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第47話 発覚
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居間に設置してある電話が、夜の九時を回った直後に鳴り響き、向かい合ってお茶を飲んでいた昌典と美子は、揃って怪訝な顔になった。しかしすぐに美子が立ち上がって、リビングボードに歩み寄る。
「はい、藤宮です。……和典叔父さん? どうかしましたか? ……え?」
応対した美子が意外そうな声を上げ、次いで困惑顔で振り返って自分に視線を向けてきた為、昌典は無意識に眉を寄せた。
「どうした?」
すると美子が、通話口を手で押さえながら説明する。
「それが……、至急お父さんと私に話したい事があるから、今からこちらに来るって。と言うか、もう車で向かっている最中みたいで」
「代わってくれ」
若干顔付きを険しくした昌典が立ち上がり、美子の所まで行って受話器を受け取った。
「和典、何事だ? 電話では話せない内容か?」
そして入れ替わりにソファーに戻った美子がお茶を飲んでいるうちに、幾つかのやり取りを済ませて通話を終わらせた昌典が、当惑しながら戻ってくる。
「全く要領を得ないが……、取り敢えず茶の準備だけしておいてくれ」
「分かったわ」
父娘揃って何となく嫌な予感を覚えたが、それからは暫くそれに触れずに時間を過ごした。
「いらっしゃいませ、和典叔父さん。清原さんも、お久しぶりです」
「夜分すまないね、美子ちゃん」
「お邪魔いたします」
予告時間より何分か遅れて藤宮邸にやってきた和典と、運転手としてやって来たらしい彼の公設秘書を出迎えた美子は、二人の顔色がどことなく生彩を欠いている事に気付いたが、それには触れずに穏やかに声をかけた。
「それでは父が待っていますから、叔父さんは客間の方にどうぞ。清原さんも同席されますか?」
「いえ、私は玄関でお待ちしております」
「そんな事は言わずに。寒いですし、居間の方でお待ち下さい」
「はぁ……」
何やら暗い顔の二人を見て、(一体何事?)と思ったものの、美子は余計な事は言わずに顔見知りの清原を居間に案内してからお茶を淹れ、まず彼にお茶を出してから客間へと向かった。
「お父さん、お茶を持って来ました」
「ああ、入れ」
「…………」
襖越しに声をかけてお盆を手に客間に入ると、困惑顔の父と黙り込んでいる叔父がいた為、美子は益々不思議に思った。
(まだ話をしていないのかしら? 叔父さんらしくないわ)
そう思いながらも、何食わぬ顔で和典の目の前に茶碗を置く。
「叔父さん、宜しかったらどうぞ」
「あ、ああ、ありがとう」
「ところで、俺と美子に話があるんだろう? 美子も来たし、黙ってないでさっさと言わないか」
自分の横の座布団に美子が座るのを待って、昌典が渋面で向かい側に座る弟を促すと、和典は勢い良く頭を下げながら叫んだ。
「兄貴、美子ちゃん、すまん!!」
「……いきなり何をする。気でも違ったか?」
さすがに昌典は面食らった表情になったが、美子はつい二日前に俊典から聞いた話を思い出し、密かに冷や汗を流した。
(まさか……、例の女性の事が照江叔母さんにバレて、お父さんと私に宥めて欲しいとか、そんな事を頼みに来たわけじゃ無いわよね!?)
しかし和典は、続けて美子の懸念とは異なる内容を語り出した。
「照江が美子ちゃんに、俊典との縁談を持ち掛けたそうだが、俺はそれを全く聞いてはいなくて」
「そうだったのか? 彼女から直接話を聞いたから、てっきりお前も了承している話かと思ったが。反対なのか?」
「いや、俺だって、美子ちゃんが嫁に来てくれれば万々歳だ!」
「あの、でも……、俊典君にはちゃんと好きな女性が居ましたよ? この前二人で食事をした時に、本人から聞きましたし」
和典が力強く主張した所で美子が思わず口を挟むと、和典は美子に視線を移し、若干険しい表情で問い質してきた。
「因みに……、俊典は何と?」
(何か珍しく、叔父さんが怒っている気が……。さっきのやり取りで、何か怒らせる要素があったかしら?)
