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四月
5.対抗策
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「今まで色々妨害は受けていたが……」
「今度は違うパターンで来たか」
「今まではここに送り込もうとしても、人気の無さと悪い噂が先行して、好き好んで入りたがる人間が藤宮君以外にいなかったんだがな」
「よりにもよって、課長の産休入りまで二ヶ月切ってるこの時期に……」
「この時期だから、ちょっかい出してきたんじゃ無いですか?」
「産休中の体制も、何故かまだ公になって無いしな。これも人事部の嫌がらせの一環か?」
そんなやり取りを耳にして、美幸は怒り心頭に発した。
(ふざけるんじゃ無いわよ? 課長を初めとしてニ課全員、誠心誠意働いて、どこの部署にも引けを取らない業績を上げてるって言うのに。社内でつまらない足の引っ張り合いをする位なら、自分の仕事を真面目にしなさいよ!!)
「それで、係長。どうするつもりだ?」
その清瀬の声で美幸は我に返り、城崎に視線を向けた。すると城崎は真剣な顔付きのまま、淡々と告げる。
「今の仲原さんの推測ですが、俺もほぼ同意見です。ですが取り敢えず表立ってする事はありません。夏木係長が内密に渡したと言う事は、人事部に掛け合っても操作されたデータを元に『こちらでは十分な人材として採用配置した。そちらの指導力不足だ』と難癖を付けられるのがオチでしょう。今回のこれは、皆さんにこういう背景があると一応認識しておいて欲しかったので、配りました」
「納得できません!」
両手で座卓を叩きつつ美幸が叫んだが、城崎は冷静に話を続ける。
「それに産休前に大きな商談を纏めようと奔走してる課長に、余計な心理的負担を与えたくは無い。その意味で夏木係長は課長にも知らせない様に言って、藤宮さんにこれを渡したんだろうし」
「それは……」
思わず口ごもった美幸に、城崎は重ねて言い聞かせた。
「早々に『指導できません』と投げ出したら、本当にニ課の体制不備だと難癖を付けられかねない。暫くはこのまま様子を見る。一応背後関係が分かっただけ、良しとするしか無いだろう」
「泣き寝入りですか?」
悔しそうに呻いた美幸に、城崎も苦々しげに応じる。
「蜂谷を使える様にできれば、問題解決なんだがな」
「無理だわ」
「無理です」
「……簡単に断言するな」
女二人が声を揃えて否定した為、城崎は深々と溜め息を吐いた。すると高須が控え目に話しかける。
「あの……、係長。取り敢えず来週からは、俺が彼を指導してみましょうか?」
「高須?」
当事者の城崎は勿論、その場全員が高須に視線を向けると、高須は真剣に話し出した。
「この一週間で仲原さんのストレスも業務も随分溜まってますし、週明けに仲原さんが進めてきた桐蔭華燭の契約が、初めて成立する見込みでしたよね? 色々雑務も有るでしょうし、ゴールデンウイークで気分一新して、そちらに集中して欲しいですから」
「構わないのか?」
確認を入れた城崎に、高須は真顔で頷く。
「幸い俺の方は、今日大関加工との仕事が一段落して日程に余裕がありますし、蜂谷には女性蔑視の傾向が有りますので、その意味でも仲原さんよりは俺の言う事を聞くかと。それに……、去年藤宮の相手をして、傾向は違いますが散々斜め上の方向の発想と行動で振り回された経験が有りますから、幾らかは耐性があるかと思います」
「…………」
「ちょっと高須さん! 何なんですかそれはっ!」
高須が真剣そのものの口調でそう述べた途端、今度は全員が無言で美幸に視線を向け、それを受けた美幸は当然憤慨した。しかし城崎が多少悩んだ素振りを見せてから、高須に指示を出す。
「そうだな……、じゃあ高須、悪いがそうして貰えるか?」
「分かりました」
「ちょっと、係長!?」
「仲原も、それで構わないか?」
「申し訳ないけど、お願いするわ。じゃあ早速何をどの程度教えたのかを、今から簡単に話しておくから」
「お願いします」
そして自分を軽く無視して話を進めていく面々に、美幸は少々拗ねた。
(うもぉぅっ! 何なのよ、皆真剣な顔してっ!! あんなのと比較されるだけで腹立たしいわよっ!!)
