気が付けば奴がいる

篠原 皐月

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冴子、緑の妖精さんに人生相談をする

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「ゴンザレスさんは、私がどういう人間かは、ご存知ですか?」
「その……、ママさんの妹さんで、ママさん達の両親が早く亡くなって仏壇がこの家にあるので、今日は拝みに来るから、くれぐれも変な事をして変なぬいぐるみだと思われないようにするようにと……」
「ええ、あの仏壇の位牌は、私達の両親の物なの。私が中学生の時に、二人一緒に事故で亡くなってね」
「……はい、そう伺っています」
 神妙な口調で応じるゴンザレスさんを見て、納得した。
 私が今日ここに来る事は分かっていたから、事前に概略とかは聞いていたのね。それなら余計に、理解してもらえる筈だわ。

「両親との死別後は、六歳年上の姉が私の保護者だったの。保険金で生活費を賄い、奨学金で学費を賄い、私も手伝ったけど家事もしっかりこなして。ちょっと喜怒哀楽表現が苦手だけど、頭が良くてしっかり者の自慢の姉なのよ!」
「うん……、使える物はぬいぐるみでも使う、しっかり者のママさんだよね……」
 妙にしみじみとした口調で、ゴンザレスさんが同意してくる。
 え? まさか姉さん、妖精さんまで使いこなしてるの? さすがだわ……。じゃなくて!
 危ない危ない。話が逸れるところだったわ。もっと気合いを入れて話をしないと。

「そんな姉のお荷物になりたくないと、私もできるだけ頑張ったのよ!? 私本当は、ドジで内気で人付き合いが苦手だけど、姉さんみたいな仕事ができる頼れる女を目指して奮闘した結果、三十手前で主任にもなったのよ!」
「ご苦労様です」
「でも、でもね? ゴンザレスさん! 私、勉強と仕事に邁進してきた結果、彼氏いない歴=年齢になっちゃったのよ!!」
 自分で言って、涙が出てきたわ……。そんな私を見て困ってしまったのか、表情は変わらないけどゴンザレスさんが、微妙に視線を逸らしながらぼそぼそと言葉を返してくる。

「……クマにどんなコメントを求めているのか判別不可能なので、ノーコメントにさせてください」
「三十過ぎてから、ハッと気が付いたの! 就職してからは自立して、姉さんの世話にならずに生きてきたけど、このまま独身で過ごしたら、足腰立たなくなったり死んだ時、また姉さんに迷惑をかける事になるって!!」
「迷惑って……、どれだけ先の事を心配してるんだよ……」
「それにその場合、姉さんだけじゃなくて、沙織ちゃんに迷惑をかける事になるかもしれないじゃない!?
 そんなのってあんまりだわぁぁぁっ!!」
 あ、駄目、色々考え始めたら、本格的に悲しくなってきた……。
 すると頭を抱えて私の話を聞いていたゴンザレスさんが、慌てながら懇願してくる。

「ちょ、ちょっと叔母さん!? いきなり泣き出さないで貰えるかな! びっくりするから! 俺が泣かせたみたいだし!」
「ごめんなさい……。姉さんや沙織ちゃんの前でこんな事言えないけど、ゴンザレスさんが相手だから、ついつい気が緩んで……。あ、お願いだから今の話は」
「ママさんと沙織ちゃんには内緒なんだよね? 分かってるから」
「ゴンザレスさぁぁぁぁん!!」
「だから! ちょっと落ち着いて、泣き止んで貰えないかな!?」
 再度ゴンザレスさんに懇願されて、何とか気合いを入れて涙を止めた。ゴンザレスさんが明らかにホッとした気配を醸し出していたけど、泣いてばかりだといつまで経っても本題に入れないしね!

「そんな事を、日々悶々と考えながら過ごしていたら、二週間前に予想外の事態に陥ったの」
「『予想外』って、どんな?」
「それが……」
「それは?」
「年下の部下の社員から、『結婚を前提にお付き合いしてください』って、申し込まれたのよ!」
 一気に言い切ったけど、それを聞いたゴンザレスさんは一瞬固まってから、実に事も無げに言葉を返してきた。

「……へえぇ? それは良かったじゃない。それなら一件落着だよね」
「じゃないですよね!? どうすれば良いんですか!?」
「へ? どうすればって……。気に入らなければ断って、気に入ってるなら付き合えば良いんだよね? その人、頭悪くてブサイクで、性格悪くて金遣いが荒いの?」
「そんなわけ無いでしょう!? 橋田君は仕事はできるし細かい事にも気を配れる、性格が良くて見た目も良くて、職場中の皆に好かれてるわよ!」
「じゃあ、お付き合いすれば良いよね?」
「だって、私なんかよりもっと他に若くては可愛くて、気遣いのできる優しい後輩が何人もいるのよ? どうしてその子達とじゃなくて、私なのよ!?」
 一気に言い切って、息が切れてきたわ……。するとゴンザレスさんが、何やら残念そうな口調で言い出した。

「叔母さんって……、自己評価がかなり低い人なんだ……」
「低くないわよ、正当な評価よ!」
「はいはい。それで付き合ってみてもすぐに別れる事になりそうだから、そうなったら職場で気まずい思いをしそうだし、どうしようかと悩んでいるわけだ」
 呆れ気味の声で言われたけど、気にならないわ! だってこれから言わんとする事を、見事に言い当ててくれたんだもの!

