飛んで火に入れば偽装結婚!?

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
23 / 51
第1章 進退窮まった人々

(22)穴だらけの身代わり作戦

しおりを挟む
「王妃様の母国は、この国が独立する前の宗主国であるグランバル王国で、二十数年前に両国の関係が悪化した際、関係改善の為に嫁がれたのはご存知ですか?」
 クレアがそう確認を入れると、セレナが真顔で頷く。

「はい、知っています。グランバル王国は我が国の重要な交易相手である事に加えて、大陸中央に出る為には通らなければいけない国でもありますし」
「ですが王妃様が嫁がれてから三年間子宝に恵まれず、誕生しているのは庶子のみという状況で、漸くクライブ殿下がご誕生されました」
 それを聞いて当時を思い出したらしいフィーネが表情を明るくさせ、思わずといった風情で口を挟んだ。

「その時の事は覚えておりますわ! この国の王族特有の、赤銅色の髪に紫の瞳の組み合わせの王子様が生まれたとの布告があって、街中がお祭り騒ぎでしたもの!」
「そのクライブ殿下が生後半年の頃に、最悪のタイミングで急死したのです。前日まで何の異常も見られなかったのに、就寝中の事だそうです」
「…………」
 沈痛な面持ちでクレアが告げた途端、セレナを初めとして殆どの者は何と言って良いか分からず、食堂内が静まり返った。しかしエリオットだけはぶつぶつと独り言を呟きながら、考えを巡らせる。

「ええと……、確かクライブ殿下は今現在二十一歳の筈だから、生後半年前後の時期だと……。ああ、なるほど。確かに、クライム戦役の期間と重なっていますから、即座に殿下の死亡を公にできなかったのですね?」
「その通り。エリオットはきちんと歴史と、その内容を勉強していますね」
「『未来を知るには、過去を読み解け』と言うのが、父の教育方針でしたので」
 エリオットはそれだけでクレアの言わんとする事を即座に理解したが、全く話の筋が見えなかったセレナは、困惑しながら弟に尋ねた。

「何それ? 私、そんな事を言われた事は無いし、クライム戦役って?」
「え?」
「すまん、エリオット。俺も歴史関係は、かなりうろ覚えだ。それがどうして王子死亡の事実を隠蔽する理由になるのか教えてくれ」
 兄と姉に促されたエリオットは、その他にも屋敷の使用人達が全員当惑しているのを見て、説明を加える事にした。

「当時、この国のクライム地方の領有権を主張して、隣接するガイゼル国が侵攻していました。それに我が国だけの兵力では対抗できず、グランバル王国からかなりの兵が派遣されていました」
「そういえば……」
「確かにそんな事も習ったな……」
「そんな時期にクライブ殿下の死を公表したら、幾ら自然死だったとしても、国政の混乱は必至です」
「え?」
「どうして?」
 納得しかけたのも束の間、セレナとラーディスが再び疑問を呈すると、ここでエリオットはその疑問を一旦放置して、ゼナに確認を入れた。

「念の為伺いますが、クライブ殿下が暗殺された可能性は?」
「それはあり得ません。グランバル国から随行した侍医も、毒物が使われた形跡は皆無であり、元々心臓が弱かったのでは無いかとの診断を下しています」
 顔を強ばらせながらもゼナが深く頷いた為、エリオットは軽く頷き返して話を続けた。

「そうですか……。ですがせっかく生まれたグランバル王室の血を引く王子が急死したと報告しても、グランバル王国が納得する筈が無いですよね」
「その通りです。庶子の王子王女は既に存在し、もうすぐ側妃からリオネス殿下もお生まれになる状況でしたし」
「グランバル王国の力を最大限利用しつつも、その血縁者を国王に据えるのは阻止したいと考える国内貴族の仕業か、両国の関係にヒビを入れたいと考えているガイゼル国の陰謀か、はたまた両者が手を組んだ上で、クライブ殿下を暗殺したかと勘ぐられるのが自然な流れで」
「ちょっと待って、エリオット! そんな物騒過ぎる想像は止めて!?」
 沈鬱な表情でゼナと語り合っているエリオットを、セレナは顔色を変えて窘めたが、ゼナは真顔のまま首を振った。

「いいえ、セレナ様。当時クライブ殿下の死を公表した場合、確実にグランバル王国との関係は破綻して、兵は全て引き上げられていたでしょう」
「その場合、この国の南西部はかなりの被害を出した上、ガイゼル国の侵攻状況によっては、この国が瓦解したかもしれません。最悪の仮定ですけど」
「…………」
 エリオットがゼナに続いて当時の危険性について言及すると、再び室内が静まり返った。するとここでエリオットが溜め息を一つ吐いてから、質問を続ける。