取り敢えずその飲み会では、それで当面の対応策が纏まり、連休明けからは蜂谷は高須預かりとなって細々とした指導を受けていたが、端から見て理彩同様高須も相当ストレスを溜め込んでいるのが丸分かりの状態だった。そして高須が指導を始めてから、初めての週末がやってきた。
「んじゃ、課長も帰ったんで、お先に~」
「……お疲れ」
体調に配慮して定時で帰っている真澄に続き、蜂谷も平然と立ち上がって形ばかりの退出の挨拶をして部屋を出て行く。それに律儀に言葉を返してから、高須は無言で立ち上がり、城崎の机までやって来た。
「係長、ちょっと宜しいですか?」
「ああ、どうした?」
その呼び掛けに、椅子ごと向き直った城崎の前で、高須は立ったまま深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。俺はこれまで自分の事を、人当たりが良くて結構温厚で我慢強くてそれなりに神経も太いと思っていましたが、それが単なる自惚れに過ぎないと言う事が、この一週間で」
「分かった、高須。もう何も言うな。お前に落ち度は無い。良くやってくれた」
それ以上口にしなくとも言わんとする内容が分かってしまった城崎は、高須の話を遮って宥めた。すると机を挟んだ向こう側から、理沙の力強い叫びが上がる。
「そうよ! 恥じる事は無いから! 悪いのは全面的にあいつだし。私が一番良く分かってるわよ。気にしちゃ駄目よ!?」
「ありがとうございます」
そんなやり取りを耳にして、二課はもとより一課と三課からも同情の視線が向けられた。
「高須君もギブアップか……」
「彼なりに頑張ったと思うぞ? 至急で無いにしろ仕事を抱えながら」
「しかしこれからどうします?」
そんな囁き声をバックに、瀬上が城崎に声をかけた。
「係長、一つ提案があります」
「何だ? 瀬上」
「蜂谷の指導は藤宮に一任してみてはどうでしょう? 古来から『毒を以って毒を制す』と言いますし、-(マイナス)×-は+(プラス)です」
真顔でそんな事を言われた城崎は、面食らった様に瀬上を見返した。
「瀬上がその手の冗談を言うのを、初めて聞いたな」
「俺は本気です」
「…………」
すこぶる真面目な表情の瀬上に、咄嗟にどう返せば良いかと分からず口ごもった城崎だったが、その隙に他の者が好き勝手に言い出した。
「でも瀬上さん、あいつと藤宮は毒の種類が違いますから、却って酷い中毒を引き起こしませんか?」
「高須さん! 真面目な顔で、何つまらない事を言ってるんですか!?」
「それにベクトルも違うから、掛け合わせても変な方向に吹っ飛んでいくだけじゃない?」
「仲原さんまで! 一体私の事を、どんな人間だと思ってるんですか!! 係長! 何とか言って下さい!」
憤然として訴えた美幸だったが、城崎は口に手をやって少しの間考え込み、美幸に向き直りながら告げた。
「藤宮さん。悪いが暫くの間、蜂谷の指導を引き受けてくれないか? 通常なら新人教育は、各職場の勤続三年目以降の人間が担当する事になっているんだが、二年目でも君だったら十分務まると思うし」
「私がですか……」
(まあ、ちょっと引っかかる物言いはされたけど、高須さんが最近爆発寸前だったのは、良く分かってるし。なんとなく予想はしてたしね……。それに取り敢えず係長には、力量は認めて貰っているみたいだし)
色々思う所は有るにせよ、ここで美幸は腹を括った。
「分かりました。蜂谷君の指導役をお引き受けします。うまくできるかどうかは分かりませんが」
「ああ、宜しく頼む。高須と指導内容の引き継ぎをしておいてくれ」
「はい、高須さん、お願いします」
そうして不安の残る顔付きの城崎と高須に向かって、美幸は安心させるように明るく笑って頷いて見せた。
「今度は違うパターンで来たか」
「今まではここに送り込もうとしても、人気の無さと悪い噂が先行して、好き好んで入りたがる人間が藤宮君以外にいなかったんだがな」
「よりにもよって、課長の産休入りまで二ヶ月切ってるこの時期に……」
「この時期だから、ちょっかい出してきたんじゃ無いですか?」
「産休中の体制も、何故かまだ公になって無いしな。これも人事部の嫌がらせの一環か?」
そんなやり取りを耳にして、美幸は怒り心頭に発した。
(ふざけるんじゃ無いわよ? 課長を初めとしてニ課全員、誠心誠意働いて、どこの部署にも引けを取らない業績を上げてるって言うのに。社内でつまらない足の引っ張り合いをする位なら、自分の仕事を真面目にしなさいよ!!)
