15 / 49
第1章 聖騎士の義務
(14)思惑
しおりを挟む
披露宴の翌日、ヒルシュ子爵邸に滞在中だった藍里は、単独で公宮に呼びつけられた為、従兄姉達や悠理に見送られて差し向けられた馬車で公宮へと向かった。
迎えが来た段階で嫌な予感しかしなかった藍里が、恭しく通された先で公爵一家と界琉が待ち構えていた事で、完全にろくでもない事だと察しをつけたが、話を聞いた瞬間血相を変えて立ち上がった。
「扉が使えなくなった!? それ、本当なんですか!?」
「落ち着け、藍里。公爵に失礼だろうが」
「何落ち着き払ってるのよ、界琉! 扉が使えなくなったら、元の世界に戻れなくなるじゃない!」
「確かに一大事には違いないが、昨夜一時期使えなくなっただけで、今は正常に作動しているとも説明されただろう」
「そうは言っても! また使えなくなるって事は無いの!?」
狼狽しまくって椅子を背後に蹴倒して立ち上がり、比較的冷静に状況判断している界琉に噛み付いている藍里を見て、ランドルフは密かに考え込んだ。
(確かにこちらに兄妹全員揃っているのに、ダニエルが使えなくする筈も無いか。第一、どうすれば使えなくなるかなど、考えた事も無いだろうしな)
そんな疑念を打ち消そうとしていたランドルフに、界琉が難しい顔になりながら質問を繰り出す。
「閣下。先程のお話では、今現在扉は正常に作動しているとの事でしたが、作動しなくなった原因は判明しているのでしょうか?」
そう尋ねられたランドルフは、瞬時に意識を界琉に向けた。
「いや、今のところ全く不明だ」
「直前の扉の通過時に、何か扉に負荷をかけたとかは」
「その日一日、定期時の通過しかしていないし、持ち込む物体の範囲も常と変わりなかった」
「そうですか……。何か特別な事をして、それによって不具合が生じたと判明しているなら、対策の立てようもあるのですが……」
難しい顔になって考え込んだ界琉に、他の面々も沈鬱な表情で黙り込んだが、ここで藍里が素朴な疑問を呈した。
「扉ってリスベラント建国以来、繋がらなくなった事は一度も無かったんですか?」
「そうだな。少なくとも不通になったという記録は、一度も残っていない」
「誰かが壊そうとした事は?」
そんな予想外すぎる藍里の質問に、室内にいた者は全員唖然となったが、すぐにルーカスが憤然と言い返した。
「壊すだと? ふざけるな!! どうしてそんな事をする必要があるんだ!?」
「え? だって随分古い扉だし、脆そうだなって思ったから」
「お前は古い物と見れば、見境無く壊すのか!?」
「そんな事言ってないでしょう? 物理的に壊されても、世界間の行き来が出来なくなって困ると思っただけよ!」
ルーカスと藍里が喚き立て、クラリーサと界琉が宥めるのを聞き流しながら、ランドルフは自問自答する様に呟く。
「物理的な攻撃か……。魔術的な攻撃と併せて、考えてみる必要があるかもしれんな……」
「お父様、どうかしましたか?」
「いや、こちらの話だ」
クラリーサに声をかけられて我に返ったランドルフは、落ち着き払って答えた。そして藍里に向き直って話を続行させる。
「君はルーカスの婚約者であるから、今回公爵家の身内同様と言う事で扉の事を話したが、他の者には例え家族と言えども、他言しないで貰いたい」
それを聞いた藍里は、はっきりと驚いた顔になった。
「あの……、そうすると悠理とか、両親にも話さないと言う事ですか?」
「当然だ」
「……分かりました」
(冗談じゃないわよ。はっきり言って大迷惑よね。そんな秘密にしなくちゃいけない事なら、話して頂かなくて結構ですよ!!)
