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第1章 進退窮まった人々
(3)レンフィス伯爵家全員集合
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王城で予想外にも程がある騒ぎに巻き込まれてしまったセレナは、家族にはなるべく衝撃を与えないように詳細を伝えようと、屋敷に帰り着くまでに何とか平常心を取り戻していた。
「遅くなってごめんなさい。お義母様とエリオットは?」
普段なら門から馬車の入る音を聞きつけて、出迎えに出て来る二人が玄関ホールに居なかった為、セレナが訝しげに尋ねると、出迎えたメイド達が言いにくそうに告げる。
「それが……、今応接室で、お客様の対応をされておられます」
それを聞いたセレナは、眉間にしわを刻みながら問いを重ねた。
「誰が来ているの?」
「ダグレー様とロゼン様とカンテス様です」
「相変わらず、何を勘違いしているのやら。単に父様の従兄弟とかまた従兄弟とか、大叔母様の嫁ぎ先の人間だと言うだけで、レンフィス伯爵家を好き勝手にする権利なんてありはしないのに、あの馬鹿どものせいで……。今日と言う今日は、許さないわよ!!」
「あ、お嬢様!? お待ち下さい!」
王城でのトラブルも相まって、完全に腹を立てた彼女は、盛大に客達を罵倒してから応接室に向かった。慌ててメイド達が追いかけたが、宥める間もなくセレナが勢い良くドアを開け、応接室に踏み込む。
「お義母様、ただいま戻りました」
「セレナ、お帰りなさい」
「おぉ、セレナ! 君の帰りを待っていたんだよ?」
「私達は君とこの家に、有益な話を持ってきていてね」
「是非、聞き入れて貰いたいと、今話していたところなんだ」
安堵した表情で声をかけてきた、前伯爵夫人である義母を丸無視し、自分に向かって愛想笑いを振りまいてきた、父親と同年代の男達を冷たく睥睨したセレナは、無表情で言い放った。
「皆様。せっかくですが今は取り込んでおりますので、お引き取り願います」
しかし要請された男達は、薄笑いを浮かべて抵抗しようとした。
「は? いや、しかしそれはだね」
「お引き取り願います」
「セレナ、私達は君の親族」
「我が家の家系は代々、死ぬまで耳目はしっかりしている者ばかりです。私が『お引き取り願います』と口にするのは、これで三回目なのですが? それとも皆様は人の話を耳にしても、それを頭で理解できないだけなのでしょうか? それでは言葉を覚えたての子供でも理解できるように、ごくごく分かり易く言い換えて差し上げますが」
問答無用だと冷え切った視線で言い切られた男達は、顔を見合わせてから憮然として立ち上がった。
「……失礼する」
「全く、生意気な小娘が」
「どのみち、伯爵家を継承などできないくせに」
わざと聞こえるように悪態を吐きながら、三人が応接室を出て行くのを見送たセレナは、漸く緊張を解いて溜め息を吐き、継母に向き直った。
「お義母様、招いてもいない不愉快な客人の相手をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「それは構わないけど……。セレナ、顔色が悪いわよ? 一体どうしたの?」
「姉様、大丈夫ですか? お城で何かあったんですか?」
義母のフィーネに続き、異母弟にも心配そうな顔で尋ねられたセレナは、それには直接答えず問い返した。
「エリオット、私、そんなに顔色が悪いかしら?」
「はい。死ぬ前の、父様みたいな顔色です。姉様、死なないでください」
「自覚は無いけど、相当酷い顔色みたいね」
大真面目にそんな事を言われてしまったセレナは、思わず苦笑いしてしまったが、フィーネは慌てて息子を叱りつけた。
「エリオット! あなた、何て事を言うの!?」
「お義母様、大丈夫ですから。エリオット、私はちょっと疲れただけだから。少し休めば良くなるわ」
「本当ですか?」
「本当よ」
笑いながら説明するとエリオットは納得したらしく、室内に控えていたメイドを振り返って指示を出した。
「マリー。姉様が好きなお茶を淹れて、お部屋に持って行って」
「はい。ただいますぐに」
「あ、それはここに持って来てくれるかしら」
