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権太、叔父としての考察
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……大幅に話が逸れた。
日曜に友達と遊びに出かけて帰宅したら、その姉が家に来ていたのだ。
「あれ? お客?」
玄関に脱いであった見慣れない靴を見て、見当を付けながらリビングに入ると、そこには予想通り、結婚二年目の姉夫婦がいた。
「ただいま。やっぱり姉さんが帰って来てたんだ。巧さんもお久しぶりです」
「権太! ちょっと聞きたい事があるんだけど!?」
「……何?」
「おい、沙織!」
挨拶もそこそこに、駆け寄って来た姉が僕の肩を掴んで、鬼気迫る形相で尋ねてくる。
「『破れ鍋に綴じ蓋』って、どういう意味だと思う?」
「はぁ?」
「さあ、答えて!」
「ええと……、どんな人にもぴったりの相手がいるって事だよね?」
これで間違っていない筈だけどと、少々自信なさげに答えると、姉は嬉々として自分の夫を振り返り、確信に満ちた声を上げた。
「ほら、見なさい! やっぱり権太は、何か違うと思ってたのよ。頭が良いし気が利くし、素直で空気が読めるもの! だから今度こそゴンザレスなのよ!」
「そんなわけあるかっ!! 頼むから冷静に考えろ!」
「私はいたって冷静よ! 訳が分からない事を言ってるのは、あんたの方でしょう!?」
目の前で展開されている激しい言い争いに度肝を抜かれ、僕は両親の側まで行って、小声で尋ねてみた。
「何? これは一体、どういう事?」
「沙織に子供ができたのよ」
「あ、今日はその報告に来たんだ。良かったね」
それでどうして喧嘩になるのか、さっぱり分からなかったが、父さんがその理由を溜め息混じりに説明してくれた。
「ところが、そうでも無いんだ。沙織が『男だったら名前をゴンザレスにする』と言い出して……」
「ああ、そういう事か……」
やっと理由が分かった。だから『僕』がゴンザレスじゃないんだ……。
思わず遠い目をしてしまった僕の目の前で、姉夫婦の激しい論争が続いた。
「巧だって、あの時言ってたじゃない! 『ゴンザレスは馬鹿で間抜けだったから、うっかりフライングで来たんだろ』って。だから1ヶ月早めに来たんじゃなくて、十四年早めに来ちゃっただけよ!?」
「そんなわけあるかっ!! 寝言を言ってないで、いい加減目を覚ませ!!」
「やっと納得できたわ。あれだけ間抜けなゴンザレスが、1ヶ月やそこらの時間差で来れる筈が無かったのよ……」
「そこで一人でしみじみ納得するな! 俺の話を聞け!」
どう見ても平行線の姉夫婦の主張に、僕は二人を指差しながら両親に尋ねてみた。
「これ、どうするの?」
「どうもこうも……」
「どうしようも無いんじゃない?」
完全に匙を投げた風情の両親に、そうだよねと頷く僕。
この反応は、間違っていないと思う。
「もうーっ!! ごちゃごちゃ五月蠅いのよ! 名前に文句を付けるなら、あんたとは離婚よっ! ゴンザレスは私だけで、しっかり育ててみせるわっ!!」
「どうしてそうなる!? お義母さん、こいつに何とか言ってやって下さい!」
かなり切羽詰まった口調で巧さんが訴えてきたが、母さんの返事は無情なものだった。
「何とかって言われても……。そんなにゴンザレスにしたかったら、そうしても良いんじゃない? やっぱり子供の名前は両親が責任を持って決めるべきだと思うし、祖父母が横から口を挟むのはどうかと思うわ」
うん……、予想はしていたけど、安定の動じ無さだね、母さん。
「お義父さん!」
「すまない、巧君……。俺は権太の時に、気力を振り絞ったから……。それを今もう一度、繰り返す気力は……」
やっぱり俺の時に、相当頑張ってくれたんだね……、父さん。
「権太! お前だったら分かってくれるよな!?」
「……ファイト」
「権太ぁぁっ!!」
巧さんのその悲痛な叫びにさすがに胸が傷んだが、僕が何をどう言ったって、姉さんが聞いてくれる筈無いから諦めて欲しい。
「さあ、文句は無いわね。男だったら名前はゴンザレスに決定だから」
「決めるな! お前、子供の将来を何だと思ってる!?」
そして再びギャイギャイ論争し始めた二人から目を逸らし、「宿題があるから」と両親に断りを入れて、自分の部屋に引っ込んだ。取り残された両親からちょっと恨みがましい視線を向けられたが、無視だ無視。
「何で実家まで来て喧嘩してるんだか……。自分の家ですれば良いだろ……」
だけど学校の授業で、あのことわざの意味を取り上げてくれてて助かったな。
それまでどうしてだかは分からないけど、「割れた鍋は蓋代わりに他の鍋に被せて閉じて使う事しかできない様に、本来するべき行動ができない人」の事だと勘違いしていたし。
皆の前で、恥をかかなくて良かった。
そんな事をしみじみと考えてから、僕は荷物を置いて机に向かった。
産まれてくるのが、女の子って可能性もあるしな。でも甥だったら……。
ちょっと困った事になりそうだけど、試練に打ち勝ってこそ強い人間になれる筈……、だと思う。
「……うん、たとえ名前がゴンザレスになっても、頑張れよ? 叔父さんは応援してるからな?」