一応素直に頷きながらも、藍里は渋面になって心の中でそんな悪態を吐いていたが、そんな彼女の一連の反応を見ていたランドルフは、幾らか安心した。
(この娘は腹芸ができるタイプでは無いし、本当に昨晩の扉に関しては関与していないし、事前に知らされてもいなかったのだろうな。それにリスベラントに定住する気はサラサラ無さそうだし、そんな娘が居る時に、ダニエルが何かする訳は無いだろう。気の回し過ぎか)
そんなランドルフの様子を窺いながら、界琉は密かに笑いを堪えた。
(人質を取ったつもりで、逆に取られた事にまだ気が付いていないらしい。そもそも藍里が居るから扉の封鎖をしないだろうとは、考えが甘いな)
しかし親切に指摘する気など皆無の界琉は、素知らぬ顔を貫いた。そしてさり気なく話題を変える。
「そう言えば、明日辺境域に向かって出発するんだろう? ジーク達がまた護衛に付くと聞いているが、この間付いて貰って気心が知れているからと言って、今聞いた話をポロッと漏らしたりしたら駄目だからな?」
わざとらしくそう確認を入れた途端、藍里は盛大に抗議の声を上げた。
「えぇ!? ちょっと、それって無理かも!」
「仕方ないだろう。この話は、アルデインとリスベラント双方に関わるトップシークレットなんだから」
「そんなの教えて下さいなんて言って無いし、知った事じゃないわよ! 大体扉が使えなくなったら帰れなくなるんだから、気になっておちおち魔獣退治なんかできますか!」
「それなら、さっさと終わらせて、向こうに帰るんだな」
「そうするわよ。本当に、冗談じゃないわ!!」
本来は国の上層部しか知り得ないトップシークレットを、公爵自ら特別に教える事で、自分が厚遇されている事を藍里に認識させようとしたランドルフだったが、それを口にする前に本人からありがた迷惑的な発言をされて黙り込んだ。
それからは翌日からのルーカスと藍里の任務について少し言葉を交わしてから、各自様々な思惑を抱えつつ、その場はお開きとなった。
迎えが来た段階で嫌な予感しかしなかった藍里が、恭しく通された先で公爵一家と界琉が待ち構えていた事で、完全にろくでもない事だと察しをつけたが、話を聞いた瞬間血相を変えて立ち上がった。
「扉が使えなくなった!? それ、本当なんですか!?」
「落ち着け、藍里。公爵に失礼だろうが」
「何落ち着き払ってるのよ、界琉! 扉が使えなくなったら、元の世界に戻れなくなるじゃない!」
「確かに一大事には違いないが、昨夜一時期使えなくなっただけで、今は正常に作動しているとも説明されただろう」
「そうは言っても! また使えなくなるって事は無いの!?」
狼狽しまくって椅子を背後に蹴倒して立ち上がり、比較的冷静に状況判断している界琉に噛み付いている藍里を見て、ランドルフは密かに考え込んだ。
(確かにこちらに兄妹全員揃っているのに、ダニエルが使えなくする筈も無いか。第一、どうすれば使えなくなるかなど、考えた事も無いだろうしな)
そんな疑念を打ち消そうとしていたランドルフに、界琉が難しい顔になりながら質問を繰り出す。
「閣下。先程のお話では、今現在扉は正常に作動しているとの事でしたが、作動しなくなった原因は判明しているのでしょうか?」
そう尋ねられたランドルフは、瞬時に意識を界琉に向けた。
「いや、今のところ全く不明だ」
「直前の扉の通過時に、何か扉に負荷をかけたとかは」
「その日一日、定期時の通過しかしていないし、持ち込む物体の範囲も常と変わりなかった」
「そうですか……。何か特別な事をして、それによって不具合が生じたと判明しているなら、対策の立てようもあるのですが……」
難しい顔になって考え込んだ界琉に、他の面々も沈鬱な表情で黙り込んだが、ここで藍里が素朴な疑問を呈した。
「扉ってリスベラント建国以来、繋がらなくなった事は一度も無かったんですか?」
「そうだな。少なくとも不通になったという記録は、一度も残っていない」
「誰かが壊そうとした事は?」
