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第2章 穏やかな新婚生活?
(16)気まずい晩餐
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その日のヤーニス辺境伯家の晩餐はクレアとセレナを客人に迎え、当初は和やかに食べ進めていた。
特に物怖じしない性格のキャリーが、王都から遠いこの地でも話題沸騰であった恋物語の当事者達を迎えて興奮を抑え切れない様子で、二人に対して次々に質問を繰り出していた。
「それではクライブ様は、お忍びで王都内の市場などを視察なさっていた時に、偶然セレナ様と出会われたのですね?」
「ええ、普通なら一伯爵家の令嬢であるセレナと、個人的に親しく知り合える機会など皆無に等しいですから。出会い自体が奇跡に等しいです」
「本当に運命的で、素敵な出会いですね」
クレアの口からでまかせの説明を聞いて、キャリーは少女らしく無邪気に感動していたが、ルイーザが微妙に刺のある口調で言い出した。
「本当に残念ですわ……。娘が殿下と個人的にお知り合いになる機会があれば、きっとお気に召していただけるかと思いましたのに……」
「レノーラ嬢程魅力的なご令嬢であれば、これから幾らでも、理想的な出会いがあるかと思いますよ?」
「ええ……、そうですわね……」
クレアが笑顔でサラリと言葉を返した事で、ルイーザは幾分悔しげに応じた。そこで微妙な空気になりかけたのを打ち消すように、バウルがクレアに声をかける。
「どうでしょうか、クライブ様。せっかくですので、今夜はこちらで独特の食材と郷土料理をメインにして、料理人達に腕をふるって貰いましたが」
その問いに、確かに珍しい料理があると感じていたクレアが、笑顔で応じる。
「大変美味しく頂いています。王都では食べた事がありませんが、このような味付けの料理法もあるのですね」
それにルイーザが、皮肉っぽく笑いながら告げる。
「大公様は、お世辞がお上手ですね。このような料理、王都の洗練された料理とは比較にならないと思いますが」
「いえ、本心から美味しいと思っていますよ? 目の前に山盛りにしてあるなら、思わず手を伸ばしてお代わりをしたい位です」
「はぁ? 山盛り?」
「お代わり、ですか?」
「はい。セレナに取り分けて貰ったり、私も分けてあげたりして、昨夜はとても美味しくいただきました」
一瞬、何を言われているか分からないと言った顔になったヤーニス辺境伯夫妻だったが、次の瞬間レノーラが勢い良くセレナに向き直り、声を荒げて責め立てた。
「ちょっとセレナ! あなた一体、どんな安宿にクライブ様をお泊めしたのよ!?」
その詰問に、セレナは戸惑いながら説明する。
「どんな、と言われても……。極々普通の宿屋ですけど……」
「『普通』って、まさか貴族が普通に宿泊する宿屋では無くて、普通の庶民が泊まるような所だったのではないわよね!?」
「そうですけど……。どこもきちんとした、評判の良い所で」
「呆れたわ! あなた恥と言うものを知らないの!? 仮にも王族である殿下が、そんな場末の宿屋に泊まって良いわけが無いでしょう!」
憤怒の形相で一方的に叱りつけたレノーラだったが、それにセレナが何か言う前に、クレアが冷静に反論した。
「レノーラ嬢。生憎と、私はもう王族ではありませんから、不必要に体面を保つ必要はありません。そもそも私が王族籍を抜ける事になったのも、セレナとの関係が公になった事に加えて、庶民が利用する店舗などに出入りするような、王族らしからぬ振る舞いが咎められた故の事ですから」
「それはどう考えても、セレナのせいですよね!?」
「すみませんが、邪推は止めていただけますか? それに関しては、妻は関係無い事ですから」
益々いきり立ったレノーラだったが、クレアは変わらず平然と応じる。しかしチェスターとルイーザが薄笑いを浮かべながら、そのやり取りに割り込んだ。
「そうですか? 生粋の王族である殿下が、どのような所にどのような経緯で出入りされるようになったのか全く見当が付きませんので、是非とも詳しくお聞かせいただきたいものですが」
「本当に、クライブ様はお優しい方ですわね」
「お前達、止めないか!」
そこで腹に据えかねたバウルが妻子を叱りつけ、それから食堂内に気まずい沈黙が満ちたまま、食べ進める事となった。
その晩餐が終了してクレアとセレナが客間に引き上げてから、ヤーニス辺境伯家の者達も席を立ったが、チェスターとレノーラはルイーザの私室に集まり、不満をぶちまけていた。
「本当に腹立たしいわ! れっきとした他国の王女様や美貌を誇る公爵令嬢とかならともかく、あんな平凡な田舎娘にクライブ殿下を取られるなんて!」
「同感だ。第一、辺境伯家は他の伯爵家よりも格式は上で、侯爵家と同等。王妃だって出す事もできるのに。殿下とレノーラがセレナよりも先に出会っていれば、殿下が王族籍から抜ける事も無かったのにな」
忌々しげに勝手な事を口走っている子供達を見ながら、ルイーザはそれを咎める事などせずに深く頷く。
「本当に嘆かわしい事。クライブ殿下も表面上は満足されているように振る舞っておられるけど、内心ではセレナにたぶらかされた事を心底後悔なさっておいでなのに違いないわ。だから間違いは、私達の手で早々に正さなければね」
「母上?」
「お母様? どうなさるおつもりなの?」
そこでルイーザは狡猾な笑みを浮かべながら、息子と娘に問いかけた。
「あなた達、殿下の目を覚まさせて差し上げる為に、一働きするつもりはあるわよね?」