少し動揺しながらも、美子は一生懸命その時の会話を思い返し、なるべく正確に聞いた内容を再現してみた。
「ええと、ですね……。たしか『心根の優しい、万事控え目な女性で、政治家の妻として前に出るタイプの女性じゃないけど、絶対美子さんと気が合うと思うから、一度彼女と会って欲しい』とか言われて、叔父さん達に私や父から口添えして欲しいのかと思いながら、別れましたが」
「俊典の奴……、美子ちゃんにそんな事をほざいていたのか」
そこで忌々しげに呟いた和典を見て、美子は更に疑念を深めた。
「叔父さん? 俊典君の口ぶりでは、彼女との結婚を叔父さん達に反対される様な話でした。それで少し、気になっていたんですが……」
美子が控え目に口にした内容に、和典が強い口調で断言する。
「美子ちゃんの推察通りだ。その女との結婚など、もってのほかだ」
「それはどうし」
「えぇぇっ!! どうして頭ごなしに反対するの? 和典叔父さんらしくないわ!」
そこでいきなり襖を勢い良く引き開けて美幸が飛び込んで来た為、唖然とする父と叔父に代わって、美子が叱りつけた。
「美幸!! あんたって子は! またこっそり聞いていたわけ!?」
「だって!」
その美幸の後ろから、美野が申し訳無さそうに姿を見せる。
「ごめんなさい、美子姉さん」
「美野……、あなたまで美幸と一緒になって」
「でもこんな時間に、いつも忙しい和典伯父さんが急に家に出向いてくるなんて、気になるわよ」
「照江叔母さんから美子姉さんに、何やらお話があったばかりですし」
「あなた達は、揃いも揃って……」
更に美実と美恵まで現れた為、美子は思わず溜め息を吐いて、呆れ果てた表情になった。
「和典叔父さん、どうしてその人がお嫁さんとして認められないの? お家がお金持ちじゃないとか、政界の人脈に繋がらないから?」
「それは……」
ちゃっかり和典の横に正座しつつ興味津々で尋ねてきた美幸に、和典は狼狽して口ごもった。
「美幸、子供は黙っていなさい!」
「美幸! そんな事を言うなんて、和典叔父さんに失礼よ? 叔父さんはそんな料簡の狭い人じゃないわ。相手が外国籍の人だったらともかく」
「美野ちゃん、どうして分かった?」
美子が叱責するのとほぼ同時に、美幸と並んで座った美野が妹に言い聞かせると、和典は驚いた顔になった。しかしその反応を見て、美野が戸惑う。
「え? 本当に外国籍の方なんですか? 思いついた事を、取り敢えず口にしてみただけなんですが……」
「…………」
語るに落ちた形になった和典は無表情になって黙り込んだが、そのやり取りを聞いた美幸は困惑した声を上げた。
「どうして外国人だと、俊典お兄さんのお嫁さんになれないの? 時代はグローバルじゃない?」
それに溜め息を吐いた美野が、妹に言い聞かせる。
「あのね、国会議員でも地方議員でも、外国人から献金を受けたり、外国人が代表者の企業から献金を受けたりするのは駄目なのよ?」
「どうして?」
「国政に関わる事で、外国からの影響を受けるわけにはいかないからよ。友好国相手でも、国益が対立する事だってあるし。これで俊典さんが好きな人が国交が無い国とか、国交があっても今現在何らかの問題で外交上対立したいたり、険悪な関係の国籍保持者だったら最悪よ?」
「日本と国交が無い国とかあるの? どことも仲良くしてるよね?」
美野の指摘に和典は顔を引き攣らせたが、良く分かっていない美幸はきょとんとして問い返した。そんな妹の反応に、美野は本気で怒りを露わにする。
「あんたって子は! 偶にはニュース位見なさい! 入試には時事問題だって出るのよ? それに和典叔父さんとも、関係大有りじゃない。叔父さんは与党の外交委員会の委員長で、過去には防衛委員会にも所属してた事があるんだから!」
