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美須々、侵入者と戦う
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孝則が帰ったところで、そのままなし崩しに論争が終了し、それからは持って来た食材で一心不乱に調理をした。
そして微妙に気まずい空気のまま、三人分の料理をテーブルに並べると、何故か椅子脚カバーと濡れ布巾を手に、テーブルの片隅に座り込むクマ。
……一体、何だって言うのよ。
「ぶわははははっ! それでゴン太は危うくお袋に、焼却処分にされかけたのか!」
食べ始めて早々に、孝則に尋ねられた沙織が状況を説明すると、案の定、孝則は爆笑した。
本当にデリカシーの無い子よねっ!!
「パパ、笑い事じゃ無いから」
「そうだよ! それにゴン太じゃなくて、ゴンザレスだし!」
無視よ、無視。
クマが喋っていようが、亀が飛んでいようが、私には関係ないわ。
「ちょっと方向性は違うけど、パパさんと血が繋がってるのは分かった」
「そうか?」
「ひょっとして……、パパさんのパパも、ああいう人なのか?」
何やらクマが急に、怖々と尋ねてきた台詞に、無性に腹が立った。
「『ああいう人』って、どういう意味よっ!!」
「すみません! グランマ様!」
「何だ? 『グランマ様』って」
「おばあちゃんが、自分の事をそう呼べって」
「お袋……、『グランマ』って顔じゃないだろ……」
何なのよ! その如何にも呆れたって顔はっ!!
「顔は関係ないでしょう!? それに私は『グランマと呼びなさい』とは言ったけど、『グランマ様』だなんて変な呼び方を強制して無いわっ!!」
「分かった。分かったから。ゴン太、悪いが年寄りの言う事に、付き合ってやってくれ」
「誰が年寄りよっ!!」
「だから俺はゴン太じゃなくて、ゴンザレスだってば!」
全く! ちょっと顔を出さない間に、どうしてこんな変な物が居座ってるのよ!
「……ただいま」
ぐったりして帰宅し、玄関から上がり込むと、夫が驚いた顔で声をかけてきた。
「どうした? 何日か泊まってくるんじゃ無かったのか?」
「そのつもりだったけど、のっぴきならない事態に遭遇したのよ」
「なんだそれは? 沙織ちゃんに何かあったのか?」
心配そうな顔になった夫に、語気強く宣言する。
ええ、これは自分自身に対する誓いも兼ねているのよ!
「何か起きる前に、私が何とかするわ。取り敢えず明日は、お寺と神社を回れるだけ回るから。あなた、お昼は適当に食べてね」
「……ああ」
今日は気勢を削がれてしまったけど、今度は準備万端整えて行くわ!
首を洗って待ってなさい、クマの悪霊!!
そんな決意も新たに、その日私は眠りに就いたのだった。
「うふふ……。もう逃がさないわよ? 在るべき場所に帰りなさい、悪霊」
目の前の浴室の床に、紐でぐるぐる巻きにした上に、全身に悪霊退散のお札を貼ったクマ。
どう? 身動きできないでしょう?
