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第1章 進退窮まった人々

(14)レンフィス伯爵領の実状

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 エリオットと別れ、すれ違う者達の視線を浴びつつラーディスの先導で近衛騎士団の鍛練場に出向いたセレナ達は、そこで予想以上の好奇心と殺気に出迎えられた。

「やあ、セレナ。わざわざここまで出向いて貰って悪かったね」
「レンフィス伯爵令嬢には、初めてお目にかかります。リオネス・カーディル・シュレイバーです。宜しくお願いします」
 周囲や背後に近衛騎士達を大勢控えさせながら、にこやかに声をかけてきたクライブと次期王太子に、セレナは色々と思う所があったにせよ、対外的には礼儀に適った一礼をした。

「セレナ・ルザリア・レンフィスです。リオネス殿下、以後、お見知りおきくださいませ」
「それではクライブ殿下、リオネス殿下。私は本来の勤務に戻りますので、御前失礼いたします」
「ああ、悪かったね。戻って良いよ」
「ご苦労」
 セレナを引き合わせたラーディスが、同様に複雑な心境のまま敬礼しつつ断りを入れると、王子二人は快くその場を離れる許可を出す。それに伴い、ラーディスは不敵な笑みを浮かべているルイとネリアを横目で見てから、これからこの場で繰り広げられるであろう光景を想像し、提案したのは自分ながら、密かに溜め息を吐きつつその場を後にした。

「セレナ、今日はレンフィス伯爵家の私兵を同伴して、その力量を示してくれる予定でしたが」
「はい。ですからこちらのルイとネリアに一緒に来て貰いました」
「あの……、そちらの女性は、侍女ではないのですか?」
「はい、そうです。それが何か?」
「…………」
 王子二人がセレナの背後に控えている、どう見ても総白髪の老人と年若い女性を見ながら困惑気味に尋ねると、セレナは笑顔で頷いた。それに彼らが微妙な表情で顔を見合わせていると、セレナが真顔で問いを発する。

「両殿下はレンフィス伯爵領の、特徴と言うか、特殊性をご存知でしょうか?」
 二人はいきなり話題が逸れたように感じたものの、それに対して怒ったりはせず、真面目に考え込みながらその問いに答えた。

「それは……、北部国境に接していて、領地の半分程を占める山岳地帯にある国内有数の鉱脈から産出される貴金属は、国内総生産の三割程を占めていますよね?」
「そういえば重罪を犯した罪人を、そこの鉱山に送り込んで使役をさせているのでは? それを特徴と言ってしまえば、気分害されるかもしれませんが」
 申し訳なさそうに言及したリオネスに、彼女は明るく笑いかけた。

「いえ、リオネス殿下。その通りですのでお気遣いなく。我が領地には目立った産業も特産品も無く、主に鉱山からの収益で領内を運営しています。それに伴い我が家の家訓は、『質実剛健』になっております」
「質実剛健、ですか?」
「セレナ嬢、もう少し具体的に説明をお願いします」
「国境に接している上、凶悪犯を鉱山で使役しているのです。万が一、他国からの侵攻や鉱山で反乱など起きたら、忽ち領内がパニックに陥ります。それで領民達は男女問わず、子供の頃から必ず戦闘訓練を受ける事を義務付けられています。それでこのルイは、長年レンフィス伯爵領私兵集団の総指揮官を務めております」
「…………」
 ニヤリと不気味な笑みを浮かべつつ一礼したルイを、クライブ達は無言で凝視した。そしてその場に漂い始めた微妙な空気に構わず、セレナが説明を続ける。

「領内でしっかり戦闘訓練を受けさせると、成人する頃には人並み以上の戦士に育ちます。領内に目立つ地場産業が無いものですから、傭兵や騎士として出稼ぎに出る者も数多くいます」
 そこで王子達の側に控えていた近衛騎士の一人が、考え込みながら呟く。
「そういえばラーディスを筆頭に、近衛騎士団内でレンフィス伯爵領出身者の占める割合は、他領出身者と比べて多かったような……」
 それを耳にしたセレナは、思わずその人物に声をかけた。

「義兄様のお知り合いでしょうか? 義兄がお世話になっております」
 笑顔で軽く頭を下げたセレナに、相手も笑顔で答えた。
「近衛騎士団第二小隊に所属しております、パトリック・ノア・アシュリーです。所属先が異なりますから彼とは親しく付き合ってはおりませんが、これまで合同訓練等の手合わせで彼の力量は把握しておりますので。彼は寡黙な質で自領の事など殆ど公言しておりませんでしたから、レンフィス伯爵領出身者に優秀な者が多い理由が納得できました」
「ありがとうございます」
 自領から推薦した者達を社交辞令とはいえ褒められたセレナは嬉しくなり、笑顔で応えた。しかしここでクライブが、納得しかねる顔付きで尋ねる。

