飛んで火に入れば偽装結婚!?

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
48 / 51
第2章 穏やかな新婚生活?

(20)到着

しおりを挟む
 先行した者が近隣の村で野盗との遭遇及び応援を要請した事で、その知らせはすぐにレンフィス伯爵領の中央部まで伝わり、セレナ達の一行が夕刻になってから館に到着した時には、玄関前とホール内に使用人の殆どが整然と並んで待ち構えていた。

「セレナ様、クライブ様、遠路お疲れ様でした」
「お二人のお顔を見る事ができて、感無量です。領地の者は皆、今日のこの日を指折り数えて心待ちにしておりました」
「出迎えありがとう。本当にあなた達には、余計な心配や苦労をかけてしまったわ」
 馬車寄せの最前列に並んでいた初老の男二人が、一人は涙ぐみながら、もう一人は満面の笑みを見せながら挨拶をして、揃って頭を下げる。セレナはそんな彼らに頷いてから、クレアに二人を紹介した。

「クライブ。こちらは館を取り仕切ってくれているモルガン、こちらは領地の執政官長のケーニッヒよ」
「出迎え、ありがとうございます。バルド大公クライブです。これからよろしくお願いします」
「勿体無いお言葉……。精一杯、努めさせていただきます」
 深々と頭を下げたモルガンの隣で、ケーニッヒが表情を硬くしながら申し出る。

「お二方には、まず謝罪を。領地を来訪早々野盗と遭遇など、本来あってはならない不始末。今現在、私兵組織内で討伐隊を編成しておりますので、一両日中に一網打尽に致します」
 ここでクレアは余計な叱責などせず、彼に対して冷静に要請する。

「ケーニッヒ殿。野盗への対処は勿論ですが、それに加えて、その一党の襲撃によりこれまで被害を被った領民や旅人の調査、及び被害内容に応じた補償の手配をお願いします」
「心得ました。それでは失礼して、実戦指揮官との打ち合わせに入ります」
「お願いします」
 為政者の顔になったクレアの発言に、ケーニッヒは恐縮しつつも心強く感じながら、早速行動に移った。一礼して踵を返した彼を見送ってから、セレナはクレアに続いて自分達より数歩後ろに控えていた二人を、邸の者達に紹介する。

「モルガン。こちらのお二人が、王太子殿下の命で私達の護衛に派遣された、パトリック様とコニー様よ」
 それを受けて、モルガンは満面の笑みで頷き、背後の使用人達と共に彼らに向かって頭を下げた。

「お話は伺っております。お二方を精一杯おもてなし致しますので、こちらに滞在中はごゆるりとお過ごしください」
「お世話になります」
「よろしくお願いします」
「それでは、皆様のご案内を頼む。他の者は、各自の持ち場に戻るように」
「畏まりました」
「セレナ様とクライブ様はこちらに」
「パトリック様とコニー様、こちらにどうぞ。後程、お部屋に荷物をお運びします」
 一通り挨拶が済んだところでモルガンが背後に控えていた使用人達に指示を出すと、セレナ達や客人担当の世話係は即座に案内を始め、他の者達は自分の持ち場に散って行った。
 セレナとクレアは早速当主夫妻が使用する部屋に通され、お茶を出されてから、夕食までの時間を二人で過ごしたいと申し出て、侍女に引き上げて貰った。そして人目が無くなってから、セレナが多少気だるげに言い出す。

「はぁ……、やっと着いたわ……」
 倦怠感が滲み出たその台詞にクレアは苦笑いしてから、一つ確認を入れた。
「途中、色々ありましたね……。ところで、私が本当は女性だという事実は、王都の邸では使用人の皆がご存じでしたが、こちらの館内ではどうなっていますか?」
 その問いに、セレナは瞬時に真顔になって説明する。

「義兄様やエリオットと相談しましたが、管理棟では不特定多数の人員が出入りしますし、居住棟も領民の出入りが意外に多くて。ですからこちらで事情を知るのはモルガンの他は、侍女長に加えて前々からの住み込みの使用人数人に抑えます。今夜にでも、顔合わせをする予定ですから」
「分かりました。方針が決まっているのであれば、後はパトリックとコニーの前でこれまで以上に熱愛夫婦を演じて、二人にはさっさと帰って貰いましょう」
「ええ。それに加えて私がクレアさんと終始一緒に居れば、クレアさんが女性の姿で外出して街の人に目撃されても、偶然何となくバルド大公に似ている女性として、気にも留められないと思います」
「なるほど。愛妻家のバルド大公が、妻と別行動をするわけがありませんからね」
「そもそもバルド大公が女装したり、女性かもしれないと疑う人はいないと思いますが、念には念を入れようかと」
「ええ。色々頑張りましょう」
 そこで女二人は笑顔で頷き、夕食までのひと時をのんびりと過ごした。

「……だから、そういう事ですから」
「もう! クライブったら、冗談ばっかり!」
 腕を組んで密着しながら、楽し気に会話しつつ食堂にやって来たセレナとクレアは、自分達以外の三人が既にテーブルに着いているのを認めて、笑顔のまま謝罪した。

「すみません、遅れてしまいましたね」
「クライブと話に夢中になってしまって。ごめんなさい」
「いえ、遅れたという程の事はありませんので」
「時間通りかと思います」
「それでは、料理をお運びいたします」
 確かに予定時刻より僅かに遅れただけであり、控えていたモルガンの指示で滞りなく料理が運ばれてくると、並んで座った二人は上機嫌に会話しながら食べ進めた。

「明日は早速、クライブに街を案内するわね。勿論、王都とは比べ物にならないし、ヤーニス辺境伯領のタレンよりも規模は小さいけど、見せたい物やお店があるの」
「それは楽しみですね。でもさすがに、二人きりでは無理でしょう?」
「ええ。そうしたいのは山々だけど、こっそり出かけたりしたらケーニッヒが心労で倒れるわ」
「それは申し訳ないですね」
 くすくす笑いながら応じたクレアに、セレナはちょっとした提案をした。

「レンフィス伯爵家の私兵が護衛に付く予定だけど、普通の通行人の姿でさりげなく護衛をして貰えば良いかしら?」
「そうですね、そうして貰いましょう。王都でも騒ぎになるのを恐れてろくに外出などできませんでしたし、こちらにいる時位、気分だけでも二人きりであちこち見て回りたいです」
 そんな風に笑い合っている二人に、パトリックは控えめに声をかけた。

「あの、クライブ様。外出時には、私達も一応ご同行させて貰いたいのですが、少し離れて目立たないように付いて行った方が良いでしょうか?」
 その問いかけに、クレアは少し考え込む様子を見せてから、笑顔で頷く。
「そうですね……。そうして貰えれば嬉しいです」
「分かりました。そう致します」
 そこでパトリックとコニーは顔を見合わせて頷き、ラーディスは沈黙を保ちながら夕食を食べ進めていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

処理中です...