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第1章 絵から始まる事件

(8)予想外の展開

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「だから仮にもアルティナは元公爵令嬢だし、多少は絵画や額縁に関する素養があるかと思ったのだがな」
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
(うっ……、隊長。嫌みですか?)
 その皮肉っぽい口調に、アルティナが僅かに顔を引き攣らせたが、アトラスはそれ以上絡む事は無く、リディアに顔を向けた。

「だがリディアの方は色々詳しいみたいだし、出向いて貰うのに支障は無いな」
「ですが、私は画商に出入りするような服を持っておりませんが……」
 困惑顔でリディアに言われた彼は、事も無げに対応策を口にする。
「そこはアルティナと組んで、アルティナ付きの侍女とでも言う事にして」
「でも……、店の人間に話しかけられても、私はまともに絵の話はできないと思いますが。主そっちのけにして、侍女が商談をしても良いものでしょうか?」
「…………」
 思わず口を挟んだアルティナを、アトラスがじとりとした目で睨む。それに彼女がいたたまれなくなっていると、ナスリーンがその場を取り成す様に声をかけた。

「やはりどなたか絵画に詳しくて、口の固い方に事情を話してお願いしましょうか?」
「そうだな……」
「あの、それでは、ケライス前侯爵夫人にお願いしてはどうでしょう? あの方でしたらお父上が身代を傾けさせる程の絵画の収集家でしたから、幼い頃から本物に触れて知識は十分でしょうし、信頼できる方だと思いますが」
 ふと脳裏にグレイシアの事が思い浮かんだアルティナがそう提案すると、ナスリーンは頷いてから不思議そうに問い返した。

「確かに、グレイシア殿なら上級女官として問題無く王太子妃殿下に仕えておられて、教養も口の堅さも十分だと思いますから良い人選かもしれませんが、アルティナはどうしてそんなに彼女の事を知っているのですか?」
「あ、ええと……、何かの折りに兄が、手紙にそのような事を書いていたのを思い出しまして……」
 慌てて彼女が弁解すると、ナスリーンが素直に頷いて話を進める。

「そうですか。それではアトラス殿。暫くリディアにケライス前侯爵夫人と組んで、王都内の画商を回って貰う事にしますか? 私から彼女と王太子妃殿下に、話を通しますが」
「そうだな。取り敢えずさっきリディアが言っていた、特徴のある額縁を使っている所。または入れてある絵と、額縁のレベルが違い過ぎる物も要注意だな。そういう事を観察してみて、怪しい画商がいたら教えてくれ」
「分かりました」
「それでは詳しい話は、後ほど改めてする事にします。もう下がって宜しいですよ?」
「それでは失礼します」
 何とか話がまとまり、二人揃って廊下に出てから、リディアは半ば茫然としながら感想を述べた。

「驚いたわね。まさかあんな話を聞かされるとは、夢にも思っていなかったわ」
「本当に。だけど今回手伝えそうに無くて、ごめんなさい。調査、頑張ってね?」
「ええ。絵画を冒涜する様な奴らを、許すわけにはいかないわ。頑張るから」
 そして詫びを入れた自分に、力強く宣言した彼女を見たアルティナは、不謹慎ながら安堵の笑みを零した。

(面倒な話が持ち上がったのには困ったけど、リディアが元気になったから良かったわ。やる気満々ね)
 しかし予想外で面倒な話は、それで終わらなかった。その日、食堂で夕食を済ませたアルティナが自室で寛いでいた所に、常にはない乱暴さでリディアが乱入して来たのだった。

「アルティナ!!」
「なっ、何っ!?」
 いきなり叫び声と共にドアを乱暴に押し開けられて、アルティナは本気で驚いたが、リディアが彼女のそんな心境には構わず、手にしている物を突き付けてきた。

「見て! 今日王妃様の私室担当だったサーラが、私に預かってきてくれたの!」
「はぁ? 絵? それに預かって来たって言うのは、どういう事?」
 反射的に絵を受け取ったアルティナが本気で困惑すると、リディアが真顔で確認を入れてきた。

「アルティナ、あなた王妃様に、あの絵を破られた事をお話ししたのよね?」
「ええと……、はい。ごめんなさい」
 その気迫溢れる物言いに、思わずアルティナが謝ると、リディアは表情を一変させて笑顔で告げた。

「良いのよ! それを聞いた王妃様が、作者のラスマードさんとお知り合いだったみたいで、事情を書いた手紙を送って下さったんですって。『絵が破損してしまったけど、落札したリディアに非は無いので怒らないで下さい』って!」
「そうだったの……」
(知り合い……、本当は親子なんだけどね)
 アルティナが遠い目をしながら頷くと、リディアが尚も上機嫌に、どこからか封筒を取り出して話を続ける。

「そうしたらラスマードさんが、『そんな事に巻き込まれたとは災難でしたね。気にしないで下さい。それほど気に入って下さった絵が傷付けられて、さぞかしショックでしたでしょう。実はあの絵は連作で対になる絵があるので、宜しかったらこちらを差し上げますので、あまり気落ちされないで下さい』って書いてあるこの手紙と一緒に、王妃様に言付けてくれたのよ!!」
「それが、この絵なのね……」
「ええ! あの絵と構図が同じだけど、あの絵が日中の港町の光景なのに対して、こっちは夕暮れ時の絵なのよ。でも趣ががらりと変わって、とても素敵よ? 色合いも落ち着いていて、前の絵よりも良い位! 夜にじっくり眺めるのは、却ってこちらの方が良いかも!」
「そ、そうかもね……。良かったわね、リディア。素敵な絵を頂けて」
 もう興奮しっぱなしの彼女に気圧されながら、アルティナが声をかけると、リディアは満面の笑みで礼を述べた。

「ええ、ありがとう! これも全てあなたのお陰よ、アルティナ! ああ、こうしちゃいられないわ。早速この絵の感想を付けた、お礼の手紙をラスマードさんに書かないと。恐れ多い上に申し訳ないけど、宛先が分からないから、王妃様に手紙を仲介して頂く様にお願いしても大丈夫かしら?」
「それは……、王妃様がご迷惑に思っているなら、ラスマードさんから絵と手紙を託された時点でお断りしているのじゃない? 王妃様はそれほど狭量な方ではないと思うから、大丈夫だと思うわ」
(何と言ってもランディス殿下は王宮内でお暮らしだし、その日のうちに届けられるわよね)
 頭痛を覚えつつも常識的な事をアルティナが口にすると、リディアは勢い良く頷いてその意見に賛同した。

「そうよね!? 何と言っても、あの英邁な国王陛下のお妃さまですものね!! 私、国王陛下と共に王妃陛下にも、終生忠誠を誓うわ!!」
「……それをお聞きになったら、王妃様はお喜びになると思うわ」
「それじゃあアルティナ! 休んでいる所を邪魔してごめんなさい。一言、お礼を言いたかったものだけら。それじゃあね!!」
「ええ、お休みなさい」
 そして来た時と同様に、騒々しくリディアが部屋を出て行ってから、アルティナは重い溜め息を吐いた。

「……疲れた。今日はさっさと寝よう」
 彼女にしては珍しく、現実逃避っぽく呟いて寝る支度を始めたが、懸念した通り、彼女はそれ以後リディアとランディスの騒動に、見事に巻き込まれる事になるのだった。
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