飛んで火に入れば偽装結婚!?

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
18 / 51
第1章 進退窮まった人々

(17)選抜試験の顛末

しおりを挟む
 控え室として与えられた部屋に落ち着いたセレナは、世話役らしい王宮の侍女から供されたお茶を飲みながら安堵した表情で、付き従っている二人に礼を述べた。

「仰々しい護衛集団を屋敷に招き入れるのが阻止できて、本当に良かったわ。ルイとネリアのおかげね」
「俺達は構わんがな」
「近衛騎士団内でのラーディス様の立場が、今まで以上に微妙になりそうですけど……」
 そこでネリアがボソッと呟き、それを耳にしたセレナが不思議そうに尋ねる。

「ネリア、今何か言った?」
「いえ、独り言ですので、お気になさらず」
「そう?」
 それからはリラックスした様子でセレナがお茶を味わっていると、少ししてからノックに続いて侍従が姿を現した。

「失礼します。エリオット様をお連れしました」
「ありがとうございます」
「姉様、お待たせしました」
「エリオット、お疲れ様。試験はどうだった?」
 侍従に続いて入室してきたエリオットを、セレナはソファーから立ち上がりながら出迎えたが、弟のすぐ背後から、豪奢なドレス姿の二十代半ばの女性が現れたのを見て困惑した。

(え? あの方はどなた?)
 そんな姉の内心は容易に読み取れた為、エリオットは真っ先にその女性を紹介した。

「姉様、この方はアルネー・ライエ・ダレン侯爵夫人です。今回のご学友選抜試験の、試験官のお一人でもあられます」
「まあ、そうでしたか。私はセレナ・ルザリア・レンフィスです。この度は弟がお世話になりましたが、何か失礼でもありましたか?」
 一礼したセレナが心配になって尋ねると、アルネーは笑顔で首を振った。

「とんでもない! エリオット殿はとても優秀な方ですわ。試験官全員の総意で、ユリウス殿下のご学友になっていただく事をお願いしました」
「そうでしたか。安堵いたしましたし、身に余る光栄ですわ。エリオット、殿下に失礼の無いように頑張りなさいね?」
「はい」
(それはそうとダレン侯爵夫人と言えば、たしか何年か前に降嫁された元王女様なのに、どうしてわざわざ試験官を務めたり、エリオットと一緒にこちらにいらしたのかしら?)
 安心したのも束の間、セレナの脳裏に別の疑問が浮かんだが、ここでアルネーが思い詰めた表情で口を開いた。

「実は今回の試験に関して、少々揉めた事がありまして……。レンフィス伯爵家の皆様のお耳に後から変な形で伝わるより、予め客観的な視点でのご報告をさせていただこうと思いましたの。少しお時間を頂いて、よろしいかしら?」
「はい。私達は構いません」
「ありがとうございます」
 そこでアルネーはセレナの向かい側のソファーに座り、如何にも苦々しい口調で状況説明を始めた。

「まず最初に、私が試験官を務める事になった理由ですが、兄であるグレナース伯爵がユリウス殿下のご学友に、息子の一人をごり押ししてきたからです」
「グレナース伯爵と仰いますと……、元第一王子でいらした方ですね?」
「ええ。お恥ずかしながら」
 思わず確認を入れたセレナだったが、アルネーはそれを咎めず、疲れたように嘆息した。

(確かにあの方に関しては、あまり良い噂は聞いた事が無いけど。これまで伯爵にもアルネー様にも、直にお目にかかってお話しする機会は皆無だったから、本当の所は知りようも無かったし)
 仮にも元王族の者に関して迂闊な事は口にできないと、セレナは僅かに眉根を寄せて考え込んだが、アルネーはそのまま話を続けた。

「ユリウス殿下のご学友選びの話を聞きつけた兄は、自分の息子を王妃様に売り込んだのですが、当の甥のジョシュアは礼儀作法すら身についているかどうか怪しい上に、家庭教師泣かせだと義妹である伯爵夫人から聞いております。王妃様も漏れ聞く噂を耳にした事がおありだったらしく、ご相談を受けて、兄の同母妹である私が試験官に名乗りを上げたのです。甥を弾いた場合、兄が試験官を務める官吏達に難癖を付けない為の、予防措置ですわ」
「そういう事情でしたか……。ご苦労様でした」
 あけすけに裏事情を語ったアルネーに、セレナは驚きつつも心から同情した。

(本当に、侯爵夫人がされる事ではないわよね)
 するとここでアルネーが憤慨した口調になりながら、実際の選抜試験について語り始める。

「そうしたら案の定、甥は他の子供達とは明らかに見劣りする成績で、文句なく最下位でしたの。それで心置きなく、却下する事ができましたわ」
「それは……」
(うっ、こういう微妙な話題の場合、何をどう言えば角が立たないのよ!?)
 冷や汗を流しながら固まったセレナにルイとネリアが同情の眼差しを送っていると、アルネーが更に語気強く、軽く身を乗り出しながら訴えてくる。