「あ、そう言えばそうだっけ」
漸く思い至ったらしい美幸に美野は再度深い溜め息を吐いてから、噛んで含める様に言い聞かせ始めた。
「政府、与党の外交・防衛政策にそれなりの影響力を保持している叔父さんを頼りにしている人は多いけど、反対に煙たがって引きずり下ろしたがってる人も国内外に多いのよ。それ位は分かるわよね?」
「……一応」
「だけど叔父さんは身を慎んで、隙なんか見せずに順風満帆。スキャンダルにも無縁。そうなると叔父さんの失脚を狙う輩は、次にどこを狙うと思う?」
真顔での問いかけにいつの間にか室内は静まり返っていたが、美野と美幸はそれに気が付かないまま、問答を続けた。
「手っ取り早く、身内や縁戚のスキャンダルとか弱味?」
「正解。だから和典叔父さんの後継者として目されてる俊典さんの結婚相手も、その女性の周辺には気を配らなきゃいけないわけ」
「それは分かるけど、ちゃんと調べて問題が無ければ良いんじゃない?」
「それは勿論そうよ。だけど極端な話、俊典さんが叔父さん達に隠れて付き合ってた場合、最悪の可能性だってあるのよね」
それを聞いた美子が無意識に和典に顔を向けると、明らかに彼の表情が強張っているのを認め、美子も顔を引き攣らせた。しかし美野達の話は、容赦なく続けられる。
「最悪の可能性って?」
「だって叔父さん達に秘密にしてるって事は、実はその人の身内に明らかに叔父さんに敵対する勢力の人が居るとか、その人自身が対立組織の一員とかって可能性もあるわけでしょう?」
「…………」
その時点で美野と美幸以外の藤宮家の面々の視線が一斉に和典に集まったが、和典は無言を貫いた。
「あ! ひょっとしてスパイとか? でもこっそり付き合ってるなら、叔父さんの陣営を探りようが無いんだから、却って問題ないんじゃない?」
「問題大ありよ。それをマスコミにすっぱ抜かれたりしたらどうするの?」
「う~ん、さすがに拙い? でも『確かに問題も障害もありますが、純愛なんです』って主張すれば、何とかならないの? 国籍で結婚相手を差別するっておかしいよね?」
「だから、敢えて結婚しないで、愛人狙いなのよ」
「は? 何で?」
完全に困惑した美幸に向かって、美野は淡々と説明を続けた。
「その人と結婚する意志を明らかにしないなら、そうそう叔父さん達にもバレないでしょ?」
「確かにそうかもしれないけど……」
「だから健気に『私が結婚相手に相応しく無いのは分かってるから、私は一生日陰の女で良いの。だからあなたは将来の為に、ちゃんと周囲から認めて貰える女性と結婚して』とか殊勝な事を言って丸め込むわけ」
「…………」
(ちょっと待って……。まさかそれって俊典君の話が、実際そうだったとか言わないわよね?)
美野の解説を聞いた美子が、再び和典に顔を向けると、叔父は盛大に顔を引き攣らせていた。それを見た昌典は険しい顔付きになり、美恵は怒りを隠そうともせず、美実は呆れ果てたといった顔付きになったが、大人達は揃って無言を貫いた。しかしそれとは裏腹に、美幸は畳を乱暴に叩きながら爆笑した。
「あははははっ!! あっ、有り得ないぃぃっ!! 何その三文芝居以下の筋書き! それを聞いて『なんて君は謙虚なんだ。誰と結婚しても、俺は一生君を離さないぞ』なんて真顔で言う男なんて、脳内お花畑のお間抜けさんじゃない! そんな考え無しな人、どこを探しても居ないって!!」
「確かに、とても真っ当な判断力を備えた、成人男性とは言えないわね。そんなのが日本の国政を担う事になったら、世も末よ。日本は近い将来、確実に崩壊するわ」
「…………」