「あの、待って下さい、グランマ様! 俺は悪霊なんかじゃありませんから!」
「お黙り! 悪霊が自分を『悪霊です』なんて、白状するわけ無いじゃない! 往生際が悪いわよ!」
「だから! 本当に俺には周りに危害を加えるつもりは無いんだけど!? 本当に人の話、聞かないよね!」
「さてと、あとはこれね」
「ちょっ、グランマ様? 一体何を」
「さようなら。きれいさっぱり、そこから出て行ってね?」
「グッ、グランマさまあぁぁっ!!」
殺虫剤と防かび剤、蚊取り線香。やるなら徹底的にやらないとね。
設置して火を付け、薬品を反応させた途端、湧き上がる煙。もくもくと白い煙が立ち上るのを見てから、私は踵を返した。
閉めた扉の向こうで、クマが何やら叫んでいたけど、中から出ていけば静かになるでしょう。
そして合い鍵で玄関の戸締まりをしてから、私は意気揚々と帰宅した。
「お袋……。幾ら何でもやりすぎだぞ」
夜になってからかかってきた電話を取ったら、孝則が呆れ気味の口調で言ってきた為、ちょっとカチンときた。
「いきなり何よ。失礼ね」
「ゴンザレスの奴、何か相当パニクって、帰宅した沙織に救出されてから、涙止まんなくてボロボロ泣いてたんだが」
「まだ出て行ってないの? しつこいわね。取り憑かれる前に、早く何とかしないと」
「……俺は寧ろ、お袋の方が怖い」
思わず舌打ちしたら、ぼそりと言い返してきた孝則に、余計に苛ついた。
「五月蠅いわね。ところでそのクマは、今どうしているの? ちゃんと見張って無いと駄目じゃない」
「いや、今洗濯機だから」
「何? 洗濯機って」
「泣いてぐっしょり濡れてるから、洗濯と乾燥コースの最中」
その光景を想像して、何とも言い難い心境になった。
悪霊も、結構苦労してるのね。
「……私に言わせれば、あんたの方が何をやらかすか分からないんだけど?」
「俺が帰る前から、美和子と沙織は何度もあいつを洗濯機に放り込んでるぞ?」
「そう……。美和子さんも沙織ちゃんも、しっかりしてるから。じゃあおやすみなさい」
「おい、お袋! 本当にこれ以上、余計な事はするなよっ!!」
受話器から微かに孝則の声が聞こえてきたけど、無視しながらそれを戻した。
「一体、何を言ってたんだ? 沙織ちゃんがどうかしたのか?」
「何でも無いわよ。次の手を考えるわ」
「次の手って……。何をやってるんだ……」
夫が呆れ気味に言ってきたけど、構うものですか。
とにかく差し当たっての危険性は低いみたいだけど、やっぱり得体の知れないモノが沙織ちゃんの側に居るのは見過ごせないわ!
負けないわよ! 悪霊!
そして微妙に気まずい空気のまま、三人分の料理をテーブルに並べると、何故か椅子脚カバーと濡れ布巾を手に、テーブルの片隅に座り込むクマ。
……一体、何だって言うのよ。
「ぶわははははっ! それでゴン太は危うくお袋に、焼却処分にされかけたのか!」
食べ始めて早々に、孝則に尋ねられた沙織が状況を説明すると、案の定、孝則は爆笑した。
本当にデリカシーの無い子よねっ!!
「パパ、笑い事じゃ無いから」
「そうだよ! それにゴン太じゃなくて、ゴンザレスだし!」
無視よ、無視。
クマが喋っていようが、亀が飛んでいようが、私には関係ないわ。
「ちょっと方向性は違うけど、パパさんと血が繋がってるのは分かった」
「そうか?」
「ひょっとして……、パパさんのパパも、ああいう人なのか?」
何やらクマが急に、怖々と尋ねてきた台詞に、無性に腹が立った。
「『ああいう人』って、どういう意味よっ!!」
「すみません! グランマ様!」
「何だ? 『グランマ様』って」
「おばあちゃんが、自分の事をそう呼べって」
「お袋……、『グランマ』って顔じゃないだろ……」
何なのよ! その如何にも呆れたって顔はっ!!
「顔は関係ないでしょう!? それに私は『グランマと呼びなさい』とは言ったけど、『グランマ様』だなんて変な呼び方を強制して無いわっ!!」
「分かった。分かったから。ゴン太、悪いが年寄りの言う事に、付き合ってやってくれ」
「誰が年寄りよっ!!」
「だから俺はゴン太じゃなくて、ゴンザレスだってば!」
全く! ちょっと顔を出さない間に、どうしてこんな変な物が居座ってるのよ!
