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第2章 広がる波紋

(2)清純系悪女の実態

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 後宮での護衛任務中、王太子妃であるエルメリアからの指示で近くの一室に入ると、室内で上級女官の制服姿のグレイシアが深々と頭を下げた。

「アルティナ様、お仕事中にお時間をいただき、申し訳ありません」
「いえ、妃殿下も了解されておられますので、お気遣いなく。それにグレイシア様とのお付き合いは短いですが、誠実なお人柄と理解しておりますので、よほどの事情だと思いますし」
「ありがとうございます」
 そして勧められた椅子に座りながら、アルティナはしみじみと考えた。

(本当は、アルティンとして出会ったあの時から、この人には色々振り回されて分かっているしね。勿論、性根が悪い人ではないし、社交界で生き抜く為にはこれ位でないと駄目だろうけど)
 そして二人で向かい合って座ってから、グレイシアが時間を無駄にせず、早速本題に入った。

「それで話は、私の姪に関する事なのです」
「姪ごさん、ですか?」
「はい、実家の兄の娘です。まだ十五ですが……」
 意外な話にアルティナが少々怪訝な顔になる中、グレイシアは淡々と先日のユリエラとのやり取りを語って聞かせた。それを聞いたアルティナは、その内容のろくでもなさに頭を抱えたくなったが、グレイシアは最後まで冷静に話を続けた。

「……そういうわけで、自分にとって都合の良い妄想癖のある兄と、自分の才能だけは信じている似非画家と、それに乗じて儲けを企む守銭奴商人が、不愉快にも程がある縁談を姪に押し付けようとしております」
 そう話を締めくくった彼女を見て、アルティナは恐る恐る尋ねた。

「グレイシア様……、相当怒っていらっしゃいます?」
「当然です。私に譲る爵位と領地があるならば、数多く存在している甥や姪の中では、迷わずあの子に譲りたいと思える程度に買っている姪ですのよ? 貴族の結婚は政略婚が殆どとは言え、私と懇意にしているという理由で、そんなろくでもない縁談を強要されるなど、許せません!」
「はぁ……、お気持ちは良く分かります……」
 曖昧に相槌を打ったアルティナに、グレイシアが真顔で懇願してくる。

「それで騎士団内で、ろくでもない実家とあの似非画家の調査をしているのは存じておりますが、それを徹底的に、かつきちんとした処罰が下されるように、アルティナ様から再度進言して頂きたいのです。特に他人の絵を横取りした上、ユリエラに手を出そうとするなどあの男、言語道断です!」
「分かりました。私からも重ねて、騎士団長にお願いしておきます」
「ありがとうございます」
 そこで漸く表情を緩めたグレイシアは、恐縮気味に問いを発した。

「それから……、アルティナ様は、デニスと連絡を取る方法をご存知ありませんか?」
「デニスとですか?」
「はい」
 思わず問い返したアルティナだったが、相手が真顔なのを見て考え込んだ。

(ええと……、確か今は、執事をどうにかして体調不良にさせて辞めさせたタイミングで、どこぞの貴族からの紹介状持参で、ペーリエ侯爵邸に入り込んでいるのよね。まあこの際、気合い入れて調べて貰うために、鼻先に人参をぶら下げておきましょうか)
 素早くそんな事を考えたアルティナは、声を潜めて言い出した。

「実はここだけの話ですが、デニスは先週からペーリエ侯爵邸で、内偵中なのです」
「そうなのですか? 凄い偶然ですね」
「それで、その連絡は彼の妹のユーリアが担っていて、彼女の鳥を介してカーネル隊長が定期連絡を受けているそうです。ですから彼女に頼めば、デニスに必要な事を伝えて貰う事が可能ですが」
 そう告げると、グレイシアは安堵の表情になり、軽く頭を下げた。

「そうでしたか。教えて頂き、ありがとうございます。勿論内偵の件は、他人には漏らしませんわ」
「宜しくお願いします」
 そこで話を終わらせ、別れてから本来の仕事に戻った。