姪達の辛辣過ぎるコメントを聞いた和典はこめかみに青筋を浮かべ、美子は慌てて二人の話を遮ろうとしたが、話に夢中になっている二人を止められなかった。
「あ、あのね? 美野」
「そんな裏事情があり過ぎの女性が、仮に首尾良く俊典さんの秘密の愛人になったらどうなると思う?」
「すっぱ抜かれたら、拙いんじゃない?」
「美幸、黙りなさい!」
「すっぱ抜かれる前にその女性自ら、マスコミにリークするわね。賭けても良いわ」
「え? せっかく秘密にしてるのに?」
「もう、いい加減にしなさい!」
「独身なら『純愛です』と押し通しても、正式な婚約後とか結婚後にそんな愛人の存在が分かったら大事よ」
「確かに、女性団体とか人権団体とかは騒ぐとは思うけど? あまりにも結婚相手を馬鹿にしてるし」
そこで今度は自分に視線が集まったのを認識した美子は、何となく気まずくなって思わず黙り込んだ。その隙に、美野達が話を続ける。
「それだけで済まないわよ。選挙区内や後援者から『文句の付けようもない相手と結婚しておきながら、そんな胡散臭い女を側にいさせるなんて』と俊典さんが愛想を尽かされるだけで済まなくて、叔父さんが与党内や同じ派閥内から『威勢の良い事を言ってても、裏では息子を介してどこに繋がっているか分からない』って疑われて白眼視される可能性だってあるのよ? 下手したら倉田家は、未来永劫政界から追放される可能性だってあるわ」
「うっわ! それってリアルハニートラップって事!? 怖いっ! 怖過ぎる!」
自分の話を真に受け、本気で顔色を変えて戦慄した妹を見て、美野はクスッと小さく笑ってから宥めにかかった。
「美幸。さっきからあくまでも、仮定の話って言っているじゃない。あなたがどうして外国籍の人だと、俊典さんの結婚相手として叔父さん達が諸手を上げて賛成できないのかが全然分かっていないから、極端な例を挙げただけなのよ?」
それを聞いた途端、美幸が安堵した様に顔を綻ばせる。
「そう言えばそうだったっけ。だって美野姉さんが、凄い真剣に話してるんだもん。信憑性ばっちりだったし」
「あのね、幾ら俊典さんがちょっと押しが弱くて絆されやすそうに見えても、生まれてからずっと叔父さんやお祖父さんの背中を見て育った、生粋の政治家の家系の人なのよ? その後継者の自覚が無いわけ無いんだから、そんな訳ありの女性を自分に近付ける筈無いじゃない」
「言われてみればそうだよね。幾ら流されやすそうで頼りなさそうに見えても、芯は一本通った人だよね。もう~、美野姉さんが真顔で言ってくるから、すっかり真に受けちゃった。俊典さんにも和典叔父さんにも失礼しました。ごめんなさい」
「……いや、気にしてないから」
悪気は無かったものの、美野と共にこれ以上は無い位の痛烈な皮肉をぶつけまくっていた美幸が、素直に頭を下げて謝ってきた為、和典は辛うじて笑顔らしき物を顔に貼り付けながら応じた。すると美野が、懇願する様に話しかけてくる。
「叔父さん、色々言いたい事はあるでしょうけど、俊典さんが見込んだ人がそうそう問題があるとも思えません。あまり頭ごなしに、反対しないであげて貰えますか?」
「そうそう。叔父さんの度量の広さを示す為にも、ここは一つドーンと構えて「うちの嫁に、ヘイ、カモーン」って言ってあげれば、相手だって感激してずっと倉田家に尽くしてくれるから! 案ずるより産むが易しって言うし!」
その二人の主張に、和典は力の無い笑みで応じた。
「は、はは……。ドーンと、ね……」
「はい!」
「うん!」
叔父とは真逆の力強い満面の笑みを浮かべる美野と美幸を見て、美子は頭痛を覚えた。
(何なの、この二人……。普段は寄ると触ると喧嘩してるくせに、こんな時だけ息がぴったりで。あなた達、実はもの凄く仲が良いんじゃないの!?)