「ええ、勿論です!」
「何をすれば良いんだ?」
即座に賛同した二人に対してルイーザはろくでもない提案をしたが、二人はそれを非難するどころかそれを嬉々として受け入れ、早速準備を始めた。
特に物怖じしない性格のキャリーが、王都から遠いこの地でも話題沸騰であった恋物語の当事者達を迎えて興奮を抑え切れない様子で、二人に対して次々に質問を繰り出していた。
「それではクライブ様は、お忍びで王都内の市場などを視察なさっていた時に、偶然セレナ様と出会われたのですね?」
「ええ、普通なら一伯爵家の令嬢であるセレナと、個人的に親しく知り合える機会など皆無に等しいですから。出会い自体が奇跡に等しいです」
「本当に運命的で、素敵な出会いですね」
クレアの口からでまかせの説明を聞いて、キャリーは少女らしく無邪気に感動していたが、ルイーザが微妙に刺のある口調で言い出した。
「本当に残念ですわ……。娘が殿下と個人的にお知り合いになる機会があれば、きっとお気に召していただけるかと思いましたのに……」
「レノーラ嬢程魅力的なご令嬢であれば、これから幾らでも、理想的な出会いがあるかと思いますよ?」
「ええ……、そうですわね……」
クレアが笑顔でサラリと言葉を返した事で、ルイーザは幾分悔しげに応じた。そこで微妙な空気になりかけたのを打ち消すように、バウルがクレアに声をかける。
「どうでしょうか、クライブ様。せっかくですので、今夜はこちらで独特の食材と郷土料理をメインにして、料理人達に腕をふるって貰いましたが」
その問いに、確かに珍しい料理があると感じていたクレアが、笑顔で応じる。
「大変美味しく頂いています。王都では食べた事がありませんが、このような味付けの料理法もあるのですね」
それにルイーザが、皮肉っぽく笑いながら告げる。
「大公様は、お世辞がお上手ですね。このような料理、王都の洗練された料理とは比較にならないと思いますが」
「いえ、本心から美味しいと思っていますよ? 目の前に山盛りにしてあるなら、思わず手を伸ばしてお代わりをしたい位です」
「はぁ? 山盛り?」
「お代わり、ですか?」
「はい。セレナに取り分けて貰ったり、私も分けてあげたりして、昨夜はとても美味しくいただきました」
一瞬、何を言われているか分からないと言った顔になったヤーニス辺境伯夫妻だったが、次の瞬間レノーラが勢い良くセレナに向き直り、声を荒げて責め立てた。
「ちょっとセレナ! あなた一体、どんな安宿にクライブ様をお泊めしたのよ!?」
その詰問に、セレナは戸惑いながら説明する。
「どんな、と言われても……。極々普通の宿屋ですけど……」
「『普通』って、まさか貴族が普通に宿泊する宿屋では無くて、普通の庶民が泊まるような所だったのではないわよね!?」
「そうですけど……。どこもきちんとした、評判の良い所で」
「呆れたわ! あなた恥と言うものを知らないの!? 仮にも王族である殿下が、そんな場末の宿屋に泊まって良いわけが無いでしょう!」
憤怒の形相で一方的に叱りつけたレノーラだったが、それにセレナが何か言う前に、クレアが冷静に反論した。
「レノーラ嬢。生憎と、私はもう王族ではありませんから、不必要に体面を保つ必要はありません。そもそも私が王族籍を抜ける事になったのも、セレナとの関係が公になった事に加えて、庶民が利用する店舗などに出入りするような、王族らしからぬ振る舞いが咎められた故の事ですから」
「それはどう考えても、セレナのせいですよね!?」
「すみませんが、邪推は止めていただけますか? それに関しては、妻は関係無い事ですから」
益々いきり立ったレノーラだったが、クレアは変わらず平然と応じる。しかしチェスターとルイーザが薄笑いを浮かべながら、そのやり取りに割り込んだ。
「そうですか? 生粋の王族である殿下が、どのような所にどのような経緯で出入りされるようになったのか全く見当が付きませんので、是非とも詳しくお聞かせいただきたいものですが」
「本当に、クライブ様はお優しい方ですわね」
「お前達、止めないか!」
そこで腹に据えかねたバウルが妻子を叱りつけ、それから食堂内に気まずい沈黙が満ちたまま、食べ進める事となった。
その晩餐が終了してクレアとセレナが客間に引き上げてから、ヤーニス辺境伯家の者達も席を立ったが、チェスターとレノーラはルイーザの私室に集まり、不満をぶちまけていた。
「本当に腹立たしいわ! れっきとした他国の王女様や美貌を誇る公爵令嬢とかならともかく、あんな平凡な田舎娘にクライブ殿下を取られるなんて!」
「同感だ。第一、辺境伯家は他の伯爵家よりも格式は上で、侯爵家と同等。王妃だって出す事もできるのに。殿下とレノーラがセレナよりも先に出会っていれば、殿下が王族籍から抜ける事も無かったのにな」
忌々しげに勝手な事を口走っている子供達を見ながら、ルイーザはそれを咎める事などせずに深く頷く。
「本当に嘆かわしい事。クライブ殿下も表面上は満足されているように振る舞っておられるけど、内心ではセレナにたぶらかされた事を心底後悔なさっておいでなのに違いないわ。だから間違いは、私達の手で早々に正さなければね」
「母上?」
「お母様? どうなさるおつもりなの?」
そこでルイーザは狡猾な笑みを浮かべながら、息子と娘に問いかけた。
「あなた達、殿下の目を覚まさせて差し上げる為に、一働きするつもりはあるわよね?」
「ええ、勿論です!」
「何をすれば良いんだ?」
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