「それで、係長。どうするつもりだ?」
その清瀬の声で美幸は我に返り、城崎に視線を向けた。すると城崎は真剣な顔付きのまま、淡々と告げる。
「今の仲原さんの推測ですが、俺もほぼ同意見です。ですが取り敢えず表立ってする事はありません。夏木係長が内密に渡したと言う事は、人事部に掛け合っても操作されたデータを元に『こちらでは十分な人材として採用配置した。そちらの指導力不足だ』と難癖を付けられるのがオチでしょう。今回のこれは、皆さんにこういう背景があると一応認識しておいて欲しかったので、配りました」
「納得できません!」
両手で座卓を叩きつつ美幸が叫んだが、城崎は冷静に話を続ける。
「それに産休前に大きな商談を纏めようと奔走してる課長に、余計な心理的負担を与えたくは無い。その意味で夏木係長は課長にも知らせない様に言って、藤宮さんにこれを渡したんだろうし」
「それは……」
思わず口ごもった美幸に、城崎は重ねて言い聞かせた。
「早々に『指導できません』と投げ出したら、本当にニ課の体制不備だと難癖を付けられかねない。暫くはこのまま様子を見る。一応背後関係が分かっただけ、良しとするしか無いだろう」
「泣き寝入りですか?」
悔しそうに呻いた美幸に、城崎も苦々しげに応じる。
「蜂谷を使える様にできれば、問題解決なんだがな」
「無理だわ」
「無理です」
「……簡単に断言するな」
女二人が声を揃えて否定した為、城崎は深々と溜め息を吐いた。すると高須が控え目に話しかける。
「あの……、係長。取り敢えず来週からは、俺が彼を指導してみましょうか?」
「高須?」
当事者の城崎は勿論、その場全員が高須に視線を向けると、高須は真剣に話し出した。
「この一週間で仲原さんのストレスも業務も随分溜まってますし、週明けに仲原さんが進めてきた桐蔭華燭の契約が、初めて成立する見込みでしたよね? 色々雑務も有るでしょうし、ゴールデンウイークで気分一新して、そちらに集中して欲しいですから」
「構わないのか?」
確認を入れた城崎に、高須は真顔で頷く。
「幸い俺の方は、今日大関加工との仕事が一段落して日程に余裕がありますし、蜂谷には女性蔑視の傾向が有りますので、その意味でも仲原さんよりは俺の言う事を聞くかと。それに……、去年藤宮の相手をして、傾向は違いますが散々斜め上の方向の発想と行動で振り回された経験が有りますから、幾らかは耐性があるかと思います」
「…………」
「ちょっと高須さん! 何なんですかそれはっ!」
高須が真剣そのものの口調でそう述べた途端、今度は全員が無言で美幸に視線を向け、それを受けた美幸は当然憤慨した。しかし城崎が多少悩んだ素振りを見せてから、高須に指示を出す。
「そうだな……、じゃあ高須、悪いがそうして貰えるか?」
「分かりました」
「ちょっと、係長!?」
「仲原も、それで構わないか?」
「申し訳ないけど、お願いするわ。じゃあ早速何をどの程度教えたのかを、今から簡単に話しておくから」
「お願いします」
そして自分を軽く無視して話を進めていく面々に、美幸は少々拗ねた。
(うもぉぅっ! 何なのよ、皆真剣な顔してっ!! あんなのと比較されるだけで腹立たしいわよっ!!)