「セレナ?」
そこですかさず指示を変更したセレナに、フィーネが怪訝な顔をする。そして室内にいる全員の視線が集まる中、セレナが決意漲る表情で告げた。
「お義母様とエリオットに、なるべく早く話しておかなければいけない事があります。今からここでお話ししようと思うのですが」
そう申し出た義理の娘に、フィーネが心配そうな顔になった。
「明日では駄目なの? 今日は早く休んだ方が、良いと思うのだけど」
「大丈夫です。今日のお城でのあの展開を考えると、明日にでも早速、何らかの騒動が持ち上がると思いますので」
「…………」
そこで彼女は息子と無言で顔を見合わせ、人払いをする事にした。
「お嬢様、お待たせしました。奥様と坊ちゃまもどうぞ」
「ありがとう」
「いただきます」
人数分のお茶とお茶菓子を運んできたマリーに、暫く応接室には近づかないように伝え、三人だけになった室内に静寂が漂うと、フィーネが気遣わしげに口を開いた。
「セレナ、具合が悪いのなら、本当に休んでも良いのよ? 医師も呼ぶし、今はこの家の継承云々より、あなたの身体の方が心配だわ。旦那様が亡くなってから、色々あり過ぎたもの。私が何もできなくて、本当にごめんなさい」
涙ぐんでそう訴えてくる、実年齢より若く見える、泣き顔すら妖艶と評して差し支えない義母を見て、セレナは肘置きの上で握り込んだ拳を小さく震わせながら呻いた。
「本当に……、お義母様の見た目がちょっと悪女っぽくて、偶々前の夫が早死にして、平民上がりだと言うだけで、ろくでもない連中に好き放題言われるなんて……。本当はこんなに心配りができる、控え目で謙虚過ぎる位の人なのに……」
「姉様、お顔が怖いです。落ち着いてください」
「本当にごめんなさい。私の見た目と出自が良くないせいで、あなたにまで余計な苦労を……」
弟に冷静に諭された上、義母に涙ぐまれてしまったセレナは、溜め息を吐いて怒りを押し殺した。
「お義母様のせいではありません。悪いのは人を見る目がない、有象無象の馬鹿どもです」
そこでノックに続いてドアが開けられ、セレナのもう一人の家族が帰宅の挨拶をしてきた。
「失礼します。戻りました」
「兄様、お帰りなさい」
「…………」
弟からは笑顔で挨拶を返されたものの、母親からは何とも言い難い表情で顔を凝視されてしまったラーディスは、怪訝な表情で問い返した。
「母さん、どうかしたのか?」
「相変わらず、あなたの目つきが悪いなと思って。エリオットが旦那様似で良かったと、しみじみ思ってしまったのよ」
それを聞いた途端、ラーディスはつり目を細め、面白く無さそうに言い返した。
「どうしていきなり、泣き出すんだ? 俺の顔をこんな風に生んだのは、母さんだろうが」
「うえぇっ……」
きつい口調で半ば責められ、フィーネはとうとう両目にハンカチを当てて泣き出した。それを見たセレナ達が、慌ててラーディスを宥める。
「お義兄様。偶々今、ちょっと容姿について微妙な話をしていて」
「母様に悪気は無いので、堪えてください」
「別に、本気で怒ってはいないが」
呆れ顔でソファーの一つに落ち着いてから、ラーディスがセレナに向かって話を切り出した。
「それでお嬢様、どうかしたんですか? 今日王城に出向いたら、予想外に帰りが遅かった挙げ句、酷い顔色で帰って来たと、メイド達が言っていましたが」
しかしここですかさず、セレナから叱責を受ける。
「お義兄様、『お嬢様』では無いでしょうが! はい、挨拶のやり直し!」
大真面目に言い聞かされて、ラーディスは苦笑しながら言い直した。
「ああ。セレナ、ただいま。何かあったのか?」
「大ありです。一体何がどうなったら、あんな事に……。お父様の秘密主義にも、本当に呆れたわ」
「旦那様が?」
「伯爵がどうかしたのか?」
「父様が何かしたんですか?」
心底うんざりした口調でセレナが言い出した為、義理の母兄弟は揃って怪訝な顔になった。そんな三人に向かって、彼女が爆弾発言を繰り出す。
「突然で驚くと思うけど、私、クライブ殿下と結婚する事になりました」
「……え?」
「クライブ殿下、って……、王太子殿下?」
「姉様……、最近はそういう冗談がはやっているのですか? 全然笑えませんが」