「ですが亡くなったレンフィス伯爵は、文官でしたよね?」
「はい。父は歴代のレンフィス伯爵家当主の中では、少々変わり種でしたから」
「だがあいつもセレナ達と同様、一通り訓練はさせたから、十分騎士としては戦える腕前だったがな」
「え?」
「あの、『セレナ達と同様』と言うのは、まさか……」
 唐突に口を挟んできたルイにその場全員の視線が集まったが、そこでセレナが事も無げに答える。

「伯爵家の人間も、五歳からきちんと訓練を受ける事になっていますから。私もエリオットもそうです」
「そう考えると、母親の再婚で十歳でレンフィス伯爵家に入ったランディスの奴は、災難だったよなぁ」
 呑気な口調でそんな事を言ってから「あははは」と豪快に笑ったルイに、セレナが顔つきを険しくしながら食ってかかった。

「ルイ、笑う所じゃないわよ! 『訓練の遅れを取り戻すぞ!』とか無茶な事を言って、義兄様同伴で山に籠もっての特訓に繰り出したのはあなたじゃない!? その挙げ句に1ヶ月行方不明になって、皆がどれだけ心配したと思っているのよ!?」
「行方不明じゃないぞ? ちゃんとタイラス山にいるって言っておいただろうが」
「あんな地元民でも未踏の地で、何を言ってるの! しかも義兄様を滝壺から落としたり、熊と遭遇させて仕留めさせるなんて無茶苦茶よ!! 他にも色々あったみたいだけど、当時の事を尋ねると義兄様が遠い目になるから、詳細を聞くに聞けないんだけど!?」
「いやいや、あいつは当時チビだったから、ちょっとサイズ感覚が大袈裟なだけだからな」
「百歩譲ってそれはともかく……。再婚当初は単に無愛想だった義兄様の顔が、山籠もりを終えて屋敷に戻ったら、すっかり陰気な死神の顔に変貌していて、それを一目見た義母様がショックで倒れたのを忘れたとは言わせないわよ!?」
 本気で怒りの声を上げたセレナに、この件に関しては罪悪感はあったらしく、ルイは弁解がましく口にした。

「いやぁ、だけどなセレナ。あの訓練内容の許可を、ライアンはしっかり出したんだが……」
「本当に昔から、一体何を考えていたのよ、お父様はっ!?」
「ラーディス……、苦労していたんですね」
「あの険しい顔付きは、生まれつきじゃなかったのか」
「一体、何をやらされたんだ……」
 憤慨しているセレナを見て、レンフィス伯爵領の知られざる実態の一端を知る事になった男達は、戦慄すると同時にラーディスに憐憫の情を覚えた。するとここで気を取り直した彼女が、話を元に戻す。

「申し訳ありません、話が逸れました。それで領地の人間は誰でもそれなりの戦闘能力を持っているので、王都の屋敷の使用人は領地で採用試験をしています。そうすればわざわざ別に、屋敷の警備の為の騎士を雇わなくてすみますから」
「そうなると、その侍女も?」
「はい。その他に執事や料理人や庭師や御者に至るまで、全員戦闘要員を兼ねております。ですから今回、取り立てて警備の人数を増やさなくても、クライブ殿下の身辺に妙な輩を近付けさせない事をお約束いたします」
「…………」
 笑顔でそう請け負ったセレナだったが、王子達を初めとして周囲の近衛騎士達も、立場と誇りにかけて即座に了承するわけにはいかなかった。そんな微妙な表情と空気は予想できていた事であった為、彼女は笑顔のまま提案を繰り出す。

「私がそう言いましても、やはり実際のところをご覧にならないと、皆様には納得して貰えないと思います。ですからそちらから誰か適当な方を出して、ルイとネリアの力量を確かめていただけますか?」
 それにリオネスも納得した風情で頷き、傍らの整地された広い空間を指し示しながら声をかける。
「そうですね。それではお二方、そちらの鍛錬場内に入っていただけますか?」
「かしこまりました」
「それでは相手は……、パトリックに頼んで良いかな?」
「了解しました」
「セレナ。彼は私の側仕えもしている、近衛騎士団内でも指折りの実力者ですから、彼の判定に不服を唱える者はいないでしょう。そこの所は安心してください。」
 クライブが気心も力量も知れた側近に相手を頼み、早速彼が移動を開始すると、セレナが不思議そうに口を挟んだ。

「それは誠にありがたいのですが……。あの、殿下? あの二人のお相手していただけるのは、パトリック様お一人ですか?」
「ええ、それが何か?」
「人数が足りないと思います。普通賊が襲ってくる場合、徒党を組んで来るものですよね? まかり間違っても馬鹿正直に一騎打ちを挑んでくる、間抜けな賊などおりませんが」
 セレナが何気なく主張した途端、パトリックが足を止めて振り返り、その場の空気が凍った。後にその時の光景を伝え聞いたラーディスは、どうして自分がその場に居合わせなかったのかと死ぬほど後悔したが、生憎とセレナは大真面目に話を続けた。
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