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第4章 燻る火種
(3)悠理の解説
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「ひょっとして……。さっきの退職の話って、この話から繋がっているの?」
「またまた大当たり。要するに公爵閣下は、院長に何でも良いから理由を付けて、俺に辞職勧告をしろと無茶振りしたんだろ。大方、そうしないと国からの補助金の全額カットや、周辺国からの医師の留学や出稼ぎを禁じるとか、言ったんじゃないか? どうせすぐに自分の差し金だと分かった俺が、頭を下げて界琉に取り成す位はするから、そうしたら院長に、辞職勧告を撤回させれば良いと思って」
「界琉に加えて、悠理の性格も全っ然分かって無いわね」
もう溜め息しか出ない心境の藍里に、悠理は笑顔で語りかける。
「辞めろって言われた物を、無理に居座る必要は無いしな。十分経験は積んだ上にしっかり稼がせて貰ったから、帰国するのに全く支障は無かったから、この際辞める事にした」
「辞める事にしたって、そんなあっさり……」
「正直最近、院長の守銭奴ぶりには、ちょっと嫌気が差してたんだ。金払いの良い外国人が俺の腕を聞きつけて次々指名してくるから、医局では俺ばかりが、凄い勤務状況だったんだぜ? 普通に辞めるって言っても放してくれなさそうだったから、どうしたものかと思案していたところにこれだろ? 待てば海路の日和ありって、この事だよな」
妙にすっきりした顔付きの悠理を見ながら、藍里は一応確認を入れた。
「じゃあ一応、円満退職なわけね?」
「まあな。同僚の医師や病院のスタッフ達が、辞職勧告の理由を聞いて納得できないとこぞって院長に詰め寄って騒ぎになったが、皆を宥めてなんとか説得した。それが大変と言えば大変だったが、医局ですっかり同情されて、これまで俺を目の敵にしてた医師まで率先して俺の担当患者を引き受けてくれて、もの凄く助かったぞ。半月もせずに引継ぎができたしな」
「院長さんも気の毒に。辞職勧告なんてあっさり撤回できないし、スタッフさん達からさぞかし疑念の目で見られたでしょうね」
「どうしてだか、その辞職勧告が公宮の意向で出たらしいって噂が流れて、スタッフ達の他にこれまで俺が治療した患者やその家族、これから俺が執刀予定だった患者やその家族達が、こぞって公宮に抗議の電話や文書を送り付けているらしいな。どこの部署が担当しているやら、気の毒な事だ」
しみじみとそんな事を言い出した悠理に、思わず藍里は冷たい目を向けた。
「噂、流したでしょう?」
「何の事だ? ああ、それと、母さんはディル位を返上したからな」
「は? 何、返上って?」
いきなり話題が変わった上、意味不明な事を言われた藍里は戸惑ったが、そんな彼女の様子を見て、悠理も怪訝な顔になった。
「あれ? 誰も言ってなかったか? 聖騎士位は死亡時の他に、年齢や能力の衰えを理由に公爵に返還できるんだ。その場合は無位になるんだが」
それを聞いた藍里は血相を変え、身を乗り出しながら叫んだ。
「一言も聞いてないわよ! そんなの有りなの!? それに母さんはまだ若いじゃない!!」
「来年もクルーズに行きたいって言ってたし、毎年ディルの任務をこなすのが、面倒くさくなったんじゃないのか?」
「そんなあっさりと……、私だって返上したいわよ!」
「お前は無理だろ。まだまだ利用価値があるものな。母さんが船から手配した申請書は、界琉が上手く潜り込ませて誤魔化して、首尾良く公爵に承認の署名をさせたそうだし」
「界琉ったら、どこまで悪辣なのよ!?」
もう身内の傍若無人ぶりに、頭痛がしてきた藍里は、額を押さえながら項垂れた。