そして僕は巧さんの奮闘を祈りつつ、気持ちを切り替えて明日提出の宿題に取りかかったのだった。
(完)
日曜に友達と遊びに出かけて帰宅したら、その姉が家に来ていたのだ。
「あれ? お客?」
玄関に脱いであった見慣れない靴を見て、見当を付けながらリビングに入ると、そこには予想通り、結婚二年目の姉夫婦がいた。
「ただいま。やっぱり姉さんが帰って来てたんだ。巧さんもお久しぶりです」
「権太! ちょっと聞きたい事があるんだけど!?」
「……何?」
「おい、沙織!」
挨拶もそこそこに、駆け寄って来た姉が僕の肩を掴んで、鬼気迫る形相で尋ねてくる。
「『破れ鍋に綴じ蓋』って、どういう意味だと思う?」
「はぁ?」
「さあ、答えて!」
「ええと……、どんな人にもぴったりの相手がいるって事だよね?」
これで間違っていない筈だけどと、少々自信なさげに答えると、姉は嬉々として自分の夫を振り返り、確信に満ちた声を上げた。
「ほら、見なさい! やっぱり権太は、何か違うと思ってたのよ。頭が良いし気が利くし、素直で空気が読めるもの! だから今度こそゴンザレスなのよ!」
「そんなわけあるかっ!! 頼むから冷静に考えろ!」
「私はいたって冷静よ! 訳が分からない事を言ってるのは、あんたの方でしょう!?」
目の前で展開されている激しい言い争いに度肝を抜かれ、僕は両親の側まで行って、小声で尋ねてみた。
「何? これは一体、どういう事?」
「沙織に子供ができたのよ」
「あ、今日はその報告に来たんだ。良かったね」
それでどうして喧嘩になるのか、さっぱり分からなかったが、父さんがその理由を溜め息混じりに説明してくれた。
「ところが、そうでも無いんだ。沙織が『男だったら名前をゴンザレスにする』と言い出して……」
「ああ、そういう事か……」
やっと理由が分かった。だから『僕』がゴンザレスじゃないんだ……。
思わず遠い目をしてしまった僕の目の前で、姉夫婦の激しい論争が続いた。
「巧だって、あの時言ってたじゃない! 『ゴンザレスは馬鹿で間抜けだったから、うっかりフライングで来たんだろ』って。だから1ヶ月早めに来たんじゃなくて、十四年早めに来ちゃっただけよ!?」
「そんなわけあるかっ!! 寝言を言ってないで、いい加減目を覚ませ!!」
「やっと納得できたわ。あれだけ間抜けなゴンザレスが、1ヶ月やそこらの時間差で来れる筈が無かったのよ……」
「そこで一人でしみじみ納得するな! 俺の話を聞け!」
どう見ても平行線の姉夫婦の主張に、僕は二人を指差しながら両親に尋ねてみた。
「これ、どうするの?」
「どうもこうも……」
「どうしようも無いんじゃない?」
完全に匙を投げた風情の両親に、そうだよねと頷く僕。
この反応は、間違っていないと思う。
「もうーっ!! ごちゃごちゃ五月蠅いのよ! 名前に文句を付けるなら、あんたとは離婚よっ! ゴンザレスは私だけで、しっかり育ててみせるわっ!!」
「どうしてそうなる!? お義母さん、こいつに何とか言ってやって下さい!」
かなり切羽詰まった口調で巧さんが訴えてきたが、母さんの返事は無情なものだった。
「何とかって言われても……。そんなにゴンザレスにしたかったら、そうしても良いんじゃない? やっぱり子供の名前は両親が責任を持って決めるべきだと思うし、祖父母が横から口を挟むのはどうかと思うわ」
うん……、予想はしていたけど、安定の動じ無さだね、母さん。
「お義父さん!」
「すまない、巧君……。俺は権太の時に、気力を振り絞ったから……。それを今もう一度、繰り返す気力は……」
やっぱり俺の時に、相当頑張ってくれたんだね……、父さん。
「権太! お前だったら分かってくれるよな!?」
「……ファイト」
「権太ぁぁっ!!」
巧さんのその悲痛な叫びにさすがに胸が傷んだが、僕が何をどう言ったって、姉さんが聞いてくれる筈無いから諦めて欲しい。
「さあ、文句は無いわね。男だったら名前はゴンザレスに決定だから」
「決めるな! お前、子供の将来を何だと思ってる!?」
そして再びギャイギャイ論争し始めた二人から目を逸らし、「宿題があるから」と両親に断りを入れて、自分の部屋に引っ込んだ。取り残された両親からちょっと恨みがましい視線を向けられたが、無視だ無視。
「何で実家まで来て喧嘩してるんだか……。自分の家ですれば良いだろ……」
だけど学校の授業で、あのことわざの意味を取り上げてくれてて助かったな。
それまでどうしてだかは分からないけど、「割れた鍋は蓋代わりに他の鍋に被せて閉じて使う事しかできない様に、本来するべき行動ができない人」の事だと勘違いしていたし。
皆の前で、恥をかかなくて良かった。
そんな事をしみじみと考えてから、僕は荷物を置いて机に向かった。
産まれてくるのが、女の子って可能性もあるしな。でも甥だったら……。
ちょっと困った事になりそうだけど、試練に打ち勝ってこそ強い人間になれる筈……、だと思う。
「……うん、たとえ名前がゴンザレスになっても、頑張れよ? 叔父さんは応援してるからな?」
そして僕は巧さんの奮闘を祈りつつ、気持ちを切り替えて明日提出の宿題に取りかかったのだった。
(完)
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