「やっぱり、冗談だと思うわよね? 私だって、冗談だと思いたいわ……」
途端に困惑の表情になった三人を見て、セレナが些か自棄気味の表情で笑った。すると何とか動揺を押さえながら、フィーネが詳細について問い質してくる。
「あ、あの……、セレナ? そうなるとあなたが、王太子妃になると言う事なの? でも普通に考えたら、伯爵家の娘が王太子妃になるなんてありえないし、そうなるとまさかエリオットの爵位継承を認めて貰うために、王太子殿下の愛人になるわけではないでしょうね!? そんな事、私も亡くなったあの人も、絶対に許しませんよ!?」
口にしているうちに興奮してしまった彼女が、声を張り上げた為、セレナは慌てて彼女を宥めた。
「お義母様、落ち着いてください。愛人などにはなりませんから」
「そ、そうなの? それなら良いのだけど……」
「殿下は私と正式に、結婚すると仰っています。それでその為に王位継承権を放棄して、王族籍から抜けるそうです」
それを聞いたフィーネは、一瞬安堵しかけたものの、すぐに目を見開いて声を張り上げた。
「はあぁ!? それはそれで大問題では無いの!?」
「はい、大問題です。いきなり殿下が私を、閣議が始まる直前の場に引っ張り出して、そうぶち上げた途端、室内は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました……」
「…………」
「姉様、お疲れさまでした。どうぞ僕の分も食べてください」
そこで絶句した母の代わりに、エリオットが自分の前に出ていた焼き菓子が乗った皿を姉の方に押しやりながら、しみじみとした口調でそれを勧めた。
「ありがとう。ここですかさずいたわりの言葉が出てくる、あなたのそういう優しい所が好きよ? エリオット」
「それでお疲れのところ、誠に申し訳ないのですが、全く意味が分からないので、当事者の筈なのに今のところ部外者になっている僕にも分かるように、事の次第を説明していただけないでしょうか?」
「あなたの……、その聡明だけど微妙に容赦がない所も、次期当主として相応しいと思っているわ。エリオット」
「ありがとうございます、姉様」
大真面目に詳細な説明を要求されたセレナは、顔を微妙に引き攣らせながら、王宮での騒動の一部始終を家族に語って聞かせた。
「遅くなってごめんなさい。お義母様とエリオットは?」
普段なら門から馬車の入る音を聞きつけて、出迎えに出て来る二人が玄関ホールに居なかった為、セレナが訝しげに尋ねると、出迎えたメイド達が言いにくそうに告げる。
「それが……、今応接室で、お客様の対応をされておられます」
それを聞いたセレナは、眉間にしわを刻みながら問いを重ねた。
「誰が来ているの?」
「ダグレー様とロゼン様とカンテス様です」
「相変わらず、何を勘違いしているのやら。単に父様の従兄弟とかまた従兄弟とか、大叔母様の嫁ぎ先の人間だと言うだけで、レンフィス伯爵家を好き勝手にする権利なんてありはしないのに、あの馬鹿どものせいで……。今日と言う今日は、許さないわよ!!」
「あ、お嬢様!? お待ち下さい!」
王城でのトラブルも相まって、完全に腹を立てた彼女は、盛大に客達を罵倒してから応接室に向かった。慌ててメイド達が追いかけたが、宥める間もなくセレナが勢い良くドアを開け、応接室に踏み込む。
「お義母様、ただいま戻りました」
「セレナ、お帰りなさい」
「おぉ、セレナ! 君の帰りを待っていたんだよ?」
「私達は君とこの家に、有益な話を持ってきていてね」
「是非、聞き入れて貰いたいと、今話していたところなんだ」
安堵した表情で声をかけてきた、前伯爵夫人である義母を丸無視し、自分に向かって愛想笑いを振りまいてきた、父親と同年代の男達を冷たく睥睨したセレナは、無表情で言い放った。
「皆様。せっかくですが今は取り込んでおりますので、お引き取り願います」
しかし要請された男達は、薄笑いを浮かべて抵抗しようとした。
「は? いや、しかしそれはだね」
「お引き取り願います」
「セレナ、私達は君の親族」
