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第2章 広がる波紋
(5)死んでも怖いアルティン・グリーバス
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対外的にはユーリアの身分違いの恋人と言う触れ込みになっているクリフは、その日も後宮の取り次ぎ所で、彼女と顔を合わせながら騎士団への報告を密かに預かった。引き攣り気味の笑顔のユーリアに恒例となった愛の言葉を囁き、周囲の文官や警護の近衛騎士から生温かい視線を受けながら、気分良く次の目的地へと向かう。
「バイゼル団長、定期連絡です」
「連日すまないな、シャトナー補佐官」
王太子付き補佐官に使い走りをさせている気分で、細長い通信文を受け取ったバイゼルが詫びを入れると、クリフはおかしそうに笑った。
「いえ、婚約者を装って堂々とユーリアに会いに行けますから。最近では周りから、完全に呆れられているみたいですが」
「騎士団内部が未だにゴタゴタしているのも、ちょうど良かったな。こちらからの報告の返答や、王太子殿下からの命令が連日出ていても、周囲に疑われないだろうし」
「そうですね」
そう相槌を打ってから、クリフは何気なく気になっていた事を口にした。
「しかしそれは、何やら意味不明な単語の羅列ですが、暗号ですか?」
「そんな物だ。まだ暫くかかりそうなので、宜しく頼む」
「了解しました」
一応聞いてはみたもののそれほど興味は無く、情報を漏らす気も無かった為、クリフはあっさり引き下がった。それを理解していたバイゼルも、余計な口止めなどはせず、笑顔で彼を見送る。
そして室内に一人取り残されたバイゼルは、手の中の通信文を確認しながら渋面になった。
「怪しまれずに潜入できてはいるが、さすがに詳細は未だ不明か。しかし人を世話するなら、飲食物や木材の出し入れは必要になる筈……。屋敷の中で、監禁してはいないのか?」
そのまま黙考していたバイゼルだったが、それをノックの音が遮った。
「黒騎士隊副隊長、シャトナーです」
「入れ」
「失礼します」
そして何やら書類を抱えて入室してきたケインに、バイゼルは端的に尋ねた。
「どうだ?」
「この半年間の報告書内容を集計するのに、時間がかかりまして申し訳ありません。ですが、形としては見えてきたかと」
「見せろ」
すかさず差し出された書類に目を通し始めたバイゼルに、ケインが併せて口頭での報告を始める。
「この二ヶ月程、それ以前より明らかに乱闘騒ぎや強盗、殺傷事件が増えています。取り締まる末端の騎士達にはまだ具体的な事を知らせていないので、正確な判別は不可能ですが、各報告書に記載のある、逮捕者うちかなりの割合の者で挙動不審、意味不明な言動、血色不良、発汗、不眠症状などが見られている事から、ジャービス中毒者によって引き起こされた事件が多数なのではないかと推察します」
「末期の錯乱状態での犯行や、購入金欲しさに見境無く襲っているとか?」
「あまり、考えたくはありませんが……」
ケインが難しい顔で頷いたが、バイゼルはすぐに気持ちを切り替えて話を続けた。
「だがそれが事実なら、自然に収束する筈もないな。状況は寧ろ、悪化の一途を辿る筈だ」
「はい。それで提案と言うか、考えてみた事があるのですが」
「言ってみろ」
即座に促されて、ケインは用意してきた物を上司の机の上に広げた。
「全ての報告書に目を通していて、何となく事件現場や居住地に偏りがあるように感じたので、王都の地図に印を付けてみました。赤が事件現場、黒が犯人の住所です」
すると、その一目瞭然の結果を目にして、バイゼルが唸るように言い出す。
「これは……。全体に分散してはいるが王都の西部、いやもっと詳しく言うと、中心にある王宮から見て、南西部の辺りに印が集中しているな」
「はい。因みにこの辺りは庶民の住居エリアではなく、商店が立ち並ぶ商業エリアですね。ブレダ画廊もこの範囲に存在しています」
