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第2章 穏やかな新婚生活?
(10)幸運のお裾分け
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「それではこちらを、お二人でお使いください」
「すぐにお茶をお持ちしますので」
軽い世間話などをしながらクレアとセレナをその日泊まる部屋に案内した二人は、恭しく一礼して部屋を出て行った。室内には既にネリアが入っており、運び入れた衣装箱の中身を整理しながら、必要な物を取り出しているところだった。
「迂闊だったわ……。巷で、そんな話が広まっていたなんて。恥ずかしすぎる……」
通常の宿屋の造りであるその部屋は、寝室の続き部屋として居間があるわけではなく、それなりに広さと余裕があるが室内にベッドが二つと化粧台と机があるだけだった。その為、些か乱暴にベッドに腰を下ろしながらセレナが愚痴ると、ネリアが不思議そうに尋ねてくる。
「セレナ様、何の事ですか?」
「私達の事が『生ける伝説』化しているのですって。私なんか、才能豊かな絶世の美女として伝わっている所もあるそうよ」
「ああ……、その事ですか。それなら結婚式の辺りがピークで、その後は徐々に沈静化していますから、それほど気にされなくても良いと思いますよ?」
手の動きを止めないまま、ネリアがサラリと口にした内容を聞いて、セレナが驚きながら問い返した。
「え!? ネリアは知っていたの!?」
「はい。使用人全員知っていますよ。と言うか買い出しや用事を済ませる為に街に出た時、お屋敷の使用人だと分かると、たちまち取り囲まれてクライブ殿下やお嬢様の事について質問攻めでしたから。一々お嬢様達に報告はしませんでしたが」
「そうだったの……」
「余計なお手間を取らせていたのですね。申し訳ありません」
とんだ事で迷惑をかけていたとクレアが反省すると、ネリアが豪快に笑いながら彼女を宥めた。
「大丈夫ですから! セレナ様の盛りに盛った想像似顔絵を見せられた時には、本当に笑いを堪えるのが大変したが、邪魔で仕方がない時はどうとでも振り切って来ましたから」
「ちょっと待って。その想像似顔絵って何の事?」
どうにも聞き捨てならない台詞を聞いたセレナが慌てて会話に割り込むと、ネリアが笑いを堪えながら説明を加えた。
「クライブ殿下は公式行事や公務をこなしていましたし、肖像画も出回っていたでしょう? ですがお嬢様は、殆ど巷に顔が知られていませんでしたもの。ですから漏れ聞く情報を基に、皆が勝手にクライブ殿下の横に想像上のお嬢様の姿を描き入れた絵を描いて、ご結婚記念として売っていたんですよ」
「何なの、それ? 一体どんな物なの?」
「あ、ご覧になりたいなら、領地に着いたらお見せしますよ? 荷物として積み込んであるので。今は出せませんが」
「どうしてそんな物があるのよ!?」
ギョッとして声を荒げたセレナだったが、ネリアは事も無げに告げた。
「領地に居る家族や友人から『巷でかなり面白い絵姿が出回っているみたいだから、手に入れて今度の休暇の時に持ってきて欲しい』と頼まれた物ですから」
「勘弁して……」
とんだところで笑い話になっていた事実に、セレナはぐったりしながらベッドに上半身を倒れ込ませたが、クレアが何と言って慰めたものかと迷っているうちに、ドアがノックされた。
「失礼します。お茶をお持ちしましたが、入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、今ドアを開けますので、少々お待ちください」
その呼び掛けにネリアが応じ、セレナに目配せした。勿論彼女はノックが聞こえた時点で素早く上半身を起こし、若干乱れてしまった髪を整える。ドアまで移動する間にそれを確認したネリアは、ゆっくりとドアを開けた。
「お待たせしました。どうぞ」
「失礼します」
セレナ達よりは多少年下に見える少女が、僅かに緊張した面持ちで入室し、クレアとセレナに向かって軽く一礼してから、テーブルの上で運んできたティーポットからカップにお茶を注いだ。
「どうぞ、こちらを飲んでおくつろぎください。後程、夕食の支度が整い次第、お知らせに参ります」