「聖騎士位辞退に伴う御前試合は、挑戦者との一騎打ちじゃなくてトーナメント戦って聞いたな。今頃リスベラントでは、その話題で持ちきりだろう」
「……暫く、リスベラントの話題は止して」
「了解」
へらへらと喋っていた悠理に藍里が文句を言ってきた為、彼は苦笑いして話すのを止めた。そして藍里が先程周囲に展開した防音壁魔術を解除すると、その直後にルーカスがリビングに戻ってくる。
「ユーリ、お前、本当に辞めたんだな。だがアルデイン国立総合病院に戻る気があるのなら、父上が声をかけてやると言っているが」
ルーカスのその台詞を聞いて、藍里は(自分が辞めさせる様に働きかけた癖に、恩着せがましいわね)と呆れたが、無言を保った。悠理も似たような事を考えた筈だが、傍目には笑顔を浮かべながらやんわりと断りを入れる。
「殿下。大変光栄なお申し出ですが、公爵のお手を煩わせるなど恐れ多いです。それに既に国内で再就職先を見つけて、来月からの雇用契約も結んでおりますのでお気遣いなく」
「しかし! 国内という事は日本でだろう!? そんなのは宝の持ち腐れじゃないか!」
若干強い口調で言い放ったルーカスに、悠理はすこぶる冷静に言い返した。
「どこにでも難しい症例の患者はいますし、患者を選り好みする医師にだけはなりたくないと思っております。外科の空きが無いなら、この機会に他の分野の研鑽を積むまでです。それに今度の勤務先には漢方外来もありますのでね。そちらの医師とのディスカッションが、今から楽しみなんですよ」
それを聞いた藍里は、ある事を思い出して口を挟んだ。
「そう言えば、悠理。リスベラントで生薬の原料の植物とかも栽培してたわね」
「ああ。色々と扱いが難しい物もあったから、この際日本国内で、本格的に勉強してみようかと思ってる」
「そうなんだ。こんなに向上心旺盛な悠理は、始めて見るわ」
「見くびるな。俺はいつでも知識と技術の習得には貪欲だ」
そんな風に和気あいあいと今後の話で盛り上がっている兄妹を、ルーカスはただ呆然と眺めるのみだった。
「またまた大当たり。要するに公爵閣下は、院長に何でも良いから理由を付けて、俺に辞職勧告をしろと無茶振りしたんだろ。大方、そうしないと国からの補助金の全額カットや、周辺国からの医師の留学や出稼ぎを禁じるとか、言ったんじゃないか? どうせすぐに自分の差し金だと分かった俺が、頭を下げて界琉に取り成す位はするから、そうしたら院長に、辞職勧告を撤回させれば良いと思って」
「界琉に加えて、悠理の性格も全っ然分かって無いわね」
もう溜め息しか出ない心境の藍里に、悠理は笑顔で語りかける。
「辞めろって言われた物を、無理に居座る必要は無いしな。十分経験は積んだ上にしっかり稼がせて貰ったから、帰国するのに全く支障は無かったから、この際辞める事にした」
「辞める事にしたって、そんなあっさり……」
「正直最近、院長の守銭奴ぶりには、ちょっと嫌気が差してたんだ。金払いの良い外国人が俺の腕を聞きつけて次々指名してくるから、医局では俺ばかりが、凄い勤務状況だったんだぜ? 普通に辞めるって言っても放してくれなさそうだったから、どうしたものかと思案していたところにこれだろ? 待てば海路の日和ありって、この事だよな」
妙にすっきりした顔付きの悠理を見ながら、藍里は一応確認を入れた。
「じゃあ一応、円満退職なわけね?」
「まあな。同僚の医師や病院のスタッフ達が、辞職勧告の理由を聞いて納得できないとこぞって院長に詰め寄って騒ぎになったが、皆を宥めてなんとか説得した。それが大変と言えば大変だったが、医局ですっかり同情されて、これまで俺を目の敵にしてた医師まで率先して俺の担当患者を引き受けてくれて、もの凄く助かったぞ。半月もせずに引継ぎができたしな」