それを聞いたバイゼルは、地図から顔を上げてケインに視線を合わせながら呟く。
「……やはり実質的な販売は、ブレダ画廊か?」
「加えて、このエリアの端の方に、マークス・ダリッシュの屋敷もあります。両者の関与が強くなった事は確かですね」
それを聞いたバイゼルは、忌々しげな顔付きになった。
「ダリッシュの所の出入りも、見張らせては居るがな。今のところ、本当に出入りの商人が納入に来る位だ。使用人も少なくて、紛れ込ませるわけにもいかんし……」
「取り敢えず王宮医務官に内々に報告をして、今後の逮捕者の判別をして貰うわけにはいかないでしょうか?」
ケインが控え目に提案すると、バイゼルが重々しく頷く。
「そうだな。今後もっと中毒者が出るかもしれんし、必要なら治療の指揮を取って貰わないといけないかもしれん。今日明日にでも話をつけよう」
「宜しくお願いします」
「しかし逮捕者の地図での表示といい、医務官への連絡といい、随分気が利くな」 バイゼルが素直に部下を賞賛すると、ケインも正直に事情を説明した。
「実はこれは、この前アルティンに言われた事なのです」
「アルティンが?」
一瞬、怪訝な顔になったバイゼルだったが、続くケインの説明を聞いて納得した。
「アルティナが休暇で泊まり込みで実家に戻った時、ちょっと酔って貰って調査内容を相談してみたら、『地図で現場と住居の分布を確認してみろ』と言われました。それから医務官等への働きかけについても語った後で、『それ位、自力で考えろ。その程度の考えしか無いなら、アルティナの夫として認めんぞ』と説教されてしまいましたが」
それを聞いたバイゼルは、盛大に笑い出してしまった。
「それはそれは。怖くて容赦ない“兄上”だな。お前も苦労が多そうだ」
「全くです。他にも幾つか言いつけられましたよ。本当に死んでも人使いが荒い」
苦笑いで告げる彼を見て、バイゼルは深刻な内容を話し合っていた、その場に相応しくない笑い声を上げてから、冷静に幾つかの指示を出してケインを下がらせた。
「さて、それではアルティンに『騎士団団長に相応しくない』などと判定されない程度には、仕事をしないといかんな」
そう楽しげに呟きながら、書類の整理を済ませたバイゼルは、医務官に話を通すべく団長室を出て行った。
「バイゼル団長、定期連絡です」
「連日すまないな、シャトナー補佐官」
王太子付き補佐官に使い走りをさせている気分で、細長い通信文を受け取ったバイゼルが詫びを入れると、クリフはおかしそうに笑った。
「いえ、婚約者を装って堂々とユーリアに会いに行けますから。最近では周りから、完全に呆れられているみたいですが」
「騎士団内部が未だにゴタゴタしているのも、ちょうど良かったな。こちらからの報告の返答や、王太子殿下からの命令が連日出ていても、周囲に疑われないだろうし」
「そうですね」
そう相槌を打ってから、クリフは何気なく気になっていた事を口にした。
「しかしそれは、何やら意味不明な単語の羅列ですが、暗号ですか?」
「そんな物だ。まだ暫くかかりそうなので、宜しく頼む」
「了解しました」
一応聞いてはみたもののそれほど興味は無く、情報を漏らす気も無かった為、クリフはあっさり引き下がった。それを理解していたバイゼルも、余計な口止めなどはせず、笑顔で彼を見送る。
そして室内に一人取り残されたバイゼルは、手の中の通信文を確認しながら渋面になった。
「怪しまれずに潜入できてはいるが、さすがに詳細は未だ不明か。しかし人を世話するなら、飲食物や木材の出し入れは必要になる筈……。屋敷の中で、監禁してはいないのか?」
そのまま黙考していたバイゼルだったが、それをノックの音が遮った。
「黒騎士隊副隊長、シャトナーです」
「入れ」
「失礼します」
そして何やら書類を抱えて入室してきたケインに、バイゼルは端的に尋ねた。
「どうだ?」
「この半年間の報告書内容を集計するのに、時間がかかりまして申し訳ありません。ですが、形としては見えてきたかと」
「見せろ」