「ありがとう、いただきます」
「はい。あの…………」
「どうかしましたか?」
何故かお茶を淹れ終わっても、何やら言いたげにその場に留まっている少女に、クレアが怪訝に思いながら問いかけると、彼女は思い切ったようにセレナに向き直り、勢い良く頭を下げながら懇願してきた。
「あ、あのっ! 物凄く失礼な事だとは承知しているのですが、奥様の手を握らせてください、お願いします!」
「え?」
「手?」
「どうして?」
三人は揃って呆気に取られたが、ネリアの呟きに、その少女は勢い込んでその理由を説明し始めた。
「奥様は真実の愛に巡り合った、類い稀なる幸運なお方ですから!」
「いえ、あの……、類い稀なると言われても」
「手を握っていただいて、そのご運を少しでも分け与えていただければ、間違っても王太子様などとのご縁は望めまないでしょうが、かなりの良縁に恵まれそうな気がいたしますので!」
「手を握った位で、運を分け与えるとかどうとかは」
「是非ともお願いします! 最近母が病がちで、弟妹がまだ幼いもので、私に良縁が舞い込めば家族が物凄く助かります!」
「……セレナ、手を握ってあげなさい」
「はい。分かりました」
最後は興奮して涙目で懇願してきた少女を見たクレアが、諦めてセレナを促した。対するセレナも、それで目の前の少女の気が済むならと、素直に右手を差し出す。
「ええと……、私と握手した事で良縁が舞い込むかどうかは分からないけれど、お母様を大事にして頑張ってくださいね」
「お母様の回復を、心からお祈りしております」
「ありがとうございます! 本当にお優しい、羨ましいご夫婦ですね! 今夜は精一杯おもてなしいたします! それではお邪魔しました、失礼いたします!」
感激のあまり握った手をぶんぶんと上下に振ってから、少女は手を離して一礼して出て行った。
「クレアさんよりモテモテですね、お嬢様。行く先々で良縁を求める女性達に、取り囲まれる羽目になるかも知れませんよ? どさくさ紛れに髪を切られたり引き抜かれたりしないように気を付けてくださいね」
「本当に勘弁して……」
ニヤニヤ笑いながらのネリアの台詞に、セレナは今度こそ豪快にベッドに突っ伏し、クレアは困った顔をしながらも優雅な仕草でカップを口に運んだ。
「すぐにお茶をお持ちしますので」
軽い世間話などをしながらクレアとセレナをその日泊まる部屋に案内した二人は、恭しく一礼して部屋を出て行った。室内には既にネリアが入っており、運び入れた衣装箱の中身を整理しながら、必要な物を取り出しているところだった。
「迂闊だったわ……。巷で、そんな話が広まっていたなんて。恥ずかしすぎる……」
通常の宿屋の造りであるその部屋は、寝室の続き部屋として居間があるわけではなく、それなりに広さと余裕があるが室内にベッドが二つと化粧台と机があるだけだった。その為、些か乱暴にベッドに腰を下ろしながらセレナが愚痴ると、ネリアが不思議そうに尋ねてくる。
「セレナ様、何の事ですか?」
「私達の事が『生ける伝説』化しているのですって。私なんか、才能豊かな絶世の美女として伝わっている所もあるそうよ」
「ああ……、その事ですか。それなら結婚式の辺りがピークで、その後は徐々に沈静化していますから、それほど気にされなくても良いと思いますよ?」
手の動きを止めないまま、ネリアがサラリと口にした内容を聞いて、セレナが驚きながら問い返した。
「え!? ネリアは知っていたの!?」
「はい。使用人全員知っていますよ。と言うか買い出しや用事を済ませる為に街に出た時、お屋敷の使用人だと分かると、たちまち取り囲まれてクライブ殿下やお嬢様の事について質問攻めでしたから。一々お嬢様達に報告はしませんでしたが」
「そうだったの……」
「余計なお手間を取らせていたのですね。申し訳ありません」
とんだ事で迷惑をかけていたとクレアが反省すると、ネリアが豪快に笑いながら彼女を宥めた。
「大丈夫ですから! セレナ様の盛りに盛った想像似顔絵を見せられた時には、本当に笑いを堪えるのが大変したが、邪魔で仕方がない時はどうとでも振り切って来ましたから」
「ちょっと待って。その想像似顔絵って何の事?」
どうにも聞き捨てならない台詞を聞いたセレナが慌てて会話に割り込むと、ネリアが笑いを堪えながら説明を加えた。