(さて、麻薬密輸の他にも、そんな事を企んでいたとは。それと比べると、スケールがはるかに小さいけど)
 後宮警備の任を再開しながら、アルティナは小さく溜め息を吐いた。

(グレイシアさんには絵画盗用と額縁を利用しての麻薬密輸の話はしていたけど、額装師の誘拐監禁疑惑までは説明していなかったのよね。さすがにこんな話をしたら激高して、実家に乗り込みかねないし。この際、徹底的に膿を出す必要があるか)
 そんな事があった日の夕刻。夕食を食べる為に騎士団の食堂に向かっていたアルティナに、誰かがタックルする勢いで抱き付いてきた。

「アルティナ様ぁぁっ!!」
「あ、あら? ユーリア、どうしたの? こんな所まで来ちゃって良いの?」
「ちゃんと許可は貰って来ましたっ!! ちょっと顔を貸して下さい!」
「……はい」
 上級女官の制服のままいきなり現れた、鬼の形相のユーリアに気圧されながら、アルティナはおとなしく連行されていき、それを目撃した者達は何事かと驚きの眼差しで見守った。そして人気のない通路の端までアルティナを引きずって行ったユーリアは、注意深く周囲を見回して人目が無いのを確認してから、声を潜めて主に詰め寄る。

「グレイシアさんがアルティナ様……、いいえ、アルティン様と知り合いなのは知っていましたが、兄さんと彼女は、一体どういう関係なんですか? どうして兄さんへの私信を頼まれないといけないんですか?」
 鬼気迫る形相で問い詰められたアルティナは、そんな彼女から微妙に視線を逸らしながら、(そろそろユーリアには言っておいた方が良いかも)と判断して、言い難そうに告げた。

「あぁ~、うん。正直に、かつ簡単に言うと、フリーの愛人関係とか?」
「はい!? 何ですか、それはっ!!」
「だって本人がそう言ったし。『立場上結婚できないし、恋人って言うのはおかしいし、そういうところかしらね』って。彼女、清純系悪女だしね」
「何か今、相反する言葉が、混在していた気がするんですが!?」
 限界まで目を見開いて、周囲を憚る事無く絶叫したユーリアだったが、アルティナは困った顔をしながら弁解じみた台詞を口にした。

「だってあの人、ああ見えて苦労人よ? 十五歳で二十歳以上年上の侯爵の後妻に入って、社交界で確固たる地位を築きつつ、婚家と実家の親戚や兄弟に脅されたりせびられながらも、決して連中の好きにはさせなかった人だもの。頭の回転も度胸もなかなかよ? 私をさり気なく誘導してこき使ってくれたし、ある意味、悪気の無い悪女なのよね」
「アルティナ様をですか!?」
「ええ。言を左右に、のらりくらりと誤魔化しながら。デニスに至っては、すっかり牙を抜かれちゃって」
「有り得ない……」
 想像もしていなかった事実を知らされて驚愕すると同時に、ユーリアはグレイシアの底知れなさに戦慄した。そんなユーリアを、アルティナが困ったように宥める。

「現実を直視して。変な野望を抱く方では無いし、基本的に悪い人ではないから」
「アルティナ様……」
「何?」
「実家から、兄さんに良い人はいないのかと、最近頻繁に手紙で尋ねてくるんですが、今後、どう返せば良いんですか!?」
「特にいないって、伝えれば良いでしょう?」
 何やら切羽詰まった訴えに、アルティナは首を傾げたが、ユーリアは益々必死の面持ちになった。

「無理ですよ! 両親が兄さんに『そろそろ結婚しろ』って五月蠅いんですから! それで私にも『妹のお前が先に結婚したら、焦るかもしれん。だからお前がさっさと結婚しろ』って、とばっちりが来てる位なのに!」
「……ご愁傷様」
「言う事はそれだけですか!?」
「ごめん。やっぱりプライベートだし、今更あの二人、あっさり別れるとも思えないしね」
「そんな……」
 そう呻いてがっくりと項垂れたユーリアを、アルティナは心から同情する眼差しで見やった。
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