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第54話 桜と佐倉
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その日の夕食時。同じテーブルを囲んでいた美実、美野、美幸に対して、美子は日中あった事を掻い摘まんで説明した。
「そういう事が、日中にあったのよ。その二人が帰った後、何か精神的な疲れがどっと出てしまって……」
そう言って小さく溜め息を吐いた美子に、美幸が納得した様に頷く。
「だから帰って来た時、何も掛けずにソファーに横になったまま、熟睡してたのね」
「美幸ならいざ知らず、美子姉さんはそんな事をした事は無かったから、美幸から話を聞いた時、余程具合が悪かったのかと心配しちゃったわ」
「美幸ならいざ知らずって、何よそれ!」
「本当の事じゃない」
口を挟んできた美野に美幸がいつも通り噛みつき、いつもの事ながら美子がうんざりしながら宥めに入る。
「二人とも、そんな事で喧嘩しないの。ちゃんとご飯を食べなさい」
そこで唐突に、美実が問いを発した。
「美子姉さん。それで今度、華菱に出向く事になったのね?」
「ええ。きちんと納得できる物を選んで、一着だけ仕立てて貰う事にするわ」
「それで終われば良いけど……」
「どういう意味?」
「何でもないわ。独り言よ。ところで、その太っ腹過ぎるおばあさん、何て名前の人なの?」
何やら意味深に呟く様に口にしてから、美実は真顔になって尋ねた。それに美子は正直に答える。
「桜さんって言うのよ」
「ふぅん……、『佐倉さん』ね」
そこで二人の認識に若干の齟齬が生じたが、どちらもそれに気が付かないまま話を続けた。
「因みにその佐倉さんって、どこら辺に住んでいる人?」
「桜さんに住所を書いて貰ったけど、詳しい番地まで暗記していないわ。三田に住んでいるのは確実だけど」
「三田の佐倉さん、ねぇ……」
そこで“謎のおばあさん”の話題は終了し、美子達は世間話などをしながら、楽しく夕食を食べ終えた。
「そう言う話を、夕食時に美子姉さんから聞いたんだけど、淳はどう思う?」
自宅マンションに帰り着いたのを狙った様に、美実からかかってきた電話の内容に、淳は無意識に渋面になった。
「少々胡散臭くないか? 最初から店舗に出向いて選ばせるとなると、さすがに美子さんも遠慮すると考えて、嫌でも出向いた方がマシって状況を作り出したとも考えられるが……」
「でも、本当に善意から申し出た可能性も、捨てきれないのよ。相手はおばあさんだし。美子姉さんが警戒心を抱かない位だから、そんなに変な人じゃ無いと思うし」
「確かに、そうなんだよな……」
珍しく困惑を露わにしている口調の美実に、淳は判断に迷ったものの、取り敢えずの最善策を口にしてみた。
「そのばあさん、三田に住んでいる佐倉って名前だと言ったよな?」
「ええ、そうよ」
「話の内容ではあの華菱の常連らしいし、そんなに羽振りが良いなら、名前と住所が分かればどんな人物か位は分かるだろう。少し時間がかかるだろうが、こっちで調べてみる。色々調べ方はあるからな」
「お願い。何か引っかかってて」
妙に神妙な口調で礼を言ってきた恋人がおかしくなって、淳は小さく笑いを漏らした。
「お前も美子さん絡みでは、結構心配症だったんだな。秀明を笑えないぞ?」
「……悪かったわね」
「麗しい姉妹愛だと誉めてるんだぞ? それじゃあな」
若干拗ねた様に返してきた美実を宥めながら通話を終わらせた淳は、無意識にカレンダーに視線を向けながらひとりごちた。
「まあ、秀明に知らせる程の事では無いな。軽く調べるだけで良いか」
無理矢理自分を納得させる様に呟いた淳は、早速『三田の佐倉』なる人物について調べられそうな人物に、連絡を取り始めた。
「そういう事が、日中にあったのよ。その二人が帰った後、何か精神的な疲れがどっと出てしまって……」
そう言って小さく溜め息を吐いた美子に、美幸が納得した様に頷く。
「だから帰って来た時、何も掛けずにソファーに横になったまま、熟睡してたのね」
「美幸ならいざ知らず、美子姉さんはそんな事をした事は無かったから、美幸から話を聞いた時、余程具合が悪かったのかと心配しちゃったわ」
「美幸ならいざ知らずって、何よそれ!」
「本当の事じゃない」
口を挟んできた美野に美幸がいつも通り噛みつき、いつもの事ながら美子がうんざりしながら宥めに入る。
「二人とも、そんな事で喧嘩しないの。ちゃんとご飯を食べなさい」
そこで唐突に、美実が問いを発した。
「美子姉さん。それで今度、華菱に出向く事になったのね?」
「ええ。きちんと納得できる物を選んで、一着だけ仕立てて貰う事にするわ」
「それで終われば良いけど……」
「どういう意味?」
「何でもないわ。独り言よ。ところで、その太っ腹過ぎるおばあさん、何て名前の人なの?」
何やら意味深に呟く様に口にしてから、美実は真顔になって尋ねた。それに美子は正直に答える。
「桜さんって言うのよ」
「ふぅん……、『佐倉さん』ね」
そこで二人の認識に若干の齟齬が生じたが、どちらもそれに気が付かないまま話を続けた。
「因みにその佐倉さんって、どこら辺に住んでいる人?」
「桜さんに住所を書いて貰ったけど、詳しい番地まで暗記していないわ。三田に住んでいるのは確実だけど」
「三田の佐倉さん、ねぇ……」
そこで“謎のおばあさん”の話題は終了し、美子達は世間話などをしながら、楽しく夕食を食べ終えた。
「そう言う話を、夕食時に美子姉さんから聞いたんだけど、淳はどう思う?」
自宅マンションに帰り着いたのを狙った様に、美実からかかってきた電話の内容に、淳は無意識に渋面になった。
「少々胡散臭くないか? 最初から店舗に出向いて選ばせるとなると、さすがに美子さんも遠慮すると考えて、嫌でも出向いた方がマシって状況を作り出したとも考えられるが……」
「でも、本当に善意から申し出た可能性も、捨てきれないのよ。相手はおばあさんだし。美子姉さんが警戒心を抱かない位だから、そんなに変な人じゃ無いと思うし」
「確かに、そうなんだよな……」
珍しく困惑を露わにしている口調の美実に、淳は判断に迷ったものの、取り敢えずの最善策を口にしてみた。
「そのばあさん、三田に住んでいる佐倉って名前だと言ったよな?」
「ええ、そうよ」
「話の内容ではあの華菱の常連らしいし、そんなに羽振りが良いなら、名前と住所が分かればどんな人物か位は分かるだろう。少し時間がかかるだろうが、こっちで調べてみる。色々調べ方はあるからな」
「お願い。何か引っかかってて」
妙に神妙な口調で礼を言ってきた恋人がおかしくなって、淳は小さく笑いを漏らした。
「お前も美子さん絡みでは、結構心配症だったんだな。秀明を笑えないぞ?」
「……悪かったわね」
「麗しい姉妹愛だと誉めてるんだぞ? それじゃあな」
若干拗ねた様に返してきた美実を宥めながら通話を終わらせた淳は、無意識にカレンダーに視線を向けながらひとりごちた。
「まあ、秀明に知らせる程の事では無いな。軽く調べるだけで良いか」
無理矢理自分を納得させる様に呟いた淳は、早速『三田の佐倉』なる人物について調べられそうな人物に、連絡を取り始めた。
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