「クライブ殿下は公式行事や公務をこなしていましたし、肖像画も出回っていたでしょう? ですがお嬢様は、殆ど巷に顔が知られていませんでしたもの。ですから漏れ聞く情報を基に、皆が勝手にクライブ殿下の横に想像上のお嬢様の姿を描き入れた絵を描いて、ご結婚記念として売っていたんですよ」
「何なの、それ? 一体どんな物なの?」
「あ、ご覧になりたいなら、領地に着いたらお見せしますよ? 荷物として積み込んであるので。今は出せませんが」
「どうしてそんな物があるのよ!?」
ギョッとして声を荒げたセレナだったが、ネリアは事も無げに告げた。
「領地に居る家族や友人から『巷でかなり面白い絵姿が出回っているみたいだから、手に入れて今度の休暇の時に持ってきて欲しい』と頼まれた物ですから」
「勘弁して……」
とんだところで笑い話になっていた事実に、セレナはぐったりしながらベッドに上半身を倒れ込ませたが、クレアが何と言って慰めたものかと迷っているうちに、ドアがノックされた。
「失礼します。お茶をお持ちしましたが、入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、今ドアを開けますので、少々お待ちください」
その呼び掛けにネリアが応じ、セレナに目配せした。勿論彼女はノックが聞こえた時点で素早く上半身を起こし、若干乱れてしまった髪を整える。ドアまで移動する間にそれを確認したネリアは、ゆっくりとドアを開けた。
「お待たせしました。どうぞ」
「失礼します」
セレナ達よりは多少年下に見える少女が、僅かに緊張した面持ちで入室し、クレアとセレナに向かって軽く一礼してから、テーブルの上で運んできたティーポットからカップにお茶を注いだ。
「どうぞ、こちらを飲んでおくつろぎください。後程、夕食の支度が整い次第、お知らせに参ります」
「ありがとう、いただきます」
「はい。あの…………」
「どうかしましたか?」
何故かお茶を淹れ終わっても、何やら言いたげにその場に留まっている少女に、クレアが怪訝に思いながら問いかけると、彼女は思い切ったようにセレナに向き直り、勢い良く頭を下げながら懇願してきた。
「あ、あのっ! 物凄く失礼な事だとは承知しているのですが、奥様の手を握らせてください、お願いします!」
「え?」
「手?」
「どうして?」
三人は揃って呆気に取られたが、ネリアの呟きに、その少女は勢い込んでその理由を説明し始めた。
「奥様は真実の愛に巡り合った、類い稀なる幸運なお方ですから!」
「いえ、あの……、類い稀なると言われても」
「手を握っていただいて、そのご運を少しでも分け与えていただければ、間違っても王太子様などとのご縁は望めまないでしょうが、かなりの良縁に恵まれそうな気がいたしますので!」
「手を握った位で、運を分け与えるとかどうとかは」
「是非ともお願いします! 最近母が病がちで、弟妹がまだ幼いもので、私に良縁が舞い込めば家族が物凄く助かります!」
「……セレナ、手を握ってあげなさい」
「はい。分かりました」
最後は興奮して涙目で懇願してきた少女を見たクレアが、諦めてセレナを促した。対するセレナも、それで目の前の少女の気が済むならと、素直に右手を差し出す。
「ええと……、私と握手した事で良縁が舞い込むかどうかは分からないけれど、お母様を大事にして頑張ってくださいね」
「お母様の回復を、心からお祈りしております」
「ありがとうございます! 本当にお優しい、羨ましいご夫婦ですね! 今夜は精一杯おもてなしいたします! それではお邪魔しました、失礼いたします!」
感激のあまり握った手をぶんぶんと上下に振ってから、少女は手を離して一礼して出て行った。
「クレアさんよりモテモテですね、お嬢様。行く先々で良縁を求める女性達に、取り囲まれる羽目になるかも知れませんよ? どさくさ紛れに髪を切られたり引き抜かれたりしないように気を付けてくださいね」
「本当に勘弁して……」
ニヤニヤ笑いながらのネリアの台詞に、セレナは今度こそ豪快にベッドに突っ伏し、クレアは困った顔をしながらも優雅な仕草でカップを口に運んだ。
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