そんな予想外すぎる藍里の質問に、室内にいた者は全員唖然となったが、すぐにルーカスが憤然と言い返した。
「壊すだと? ふざけるな!! どうしてそんな事をする必要があるんだ!?」
「え? だって随分古い扉だし、脆そうだなって思ったから」
「お前は古い物と見れば、見境無く壊すのか!?」
「そんな事言ってないでしょう? 物理的に壊されても、世界間の行き来が出来なくなって困ると思っただけよ!」
ルーカスと藍里が喚き立て、クラリーサと界琉が宥めるのを聞き流しながら、ランドルフは自問自答する様に呟く。
「物理的な攻撃か……。魔術的な攻撃と併せて、考えてみる必要があるかもしれんな……」
「お父様、どうかしましたか?」
「いや、こちらの話だ」
クラリーサに声をかけられて我に返ったランドルフは、落ち着き払って答えた。そして藍里に向き直って話を続行させる。
「君はルーカスの婚約者であるから、今回公爵家の身内同様と言う事で扉の事を話したが、他の者には例え家族と言えども、他言しないで貰いたい」
それを聞いた藍里は、はっきりと驚いた顔になった。
「あの……、そうすると悠理とか、両親にも話さないと言う事ですか?」
「当然だ」
「……分かりました」
(冗談じゃないわよ。はっきり言って大迷惑よね。そんな秘密にしなくちゃいけない事なら、話して頂かなくて結構ですよ!!)
一応素直に頷きながらも、藍里は渋面になって心の中でそんな悪態を吐いていたが、そんな彼女の一連の反応を見ていたランドルフは、幾らか安心した。
(この娘は腹芸ができるタイプでは無いし、本当に昨晩の扉に関しては関与していないし、事前に知らされてもいなかったのだろうな。それにリスベラントに定住する気はサラサラ無さそうだし、そんな娘が居る時に、ダニエルが何かする訳は無いだろう。気の回し過ぎか)
そんなランドルフの様子を窺いながら、界琉は密かに笑いを堪えた。
(人質を取ったつもりで、逆に取られた事にまだ気が付いていないらしい。そもそも藍里が居るから扉の封鎖をしないだろうとは、考えが甘いな)
しかし親切に指摘する気など皆無の界琉は、素知らぬ顔を貫いた。そしてさり気なく話題を変える。
「そう言えば、明日辺境域に向かって出発するんだろう? ジーク達がまた護衛に付くと聞いているが、この間付いて貰って気心が知れているからと言って、今聞いた話をポロッと漏らしたりしたら駄目だからな?」
わざとらしくそう確認を入れた途端、藍里は盛大に抗議の声を上げた。
「えぇ!? ちょっと、それって無理かも!」
「仕方ないだろう。この話は、アルデインとリスベラント双方に関わるトップシークレットなんだから」
「そんなの教えて下さいなんて言って無いし、知った事じゃないわよ! 大体扉が使えなくなったら帰れなくなるんだから、気になっておちおち魔獣退治なんかできますか!」
「それなら、さっさと終わらせて、向こうに帰るんだな」
「そうするわよ。本当に、冗談じゃないわ!!」
本来は国の上層部しか知り得ないトップシークレットを、公爵自ら特別に教える事で、自分が厚遇されている事を藍里に認識させようとしたランドルフだったが、それを口にする前に本人からありがた迷惑的な発言をされて黙り込んだ。
それからは翌日からのルーカスと藍里の任務について少し言葉を交わしてから、各自様々な思惑を抱えつつ、その場はお開きとなった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーズド・カー
ACE
恋愛
19歳の青年、海野勇太には特殊なフェチがあった。
ある日、ネット掲示板でErikaという女性と知り合い、彼女の車でドライブ旅に出かけることとなる。
刺激的な日々を過ごす一方で、一人の女性を前に様々な葛藤に溺れていく。
全てに失望していた彼が非日常を味わった先で得られたものとは…。
”普通の人生”に憧れてやまない青年と”普通の人生”に辟易する女性のひと夏の物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる