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第1章 進退窮まった人々
(26)降って湧いた災難
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様々な騒動が巻き起こり、または予想外の方向からの干渉や介入に、レンフィス家の面々が悩まされながらも容赦なく時は過ぎ、セレナと“クライブ”の挙式当日を迎えた。
「茶番にも程があるけど、今日はこんなに晴れて良かったわ」
「本当ね。幾ら出席者が少ないとは言え、土砂降りにでもなったりしたら、大変ですもの」
朝食を済ませてからレンフィス伯爵邸から大人数が教会に移動し、使用人達が式の準備に走り回る中、新婦の控室でセレナは花嫁衣装に着替えた。その後セレナと彼女の付き添いをしていたフィーネが、別室で待機していたラーディスとエリオットを呼び寄せてしみじみと語り合っていると、ノックもそこそこに、準備に奔走していた執事の一人が駆け込んで来る。
「ラーディス様、エリオット様! 大変です!」
「ハインリヒ?」
「まあ、そんなに慌ててどうしたの?」
女二人が怪訝な顔で問いかける中、彼は幾分迷う素振りを見せてからラーディスとエリオットに歩み寄り、声を潜めながら報告した。それを聞いた二人が、微妙に顔を強張らせながら口を開く。
「その……、ちょっとしたトラブルだ。セレナと母さんは、このままここに居てくれ」
「僕達で、しっかり対応してきますから。ええ、すぐに!」
「そう?」
「それならお願いね」
そして母達の前では何とか平静を装った二人は、廊下に出た途端もの凄い勢いでハインリヒを従えて走り出し、瞬く間に教会の正面玄関から走り出た。
「リオネス殿下、ユリウス殿下! あんた達こんな所で、一体何をやってるんですか!?」
「ひぃっ!」
般若の形相のラーディスが、そこに佇んでいた一団に怒声を浴びせると、彼を一目見たユリウスが恐怖のあまり顔を真っ青にして、異母兄の背後に隠れた。しかしあからさまに怯えてしまった彼をリオネスは宥めながら、真顔で言い聞かせる。
「大丈夫だよ、ユリウス。ラーディスは目つきが悪いせいで怒ると顔がとても怖いが、決して悪い人間では無い。外見で偏見を持ってはいけないよ?」
「はい、リオネス兄上。私はまだまだ、未熟な人間だと分かりました」
「分かれば良い。これから気を付けなさい」
「目つきが悪くて悪かったな!」
素直に自分の至らなさを認めたユリウスだったが、ラーディスが本気で怒鳴りつけた。流石に兄の暴言を見過ごせなかったエリオットが、彼の腕を引きながら必死に宥める。
「兄様、落ち着いてください。王族に対する言葉遣いが、取り返しがつかなくなりそうなレベルです。どうやら殿下方はお忍び中のようなので、表立って非難される事は無さそうですが」
「アルネー姉上やユリウスから聞いていた通り、エリオット君は頭の回転が早いね。そうなんだ。私達はお忍びで、王都内の散策をしている所でね」
おかしそうに笑いながらリオネスが口にした台詞を聞いて、ラーディスは何とか怒りを抑えながら、押し殺した声で問いを発した。
「そうですか……、『お忍び』ですか……。それにしては、少し離れた所に固まって待機していたり、殿下方がこちらにいらしてから、教会の周りを囲むように立哨を始めた近衛騎士の方々は、何なのでしょうか?」
それを聞いたリオネスは、首を傾げながら自分に付き従っている側近達に尋ねた。
「近衛騎士? イザーク。彼が何の事を言っているのか分かるか?」
しかし問われた彼も、如何にもわざとらしく肩を竦める。
「さあ……、私達は護衛などは引き連れて来ておりませんし、何の事やら」
「それならパトリック、君には分かるか?」
「ああ……、そう言えば確かに、この付近に近衛騎士がいますね。非番の騎士が、偶々付近を散策しているのでは? 知り合いを見かければ、立ち話位はするでしょう」
「ほうぅ? 非番……、非番ね。非番の騎士が制服を着て、王都内を出歩くのかよ!?」
「兄様!! 平常心でお願いします!!」