「因みにグランバル王国は勿論ですが、国王陛下や主だった家臣にも秘密にした理由を教えていただけますか?」
「当時、王妃様や仕えている私達は、疑心暗鬼に陥っておりまして……。もしかしたらグランバル王国の影響力が増えるのを懸念した陛下や宰相が、事を仕組んだのではと……」
 申し訳無さそうに打ち明けたゼナを見て、大方の予想をつけていたエリオットは、かなり残念そうに首を振った。

「そうですよね……。残っている記録を見ても、当時の国家間や後宮内の力関係がかなり微妙だったのが読み取れますし。両陛下の信頼関係も、未だに微妙みたいですね」
「当時、女官の中には『こんな国は見限って、グランバル国に戻りましょう』と主張した者もおりましたが、王妃様は『陛下に嫁した以上、この国にとっての最善を尽くすのが、私の役目です』と激しく叱責して、両国の関係が破綻するのを回避する為、殿下の身代わりを探す事を命じました」
「ですがクライブ殿下と同じ赤銅色の髪と紫の瞳を持つ赤子を探すなど、ましてや見知らぬ相手に我が子を渡す親がいるとは思えません」
 冷静にエリオットが指摘すると、ゼナが真剣な面持ちで頷く。

「全くその通りです。私達は途方に暮れましたが、女官の一人がある噂話を聞きつけました。その前年、陛下が手を付けた末端の侍女が懐妊して、はした金を押し付けられて王都内の実家に戻されたと。それを聞いた私達は一縷の望みに縋って、その女性の家を探し当てたのです」
 それを聞いたエリオットは、納得したように頷いた。

「末端の侍女なら貴族では無いでしょうし、王族特有の外見を持つ赤子を、その家では持て余したかもしれませんね。母親が今後結婚する時の、妨げにもなるでしょうし」
「ええ、その通りです。子供の居ない、王家と縁が深い貴族の夫婦が養子を欲しがっていると偽り、きちんと責任を持って養育する事を条件に、クレアさんを渡して貰いました。女の子でも何とか、誤魔化せると思っておりまして」
(何なの、その行き当たりばったりにもほどがある話は! 女の子を身代わりにって、どう考えても無茶苦茶だし、男のふりをさせるなんて王妃様やその周りの人達って、無神経極まりない集団なのね!)
 ゼナは神妙に当時の事情を語ったが、それを聞いたセレナは内心で腹を立てた。しかしエリオットは、妙にしみじみとした口調で感想を述べる。

「本当に……、良く今まで、誤魔化し通せましたよね……。王妃様と周りの皆さんのご苦労とご心労を思うと、頭が下がります」
「エリオット様、お分かりいただけますか?」
 涙目で尋ねてきたゼナに、エリオットは心底同情する顔つきで告げた。

「おそらくクライム戦役が解決するまで、もしくはまた王子が生まれるまでの短い間だけ、誤魔化すつもりだったのですよね? しかし王妃様はその後八年王子に恵まれず、さらにクライム戦役が解決したら、今度はグランバル王国とシーギル公国とのタジール紛争が勃発して、グランバル王国を背後から脅かしたいシーギル公国がこの国に誘いをかけた筈ですし、その後はカリムドの乱、更にスローン通商条約締結、一番最近ではドーレン継承問題など、二国間の関係悪化を防ぎたい事態が立て続けに生じていますし。間が悪すぎたというか、とことん運に見放されたというか……」
「そうなのです! そして王妃様が逡巡しておられるうちに、あっと言う間に時が過ぎてしまい、クレアさんに付く人間も後宮以外の官吏が増えて、もし不審死などした場合、重大な責任問題に発展するのが確実で!」
「ゼナ、少し落ち着きましょう。取り敢えずこれで、涙を拭いてください」
「は、はい……」
 ゼナは話しているうちに段々興奮してきたらしく、彼女が泣き叫んだタイミングでクレアはその肩を優しく叩きながら、取り出したハンカチを渡した。その光景を眺めながら、屋敷の者達が囁き合う。

「ええと……、タジール紛争は聞いた事があるし、納得できるが、カリムドの乱って何だ?」
「あれ? スローン通商条約って、別にこの国もグランバル国も関わって無いよな?」
「それなのに、どうして関係してくるんですか?」
「そもそもドーレン継承問題って、何の事だかさっぱりなんだが」
「後から、坊ちゃまに教えていただかないと駄目ですね」
 使用人達は困惑顔を見合わせながら頷いていたが、セレナの機嫌は更に悪化した。

(ふざけるんじゃないわよ!? 要するに自分達の保身の為と、優柔不断なせいで今の今までクレアさんに男のふりをさせていたくせに、泣いて被害者面をするわけ?)
 しかしここでエリオットが、セレナにとって予想外の事を言い出した。

「王妃様は血の繋がりは無くても、本当にクレアさんの事をとても愛していらっしゃるし、権謀術数にはとことん向いていない心根の優しい方なのですね」
「え? どうしてそうなるの?」
 それを聞いて本気で驚き、遠慮のない声を上げたセレナに、エリオットは大真面目にその理由を説明した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...