……。しかし清香は毎年真澄さんに何かしらプレゼントを贈っていたから、どうして最近まで知らなかったと突っ込まれたら返しようが無いが……)
微妙に真澄から視線を逸らしながら次の言葉を待った清人だったが、驚いたせいか真澄はそれ以上突っ込んでは来なかった。
「ああ……、そう、だったの。確かに清香ちゃんからプレゼントは毎年貰ってたから……。ちょっと驚いたわ」
「ええ、ちょっと驚かせてみようかと、朝から知らないふりをしてました」
「もう、本当に性格悪いわね!」
「すみません」
そして二人で顔を見合わせて小さく噴き出してから、笑いをおさめた清人がワイングラスを真澄に差し出しながら促した。
「さあ、どうぞ。冷めないうちに食べて下さい」
「ええ、そうね、いただきます」
ワイングラスを受け取った真澄は、そのまま軽く上に上げて清人に向かって掲げてみせる。心得た清人がそれに自分のグラスを軽く当てて微かな音を響かせ、優しく祝いの言葉を述べた。
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、祝って貰って嬉しいわ」
真澄が心の底からの感謝の言葉を伝えて食べ始めると、それを眺めた清人は何故か苦笑いの表情になった。
「まさか真澄さんが来るとは思っていなかったので、準備が不足で流石にパンまでは焼けなかったので、途中で買ってきてしまいましたし……。誕生日のお祝いに料理を作るのなら、どうせだったらケーキも焼きたかったですね」
そう言って僅かに残念そうな表情を見せた清人に、ワインを味わっていた真澄がちょっと驚いた様に口を挟んだ。
「二人でホールケーキを食べるの? そこまでしなくても大丈夫よ。それにパンもワインも美味しいわよ?」
「良かったです。ここは観光地ですから、ホテルや旅館に納入する良い物を揃えている、本格的な店が有りましたから。中途半端な場所よりも、良い食材を集めやすかったです」
それを聞いて納得しながらも、真澄は正直に食べている料理についての感想を述べた。
「そうなの。……でも勿論お料理も美味しいわよ? 叔父様が作ってくれた物以上に」
「そんなあからさまなお世辞は止めて下さい。俺が作っても、本職の親父の腕前に敵う筈がありませんから。そう言って貰えるのは嬉しいですが」
そう言って困った様に小さく笑った清人に、真澄は言いたい言葉を飲み込んだ。
(そんな事、無いわよ。清人君が私の為に準備してくれただけで、どんな一流シェフが作った物より、美味しく感じるもの……)
きっとそう言っても清人はお世辞の延長としか捉えてくれないだろうと思った真澄が、余計な事は言わずに目の前の料理を味わう事に集中していると、清人が思い出した様に口を開いた。
「そう言えば……、誕生日が分かったので、今年は真澄さんにプレゼントを用意していたんです」
「え? 本当に?」
真澄が思わず手の動きを止めてまじまじと清人を見返すと、清人は幾分申し訳無さそうに話を続けた。
「ええ。実は今日真澄さんの家に届く様に手配しておいたので、今手元には無いんですが……」
そこですかさず真澄がその中身について、興味津々の態で問いかける。
「ねえ、一体何をくれたの? 教えて?」
しかし清人は真澄の追及する視線からさり気なく視線を逸らしつつ、含み笑いで誤魔化した。
「ああ、まあ、それは……、帰ってからのお楽しみと言う事で……」
しかし当然それは、真澄から非難の声が上がる。
「えぇ!? じらさないで、ちょっと教えてくれても良いじゃない!」
「無理に今聞かなくても。明日の夕方には帰るんですから、帰宅してから確認して下さい」
「うぅ……、ケチなんだから。今晩気になって眠れなくなったら、一体どうしてくれるのよ?」
苦笑いしながら清人が言い聞かせると、これ以上聞いても絶対吐かないと経験上分かっていた真澄は、追及を断念しながらも恨みがましく呟いた。それに清人が微笑みながら断言する。
「大丈夫ですよ。真澄さんはいつでもどこでもどんな時でも、眠れるタイプの人ですから。俺が保証します」
「ちょっと! 今の、何気に失礼よ? でも……、帰ってからの楽しみが一つできたわね」
(本当に……、この状況下で、二晩熟睡していた真澄さんが羨ましい……。というか、半ば恨めしいな。本当に困った人だ)
(清人君からの誕生日プレゼントなんて初めてだから凄く気になるわ。早く帰って確認したいけど、せっかく二人きりなんだから、なるべくゆっくりしていきたいし……)
互いに笑顔で会話していた二人だったが、内心で清人は苦笑と溜め息を堪えつつ、真澄は端から見れば些細な、しかし本人にとっては結構深刻な悩みを抱えながら、目の前の料理を味わっていた。
まだ早い時間ではあっても秋も深まった時期の為、既に辺りは薄暗くなってきており、真澄はソファーに腰掛けて窓の外の木立を眺めながら小さく息を吐いた。
「歩き回って、流石に少し疲れたわね。最近仕事にかまけて、運動不足だったかしら?」
「それなら良い運動になりましたね。今お茶を淹れますから、少し待っていて下さい」
真澄が購入した物が入った袋を目の前のテーブルに置きつつ、自分が購入した袋を抱えてキッチンに向かおうとした清人に、真澄が思い付いた様に声をかけた。
「あ、清人君、どうせなら、さっきブレンドして貰った物を、淹れてみてくれない?」
「分かりました。……これですね?」
「ええ、お願い」
テーブル上の袋から目的の包みを取り出し、真澄に確認を入れた清人は、それを手にして今度こそキッチンへと消えた。それを確認してから真澄はバッグから携帯電話を取り出し、電源を入れてコソコソと新着メールの確認を始める。
(さてと。清人君と二人で回っている時に邪魔されたく無かったから、電源を落としておいたけど、何か緊急の用件とか無かったでしょうね?)