「院長さんも気の毒に。辞職勧告なんてあっさり撤回できないし、スタッフさん達からさぞかし疑念の目で見られたでしょうね」
「どうしてだか、その辞職勧告が公宮の意向で出たらしいって噂が流れて、スタッフ達の他にこれまで俺が治療した患者やその家族、これから俺が執刀予定だった患者やその家族達が、こぞって公宮に抗議の電話や文書を送り付けているらしいな。どこの部署が担当しているやら、気の毒な事だ」
しみじみとそんな事を言い出した悠理に、思わず藍里は冷たい目を向けた。
「噂、流したでしょう?」
「何の事だ? ああ、それと、母さんはディル位を返上したからな」
「は? 何、返上って?」
いきなり話題が変わった上、意味不明な事を言われた藍里は戸惑ったが、そんな彼女の様子を見て、悠理も怪訝な顔になった。
「あれ? 誰も言ってなかったか? 聖騎士位は死亡時の他に、年齢や能力の衰えを理由に公爵に返還できるんだ。その場合は無位になるんだが」
それを聞いた藍里は血相を変え、身を乗り出しながら叫んだ。
「一言も聞いてないわよ! そんなの有りなの!? それに母さんはまだ若いじゃない!!」
「来年もクルーズに行きたいって言ってたし、毎年ディルの任務をこなすのが、面倒くさくなったんじゃないのか?」
「そんなあっさりと……、私だって返上したいわよ!」
「お前は無理だろ。まだまだ利用価値があるものな。母さんが船から手配した申請書は、界琉が上手く潜り込ませて誤魔化して、首尾良く公爵に承認の署名をさせたそうだし」
「界琉ったら、どこまで悪辣なのよ!?」
もう身内の傍若無人ぶりに、頭痛がしてきた藍里は、額を押さえながら項垂れた。
「聖騎士位辞退に伴う御前試合は、挑戦者との一騎打ちじゃなくてトーナメント戦って聞いたな。今頃リスベラントでは、その話題で持ちきりだろう」
「……暫く、リスベラントの話題は止して」
「了解」
へらへらと喋っていた悠理に藍里が文句を言ってきた為、彼は苦笑いして話すのを止めた。そして藍里が先程周囲に展開した防音壁魔術を解除すると、その直後にルーカスがリビングに戻ってくる。
「ユーリ、お前、本当に辞めたんだな。だがアルデイン国立総合病院に戻る気があるのなら、父上が声をかけてやると言っているが」
ルーカスのその台詞を聞いて、藍里は(自分が辞めさせる様に働きかけた癖に、恩着せがましいわね)と呆れたが、無言を保った。悠理も似たような事を考えた筈だが、傍目には笑顔を浮かべながらやんわりと断りを入れる。
「殿下。大変光栄なお申し出ですが、公爵のお手を煩わせるなど恐れ多いです。それに既に国内で再就職先を見つけて、来月からの雇用契約も結んでおりますのでお気遣いなく」
「しかし! 国内という事は日本でだろう!? そんなのは宝の持ち腐れじゃないか!」
若干強い口調で言い放ったルーカスに、悠理はすこぶる冷静に言い返した。
「どこにでも難しい症例の患者はいますし、患者を選り好みする医師にだけはなりたくないと思っております。外科の空きが無いなら、この機会に他の分野の研鑽を積むまでです。それに今度の勤務先には漢方外来もありますのでね。そちらの医師とのディスカッションが、今から楽しみなんですよ」
それを聞いた藍里は、ある事を思い出して口を挟んだ。
「そう言えば、悠理。リスベラントで生薬の原料の植物とかも栽培してたわね」
「ああ。色々と扱いが難しい物もあったから、この際日本国内で、本格的に勉強してみようかと思ってる」
「そうなんだ。こんなに向上心旺盛な悠理は、始めて見るわ」
「見くびるな。俺はいつでも知識と技術の習得には貪欲だ」
そんな風に和気あいあいと今後の話で盛り上がっている兄妹を、ルーカスはただ呆然と眺めるのみだった。
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