「我が家の家系は代々、死ぬまで耳目はしっかりしている者ばかりです。私が『お引き取り願います』と口にするのは、これで三回目なのですが? それとも皆様は人の話を耳にしても、それを頭で理解できないだけなのでしょうか? それでは言葉を覚えたての子供でも理解できるように、ごくごく分かり易く言い換えて差し上げますが」
問答無用だと冷え切った視線で言い切られた男達は、顔を見合わせてから憮然として立ち上がった。
「……失礼する」
「全く、生意気な小娘が」
「どのみち、伯爵家を継承などできないくせに」
わざと聞こえるように悪態を吐きながら、三人が応接室を出て行くのを見送たセレナは、漸く緊張を解いて溜め息を吐き、継母に向き直った。
「お義母様、招いてもいない不愉快な客人の相手をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「それは構わないけど……。セレナ、顔色が悪いわよ? 一体どうしたの?」
「姉様、大丈夫ですか? お城で何かあったんですか?」
義母のフィーネに続き、異母弟にも心配そうな顔で尋ねられたセレナは、それには直接答えず問い返した。
「エリオット、私、そんなに顔色が悪いかしら?」
「はい。死ぬ前の、父様みたいな顔色です。姉様、死なないでください」
「自覚は無いけど、相当酷い顔色みたいね」
大真面目にそんな事を言われてしまったセレナは、思わず苦笑いしてしまったが、フィーネは慌てて息子を叱りつけた。
「エリオット! あなた、何て事を言うの!?」
「お義母様、大丈夫ですから。エリオット、私はちょっと疲れただけだから。少し休めば良くなるわ」
「本当ですか?」
「本当よ」
笑いながら説明するとエリオットは納得したらしく、室内に控えていたメイドを振り返って指示を出した。
「マリー。姉様が好きなお茶を淹れて、お部屋に持って行って」
「はい。ただいますぐに」
「あ、それはここに持って来てくれるかしら」
「セレナ?」
そこですかさず指示を変更したセレナに、フィーネが怪訝な顔をする。そして室内にいる全員の視線が集まる中、セレナが決意漲る表情で告げた。
「お義母様とエリオットに、なるべく早く話しておかなければいけない事があります。今からここでお話ししようと思うのですが」
そう申し出た義理の娘に、フィーネが心配そうな顔になった。
「明日では駄目なの? 今日は早く休んだ方が、良いと思うのだけど」
「大丈夫です。今日のお城でのあの展開を考えると、明日にでも早速、何らかの騒動が持ち上がると思いますので」
「…………」
そこで彼女は息子と無言で顔を見合わせ、人払いをする事にした。
「お嬢様、お待たせしました。奥様と坊ちゃまもどうぞ」
「ありがとう」
「いただきます」
人数分のお茶とお茶菓子を運んできたマリーに、暫く応接室には近づかないように伝え、三人だけになった室内に静寂が漂うと、フィーネが気遣わしげに口を開いた。
「セレナ、具合が悪いのなら、本当に休んでも良いのよ? 医師も呼ぶし、今はこの家の継承云々より、あなたの身体の方が心配だわ。旦那様が亡くなってから、色々あり過ぎたもの。私が何もできなくて、本当にごめんなさい」
涙ぐんでそう訴えてくる、実年齢より若く見える、泣き顔すら妖艶と評して差し支えない義母を見て、セレナは肘置きの上で握り込んだ拳を小さく震わせながら呻いた。
「本当に……、お義母様の見た目がちょっと悪女っぽくて、偶々前の夫が早死にして、平民上がりだと言うだけで、ろくでもない連中に好き放題言われるなんて……。本当はこんなに心配りができる、控え目で謙虚過ぎる位の人なのに……」
「姉様、お顔が怖いです。落ち着いてください」
「本当にごめんなさい。私の見た目と出自が良くないせいで、あなたにまで余計な苦労を……」
弟に冷静に諭された上、義母に涙ぐまれてしまったセレナは、溜め息を吐いて怒りを押し殺した。
「お義母様のせいではありません。悪いのは人を見る目がない、有象無象の馬鹿どもです」
そこでノックに続いてドアが開けられ、セレナのもう一人の家族が帰宅の挨拶をしてきた。
「失礼します。戻りました」
「兄様、お帰りなさい」
「…………」
弟からは笑顔で挨拶を返されたものの、母親からは何とも言い難い表情で顔を凝視されてしまったラーディスは、怪訝な表情で問い返した。
「母さん、どうかしたのか?」