平然と惚けたパトリックに、忍耐力が限界に達したラーディスが掴みかかり、エリオットが慌てて兄にすがりつく。そんな修羅場になりかけた状況で、パトリックが冷静にある事を言い出した。
「ラーディス。『勤務時は制服を着用しなくてはならない』と言う、近衛騎士団の規則がある」
「当たり前だ! それがどうした!?」
「だが『非番の日に制服を着用してはならない』と言う規則は無い」
「あっ、あんたらなぁっ!」
呆れ果てて言葉が続かない兄に代わって、エリオットが盛大に顔を引き攣らせながら神妙に申し出る。
「詭弁にも、程があると思うのですが……。それにお忍びでの散策の途中であれば、どうぞお引き取りください」
「勿論、そうするつもりだよ? セレナ嬢の結婚式が終わったら」
「私の記憶に間違いが無ければ、我が家から殿下に招待状を送った記憶は無いのですが?」
「ああ、私も貰っていない。それは確かだ」
「それなら」
「しかし私は以前から、実力も忠誠心も持ち合わせているラーディスが、不遇の身に甘んじているのをみて、忸怩たる思いを抱えていてね」
「俺は別に、不遇だとかは思っていないが?」
「だからせめて君の家の慶事に、花を添えたいと思ったんだ。偶々散策の途中で、その妹の挙式に遭遇したのも何かの縁。ここは一つ通りすがりに参加させて貰って、ささやかながら祝福させて貰おうと思う」
「結構です」
「つれないね、ラーディス。私と君の仲じゃないか」
「あんたとは仕事上の、元護衛と元護衛対象者としての関係でしかねぇよ!!」
「兄様、落ち着いてください。リオネス殿下のペースに嵌まっています」
「……なかなか手強いね、エリオット君」
「殿下も、結構しつこいですね」
リオネスとエリオットの間で、不気味な笑顔のままでの睨み合いが続くかと思いきや、ここで新たな声が割り込んだ。
「エリオット、本当にごめん!」
「ユリウス殿下?」
リオネスの背後からいきなり出て来て叫んだユリウスを見て、エリオットは勿論、周りの大人達も面食らったが、彼は必死に言い募った。
「君に迷惑をかける事になるのは、ちゃんと理解しているんだ! でもどうしても、クライブ兄上の結婚式には参加したくて!」
「ですが、色々格式と言う物もありますし……」
「母上は未だに怒っていて、セレナ義姉上の事を何かにつけて悪し様に罵っているけど、クライブ兄上が選んだ女性だから、素晴らしい人に決まっているよ。エリオットの話も聞いたけど、自慢の姉上なんだろう?」
「ええ、確かにその通りですが……」
「だから後で、母上が兄上達の事を許した時『どうしてあの時、素直に祝福してあげられなかったのか』と絶対後悔する筈だよ。だからせめて私が、今日の結婚式の様子をきちんとこの目に焼き付けておいて、『こんな素敵な式だったんです』と、その時に母上に伝えてあげたいんだ! 本当に礼儀に反するし迷惑をかけるけど、よろしくお願いします!」
「…………」
真摯な表情で訴えたユリウスが、深々と頭を下げてそのままの体勢で微動だにしない為、その場に居合わせた全員から、物言いたげな視線がエリオットに集まった。そして頭を下げられた本人は、少しの間顔を顰めていたが、小さく溜め息を吐いて降参する。
「ユリウス殿下。王族の方が、軽々しく頭を下げるものではありません。分かりました。伯爵家風情の我が家からは、王族の殿下達に招待状などは出しておりませんが、私達と友誼を結んでいた殿下達が、偶々散策中に、偶々姉の挙式に遭遇して、少しの間立ち寄られる事になっただけです」
「……礼装で散策って、どんな気取った所を散策してやがるんだ」
思わず小声で悪態を吐いたラーディスを窘めつつ、エリオットはこの間狼狽していたハインリヒに声をかけた。
「兄様。気持ちは分かりますが、諦めてください。ハインリヒ、殿下達を新郎の控え室に案内して貰えるかな?」
「はっ、はいぃっ! 皆様、こっ、こちらへどうぞっ!」
「ありがとう、二人とも。すまないね」
「兄上と義姉上にも、きちんと謝罪しますから」
憮然とした顔付きのラーディスと、遠い目をしたエリオットに頭を下げながら、一同はハインリヒの先導で教会の中に入って行った。