ざっと内容を確認した真澄は、特に問題発生を知らせる連絡等は無く、主に友人達からの誕生日祝いメールだった事に安堵すると同時に、嬉しくなって顔を綻ばせた。
(会社関係は無さそうだけど、皆から例年通り来てるわね。後から纏めて返信しよう)
緩みがちになる顔を何とか引き締め、いつも通りの笑顔を装いながら真澄が携帯電話を再びバッグにしまい込むと、清人がティーポットとカップを運んできた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
そして目の前で清人が淹れてくれるのを大人しく待った真澄は、差し出されたティーカップを受け取り、香りを確認して中身を一口味わってから、満足そうに小さく頷いた。
「人によって好みの香りに違いがあるし、味に癖があると思っていたから、ハーブティーってこれまであまり飲んだ事が無かったんだけど、これはこれで独特な味と香りで結構良いわね」
「すっきりとした香りで良いんじゃ無いですか? 店員さんと色々相談しながら選んでいたみたいですし」
清人も穏やかな笑みで同意すると、真澄が苦笑いの表情を浮かべる。
「店員さんから『これは静穏作用、こちらは新陳代謝を高める作用が』とか一通り説明して貰って、欲張って色々詰め込んでブレンドしちゃったから、実際にどんな物になるか想像出来なくて、変な香りと味になってたらどうしようって、結構ドキドキしてたの。思ったより美味しくてホッとしたわ」
「それは良かったです。楽しんで貰えたみたいで」
安堵した様に清人が笑みを深めると、真澄が笑顔で返してからしみじみと言い出した。
「ええ、確かに薔薇は盛りの時期じゃ無かったけど、野ボタンやダリアが見頃で綺麗だったわ。ハーブも盛りの品種が沢山あって、どれもお花が可愛かったし。係員の方が『通年楽しんで頂ける様に心掛けておりますが、やはり五月から六月にかけての時期が一番お勧めです』って言っていたから、その時期に是非もう一度来てみたいわね」
(その頃に清香ちゃんを誘って、二人で来ようかしら? 結構気に入ってくれると思うのよね)
そんな事を考えながら再びカップを持ち上げて中身を飲んでいた真澄の耳に、予想外の台詞が飛び込んできた。
「……行きますか?」
「え?」
考え事をしていた為、半ば聞き逃してしまったそれに真澄が不思議そうな顔で反応すると、清人がまっすぐ真澄を見返しながら、先程の言葉を言い直した。
「真澄さん、その時期にまたあそこに行きませんか?」
そう言われたものの、真澄はその言葉を半信半疑で受け止めた。
(えっと……、行って来たらどうですかって勧めているの? でも……)
少しだけ悩んだ真澄は、慎重にその言葉の意味するところを確認してみる事にした。
「あの……、清人君が連れて行ってくれるの?」
「ええ、そのつもりですが……」
「他に誰か誘うとか?」
「五月蝿いのは呼ばないつもりですが、真澄さんが楽しく見学したいと言うなら、周りに何人居ても俺は一向に構いません」
表情は淡々としているものの、何となく清人が不機嫌になっている様な雰囲気を感じ取った真澄は、慌てて首を振った。
「あのっ! 別に他の人に声をかけなくても良いし、是非また二人で行きたいわ、お願い!」
「分かりました」
叫ぶように言った真澄の台詞に、清人は満足そうに頷いてカップを口に運んだ。それを見ながら、真澄は意外な思いを隠せないでいた。
(どういう事? 暫く清人君の方から誘って貰う事なんて、無かったのに……。でも嬉しい)
気が付くと変に緩みそうになっている自分の顔に、最大限の注意を払いつつ真澄がハーブティーを飲んでいると、先に飲み終えた清人がカップを手にして立ち上がった。
「じゃあ少し時間が早いですが、俺は夕食の支度を始めていますので」
「分かったわ。私は上で本を読みながらのんびりしてるから」
「じゃあ飲み終わったカップは、そこにそのまま置いておいて下さい。支度が出来たら声をかけます」
「お願いね」
そう言って再びキッチンに向かった清人を真澄はソファーで見送り、真澄は残っているカップの中身を上機嫌で飲み干した。
(ちょうど良かったわ。清人君の前から姿を消して、早々と部屋に籠もったりしたら、機嫌が悪いのか具合が悪いのかと、思われかねないし)
そんな事を考えながら飲み終えた真澄は二階の寝室に入り、ベッドに座り込んで携帯電話を取り出した。
「さて、今のうちに返信や電話を済ませておかなくちゃ」
そして嬉々として長年の友人の連絡先番号を選択し、電話をかけ始める。
「……あ、もしもし、美奈? 真澄だけど。お昼過ぎにお祝いメールくれたでしょう? ありがとう。…………ええ。それでね? ちょっと教えておきたい事があって。それが笑えるのよ?」