「さすがゴンザレスさん! 妖精さんは寿命が長いから、森羅万象の事象を知り尽くしているんですね! 是非とも、私にアドバイスを! それか、橋田君の申し入れを無かった事にしてください!」
 嬉々として縋ったのに、ゴンザレスさんの返事は素っ気ないものだった。

「無かった事にするのは無理。そんな力は無いから」
「そんな!」
「それから、その橋田って人の事を嫌いだったらここまで悩まないし、好きなんだよね?」
「え? ええと、それは……」
「好きだよね!?」
「……はい」
 詰め寄られながら確認を入れられて、思わず頷くと、ゴンザレスさんがあっさりと言い出す。

「それなら話は簡単。さっさとお付き合いOKの返事をすれば良いよ」
「でも!」
「叔母さん。自分の事ばかり考えてドツボに嵌まってないでさ、相手の事も考えてみようよ」
「え? 相手って?」
 いきなり何を言い出すのかと、正直戸惑ったが、相変わらずとぼけた表情のゴンザレスさんの声音は、真剣そのものだった。

「だってさ。その人にとっておばさんは、年上の上司だろ? よほどの覚悟がないと、そういう事は言えないんじゃない?」
「……冗談とか、単なる気まぐれとか」
「そういう事をしない、性格が良い人じゃなかったの?」
「…………」
 微塵も言い返せない。さすが経験豊富な、百戦錬磨の妖精さん。

「それにさ、もし上手くいかなくて別れる事になったって、それのどこが悪いのさ」
「え? だって……」
「職場で気まずくなる? それならおばさんの方が立場が上なんだから、相手を他に飛ばしちゃえば良いし」
「できないわよ、そんな事!」
「一生独り身だったら、ママさんや沙織ちゃんに迷惑をかける? あのふたりだったら『あらそう』『叔母さんらしいよね』でおしまいにして、別に文句なんか言わないと思うけどな」
「…………」
 確かにそうかもしれない……。さすがゴンザレスさん。一緒に暮らして二週間で、あの二人の性格を熟知している。

「だからさ、ぬいぐるみ相手にぐちぐち愚痴を零してないで、さっさとその橋田って奴にOKしなよ。上手くいかなくても、笑い話の一つにはなるしさ」
 そう言われて、腹が決まった。
 やっぱりゴンザレスさんは、お父さんとお母さんが私の元に送ってくれた、愛の指南者だわ。

「…………そうね。ありがとう、ゴンザレスさん。やっと決心が付いたわ」
「それは良かったね。それならこれでおとなしく帰っへぶっ!? おぅ、うばだんっ!?」
「ごめんなさい、ゴンザレスさん! もう少し付き合って、私に勇気を頂戴! ここを出た途端、意気地無しになりそうだから!」
「うがっ! ふごっ!」
 一応断りを入れながら、ゴンザレスさんを私のトートバッグに詰め込んだ。さすがにちょっと無理かもと思ったけど、押し込んだらなんとか入ったのでホッとする。
そして勢い良くファスナーを閉めて立ち上がり、小走りに玄関に向かった。そして慌ただしく靴を履いて、外へ出る。
 殆ど何も考えずにエレベーターで一階まで下り、エントランスを出てから、さすがにこのままではいけない事に思い至り、ポケットからスマホを取り出した。それで沙織ちゃんに電話をかけながら、最寄り駅に向かって歩き出す。
 そして歩きながら待つ事数コールで、聞き慣れた声での応答があった。

「叔母さん、沙織だけど。どうかしたの?」
「沙織ちゃん、本当にごめんなさい。急用ができたから、もうマンションを出ちゃったのよ」
「え? あ、そうなの? それならそれで構わないよ? 家に戻って、玄関の鍵をかけるから」 
「ありがとう。それから無断で悪いけど、ゴンザレスさんを借りるわね」
 私がそう口にした途端、それまでいつも通りの淡々とした沙織ちゃんの口調が、急に焦った物に変化した。

「……え? 叔母さん、ちょっと待って! 借りるって、まさかゴンザレスを持って、外に出てるの!? 人目に晒してるわけ!?」
「トートバッグに詰めてるから、外からは見られないわ。本当に、無断借用でごめんなさい。でも、私の人生最大の困難に打ち勝つ為には、ゴンザレスさんのサポートがどうしても必要なのよ! 後でちゃんと返すから見逃して! それじゃあね!」
「叔母さん、ちょっと待って! 少し冷静に話を!」
 話を強制終了させて、スマホの電源を落とす。
 ごめんなさいね、沙織ちゃん。でも叔母さん、頑張るから!

「ゴンザレスさん、私に勇気をくださいね!」
「ふぅごっ、むぐぁっ!」
 肩から提げているトートバッグに向かって声をかけると、くぐもった声での激励が返ってきた。

 ありがとう、ゴンザレスさん! ありがとう、お父さん、お母さん!
 例え失敗に終わっても、冴子は全力を尽くします! 最後まで見守っていてね!?
 そう固く決意した私は、足取りも軽く駅の構内に入って行った。
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