とてもこのまま放置できなかった為、美子は言葉少なに美恵と美実に懇願した。
「美恵、美実。お願い」
「分かったわ」
「任せて」
その意味するところを即座に察した二人は、渋面で立ち上がりながら、妹達を促す。
「ほら美野、美幸立ちなさい。部屋に戻るわよ」
「これからは大人同士の話なんだから。邪魔はしないの」
「はい、分かりました。和典叔父さん、失礼します」
「今度俊典さんの相手がどんな人か、教えて下さいね!」
「美幸! さっさと行きなさい!」
「はぁ~い」
そして妹達が客間から姿を消した途端、美子は和典に向かって勢い良く頭を下げた。
「はい、藤宮です。……和典叔父さん? どうかしましたか? ……え?」
応対した美子が意外そうな声を上げ、次いで困惑顔で振り返って自分に視線を向けてきた為、昌典は無意識に眉を寄せた。
「どうした?」
すると美子が、通話口を手で押さえながら説明する。
「それが……、至急お父さんと私に話したい事があるから、今からこちらに来るって。と言うか、もう車で向かっている最中みたいで」
「代わってくれ」
若干顔付きを険しくした昌典が立ち上がり、美子の所まで行って受話器を受け取った。
「和典、何事だ? 電話では話せない内容か?」
そして入れ替わりにソファーに戻った美子がお茶を飲んでいるうちに、幾つかのやり取りを済ませて通話を終わらせた昌典が、当惑しながら戻ってくる。
「全く要領を得ないが……、取り敢えず茶の準備だけしておいてくれ」
「分かったわ」
父娘揃って何となく嫌な予感を覚えたが、それからは暫くそれに触れずに時間を過ごした。
「いらっしゃいませ、和典叔父さん。清原さんも、お久しぶりです」
「夜分すまないね、美子ちゃん」
「お邪魔いたします」
予告時間より何分か遅れて藤宮邸にやってきた和典と、運転手としてやって来たらしい彼の公設秘書を出迎えた美子は、二人の顔色がどことなく生彩を欠いている事に気付いたが、それには触れずに穏やかに声をかけた。
「それでは父が待っていますから、叔父さんは客間の方にどうぞ。清原さんも同席されますか?」
「いえ、私は玄関でお待ちしております」
「そんな事は言わずに。寒いですし、居間の方でお待ち下さい」
「はぁ……」
何やら暗い顔の二人を見て、(一体何事?)と思ったものの、美子は余計な事は言わずに顔見知りの清原を居間に案内してからお茶を淹れ、まず彼にお茶を出してから客間へと向かった。
「お父さん、お茶を持って来ました」
「ああ、入れ」
「…………」
襖越しに声をかけてお盆を手に客間に入ると、困惑顔の父と黙り込んでいる叔父がいた為、美子は益々不思議に思った。
(まだ話をしていないのかしら? 叔父さんらしくないわ)
そう思いながらも、何食わぬ顔で和典の目の前に茶碗を置く。
「叔父さん、宜しかったらどうぞ」
「あ、ああ、ありがとう」
「ところで、俺と美子に話があるんだろう? 美子も来たし、黙ってないでさっさと言わないか」
自分の横の座布団に美子が座るのを待って、昌典が渋面で向かい側に座る弟を促すと、和典は勢い良く頭を下げながら叫んだ。
「兄貴、美子ちゃん、すまん!!」
「……いきなり何をする。気でも違ったか?」
さすがに昌典は面食らった表情になったが、美子はつい二日前に俊典から聞いた話を思い出し、密かに冷や汗を流した。
(まさか……、例の女性の事が照江叔母さんにバレて、お父さんと私に宥めて欲しいとか、そんな事を頼みに来たわけじゃ無いわよね!?)
しかし和典は、続けて美子の懸念とは異なる内容を語り出した。
「照江が美子ちゃんに、俊典との縁談を持ち掛けたそうだが、俺はそれを全く聞いてはいなくて」
「そうだったのか? 彼女から直接話を聞いたから、てっきりお前も了承している話かと思ったが。反対なのか?」
「いや、俺だって、美子ちゃんが嫁に来てくれれば万々歳だ!」
「あの、でも……、俊典君にはちゃんと好きな女性が居ましたよ? この前二人で食事をした時に、本人から聞きましたし」
和典が力強く主張した所で美子が思わず口を挟むと、和典は美子に視線を移し、若干険しい表情で問い質してきた。
「因みに……、俊典は何と?」
(何か珍しく、叔父さんが怒っている気が……。さっきのやり取りで、何か怒らせる要素があったかしら?)