ひとしきり何人かと楽しい会話をして携帯電話を手から離した真澄は、それから昨日買った本の続きを読み始めた。そしてほぼ読み終わった所で、タイミング良く二階に上がって来た清人が、ノックの音と共にドアを開けながら声をかけてくる。
「真澄さん、お待たせしました。食事の用意が出来ましたから、下に来て貰えますか?」
「分かったわ」
(ふふっ……、本当に今日は近年稀にみる楽しい誕生日だわ。最近は年齢が増えていくのが嫌に思ってたけど、こんな誕生日ばっかりだったら年を重ねるのも楽しいんだけど)
先に下りた清人の後を追い、そんな事を考えながら真澄がリビングに入ると、キッチン側の食卓に皿を並べながら、清人が声をかけてきた。
「少し時間がかかってしまって、すみませんでした」
「まだ七時半よ。遅いって時刻でも無い……」
笑顔で食卓の上を眺めた真澄が、中途半端に言葉を途切れさせて固まったが、その反応を予め予想していた清人は、軽く笑って真澄を促した。
「真澄さん? どうぞ座って下さい」
「……ええ」
半ば呆然としながらも大人しく椅子に座り、真澄は改めて目の前の皿を眺めた。そして向かい側に座ってワインのコルクを抜いていた清人に、おずおずと声をかける。
「あの……、清人君?」
「どうかしましたか?」
平然とコルクを抜きながら清人が尋ね返し、彼が傍らのワイングラスを引き寄せるのを見ながら、真澄は当惑しつつ声をかけた。
「その……、どうしてこのメニューなの?」
真澄が指差したテーブル上には、かつて真澄が大学入試に合格した時、お祝いにと清吾が作ってくれた料理と同じ品々が、そっくりそのまま揃っていた。すると清人が事も無げに答える。
「好きでしょう? 最近は好みが変わったかもしれませんが」
「ううん、今でも好きよ?」
「それは良かったです」
「そうじゃなくて!」
答えている様で答えになっていない清人の返答に、真澄はちょっとだけ苛々しながら追及しようとすると、清人は苦笑しながら話を続けた。
「真澄さん、今日は誕生日でしょう? だからちょっとお祝いしようと思って、真澄さんの大学合格の祝いの席で親父が作った物を再現してみたんです。あの時香澄さんが、真澄さんの好きな物ばかり親父に作らせましたので、これだったら外しようがないかと思ったもので」
サラリとそんな事を言われた真澄は、完全に意表を衝かれた。そして一瞬呆然としてから、猛然と食ってかかる。
「今日が、私の誕生日だって知ってたの? どうして? だってこれまで清人君にお祝いして貰った事なんて、一度も無かったじゃない!?」
その訴えを聞いた清人は、些か弁解がましく言葉を継いだ。
「それは……、今年に入ってから何かの折りに、清香から聞いたんです。だから今年はちょっとお祝いしてみようかと思っていましたので……。この時期に一緒に過ごす事になるとは、思ってもいませんでしたが」
(ずっと前から知ってて、プレゼントを渡し損ねてたなんて言えないしな……。しかし清香は毎年真澄さんに何かしらプレゼントを贈っていたから、どうして最近まで知らなかったと突っ込まれたら返しようが無いが……)
微妙に真澄から視線を逸らしながら次の言葉を待った清人だったが、驚いたせいか真澄はそれ以上突っ込んでは来なかった。
「ああ……、そう、だったの。確かに清香ちゃんからプレゼントは毎年貰ってたから……。ちょっと驚いたわ」
「ええ、ちょっと驚かせてみようかと、朝から知らないふりをしてました」
「もう、本当に性格悪いわね!」
「すみません」
そして二人で顔を見合わせて小さく噴き出してから、笑いをおさめた清人がワイングラスを真澄に差し出しながら促した。
「さあ、どうぞ。冷めないうちに食べて下さい」
「ええ、そうね、いただきます」
ワイングラスを受け取った真澄は、そのまま軽く上に上げて清人に向かって掲げてみせる。心得た清人がそれに自分のグラスを軽く当てて微かな音を響かせ、優しく祝いの言葉を述べた。
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、祝って貰って嬉しいわ」
真澄が心の底からの感謝の言葉を伝えて食べ始めると、それを眺めた清人は何故か苦笑いの表情になった。
「まさか真澄さんが来るとは思っていなかったので、準備が不足で流石にパンまでは焼けなかったので、途中で買ってきてしまいましたし……。誕生日のお祝いに料理を作るのなら、どうせだったらケーキも焼きたかったですね」
そう言って僅かに残念そうな表情を見せた清人に、ワインを味わっていた真澄がちょっと驚いた様に口を挟んだ。
「二人でホールケーキを食べるの? そこまでしなくても大丈夫よ。それにパンもワインも美味しいわよ?」
