半世紀の契約

篠原 皐月

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第59話 姉妹一の問題児

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「とにかく、もう既に顔を合わせてしまった事に関して、どうこう言っても仕方ありません。これから極力、係わり合いにならなければ良いわけですから」
 その意見に、昌典も漸く平常心を取り戻しつつ、真顔で同意する。

「そうだな。確かに小早川君の言う通りだ。先日着物を作って貰って、汚した着物の弁償はして貰ったんだし、別に問題は無いよな? 今後、顔を合わせる機会だって無いだろうし」
「それが……、仕立てを頼んだ着物が出来上がったら、それを着てご自宅の方に見せに行く約束を……」
「したのか?」
「ええ」
 控え目に言い出した美子の話を聞いて、昌典と淳は揃って嘆息した。しかし諦めて、了承の言葉を口にする。

「約束してしまったのなら仕方が無い。断りを入れて、先方の機嫌を損ねたくはないからな。とにかくあの夫婦を怒らせたり、変に気に入られたりしない様に、くれぐれも対応には気を付ける様に…………、美子。どうかしたのか?」
 真剣に言い聞かせているのに、何やらそわそわとして挙動不審になってきた娘に、昌典は若干目つきを鋭くしながら問いかけた。すると美子が、言い難そうに話を切り出す。

「その……、この前、華菱に出向いた時の事なんだけど……」
「それがどうした?」
「ええと……、怒らせたりはしていないと思うのよ? お二人とも結構ノリノリで話を進めていたし……」
「何があった?」
 如何にも後ろめたい事がある様な素振りの美子に、昌典は更に顔付きを険しくし、淳は頬を引き攣らせたが、そんな二人の前で美子は弁解がましく話を続けた。

「ほら、加積さんって、顔が怖いでしょう? だから桜さんがこれまでイメージアップを図って色々やってみたけど、甲斐が無くてしょうがないから、整形をしろ、しない、なんて話の流れになって。ちょっと緊迫してきたその場の空気を和ませようと、な~んちゃって的な本当に些細な提案を、ほんの出来心とちょっとした好奇心で」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと結論を言え!!」
 昌典の一喝に、美子は半ば自棄になって正直に言い放った。

「幼稚園児のコスプレをすれば、間違っても怖がられないと思うから試してみてはどうかと、加積さんに面と向かって勧めてしまいましたっ!!」
「こっ……、この、大馬鹿者がぁぁ――っ!!」
「ごめんなさい!」
 美子の告白を聞いた昌典は、力任せにテーブルを拳で叩きながら絶叫し、淳は文字通り両手で頭を抱えた。

「俺に謝って済む事か!! 全くお前と言う奴は、小さい頃から姉妹で一番常識人で、問題など起こさないと周囲からは思われているのに、偶にしでかす騒動は、姉妹一の超ド級の物ばかりで!! 深美の最後の手紙の内容も、大体四割がお前を心配する内容だったぞ!?」
「何よそれ!? まるで姉妹の中で、私が一番の問題児みたいじゃない!」
「現にそうだろうが! 美恵達四人についてが四割、残り二割が俺に関する事だったんだ。少しは自覚しろ! 百か日法要も済んでいないのに、深美が草葉の陰で泣いているぞ!?」
「……納得できないわ」
 亡き母親に、自分が姉妹の中で一番問題児扱いされていたという事実に、美子は少なからずショックを受けると同時に、理不尽な想いに駆られていると、未だ動揺を抑えきれないまま、淳が控え目に問いかけてきた。

「美子さん。さっきノリノリって言ってたみたいですけど、まさか加積氏が本気で、そんなコスプレなんかしませんよね?」
「その場で加積さん用に、幼稚園児のスモックと半ズボンとベレー帽と通園バッグ。桜さんは保育士なので、ジャージ風のズボンにエプロンとリボンを特注しました」
 きっぱりとそんな事を断言されて、淳の顔が引き攣る。

「ええと……、華菱で?」
「布だったら何でも仕立ててみせるそうです。……プロですね」
「……そうですね」
 二人揃って、何とも言い難い表情で口を閉ざすと、ここで昌典が何とか気力を奮い立たせて話を纏めにかかった。

「とにかく、これ以上変に目を付けられたらかなわん。先方の自宅を訪問するのは回避できないにしても、間違っても加積夫妻を怒らせるな!! そして、それ以上に変に気に入られるな!! 分かったな、美子!?」
「はぁ~い」
 しかし如何にも気のない素振りで一応了承の返事をした美子に、忽ち昌典の雷が落ちる。

「何だ、そのふて腐れた態度はっ!!」
「だって、愛人とかありえないし……」
「お前はまだ事の重大性を」
「まあまあ、藤宮さん。ちょっとここは一つ、お茶を飲んで落ち着きましょう。美子さんはもう席を外して良いですよ? 後は俺が藤宮さんと話がありますので」
「それなら後は宜しく」
「あ、おい! こら、美子!」
 淳が申し出たのを幸い、美子はそそくさと席を立って廊下へと出た。そして父親が後を追って来ない事に安堵しながら、二階へと上がる。すると、本来静まり返っている筈の廊下に妹達の歓声が響いていた為、美子は不思議に思いながら、原因と思われる美幸の部屋のドアを開けてみた。

「あら。皆、揃ってたのね」
 その声に、その部屋の主の美幸が振り返り、不思議そうに美子を見上げてきた。
「あれ? 美子姉さん、お父さんと大事な話は済んだの?」
 美恵と美実がそう誤魔化していたと分かって、美子は苦笑しながら頷く。

「ええ、取り敢えずはね。皆でジェンガをやってたのね」
「うん、久しぶりに。美子姉さんもやらない?」
「そうね。混ぜてくれる?」
 そしてカーペットの車座に混ぜて貰った美子が、新たに積み上げられたタワーから一本引き抜くと、美幸が何気なく尋ねてくる。

「ところでお父さんとどんな話をしてたの?」
「来月の百箇日法要の事でちょっとね。他にも色々」
「そうなんだ。大変だね」
 そうして妹達が笑い合いながらゲームを進めていると、美子が真顔で切り出した。

「ねえ、ちょっと皆に聞きたいんだけど」
「何?」
「私って、愛人タイプだと思う?」
 その唐突な質問に妹達は揃って動きを止め、困惑顔で美子を凝視した。

「何を言ってるの?」
「美恵姉さんならともかく、何で?」
「私ならってどういう意味よ!?」
「まさか江原さん、結婚してたの!?」
 途端に騒がしくなってきた為、美子は謝りつつ妹達を宥めた。

「ごめんなさい、深い意味は無いの。ちょっと聞いてみただけだから、気にしないで」
「ちょっと待って、そこで話を止めないでよ!」
「本当に江原さん、妻帯者じゃないのよね!?」
 美子は妹達を落ち着かせようとしながら、何気なく口走った内容でも問題を引き起こすなんて、やっぱり自分は潜在的なトラブルメーカーかもしれないと、密かに落ち込む羽目になった。
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