「兄様……。取り敢えず、母様と姉様に、事の次第を報告しないと」
「……そうだな」
そして疲れ切った表情で頷いたラーディスは、同様のエリオットを連れて新婦の控え室に戻った。
「茶番にも程があるけど、今日はこんなに晴れて良かったわ」
「本当ね。幾ら出席者が少ないとは言え、土砂降りにでもなったりしたら、大変ですもの」
朝食を済ませてからレンフィス伯爵邸から大人数が教会に移動し、使用人達が式の準備に走り回る中、新婦の控室でセレナは花嫁衣装に着替えた。その後セレナと彼女の付き添いをしていたフィーネが、別室で待機していたラーディスとエリオットを呼び寄せてしみじみと語り合っていると、ノックもそこそこに、準備に奔走していた執事の一人が駆け込んで来る。
「ラーディス様、エリオット様! 大変です!」
「ハインリヒ?」
「まあ、そんなに慌ててどうしたの?」
女二人が怪訝な顔で問いかける中、彼は幾分迷う素振りを見せてからラーディスとエリオットに歩み寄り、声を潜めながら報告した。それを聞いた二人が、微妙に顔を強張らせながら口を開く。
「その……、ちょっとしたトラブルだ。セレナと母さんは、このままここに居てくれ」
「僕達で、しっかり対応してきますから。ええ、すぐに!」
「そう?」
「それならお願いね」
そして母達の前では何とか平静を装った二人は、廊下に出た途端もの凄い勢いでハインリヒを従えて走り出し、瞬く間に教会の正面玄関から走り出た。
「リオネス殿下、ユリウス殿下! あんた達こんな所で、一体何をやってるんですか!?」
「ひぃっ!」
般若の形相のラーディスが、そこに佇んでいた一団に怒声を浴びせると、彼を一目見たユリウスが恐怖のあまり顔を真っ青にして、異母兄の背後に隠れた。しかしあからさまに怯えてしまった彼をリオネスは宥めながら、真顔で言い聞かせる。
「大丈夫だよ、ユリウス。ラーディスは目つきが悪いせいで怒ると顔がとても怖いが、決して悪い人間では無い。外見で偏見を持ってはいけないよ?」
「はい、リオネス兄上。私はまだまだ、未熟な人間だと分かりました」
「分かれば良い。これから気を付けなさい」
「目つきが悪くて悪かったな!」
素直に自分の至らなさを認めたユリウスだったが、ラーディスが本気で怒鳴りつけた。流石に兄の暴言を見過ごせなかったエリオットが、彼の腕を引きながら必死に宥める。
「兄様、落ち着いてください。王族に対する言葉遣いが、取り返しがつかなくなりそうなレベルです。どうやら殿下方はお忍び中のようなので、表立って非難される事は無さそうですが」
「アルネー姉上やユリウスから聞いていた通り、エリオット君は頭の回転が早いね。そうなんだ。私達はお忍びで、王都内の散策をしている所でね」
おかしそうに笑いながらリオネスが口にした台詞を聞いて、ラーディスは何とか怒りを抑えながら、押し殺した声で問いを発した。
「そうですか……、『お忍び』ですか……。それにしては、少し離れた所に固まって待機していたり、殿下方がこちらにいらしてから、教会の周りを囲むように立哨を始めた近衛騎士の方々は、何なのでしょうか?」
それを聞いたリオネスは、首を傾げながら自分に付き従っている側近達に尋ねた。
「近衛騎士? イザーク。彼が何の事を言っているのか分かるか?」
しかし問われた彼も、如何にもわざとらしく肩を竦める。
「さあ……、私達は護衛などは引き連れて来ておりませんし、何の事やら」
「それならパトリック、君には分かるか?」
「ああ……、そう言えば確かに、この付近に近衛騎士がいますね。非番の騎士が、偶々付近を散策しているのでは? 知り合いを見かければ、立ち話位はするでしょう」
「ほうぅ? 非番……、非番ね。非番の騎士が制服を着て、王都内を出歩くのかよ!?」
「兄様!! 平常心でお願いします!!」
平然と惚けたパトリックに、忍耐力が限界に達したラーディスが掴みかかり、エリオットが慌てて兄にすがりつく。そんな修羅場になりかけた状況で、パトリックが冷静にある事を言い出した。
「ラーディス。『勤務時は制服を着用しなくてはならない』と言う、近衛騎士団の規則がある」
「当たり前だ! それがどうした!?」
