飛んで火に入れば偽装結婚!?

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
1 / 51
プロローグ

罰当たりな結婚式

しおりを挟む
 白一色の花嫁衣装に身を包み、窓越しに晴れ渡った空を見上げたセレナは、花嫁には似つかわしくない沈鬱な表情で、小さく呟いた。
「とうとう、この日が来てしまったわ……」
 それからは現実逃避をするが如く、窓の外を眺めながら佇んでいた彼女だったが、すぐに容赦なく、現実が形となって現れた。

「セレナ。昨日はあれだけの荒天だったのに、今日はこれ以上は無いくらいの晴天に恵まれたのは感激です。まさに神のご加護としか、言いようがありませんね。神は私達の挙式を、祝福してくださっていますよ?」
 こちらは白を基調としているものの、所々金銀で飾り立てている正装を纏った花婿が、申し訳程度のノックと共に現れた為、セレナは虚ろな目をしながら振り返った。

「ご加護……、ですか。寧ろ神様が罰を与える為に、後から雷でも落としそうな気がしますわ。晴天下の方が効果的でしょうから」
「セレナは、おかしな事を言いますね。神が一体、何に対して怒ると?」
 近くまで寄って来た本日の花婿たるクライブが、クスクスと笑いながら問いかけると、セレナは一応ドアが開いていないかを目で確認してから、精一杯声量を抑えながら相手に訴えた。

「だって私達、女同士で結婚するんですよ!? 神聖な教会で大嘘を吐くなんて、神様に激怒されるのに決まっているじゃありませんか!」
 その非難にもクライブは笑顔を崩さないまま、明るく言い切った。

「セレナは相変わらず可愛いですね。ですが、怒られる筈がありませんよ。神なんて存在していませんし」
「クライブ様!? そんな罰当たりな!」
「そもそも宗教と言う物は、個々の人心を救う為と、施政者の民衆掌握の手段の一つとして存在しているだけです。それが無くても良い、とまでは言いませんが、不必要に恐れ敬う必要は無いでしょう」
「ですが!」
「第一、私とあなたが結婚する事で私の秘密が守られて、母である王妃と、我が国と王妃の祖国との関係悪化が防げる上、あなたが理不尽な縁談を押し付けられず、レンフィス伯爵の領地と爵位も、少しの辛抱で無事にあなたの弟に継がせる事ができる。良い事ずくめですよね?」
「確かにそうですが!」
「これだけ万事丸く収まるのに、神が何を怒ると? 数多の人間が幸せになる事を非難するなど、もはや神などではありません」
 一応反論しようと試みたセレナだったが、ここで潔く諦めて非難の矛先を変えた。

「……それに関しては、もう良いです。ですが、今日の挙式で、どう考えても納得しかねる事があるのですが?」
「聞きましょう。何と言っても、今日から私とあなたは、夫婦になるわけですし」
 大真面目に頷いたクライブに向かって、セレナは口元をひくつかせながら訴え始めた。

「私は単なる伯爵家の令嬢ですし、あなたは私との結婚の為に王族籍を抜けて大公位を授かった訳ですから、色々煩わしく無いように、挙式は近親者のみでひっそりと執り行うと決めましたよね?」
「勿論です。ですから私は、誰も招待してはいませんよ?」
「ええ……。あなたは招待していませんよ? 確かにそうですね。それなのにどうして、あなたの異母弟の第三王子殿下と、同母弟の第四王子殿下が、仰々しい護衛を引き連れてこの教会に来ているんですか!? あの行列を窓越しに見た時に、本気で倒れそうになりましたよ!」
 そう言って勢い良く窓の外を指さしたセレナを見て、クライブは流石に申し訳なさそうな表情になった。

「あぁ、あれは確かに……。到着した後、すぐに二人に『呼んだ覚えは無いから帰って欲しい』と頼んだのですが、カイルには『学友のエリオットに、姉の晴れの日に花を添えたいから、是非出席して欲しいと頼まれた』と言われ、リオネスには『これまで警護して貰う事が多く、気心が知れているランディスの家の慶事を、ささやかながら祝福したいと要請したら、彼に快諾されました』と言われてしまったもので……」
「どう考えても、お二方を招待してませんよね!? 屁理屈をこじつけて、義兄と弟にごり押ししただけじゃないですか! さっき二人が顔を見に来た時、義兄様の表情がこれまでに無い位殺伐としていて、エリオットは魂が抜けたような顔をしていたんですよ!?」
 本気で抗議したセレナだったが、クライブは苦笑しながら宥めた。

「まあ、でも……。ここまで来てしまったのに、追い返す訳にはいきませんから。諦めてください」
「うぅ……、どうして王族って、揃いも揃って押しが強いの? 二人ともごめんなさい。絶対後で、王宮内でグチグチ嫌みを言われるわ。普通なら王族が、列席なんかしないのに……」
 抗議したものの、確かに王族を追い返す事など不可能だと理解していたセレナは、完全に諦めて項垂れた。すると教会の挙式進行担当の者がやって来て、二人に声をかける。

「失礼します。そろそろ挙式の時間ですので、聖堂の方に移動をお願いします」
「はい、分かりました。それではセレナ、行きましょうか」
「はい」
 クライブが差し出した手を取り、セレナは挙式会場である聖堂に向かって、ゆっくりと歩き出した。そして廊下に出てから、数歩前を歩く白い聖職者の衣服を身に纏った担当者に聞こえない程度の声で、クライブが彼女に囁く。

「あと一年半足らずの期間。エリオットが正式に爵位継承の資格を得て、つつがなく私が死亡してあなたが未亡人になれるまで、この秘密が漏れないように頑張りましょう」
「ええ、こうなったからには、最後までやりきるしかありませんわね」
 既に腹を括っていたセレナは、小さく頷きながら共犯者に決意表明したが、心の中ではこのようなふざけた事態に陥った原因である亡き父親に向かって、恨み言を呟いていた。

(だけど、頭では分かっていても……。何で自分の死後に、こんな無茶振りしてるのよ! お父様の馬鹿!!)
 そして豪奢なステンドグラスから光が差し込む聖堂に、クライブと共に足を踏み入れたセレナは、事の発端となった半年前のあの時の事を、無意識に思い返していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...