「良かったです。ここは観光地ですから、ホテルや旅館に納入する良い物を揃えている、本格的な店が有りましたから。中途半端な場所よりも、良い食材を集めやすかったです」
それを聞いて納得しながらも、真澄は正直に食べている料理についての感想を述べた。
「そうなの。……でも勿論お料理も美味しいわよ? 叔父様が作ってくれた物以上に」
「そんなあからさまなお世辞は止めて下さい。俺が作っても、本職の親父の腕前に敵う筈がありませんから。そう言って貰えるのは嬉しいですが」
そう言って困った様に小さく笑った清人に、真澄は言いたい言葉を飲み込んだ。
(そんな事、無いわよ。清人君が私の為に準備してくれただけで、どんな一流シェフが作った物より、美味しく感じるもの……)
きっとそう言っても清人はお世辞の延長としか捉えてくれないだろうと思った真澄が、余計な事は言わずに目の前の料理を味わう事に集中していると、清人が思い出した様に口を開いた。
「そう言えば……、誕生日が分かったので、今年は真澄さんにプレゼントを用意していたんです」
「え? 本当に?」
真澄が思わず手の動きを止めてまじまじと清人を見返すと、清人は幾分申し訳無さそうに話を続けた。
「ええ。実は今日真澄さんの家に届く様に手配しておいたので、今手元には無いんですが……」
そこですかさず真澄がその中身について、興味津々の態で問いかける。
「ねえ、一体何をくれたの? 教えて?」
しかし清人は真澄の追及する視線からさり気なく視線を逸らしつつ、含み笑いで誤魔化した。
「ああ、まあ、それは……、帰ってからのお楽しみと言う事で……」
しかし当然それは、真澄から非難の声が上がる。
「えぇ!? じらさないで、ちょっと教えてくれても良いじゃない!」
「無理に今聞かなくても。明日の夕方には帰るんですから、帰宅してから確認して下さい」
「うぅ……、ケチなんだから。今晩気になって眠れなくなったら、一体どうしてくれるのよ?」
苦笑いしながら清人が言い聞かせると、これ以上聞いても絶対吐かないと経験上分かっていた真澄は、追及を断念しながらも恨みがましく呟いた。それに清人が微笑みながら断言する。
「大丈夫ですよ。真澄さんはいつでもどこでもどんな時でも、眠れるタイプの人ですから。俺が保証します」
「ちょっと! 今の、何気に失礼よ? でも……、帰ってからの楽しみが一つできたわね」
(本当に……、この状況下で、二晩熟睡していた真澄さんが羨ましい……。というか、半ば恨めしいな。本当に困った人だ)
(清人君からの誕生日プレゼントなんて初めてだから凄く気になるわ。早く帰って確認したいけど、せっかく二人きりなんだから、なるべくゆっくりしていきたいし……)
互いに笑顔で会話していた二人だったが、内心で清人は苦笑と溜め息を堪えつつ、真澄は端から見れば些細な、しかし本人にとっては結構深刻な悩みを抱えながら、目の前の料理を味わっていた。
0
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
半世紀の契約
篠原 皐月
恋愛
それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。
一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。
「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」
黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。
「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」
大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。
ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。
メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。
唯一生き残る方法はただ一つ。
二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。
ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!?
ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー!
※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる