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第1章 進退窮まった人々
(4)報告会
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「そういうわけで、クライブ殿下主導で、居並ぶ王国のお歴々の前で、嘘八百のこの二年近い愛の軌跡をのろけまくった挙げ句、陛下から丁重に城から追い出されて、殿下の指示により近衛軍の護衛付きで帰宅したわけです」
「…………」
淡々とした口調でセレナが話を締めくくると、室内に沈黙が満ちた。そして彼女以外の家族が、無言のまま顔を見合わせる中、一番早く気持ちを切り換えたらしいエリオットが、冷静に問いかけてくる。
「姉様、質問しても良いですか?」
「ええ、構わないわよ?」
「今のお話は、どう考えても無理がありませんか? 普通、王太子殿下ともなれば、専属の近衛軍の兵士が常時護衛している筈ですし、職務の補佐をする文官も身近に控えている筈です。彼らの目を盗んで、殿下が姉様と密会できるとは思えません。実際に、密会などしていませんし」
冷静に指摘した弟に、セレナは深く頷いた。しかしすぐに、忌々しげな表情になる。
「ええ、エリオット。まさに、あなたの言う通りよ。普通ならそうだし、実際にそうだわ。それなのに、あの王太子殿下ときたら……」
「何があったのですか?」
再び拳を震わせた姉にエリオットが慎重に尋ねると、セレナは怒りの形相でぶちまけた。
「臆面もなく『愛の力です。私達の間に立ちふさがる障壁の存在が、より私達の愛を燃え上がらせたのですよ。私の周囲を欺く手段など、幾らでもあります。ですがそれを明らかにすれば、彼らの失態となってしまう。ですから詳細を語る訳にはいかないが、彼らの勤務には落ち度は無い事を明言しておきましょう』と堂々と言い放ったのよ! それでそこら辺は、うやむやになったわ! 今頃は王城の隠し通路の存在とか内通者探しで、文官武官問わず王太子殿下周辺の方達は全員、疑心暗鬼に陥っている筈よ!」
「うわぁ……、皆さんにしたら災難ですよね。それに兄様、ご苦労様です」
「は? ここでどうして、俺の名前が出てくる?」
唐突に弟から同情する声をかけられたラーディスは、戸惑いながら問い返したが、エリオットは淡々と言い返した。
「だって兄様は、近衛軍勤務じゃないですか」
「いや、それはそうだが、俺は王太子殿下の護衛には携わっていないぞ?」
「確かに王太子殿下の専属護衛の任に就く、第一軍特別第二小隊所属では無いですけど、他の王子方の護衛を任される第一軍特別第三小隊所属ですよね? 毎日王城に通っていますし、真っ先に内通を疑われるのは、誰がどう考えても兄様です。その有りもしない腕前を見込まれて、諜報部員にスカウトされるかもしれませんよ?」
「……勘弁してくれ」
懇切丁寧に説明されて、ラーディスは本気で頭を抱えた。
(うぅっ、義兄様、すみません! 義兄様の経歴に、傷を付けかねない事態になるなんて!)
セレナが心底申し訳なく思っていると、エリオットが話を続けた。
「ところで姉様、その茶番劇の観客たる皆様は、この話に納得されたのですか? その……、何と言うか、姉様はそう言った熱烈な愛情表現の類は、不得手では無いかと思うのですが……。無表情ならともかく、そのような色恋沙汰の話が持ち上がったのも、これまで皆無でしたから……」
「エリオット、失礼でしょう!」
申し訳なさそうに指摘したエリオットを、さすがに傍観できなかったフィーネが窘めたが、セレナは半ばやさぐれながら心の中で悪態を吐いた。
(ええ、そうよ。だって下心全開で近付いてくる奴に、どうやって好意を持てって言うのよ! 大体下心っていうのは隠すものであって、あからさまにするものじゃないわよね? って言うかあいつら、あれで隠してるつもりとか!? そんな馬鹿どもに、この家を好き勝手にさせるなんて、冗談じゃないわよっ!)