「だが『非番の日に制服を着用してはならない』と言う規則は無い」
「あっ、あんたらなぁっ!」
呆れ果てて言葉が続かない兄に代わって、エリオットが盛大に顔を引き攣らせながら神妙に申し出る。
「詭弁にも、程があると思うのですが……。それにお忍びでの散策の途中であれば、どうぞお引き取りください」
「勿論、そうするつもりだよ? セレナ嬢の結婚式が終わったら」
「私の記憶に間違いが無ければ、我が家から殿下に招待状を送った記憶は無いのですが?」
「ああ、私も貰っていない。それは確かだ」
「それなら」
「しかし私は以前から、実力も忠誠心も持ち合わせているラーディスが、不遇の身に甘んじているのをみて、忸怩たる思いを抱えていてね」
「俺は別に、不遇だとかは思っていないが?」
「だからせめて君の家の慶事に、花を添えたいと思ったんだ。偶々散策の途中で、その妹の挙式に遭遇したのも何かの縁。ここは一つ通りすがりに参加させて貰って、ささやかながら祝福させて貰おうと思う」
「結構です」
「つれないね、ラーディス。私と君の仲じゃないか」
「あんたとは仕事上の、元護衛と元護衛対象者としての関係でしかねぇよ!!」
「兄様、落ち着いてください。リオネス殿下のペースに嵌まっています」
「……なかなか手強いね、エリオット君」
「殿下も、結構しつこいですね」
リオネスとエリオットの間で、不気味な笑顔のままでの睨み合いが続くかと思いきや、ここで新たな声が割り込んだ。
「エリオット、本当にごめん!」
「ユリウス殿下?」
リオネスの背後からいきなり出て来て叫んだユリウスを見て、エリオットは勿論、周りの大人達も面食らったが、彼は必死に言い募った。
「君に迷惑をかける事になるのは、ちゃんと理解しているんだ! でもどうしても、クライブ兄上の結婚式には参加したくて!」
「ですが、色々格式と言う物もありますし……」
「母上は未だに怒っていて、セレナ義姉上の事を何かにつけて悪し様に罵っているけど、クライブ兄上が選んだ女性だから、素晴らしい人に決まっているよ。エリオットの話も聞いたけど、自慢の姉上なんだろう?」
「ええ、確かにその通りですが……」
「だから後で、母上が兄上達の事を許した時『どうしてあの時、素直に祝福してあげられなかったのか』と絶対後悔する筈だよ。だからせめて私が、今日の結婚式の様子をきちんとこの目に焼き付けておいて、『こんな素敵な式だったんです』と、その時に母上に伝えてあげたいんだ! 本当に礼儀に反するし迷惑をかけるけど、よろしくお願いします!」
「…………」
真摯な表情で訴えたユリウスが、深々と頭を下げてそのままの体勢で微動だにしない為、その場に居合わせた全員から、物言いたげな視線がエリオットに集まった。そして頭を下げられた本人は、少しの間顔を顰めていたが、小さく溜め息を吐いて降参する。
「ユリウス殿下。王族の方が、軽々しく頭を下げるものではありません。分かりました。伯爵家風情の我が家からは、王族の殿下達に招待状などは出しておりませんが、私達と友誼を結んでいた殿下達が、偶々散策中に、偶々姉の挙式に遭遇して、少しの間立ち寄られる事になっただけです」
「……礼装で散策って、どんな気取った所を散策してやがるんだ」
思わず小声で悪態を吐いたラーディスを窘めつつ、エリオットはこの間狼狽していたハインリヒに声をかけた。
「兄様。気持ちは分かりますが、諦めてください。ハインリヒ、殿下達を新郎の控え室に案内して貰えるかな?」
「はっ、はいぃっ! 皆様、こっ、こちらへどうぞっ!」
「ありがとう、二人とも。すまないね」
「兄上と義姉上にも、きちんと謝罪しますから」
憮然とした顔付きのラーディスと、遠い目をしたエリオットに頭を下げながら、一同はハインリヒの先導で教会の中に入って行った。
「兄様……。取り敢えず、母様と姉様に、事の次第を報告しないと」
「……そうだな」
そして疲れ切った表情で頷いたラーディスは、同様のエリオットを連れて新婦の控え室に戻った。
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