ワケあり夫婦の悠々引きこもり生活

篠原 皐月

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セララ、自分の存在意義に悩む

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 結婚初日。予想外の子爵邸襲撃に続き、想像の斜め上の結婚相手との対面、唐突にも程がある内輪だけの結婚式、加えて子爵達の乱入と撃退と、これまでの人生で体験したことがないほど濃密な時間を過ごしたセララは、周囲に促されるまま与えられた自室に案内されて着替えた後、半ば呆然としながら夕食を済ませた。
 その後自室に戻ったセララは、ほとんど何も考えずにベッドに倒れ込んだが、精神的疲労が溜まっていたのか瞬時に眠りに就いたのだった。

 信じられない、ぐっすり寝ちゃった……。私って、思っていたよりはるかに図太い神経の持ち主だったかも。

 翌朝、セララはベッドの中で覚醒した瞬間、自分の神経の太さに溜め息を吐いた。そして改めて今後について考え、本気で頭を抱える。

 私、一応結婚したのよね? それなのに昨日の夕食の時に顔を合わせたきり、アクトスさんと話してもいないし、相手がどこで寝ているかも知らないってどういう事よ? というか、今何時?

 「嘘っ!? もうこんな時間!? 朝食の準備をしないといけないじゃない! 着替えなきゃ!!」

 何気なく視線を動かし、チェスト上の置時計の時刻を確認したセララは、瞬時にベッドから跳ね起きた。常日頃であればとっくに起きている時刻であり、狼狽しながら昨日テネリアとエレーヌから説明を受けていたチェストの中身を取り出し、即行で衣類を身に着ける。
 姿見で自分の姿をざっと確認したセララは、無言のままドアに突進した。そして勢いよくドアを押し開けた途端、予想していなかった衝撃音が生じる。

「うわっ! びっくりした……」
 その声に驚いたセララが廊下に出ると、ドアの向こうに車椅子に乗ったアクトスを認め、慌てて謝罪した。

「あ、あああぁっ! すみません!! どこか痛くしましたか!?」
「いや、椅子の車輪の部分に当たったから大丈夫。それにしても、そんなに急いでどこに行くのかな?」
「どこって! だって、もうこんな時間なんですよ!? 朝ごはんの支度が!!」
「そういう事は住み込みの使用人がやってくれるから、セララさんが慌てて支度をする必要はないよ?」
「あ……、そうですか」
 セララの台詞を聞いたアクトスが、キョトンとしながら説明する。そこでセララは漸く、ここが使用人が大勢いる商会会頭の自宅なのを思い出した。

「それに『セララさんは色々疲れているみたいだから、明日は寝たいだけ寝せてあげましょう』と義姉《あね》が言っていたけど。昨日、そういう内容を聞いていなかった?」
「え、ええと……。そういえば……、言われてみれば、そういう事を言われたような気が……」
 うろ覚えの記憶を必死に手繰り寄せると、確かにそれらしき事を言われたような気がしてきたセララは、一人で大騒ぎしてしまった自分に呆れて項垂れた。それを見て何か誤解したらしいアクトスが、大真面目に言い聞かせてくる。

「お腹が空いて起きたのなら、我慢することはないよ。セララさんがいつ起きても良いように、ちゃんと食事は準備しておくと言っていたし、このまま食堂に行こうか」
「そうですね……」
 アクトスに促されるまま、セララは彼と並んで歩き出した。

 確かに、このまま二度寝するわけにもいかないし。でも微妙に、食い意地の張った人間認定されちゃったのかしら?

 先程とは別な意味で、セララは密かに落ち込んだ。するとアクトスは、チラリと彼女の顔を見上げてから、椅子の車輪を動かしながらさり気なく言及する。

「別に、食い意地が張っているとかは思わないけどな」
 しかし言われた方のセララは、ギョッとした顔になって叫び返す。

「なんで分かるんですか!?」
「セララさんは考えていることが分かり易いから」
「単純って事ですか!?」
「そこは素直って言おうか」
 そう言った後、アクトスは堪えきれずにくすくすと笑い続けた。対するセララは、必死に頬が引き攣りそうになるのを堪える。

 なんかもう、口では勝てる気がしない! 人生経験の差? でもこの人、殆ど外に出ていないとか言っていなかった!? 元々の頭の出来が違うってことかしら!?

 セララが本気で頭を抱えたくなっているうちに、二人は食堂に到着した。さすがに同伴しているのだからとセララがドアを開け、先にアクトスを通す。

「二人とも、おはよう」
「あら、セララさん。もっとゆっくりしてくれても良かったのに。疲れは取れた?」
 商人の朝はそれなりに早いらしく、食堂内には既に二人以外のザクラス家の面々が揃っていた。その中でテネリアが少々驚いた表情で声をかけてきたが、セララは笑顔で言葉を返す。

「お気遣いいただいたのにすみません。いつももっと早い時間に起きていましたので、自然に目が覚めてしまいました。ですがぐっすり眠れたので、調子は良いですから」
「それなら良かったわ。すぐにセララさんの分の食事も出すわね」
「ありがとうございます。お願いします」
 傍らに立つ女性にテネリアが指示した為、セララはその女性に向かって軽く頭を下げた。その女性は笑顔で頷き返し、セララがテーブルに着くと、さほど時間を要さずに朝食が運ばれてくる。それから全員揃って静かに朝の祈りを捧げ、朝食を食べ始めた。
 各人が話題を振りつつ賑やかに食べ進める中、セララは無言で食べ進めていたが、少ししてテネリアがそんな彼女の様子に気がついた。

「セララさん。さっきから黙ったままだけど、口に合わなかった? それとも、何か気になる事でもあるのかしら?」
 その台詞で室内が静まり返り、全員の視線が全てセララに集まった。それに気がついたセララは動揺しながら、今現在考えを巡らせていた内容を叫ぶ。

「いえ、あの! 食事は美味しいですし、普段私が食べていた物より豪勢です! 気になると言いますか、私はこれからここで何をすれば良いのでしょうか!?」
「え?」
 唐突なセララの叫びに、テネリアを含めたザクラス家の面々は呆気に取られて彼女を見つめた。



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