「……ただいま」
ぐったりして帰宅し、玄関から上がり込むと、夫が驚いた顔で声をかけてきた。
「どうした? 何日か泊まってくるんじゃ無かったのか?」
「そのつもりだったけど、のっぴきならない事態に遭遇したのよ」
「なんだそれは? 沙織ちゃんに何かあったのか?」
心配そうな顔になった夫に、語気強く宣言する。
ええ、これは自分自身に対する誓いも兼ねているのよ!
「何か起きる前に、私が何とかするわ。取り敢えず明日は、お寺と神社を回れるだけ回るから。あなた、お昼は適当に食べてね」
「……ああ」
今日は気勢を削がれてしまったけど、今度は準備万端整えて行くわ!
首を洗って待ってなさい、クマの悪霊!!
そんな決意も新たに、その日私は眠りに就いたのだった。
「うふふ……。もう逃がさないわよ? 在るべき場所に帰りなさい、悪霊」
目の前の浴室の床に、紐でぐるぐる巻きにした上に、全身に悪霊退散のお札を貼ったクマ。
どう? 身動きできないでしょう?
「あの、待って下さい、グランマ様! 俺は悪霊なんかじゃありませんから!」
「お黙り! 悪霊が自分を『悪霊です』なんて、白状するわけ無いじゃない! 往生際が悪いわよ!」
「だから! 本当に俺には周りに危害を加えるつもりは無いんだけど!? 本当に人の話、聞かないよね!」
「さてと、あとはこれね」
「ちょっ、グランマ様? 一体何を」
「さようなら。きれいさっぱり、そこから出て行ってね?」
「グッ、グランマさまあぁぁっ!!」
殺虫剤と防かび剤、蚊取り線香。やるなら徹底的にやらないとね。
設置して火を付け、薬品を反応させた途端、湧き上がる煙。もくもくと白い煙が立ち上るのを見てから、私は踵を返した。
閉めた扉の向こうで、クマが何やら叫んでいたけど、中から出ていけば静かになるでしょう。
そして合い鍵で玄関の戸締まりをしてから、私は意気揚々と帰宅した。
「お袋……。幾ら何でもやりすぎだぞ」
夜になってからかかってきた電話を取ったら、孝則が呆れ気味の口調で言ってきた為、ちょっとカチンときた。
「いきなり何よ。失礼ね」
「ゴンザレスの奴、何か相当パニクって、帰宅した沙織に救出されてから、涙止まんなくてボロボロ泣いてたんだが」
「まだ出て行ってないの? しつこいわね。取り憑かれる前に、早く何とかしないと」
「……俺は寧ろ、お袋の方が怖い」
思わず舌打ちしたら、ぼそりと言い返してきた孝則に、余計に苛ついた。
「五月蠅いわね。ところでそのクマは、今どうしているの? ちゃんと見張って無いと駄目じゃない」
「いや、今洗濯機だから」
「何? 洗濯機って」
「泣いてぐっしょり濡れてるから、洗濯と乾燥コースの最中」
その光景を想像して、何とも言い難い心境になった。
悪霊も、結構苦労してるのね。
「……私に言わせれば、あんたの方が何をやらかすか分からないんだけど?」
「俺が帰る前から、美和子と沙織は何度もあいつを洗濯機に放り込んでるぞ?」
「そう……。美和子さんも沙織ちゃんも、しっかりしてるから。じゃあおやすみなさい」
「おい、お袋! 本当にこれ以上、余計な事はするなよっ!!」
受話器から微かに孝則の声が聞こえてきたけど、無視しながらそれを戻した。
「一体、何を言ってたんだ? 沙織ちゃんがどうかしたのか?」
「何でも無いわよ。次の手を考えるわ」
「次の手って……。何をやってるんだ……」
夫が呆れ気味に言ってきたけど、構うものですか。
とにかく差し当たっての危険性は低いみたいだけど、やっぱり得体の知れないモノが沙織ちゃんの側に居るのは見過ごせないわ!
負けないわよ! 悪霊!
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