少し動揺しながらも、美子は一生懸命その時の会話を思い返し、なるべく正確に聞いた内容を再現してみた。
「ええと、ですね……。たしか『心根の優しい、万事控え目な女性で、政治家の妻として前に出るタイプの女性じゃないけど、絶対美子さんと気が合うと思うから、一度彼女と会って欲しい』とか言われて、叔父さん達に私や父から口添えして欲しいのかと思いながら、別れましたが」
「俊典の奴……、美子ちゃんにそんな事をほざいていたのか」
そこで忌々しげに呟いた和典を見て、美子は更に疑念を深めた。
「叔父さん? 俊典君の口ぶりでは、彼女との結婚を叔父さん達に反対される様な話でした。それで少し、気になっていたんですが……」
美子が控え目に口にした内容に、和典が強い口調で断言する。
「美子ちゃんの推察通りだ。その女との結婚など、もってのほかだ」
「それはどうし」
「えぇぇっ!! どうして頭ごなしに反対するの? 和典叔父さんらしくないわ!」
そこでいきなり襖を勢い良く引き開けて美幸が飛び込んで来た為、唖然とする父と叔父に代わって、美子が叱りつけた。
「美幸!! あんたって子は! またこっそり聞いていたわけ!?」
「だって!」
その美幸の後ろから、美野が申し訳無さそうに姿を見せる。
「ごめんなさい、美子姉さん」
「美野……、あなたまで美幸と一緒になって」
「でもこんな時間に、いつも忙しい和典伯父さんが急に家に出向いてくるなんて、気になるわよ」
「照江叔母さんから美子姉さんに、何やらお話があったばかりですし」
「あなた達は、揃いも揃って……」
更に美実と美恵まで現れた為、美子は思わず溜め息を吐いて、呆れ果てた表情になった。
「和典叔父さん、どうしてその人がお嫁さんとして認められないの? お家がお金持ちじゃないとか、政界の人脈に繋がらないから?」
「それは……」
ちゃっかり和典の横に正座しつつ興味津々で尋ねてきた美幸に、和典は狼狽して口ごもった。
「美幸、子供は黙っていなさい!」
「美幸! そんな事を言うなんて、和典叔父さんに失礼よ? 叔父さんはそんな料簡の狭い人じゃないわ。相手が外国籍の人だったらともかく」
「美野ちゃん、どうして分かった?」
美子が叱責するのとほぼ同時に、美幸と並んで座った美野が妹に言い聞かせると、和典は驚いた顔になった。しかしその反応を見て、美野が戸惑う。
「え? 本当に外国籍の方なんですか? 思いついた事を、取り敢えず口にしてみただけなんですが……」
「…………」
語るに落ちた形になった和典は無表情になって黙り込んだが、そのやり取りを聞いた美幸は困惑した声を上げた。
「どうして外国人だと、俊典お兄さんのお嫁さんになれないの? 時代はグローバルじゃない?」
それに溜め息を吐いた美野が、妹に言い聞かせる。
「あのね、国会議員でも地方議員でも、外国人から献金を受けたり、外国人が代表者の企業から献金を受けたりするのは駄目なのよ?」
「どうして?」
「国政に関わる事で、外国からの影響を受けるわけにはいかないからよ。友好国相手でも、国益が対立する事だってあるし。これで俊典さんが好きな人が国交が無い国とか、国交があっても今現在何らかの問題で外交上対立したいたり、険悪な関係の国籍保持者だったら最悪よ?」
「日本と国交が無い国とかあるの? どことも仲良くしてるよね?」
美野の指摘に和典は顔を引き攣らせたが、良く分かっていない美幸はきょとんとして問い返した。そんな妹の反応に、美野は本気で怒りを露わにする。
「あんたって子は! 偶にはニュース位見なさい! 入試には時事問題だって出るのよ? それに和典叔父さんとも、関係大有りじゃない。叔父さんは与党の外交委員会の委員長で、過去には防衛委員会にも所属してた事があるんだから!」
「あ、そう言えばそうだっけ」
漸く思い至ったらしい美幸に美野は再度深い溜め息を吐いてから、噛んで含める様に言い聞かせ始めた。