「ところがですわ、セレナ様!」
「はっ、はいっ! アルネー様、何でしょうか!?」
「あの兄同様、心得違いをしている甥は、エリオット殿を含む三人を合格者だと担当官吏が発表した途端、『そいつは姉の色仕掛けでクライブ殿下に便宜を図って貰った、貴族の面汚しの卑怯者だ! 予め、試験の解答を貰っていたんだろう!』と言いがかりも甚だしい事を放言しましたの! 念の為、試験の一部始終を隣の部屋の覗き穴から観察していた私は、怒りのあまり卒倒しそうになりましたわ!!」
(それであの時、タイミング良く登場されたのか。でも覗き穴からって……、侯爵夫人のされる事じゃ無いよな?)
(本当に身内で相当、ご苦労なさっているみたい……)
 憤慨している彼女を見て、セレナの横のソファーに座っていたエリオットは遠い目をしながら登場のタイミングについて納得し、セレナは益々彼女に対する憐憫の情を深めた。

「それで私はその場に乗り込んで、試験問題は全て私が作って、今日まで誰にも見せずに保管していた事、便宜を図るなら実の甥が対象である事、しかし今日の試験の成績では間違っても便宜を図ったなどと言われない事をきちんと説明した上で、その場で全員の答案を開示したのです」
 それを聞いてセレナは唖然としたものの、すぐにアルネーに対して頭を下げた。

「そんな事があったのですか……。侯爵夫人には、お手数をおかけしました」
「とんでもありません。ですからセレナ様、安心なさってくださいませ。今日の参加者からレンフィス伯爵家に関する根も葉もない不名誉な噂など、広がる筈はありませんわ」
「はい、安心いたしました。アルネー様、ありがとうございました」
 何とか機嫌を直しつつ、レンフィス伯爵家の名誉が損なわれる心配は無いと保証してきたアルネーに、セレナは素直に頭を下げた。それと同時に、逆に評判を落としそうな家について考える。

(ワンランク下のぶっちぎり最下位の答案を、参加者全員に見られる結果になったグレナース伯爵家のご子息は、どう考えても自業自得だけど……。我が家では無くてそちらの悪評が、社交界で広がりそうね)
 思わず溜め息を吐きそうになったセレナだったが、更に気を重くするような話が続く。

「それでジョシュア殿は、顔を真っ赤にして激怒されてしまって……」
「素直に自分の非を認めて、謝罪すれば良いものを。私、呆れ果てて、思わず扇で打ち据えてしまいましたの」
(我が家ならともかく……。見た目に似合わず、なかなか苛烈な女性みたいね。さすがは元王女様)
 申し訳なさそうに語るエリオットに続いて、アルネーが語った容赦の無い内容について、セレナは僅かに顔を引き攣らせた。

「兄と甥がどう思っていようが、私や夫であるダレン侯爵は、クライブ殿下とレンフィス伯爵家に対して隔意などありません。万が一、お二方の婚約披露を兼ねたリオネス殿下の立太子式の夜会で絡まれた場合には、即刻私に知らせてくださいませ。母からも頼まれておりますので、兄の心得違いをきっぱり正して差し上げますわ!」
「身に余るご厚情、ありがとうございます」
 どうやらそれが本題だったらしいと悟ったセレナは、力強く請け負ったアルネーに頭を下げた。
 それからは和やかに幾つかの世間話をしてから、アルネーは機嫌よくその場を立ち去り、彼女を見送ってセレナは、些か疲れた表情でエリオット達を振り返った。

「……それじゃあ、私達も帰りましょうか」
「そうですね。ところで姉様」
「騎士の派遣については、考え直していただけるそうよ」
「それは良かったです。……兄様にとっては、あまり良くなかったかもしれませんが」
 歩き出しながら尋ねたエリオットに、セレナは軽く背後を振り返りながら首尾を伝えた。それを聞いた彼が思わず小声で呟くと、横からネリアが囁いてくる。

「やっぱり分かりますか? お嬢様ったら鍛錬場で、余計な事を口走りまして」
「兄様並みに強い人はそんなにいないと思うし、もしかしたら『近衛騎士なんて大した事ないのね』的な事を言ったとか?」
「それ以前の問題です」
「うわぁ……」
 思わず呻いて片手で顔を覆ったエリオットだったが、背後で何やら話している内容が聞き取れなかったセレナが、不思議そうに尋ねてきた。

「エリオット、ネリア? さっきから何をボソボソ言っているの?」
「いえ、大した事では……。あ、姉様。来週から週に2回、王宮のユリウス殿下の所にお伺いする事になりました。送迎の馬車と護衛は、差し向けてくれるそうです」
「そうなの。頑張ってね」
「はい。来週と言えば、例の夜会もそうですね。姉様、頑張ってください」
「…………」
 話を逸らしついでに思い出した事を口にしたエリオットだったが、それを聞いたセレナはがっくりと肩を落とし、無言のまま出口に向かって歩き続けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...