そして一通り頭の中で文句を並べ立てた彼女は、気を取り直して弟の疑問に答えた。
「安心して頂戴、エリオット。殿下が繰り出す荒唐無稽な話の数々に、青くなったり赤くなったりしながら、殿下の話に気合いだけで何とか頷いていたら、皆様が勝手に曲解して下さったわ」
「曲解? どのような?」
「曰わく『無表情なご令嬢だと思っていたが、ここまで感情表現が豊かだったとは。まさに殿下の愛の力ですな』とか、『継母殿がわざと縁談を妨害しているとの噂だったが、今まで殿方との話が全く聞こえなかったのは、殿下に義理立てしておった故だったか』とか、『殿下の立場を考えて、表に出ないまま黙って身を引こうなど、天晴れな心意気。いや感じ入ったぞ』とか」
「誤解って、恐ろしいですね……」
「本当ね。良くあの場で倒れなかったと思うわ」
「…………」
どこか他人事のようにしみじみと告げたセレナを見て、他の者は無言で顔を見合わせた。
「ええと……、それでは話を進めますが、姉様は殿下の王室離脱が認められると思いますか?」
エリオットが現実的な問題を口にすると、セレナは些か自棄になりながら答える。
「あの方なら、どうとでも認めさせてしまうのではないかしら……」
「それでは姉様は、本当に殿下と結婚なさるおつもりですか?」
僅かに顔付きを険しくした弟に、セレナは思い出したように告げた。
「それなのだけど……、殿下は偽装結婚で良いと言うお話だったの。お父様の手紙にも、そう書いてあったから……」
「父様からの手紙!? そんな物があるなら、さっさと出してください!」
「ええと……、これよ」
「失礼します!」
半ば姉を叱りつけ、セレナが慌てて取り出した便箋を、エリオットは引ったくった。それを急いで開いて中を確認すると、両側から覗き込んだ母と兄も、呆然とした表現で呟く。
「これは……」
「確かに旦那様の字だわ……。でも、この内容は……」
「セレナ、これはどこで?」
頭痛を覚えながらラーディスが問い質してきた為、セレナは正直に答えた。
「お父様が死ぬ前に私に託していた、王太子殿下宛ての封書の中に入っていたの」
「肝心の、父上が殿下に宛てていた文書の内容は?」
「全く分からないわ。読んだ殿下が、顔色を変えていたのは確かだけど」
「その後に、偽装結婚云々を、向こうから言い出したんだな?」
「ええ、そうよ」
「…………」
それを聞いた面々は、揃って難しい顔になって考え込み、セレナは面倒事を増やしてしまって申し訳無く思いながら、フィーネに軽く頭を下げた。
「それで……、この事で明日以降、確実にバタバタする事になると思ったので、お義母様達には今日のうちに知らせしておこうと思いました」
それを聞いたフィーネは、溜め息を吐いてから真顔でセレナに声をかけた。
「事情は分かりました……。でも最後に一つだけ、確認させて欲しいの」
「はい、何でしょうか?」
「セレナ、あなたは本当に、殿下と結婚して構わないの?」
「勿論です」
その即答ぶりを見て、フィーネは義娘を翻意させるのは、どうあっても無理だと悟って諦めた。
「……分かりました。屋敷の皆に聞かれたら、そう言っておきます」
「お願いします。それでは疲れたので、休ませて貰います。今日は夕食も要りませんので」
三人はかなり疲労困憊しているらしいセレナが、自室に引き上げるのを静かに見送ったが、彼女の姿が見えなくなると同時に、エリオットが非難めいた声を上げた。
「母様! 本当に姉様を、結婚させる気ですか!?」
「セレナが決めた事に、私達が口を挟む事などできないわ。それは分かっているでしょう?」
困り顔で母親に言い諭されてエリオットは口を噤み、フィーネは再度溜め息を吐いてから、自分自身に言い聞かせるように息子達に告げて、部屋の外に向かって歩き出した。