すかさず差し出された書類に目を通し始めたバイゼルに、ケインが併せて口頭での報告を始める。
「この二ヶ月程、それ以前より明らかに乱闘騒ぎや強盗、殺傷事件が増えています。取り締まる末端の騎士達にはまだ具体的な事を知らせていないので、正確な判別は不可能ですが、各報告書に記載のある、逮捕者うちかなりの割合の者で挙動不審、意味不明な言動、血色不良、発汗、不眠症状などが見られている事から、ジャービス中毒者によって引き起こされた事件が多数なのではないかと推察します」
「末期の錯乱状態での犯行や、購入金欲しさに見境無く襲っているとか?」
「あまり、考えたくはありませんが……」
ケインが難しい顔で頷いたが、バイゼルはすぐに気持ちを切り替えて話を続けた。
「だがそれが事実なら、自然に収束する筈もないな。状況は寧ろ、悪化の一途を辿る筈だ」
「はい。それで提案と言うか、考えてみた事があるのですが」
「言ってみろ」
即座に促されて、ケインは用意してきた物を上司の机の上に広げた。
「全ての報告書に目を通していて、何となく事件現場や居住地に偏りがあるように感じたので、王都の地図に印を付けてみました。赤が事件現場、黒が犯人の住所です」
すると、その一目瞭然の結果を目にして、バイゼルが唸るように言い出す。
「これは……。全体に分散してはいるが王都の西部、いやもっと詳しく言うと、中心にある王宮から見て、南西部の辺りに印が集中しているな」
「はい。因みにこの辺りは庶民の住居エリアではなく、商店が立ち並ぶ商業エリアですね。ブレダ画廊もこの範囲に存在しています」
それを聞いたバイゼルは、地図から顔を上げてケインに視線を合わせながら呟く。
「……やはり実質的な販売は、ブレダ画廊か?」
「加えて、このエリアの端の方に、マークス・ダリッシュの屋敷もあります。両者の関与が強くなった事は確かですね」
それを聞いたバイゼルは、忌々しげな顔付きになった。
「ダリッシュの所の出入りも、見張らせては居るがな。今のところ、本当に出入りの商人が納入に来る位だ。使用人も少なくて、紛れ込ませるわけにもいかんし……」
「取り敢えず王宮医務官に内々に報告をして、今後の逮捕者の判別をして貰うわけにはいかないでしょうか?」
ケインが控え目に提案すると、バイゼルが重々しく頷く。
「そうだな。今後もっと中毒者が出るかもしれんし、必要なら治療の指揮を取って貰わないといけないかもしれん。今日明日にでも話をつけよう」
「宜しくお願いします」
「しかし逮捕者の地図での表示といい、医務官への連絡といい、随分気が利くな」 バイゼルが素直に部下を賞賛すると、ケインも正直に事情を説明した。
「実はこれは、この前アルティンに言われた事なのです」
「アルティンが?」
一瞬、怪訝な顔になったバイゼルだったが、続くケインの説明を聞いて納得した。
「アルティナが休暇で泊まり込みで実家に戻った時、ちょっと酔って貰って調査内容を相談してみたら、『地図で現場と住居の分布を確認してみろ』と言われました。それから医務官等への働きかけについても語った後で、『それ位、自力で考えろ。その程度の考えしか無いなら、アルティナの夫として認めんぞ』と説教されてしまいましたが」
それを聞いたバイゼルは、盛大に笑い出してしまった。
「それはそれは。怖くて容赦ない“兄上”だな。お前も苦労が多そうだ」
「全くです。他にも幾つか言いつけられましたよ。本当に死んでも人使いが荒い」
苦笑いで告げる彼を見て、バイゼルは深刻な内容を話し合っていた、その場に相応しくない笑い声を上げてから、冷静に幾つかの指示を出してケインを下がらせた。
「さて、それではアルティンに『騎士団団長に相応しくない』などと判定されない程度には、仕事をしないといかんな」
そう楽しげに呟きながら、書類の整理を済ませたバイゼルは、医務官に話を通すべく団長室を出て行った。
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