「相変わらず、あなたの目つきが悪いなと思って。エリオットが旦那様似で良かったと、しみじみ思ってしまったのよ」
それを聞いた途端、ラーディスはつり目を細め、面白く無さそうに言い返した。
「どうしていきなり、泣き出すんだ? 俺の顔をこんな風に生んだのは、母さんだろうが」
「うえぇっ……」
きつい口調で半ば責められ、フィーネはとうとう両目にハンカチを当てて泣き出した。それを見たセレナ達が、慌ててラーディスを宥める。
「お義兄様。偶々今、ちょっと容姿について微妙な話をしていて」
「母様に悪気は無いので、堪えてください」
「別に、本気で怒ってはいないが」
呆れ顔でソファーの一つに落ち着いてから、ラーディスがセレナに向かって話を切り出した。
「それでお嬢様、どうかしたんですか? 今日王城に出向いたら、予想外に帰りが遅かった挙げ句、酷い顔色で帰って来たと、メイド達が言っていましたが」
しかしここですかさず、セレナから叱責を受ける。
「お義兄様、『お嬢様』では無いでしょうが! はい、挨拶のやり直し!」
大真面目に言い聞かされて、ラーディスは苦笑しながら言い直した。
「ああ。セレナ、ただいま。何かあったのか?」
「大ありです。一体何がどうなったら、あんな事に……。お父様の秘密主義にも、本当に呆れたわ」
「旦那様が?」
「伯爵がどうかしたのか?」
「父様が何かしたんですか?」
心底うんざりした口調でセレナが言い出した為、義理の母兄弟は揃って怪訝な顔になった。そんな三人に向かって、彼女が爆弾発言を繰り出す。
「突然で驚くと思うけど、私、クライブ殿下と結婚する事になりました」
「……え?」
「クライブ殿下、って……、王太子殿下?」
「姉様……、最近はそういう冗談がはやっているのですか? 全然笑えませんが」
「やっぱり、冗談だと思うわよね? 私だって、冗談だと思いたいわ……」
途端に困惑の表情になった三人を見て、セレナが些か自棄気味の表情で笑った。すると何とか動揺を押さえながら、フィーネが詳細について問い質してくる。
「あ、あの……、セレナ? そうなるとあなたが、王太子妃になると言う事なの? でも普通に考えたら、伯爵家の娘が王太子妃になるなんてありえないし、そうなるとまさかエリオットの爵位継承を認めて貰うために、王太子殿下の愛人になるわけではないでしょうね!? そんな事、私も亡くなったあの人も、絶対に許しませんよ!?」
口にしているうちに興奮してしまった彼女が、声を張り上げた為、セレナは慌てて彼女を宥めた。
「お義母様、落ち着いてください。愛人などにはなりませんから」
「そ、そうなの? それなら良いのだけど……」
「殿下は私と正式に、結婚すると仰っています。それでその為に王位継承権を放棄して、王族籍から抜けるそうです」
それを聞いたフィーネは、一瞬安堵しかけたものの、すぐに目を見開いて声を張り上げた。
「はあぁ!? それはそれで大問題では無いの!?」
「はい、大問題です。いきなり殿下が私を、閣議が始まる直前の場に引っ張り出して、そうぶち上げた途端、室内は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました……」
「…………」
「姉様、お疲れさまでした。どうぞ僕の分も食べてください」
そこで絶句した母の代わりに、エリオットが自分の前に出ていた焼き菓子が乗った皿を姉の方に押しやりながら、しみじみとした口調でそれを勧めた。
「ありがとう。ここですかさずいたわりの言葉が出てくる、あなたのそういう優しい所が好きよ? エリオット」
「それでお疲れのところ、誠に申し訳ないのですが、全く意味が分からないので、当事者の筈なのに今のところ部外者になっている僕にも分かるように、事の次第を説明していただけないでしょうか?」
「あなたの……、その聡明だけど微妙に容赦がない所も、次期当主として相応しいと思っているわ。エリオット」
「ありがとうございます、姉様」
大真面目に詳細な説明を要求されたセレナは、顔を微妙に引き攣らせながら、王宮での騒動の一部始終を家族に語って聞かせた。
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