「私はこれから、屋敷内の主だった面々に、取り敢えず偽装結婚の話は抜きにして、セレナと王太子殿下の結婚話が持ち上がっている事を説明してくるわ。皆、セレナが帰って来た時の顔色を見て、動揺していたから」
その母親の姿もドアの向こうに消えてから、エリオットは明らかに不満顔で、年の離れた兄を見上げた。
「…………」
淡々とした口調でセレナが話を締めくくると、室内に沈黙が満ちた。そして彼女以外の家族が、無言のまま顔を見合わせる中、一番早く気持ちを切り換えたらしいエリオットが、冷静に問いかけてくる。
「姉様、質問しても良いですか?」
「ええ、構わないわよ?」
「今のお話は、どう考えても無理がありませんか? 普通、王太子殿下ともなれば、専属の近衛軍の兵士が常時護衛している筈ですし、職務の補佐をする文官も身近に控えている筈です。彼らの目を盗んで、殿下が姉様と密会できるとは思えません。実際に、密会などしていませんし」
冷静に指摘した弟に、セレナは深く頷いた。しかしすぐに、忌々しげな表情になる。
「ええ、エリオット。まさに、あなたの言う通りよ。普通ならそうだし、実際にそうだわ。それなのに、あの王太子殿下ときたら……」
「何があったのですか?」
再び拳を震わせた姉にエリオットが慎重に尋ねると、セレナは怒りの形相でぶちまけた。
「臆面もなく『愛の力です。私達の間に立ちふさがる障壁の存在が、より私達の愛を燃え上がらせたのですよ。私の周囲を欺く手段など、幾らでもあります。ですがそれを明らかにすれば、彼らの失態となってしまう。ですから詳細を語る訳にはいかないが、彼らの勤務には落ち度は無い事を明言しておきましょう』と堂々と言い放ったのよ! それでそこら辺は、うやむやになったわ! 今頃は王城の隠し通路の存在とか内通者探しで、文官武官問わず王太子殿下周辺の方達は全員、疑心暗鬼に陥っている筈よ!」
「うわぁ……、皆さんにしたら災難ですよね。それに兄様、ご苦労様です」
「は? ここでどうして、俺の名前が出てくる?」
唐突に弟から同情する声をかけられたラーディスは、戸惑いながら問い返したが、エリオットは淡々と言い返した。
「だって兄様は、近衛軍勤務じゃないですか」
「いや、それはそうだが、俺は王太子殿下の護衛には携わっていないぞ?」
「確かに王太子殿下の専属護衛の任に就く、第一軍特別第二小隊所属では無いですけど、他の王子方の護衛を任される第一軍特別第三小隊所属ですよね? 毎日王城に通っていますし、真っ先に内通を疑われるのは、誰がどう考えても兄様です。その有りもしない腕前を見込まれて、諜報部員にスカウトされるかもしれませんよ?」
「……勘弁してくれ」
懇切丁寧に説明されて、ラーディスは本気で頭を抱えた。
(うぅっ、義兄様、すみません! 義兄様の経歴に、傷を付けかねない事態になるなんて!)
セレナが心底申し訳なく思っていると、エリオットが話を続けた。
「ところで姉様、その茶番劇の観客たる皆様は、この話に納得されたのですか? その……、何と言うか、姉様はそう言った熱烈な愛情表現の類は、不得手では無いかと思うのですが……。無表情ならともかく、そのような色恋沙汰の話が持ち上がったのも、これまで皆無でしたから……」
「エリオット、失礼でしょう!」
申し訳なさそうに指摘したエリオットを、さすがに傍観できなかったフィーネが窘めたが、セレナは半ばやさぐれながら心の中で悪態を吐いた。
(ええ、そうよ。だって下心全開で近付いてくる奴に、どうやって好意を持てって言うのよ! 大体下心っていうのは隠すものであって、あからさまにするものじゃないわよね? って言うかあいつら、あれで隠してるつもりとか!? そんな馬鹿どもに、この家を好き勝手にさせるなんて、冗談じゃないわよっ!)