「政府、与党の外交・防衛政策にそれなりの影響力を保持している叔父さんを頼りにしている人は多いけど、反対に煙たがって引きずり下ろしたがってる人も国内外に多いのよ。それ位は分かるわよね?」
「……一応」
「だけど叔父さんは身を慎んで、隙なんか見せずに順風満帆。スキャンダルにも無縁。そうなると叔父さんの失脚を狙う輩は、次にどこを狙うと思う?」
真顔での問いかけにいつの間にか室内は静まり返っていたが、美野と美幸はそれに気が付かないまま、問答を続けた。
「手っ取り早く、身内や縁戚のスキャンダルとか弱味?」
「正解。だから和典叔父さんの後継者として目されてる俊典さんの結婚相手も、その女性の周辺には気を配らなきゃいけないわけ」
「それは分かるけど、ちゃんと調べて問題が無ければ良いんじゃない?」
「それは勿論そうよ。だけど極端な話、俊典さんが叔父さん達に隠れて付き合ってた場合、最悪の可能性だってあるのよね」
それを聞いた美子が無意識に和典に顔を向けると、明らかに彼の表情が強張っているのを認め、美子も顔を引き攣らせた。しかし美野達の話は、容赦なく続けられる。
「最悪の可能性って?」
「だって叔父さん達に秘密にしてるって事は、実はその人の身内に明らかに叔父さんに敵対する勢力の人が居るとか、その人自身が対立組織の一員とかって可能性もあるわけでしょう?」
「…………」
その時点で美野と美幸以外の藤宮家の面々の視線が一斉に和典に集まったが、和典は無言を貫いた。
「あ! ひょっとしてスパイとか? でもこっそり付き合ってるなら、叔父さんの陣営を探りようが無いんだから、却って問題ないんじゃない?」
「問題大ありよ。それをマスコミにすっぱ抜かれたりしたらどうするの?」
「う~ん、さすがに拙い? でも『確かに問題も障害もありますが、純愛なんです』って主張すれば、何とかならないの? 国籍で結婚相手を差別するっておかしいよね?」
「だから、敢えて結婚しないで、愛人狙いなのよ」
「は? 何で?」
完全に困惑した美幸に向かって、美野は淡々と説明を続けた。
「その人と結婚する意志を明らかにしないなら、そうそう叔父さん達にもバレないでしょ?」
「確かにそうかもしれないけど……」
「だから健気に『私が結婚相手に相応しく無いのは分かってるから、私は一生日陰の女で良いの。だからあなたは将来の為に、ちゃんと周囲から認めて貰える女性と結婚して』とか殊勝な事を言って丸め込むわけ」
「…………」
(ちょっと待って……。まさかそれって俊典君の話が、実際そうだったとか言わないわよね?)
美野の解説を聞いた美子が、再び和典に顔を向けると、叔父は盛大に顔を引き攣らせていた。それを見た昌典は険しい顔付きになり、美恵は怒りを隠そうともせず、美実は呆れ果てたといった顔付きになったが、大人達は揃って無言を貫いた。しかしそれとは裏腹に、美幸は畳を乱暴に叩きながら爆笑した。
「あははははっ!! あっ、有り得ないぃぃっ!! 何その三文芝居以下の筋書き! それを聞いて『なんて君は謙虚なんだ。誰と結婚しても、俺は一生君を離さないぞ』なんて真顔で言う男なんて、脳内お花畑のお間抜けさんじゃない! そんな考え無しな人、どこを探しても居ないって!!」
「確かに、とても真っ当な判断力を備えた、成人男性とは言えないわね。そんなのが日本の国政を担う事になったら、世も末よ。日本は近い将来、確実に崩壊するわ」
「…………」
姪達の辛辣過ぎるコメントを聞いた和典はこめかみに青筋を浮かべ、美子は慌てて二人の話を遮ろうとしたが、話に夢中になっている二人を止められなかった。
「あ、あのね? 美野」
「そんな裏事情があり過ぎの女性が、仮に首尾良く俊典さんの秘密の愛人になったらどうなると思う?」
「すっぱ抜かれたら、拙いんじゃない?」
「美幸、黙りなさい!」
「すっぱ抜かれる前にその女性自ら、マスコミにリークするわね。賭けても良いわ」
「え? せっかく秘密にしてるのに?」
「もう、いい加減にしなさい!」