取り敢えずその飲み会では、それで当面の対応策が纏まり、連休明けからは蜂谷は高須預かりとなって細々とした指導を受けていたが、端から見て理彩同様高須も相当ストレスを溜め込んでいるのが丸分かりの状態だった。そして高須が指導を始めてから、初めての週末がやってきた。
「んじゃ、課長も帰ったんで、お先に~」
「……お疲れ」
体調に配慮して定時で帰っている真澄に続き、蜂谷も平然と立ち上がって形ばかりの退出の挨拶をして部屋を出て行く。それに律儀に言葉を返してから、高須は無言で立ち上がり、城崎の机までやって来た。
「係長、ちょっと宜しいですか?」
「ああ、どうした?」
その呼び掛けに、椅子ごと向き直った城崎の前で、高須は立ったまま深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。俺はこれまで自分の事を、人当たりが良くて結構温厚で我慢強くてそれなりに神経も太いと思っていましたが、それが単なる自惚れに過ぎないと言う事が、この一週間で」
「分かった、高須。もう何も言うな。お前に落ち度は無い。良くやってくれた」
それ以上口にしなくとも言わんとする内容が分かってしまった城崎は、高須の話を遮って宥めた。すると机を挟んだ向こう側から、理沙の力強い叫びが上がる。
「そうよ! 恥じる事は無いから! 悪いのは全面的にあいつだし。私が一番良く分かってるわよ。気にしちゃ駄目よ!?」
「ありがとうございます」
そんなやり取りを耳にして、二課はもとより一課と三課からも同情の視線が向けられた。
「高須君もギブアップか……」
「彼なりに頑張ったと思うぞ? 至急で無いにしろ仕事を抱えながら」
「しかしこれからどうします?」
そんな囁き声をバックに、瀬上が城崎に声をかけた。
「係長、一つ提案があります」
「何だ? 瀬上」
「蜂谷の指導は藤宮に一任してみてはどうでしょう? 古来から『毒を以って毒を制す』と言いますし、-(マイナス)×-は+(プラス)です」
真顔でそんな事を言われた城崎は、面食らった様に瀬上を見返した。
「瀬上がその手の冗談を言うのを、初めて聞いたな」
「俺は本気です」
「…………」
すこぶる真面目な表情の瀬上に、咄嗟にどう返せば良いかと分からず口ごもった城崎だったが、その隙に他の者が好き勝手に言い出した。
「でも瀬上さん、あいつと藤宮は毒の種類が違いますから、却って酷い中毒を引き起こしませんか?」
「高須さん! 真面目な顔で、何つまらない事を言ってるんですか!?」
「それにベクトルも違うから、掛け合わせても変な方向に吹っ飛んでいくだけじゃない?」
「仲原さんまで! 一体私の事を、どんな人間だと思ってるんですか!! 係長! 何とか言って下さい!」
憤然として訴えた美幸だったが、城崎は口に手をやって少しの間考え込み、美幸に向き直りながら告げた。
「藤宮さん。悪いが暫くの間、蜂谷の指導を引き受けてくれないか? 通常なら新人教育は、各職場の勤続三年目以降の人間が担当する事になっているんだが、二年目でも君だったら十分務まると思うし」
「私がですか……」
(まあ、ちょっと引っかかる物言いはされたけど、高須さんが最近爆発寸前だったのは、良く分かってるし。なんとなく予想はしてたしね……。それに取り敢えず係長には、力量は認めて貰っているみたいだし)
色々思う所は有るにせよ、ここで美幸は腹を括った。
「分かりました。蜂谷君の指導役をお引き受けします。うまくできるかどうかは分かりませんが」
「ああ、宜しく頼む。高須と指導内容の引き継ぎをしておいてくれ」
「はい、高須さん、お願いします」
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