そして一通り頭の中で文句を並べ立てた彼女は、気を取り直して弟の疑問に答えた。
「安心して頂戴、エリオット。殿下が繰り出す荒唐無稽な話の数々に、青くなったり赤くなったりしながら、殿下の話に気合いだけで何とか頷いていたら、皆様が勝手に曲解して下さったわ」
「曲解? どのような?」
「曰わく『無表情なご令嬢だと思っていたが、ここまで感情表現が豊かだったとは。まさに殿下の愛の力ですな』とか、『継母殿がわざと縁談を妨害しているとの噂だったが、今まで殿方との話が全く聞こえなかったのは、殿下に義理立てしておった故だったか』とか、『殿下の立場を考えて、表に出ないまま黙って身を引こうなど、天晴れな心意気。いや感じ入ったぞ』とか」
「誤解って、恐ろしいですね……」
「本当ね。良くあの場で倒れなかったと思うわ」
「…………」
どこか他人事のようにしみじみと告げたセレナを見て、他の者は無言で顔を見合わせた。
「ええと……、それでは話を進めますが、姉様は殿下の王室離脱が認められると思いますか?」
エリオットが現実的な問題を口にすると、セレナは些か自棄になりながら答える。
「あの方なら、どうとでも認めさせてしまうのではないかしら……」
「それでは姉様は、本当に殿下と結婚なさるおつもりですか?」
僅かに顔付きを険しくした弟に、セレナは思い出したように告げた。
「それなのだけど……、殿下は偽装結婚で良いと言うお話だったの。お父様の手紙にも、そう書いてあったから……」
「父様からの手紙!? そんな物があるなら、さっさと出してください!」
「ええと……、これよ」
「失礼します!」
半ば姉を叱りつけ、セレナが慌てて取り出した便箋を、エリオットは引ったくった。それを急いで開いて中を確認すると、両側から覗き込んだ母と兄も、呆然とした表現で呟く。
「これは……」
「確かに旦那様の字だわ……。でも、この内容は……」
「セレナ、これはどこで?」
頭痛を覚えながらラーディスが問い質してきた為、セレナは正直に答えた。
「お父様が死ぬ前に私に託していた、王太子殿下宛ての封書の中に入っていたの」
「肝心の、父上が殿下に宛てていた文書の内容は?」
「全く分からないわ。読んだ殿下が、顔色を変えていたのは確かだけど」
「その後に、偽装結婚云々を、向こうから言い出したんだな?」
「ええ、そうよ」
「…………」
それを聞いた面々は、揃って難しい顔になって考え込み、セレナは面倒事を増やしてしまって申し訳無く思いながら、フィーネに軽く頭を下げた。
「それで……、この事で明日以降、確実にバタバタする事になると思ったので、お義母様達には今日のうちに知らせしておこうと思いました」
それを聞いたフィーネは、溜め息を吐いてから真顔でセレナに声をかけた。
「事情は分かりました……。でも最後に一つだけ、確認させて欲しいの」
「はい、何でしょうか?」
「セレナ、あなたは本当に、殿下と結婚して構わないの?」
「勿論です」
その即答ぶりを見て、フィーネは義娘を翻意させるのは、どうあっても無理だと悟って諦めた。
「……分かりました。屋敷の皆に聞かれたら、そう言っておきます」
「お願いします。それでは疲れたので、休ませて貰います。今日は夕食も要りませんので」
三人はかなり疲労困憊しているらしいセレナが、自室に引き上げるのを静かに見送ったが、彼女の姿が見えなくなると同時に、エリオットが非難めいた声を上げた。
「母様! 本当に姉様を、結婚させる気ですか!?」
「セレナが決めた事に、私達が口を挟む事などできないわ。それは分かっているでしょう?」
困り顔で母親に言い諭されてエリオットは口を噤み、フィーネは再度溜め息を吐いてから、自分自身に言い聞かせるように息子達に告げて、部屋の外に向かって歩き出した。
「私はこれから、屋敷内の主だった面々に、取り敢えず偽装結婚の話は抜きにして、セレナと王太子殿下の結婚話が持ち上がっている事を説明してくるわ。皆、セレナが帰って来た時の顔色を見て、動揺していたから」
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