「独身なら『純愛です』と押し通しても、正式な婚約後とか結婚後にそんな愛人の存在が分かったら大事よ」
「確かに、女性団体とか人権団体とかは騒ぐとは思うけど? あまりにも結婚相手を馬鹿にしてるし」
そこで今度は自分に視線が集まったのを認識した美子は、何となく気まずくなって思わず黙り込んだ。その隙に、美野達が話を続ける。
「それだけで済まないわよ。選挙区内や後援者から『文句の付けようもない相手と結婚しておきながら、そんな胡散臭い女を側にいさせるなんて』と俊典さんが愛想を尽かされるだけで済まなくて、叔父さんが与党内や同じ派閥内から『威勢の良い事を言ってても、裏では息子を介してどこに繋がっているか分からない』って疑われて白眼視される可能性だってあるのよ? 下手したら倉田家は、未来永劫政界から追放される可能性だってあるわ」
「うっわ! それってリアルハニートラップって事!? 怖いっ! 怖過ぎる!」
自分の話を真に受け、本気で顔色を変えて戦慄した妹を見て、美野はクスッと小さく笑ってから宥めにかかった。
「美幸。さっきからあくまでも、仮定の話って言っているじゃない。あなたがどうして外国籍の人だと、俊典さんの結婚相手として叔父さん達が諸手を上げて賛成できないのかが全然分かっていないから、極端な例を挙げただけなのよ?」
それを聞いた途端、美幸が安堵した様に顔を綻ばせる。
「そう言えばそうだったっけ。だって美野姉さんが、凄い真剣に話してるんだもん。信憑性ばっちりだったし」
「あのね、幾ら俊典さんがちょっと押しが弱くて絆されやすそうに見えても、生まれてからずっと叔父さんやお祖父さんの背中を見て育った、生粋の政治家の家系の人なのよ? その後継者の自覚が無いわけ無いんだから、そんな訳ありの女性を自分に近付ける筈無いじゃない」
「言われてみればそうだよね。幾ら流されやすそうで頼りなさそうに見えても、芯は一本通った人だよね。もう~、美野姉さんが真顔で言ってくるから、すっかり真に受けちゃった。俊典さんにも和典叔父さんにも失礼しました。ごめんなさい」
「……いや、気にしてないから」
悪気は無かったものの、美野と共にこれ以上は無い位の痛烈な皮肉をぶつけまくっていた美幸が、素直に頭を下げて謝ってきた為、和典は辛うじて笑顔らしき物を顔に貼り付けながら応じた。すると美野が、懇願する様に話しかけてくる。
「叔父さん、色々言いたい事はあるでしょうけど、俊典さんが見込んだ人がそうそう問題があるとも思えません。あまり頭ごなしに、反対しないであげて貰えますか?」
「そうそう。叔父さんの度量の広さを示す為にも、ここは一つドーンと構えて「うちの嫁に、ヘイ、カモーン」って言ってあげれば、相手だって感激してずっと倉田家に尽くしてくれるから! 案ずるより産むが易しって言うし!」
その二人の主張に、和典は力の無い笑みで応じた。
「は、はは……。ドーンと、ね……」
「はい!」
「うん!」
叔父とは真逆の力強い満面の笑みを浮かべる美野と美幸を見て、美子は頭痛を覚えた。
(何なの、この二人……。普段は寄ると触ると喧嘩してるくせに、こんな時だけ息がぴったりで。あなた達、実はもの凄く仲が良いんじゃないの!?)
とてもこのまま放置できなかった為、美子は言葉少なに美恵と美実に懇願した。
「美恵、美実。お願い」
「分かったわ」
「任せて」
その意味するところを即座に察した二人は、渋面で立ち上がりながら、妹達を促す。
「ほら美野、美幸立ちなさい。部屋に戻るわよ」
「これからは大人同士の話なんだから。邪魔はしないの」
「はい、分かりました。和典叔父さん、失礼します」
「今度俊典さんの相手がどんな人か、教えて下さいね!」
「美幸! さっさと行きなさい!」
「はぁ~い」
そして妹達が客間から姿を消した途端、美子は和典に向かって勢い良く頭を下げた。
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