気が付けば奴がいる

篠原 皐月

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沙織、ある夏の日の1コマ

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 今日は暑かったけど、大きな洗濯物がカラッと乾いて嬉しいな~。

「いてててっ!」

 あれ? ああ、そう言えば、少し前からここら辺に転がってたかも……。
 抱えていた洗濯物で視界を遮られていた為、身体の向きを変えて足下を確認すると、そこには悶絶するゴンザレスが居た。
 潰しても元に戻るし、大丈夫だよね? でも一応、謝っておこう。

「ごめん。そこに居るのを忘れてたわ。さっきからピクリともしてなかったし、寝てたの?」
「ずっと起きてたよっ!」

 プンプンと、本気で怒っている口調で主張されてもね……。

「そう? 目が開いたり閉じたりしないのって、寝てるか起きてるか分からないし、意外に不便ね」

 何か能天気な表情で、何もかもが台無しなのよ。ゴンザレスを見てると、表情って大事なんだってつくづく思う。

「それ以前の問題だよな……。こっちは真剣に悩んでいるってのに、表情が変わらないから全然分かって貰えないし……」
「それ以前に、その能天気な表情だと、どう見ても悩んでいる様には見えないんだけど?」
「酷いよね!?」

 でもそんなゴンザレスが、何をそんなに悩むのか気になるな……。
 そんな素朴な疑問が発生した為、床に座って洗濯物をたたみながら尋ねてみた。

「それはともかく、何をそんなに悩んでるのよ」

 そう促してみると、私の前にちょこんと正座した奴が,、神妙に言い出した。

「俺ってさ、何なんだろう……」
「クマ型憑依宇宙人」
「だ~か~ら~! そんな細かい事は取り敢えず置いておいて、俺はどうしてここにこうして存在しているのかなと、そういう事を悩んでるわけ!」

 だから頭に手をやっても、かきむしるとか無理だから。

「……今更な気がするんだけど。自分がここに居る存在意義とか?」
「そう!」
「無いんじゃないの? だってうちを侵略したって、世界征服とか無理だもの」
「もう嫌だ……」

 そう言って床に突っ伏した奴を見て、イラッとした。事実を正確に指摘してあげたのに、一々面倒くさいわね。

「別に小難しい事、考えなくっても良いんじゃない? 要するに『我思う故に我在り』って事でしょ?」
「何、それ?」
「う~んと、正確な所は忘れたけど、確かデカルトの言葉で、あらゆる事象が実際に存在するのか疑わしいけど、疑問に思っている自分の意識は確かに存在するって事? だから自我を持って思考している以上は、その存在と言うか意識と言う物は、現時点で確かに存在してるって事。……でもこれって、ぬいぐるみにも当てはまるのかな?」

 ピョコンと不思議そうに顔を上げたゴンザレスに、聞きかじっただけの知識を披露する。
 まあ……、ちょっと間違ってても良いよね? だって自分でも、良く分からなかったんだもの。

「じゃあさ、俺ってこのまま存在していても良いのかな?」
「良いも悪いも……、『ウザいから消えて』って言ったら、あんたは消える事ができるの?」
「……やっぱり沙織ちゃんは冷たい」

 また声が湿っぽくなってきた……。
 今日は暑いし、湿っても外に出しておけば、すぐ乾くと思うけどね。

「ちょっと。さっきからウジウジしてないで、タオルを畳む位できるわよね?」
「はいはい。何か悩むのが馬鹿らしくなってきたよ……」

 何やらブチブチ言いながらも、素直にたたみ始めるゴンザレス。だけど三枚目をたたみ終えたところで、ふと気が付いた様にこちらに顔を向けてきた。

「そう言えば、沙織ちゃん」
「何?」
「今日は火曜日だよね?」
「そうよ。それが?」
「今日は学校は休み?」

 思わず、洗濯物を畳んでいた手が止まった。
 やっぱりこいつ、馬鹿だわ。

「……今日から夏休みよ」
「へ?」
「夏休みって分からない? 著しく作業効率が落ちる暑い時期に、教師と子供が『こんなくそ暑い時に、勉強なんかやってられっかー!』と錯乱して暴れ出すのを防ぐ為に、お上が定めた長期休暇の事よ」
「え、ええと……」

 何やら困惑している奴に、説明を続ける。

「因みに受験生以外の子供にとってはパラダイスだけど、共働きの親にとっては子供をどこに預けようかとか、家族旅行の日程調整に四苦八苦して、頭の痛くなる時期でもあるわね」
「……ご苦労様です」
「あ、勿論私は、ここに行きたいあそこに行きたいなんて、小さな子供みたいな事は言わないわよ? 行きたければ一人で行くから」
「うん……、ほんっと沙織ちゃんってクールだよね。でもさぁ……、もうちょっと可愛い方が良いと思うんだけど……」

 何やらまたブツブツ言ってるけど、余計なお世話よ!

「それにしても、いつも通り起きて朝食を食べて、午前中に学校の夏休みの宿題を三割方終わらせて、昼食を食べてゴロゴロしてゲームやって、おやつまで食べて洗濯物を取り込んだ時点で、漸くそれを聞くわけ? 鈍過ぎない?」
「…………」

 途端に黙り込む奴。
 当然よ。反論のしようが無いわね。

「因みに夏休みは、八月末までだから」
「え? じゃあ毎日ずっと一人?」
「平日はね。でも今年はあんたがいるから、一人じゃないけど?」
「へ?」

 そこで再び洗濯物をたたむ手を止めて、考えてみた。

「……うん、去年までと比べると、確かに随分喋ってるよね。一人だと何を言っても独り言になっちゃうから、なんとなく嫌だし」
「そうか……、うん、そうだね」
「何一人で納得してるのよ? 変なの」

 しかも、何か妙に嬉しそうだし。変な奴。
 でも……、そうか。独り言になっちゃうよね。独り言かぁ……。

「う~ん」
「……何?」

 思わず考え込んだ私を見て、何やら腰が引けながら恐る恐る尋ねてくる奴。
 失礼ね。一体私を、どんな人間だと思ってるのよ?

「ゴンザレス。外に行く?」
「え?」
「ママに夕飯の買い物を頼まれてるのよ。リュックに詰めていけば、周りの人にも変な顔をされないと思うんだよね。どう? やってみない?」
「行く!」
「よし、決まり。出かけるわよ」

 私の提案に、嬉々として乗って来た奴。
 やっぱり一日中家の中に居たら、退屈だろうしね。
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