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第2章 穏やかな新婚生活?

(5)想定外の同行者

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 王宮から屋敷に戻ったエリオットは、出迎えた執事からクレアの所在を聞き、まっすぐ執務室へと向かった。

「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、エリオット」
「エリオット、ご苦労様」
 そこにセレナも同席し、何やら書類に目を通していたらしいのを見て、エリオットは手間が省けたと思いながら早速話を切り出した。

「帰宅早々、すみません。リオネス殿下からクレアさん、つまりクライブ義兄上に手紙を預かってきました」
 そう言いながらエリオットが差し出した手紙を受け取りながら、クレアが若干不思議そうな顔で尋ね返した。

「今日はリオネスと顔を合わせる機会があったのですか?」
「はい。勉学後のお茶の時間に、ユリウス殿下の私室にいらっしゃいました」
「そうでしたか」
 笑顔で頷いたクレアは早速ペーパーナイフで開封し、取り出した便箋に目を走らせた。そして苦笑しながら、独り言を呟く。

「なるほど……。別に私は気にしませんし、寧ろ少人数の方が落ち着きますが……」
「どうかしましたか?」
 王太子からの私信など、何事かと思いながらセレナが尋ねると、クレアが答える前にエリオットが解説した。

「それが……」
「姉様達が領地に出向く際の、同行者の体制について話をしたら、色々あり得ないという意見がその場の大勢を占めたのです」
「え? どういう事?」
 本気で首を傾げたセレナに、クレアが苦笑を深めながら付け加える。

「余程困窮していない限り、一般的な貴族はもう少し仰々しく隊列を組んで旅をしますから。リオネス達は、レンフィス伯爵家の警備体制が薄過ぎると懸念しているのです。普通は身の回りの仕事をする各メイドなども同行させると、それなりの人数になる筈ですし」
 しかしその説明を聞いても、セレナは納得しかねる顔つきで言葉を返した。

「はぁ……。でも我が家では、基本的に自分の事は自分でこなすように教育されていますし、領地と王都の行き来の時には、普通に野営もしていて」
「セレナ、ちょっと待ってください」
「どうかしましたか?」
 急に真顔になったクレアに話を遮られ、セレナは不思議そうに問い返した。するとクレアが、慎重に確認を入れてくる。

「今、野営がどうこうと言っていませんでしたか?」
「言いましたよ? 街道筋に大きな宿屋があればそこに泊まりますが、無ければ適当な場所で野営をしますが。それが何か?」
 大真面目にそう返されたクレアは愕然とした顔になり、次いでがっくりと肩を落とした。

「その……、普通の貴族は、野営などはしません。金銭的に余裕がある客層の宿屋に泊まるか、予め依頼をしておいて、経由する土地の領主の館に泊めて貰うのが一般的です」
「そうなのですか? 私、経由地の領主の館とかに、泊まった事は皆無ですが」
「本当に亡きレンフィス伯爵は、どんなお考えをお持ちだったのでしょうね……」
「何だか色々と申し訳ありません」
 溜め息まじりのクレアの呟きに、エリオットがひたすら恐縮しながら謝罪の言葉を口にする。それを聞いたクレアは即座に気を取り直し、笑顔で彼を宥めた。 

「エリオットが謝る筋合いの事ではありませんから。それで話は戻りますが、このリオネルからの手紙は、『幾ら何でも警備体制が薄いと思われるので、個人的に警護要員を派遣します』との申し入れ……、ではなくて、この書き方だと殆ど通達ですね」
 諦めきった表情で告げられた内容を聞いて、エリオットは困惑しながら尋ね返した。

「でもクレアさん。一伯爵家の旅程に王家から警護を派遣するとなると、対外的に拙くないですか? 幾ら元王子殿下を護衛すると言っても前例が無いでしょうし、他家に対しても示しがつかないと思います」
「ですから、王家から近衛騎士を派遣するのではなく、近衛騎士団の中で私に近しい人物が“偶々”私達が領地に出向く期間に長期の休みを申請しており、“偶々”彼らの旅行先が私達の行く先に近い事が判明したので、同行を願い出たという事にするそうです」
 そんな詭弁にも程がある内容を聞いたエリオットとセレナは、揃って遠い目をしてしまった。

「リオネス殿下……。ああ見えて、なかなか無茶ぶりをされる方だったのですね……。でもよくよく考えてみれば、結婚式に押しかけてきた時の行動力とあの時の詭弁を思えば、これ位は当然か……」
「因みにそうなると……、同行される方々の人選は……」
「おそらく私の学友兼側近であった、近衛騎士団所属のパトリックとコニーになるでしょうね。そうなるとやはり彼らの手前、野営とかはできなくなりますから、出発前にきちんと宿泊先の手配を済ませておきましょう」
「面倒くさい……」
 思わず本音をだだ漏れさせたセレナに、クレアが申し訳なさそうに謝罪する。

「すみません、二人とも。取り敢えず、向こうに着いたら何とでも理由を付けて、早々に二人を追い返しますから」
 それを聞いた二人は一瞬顔を見合わせてから、こぞってクレアを宥めた。

「いえ、やはりこの際、一般的な貴族の振る舞いというものを実践してみようと思います」
「それにお二人ともクライブ殿下の学友としてお付き合いしていた、優秀な方々ですよね? 王族から抜けたからと言って、即座に付き合いが切れる筈もありませんし、寧ろ個人的に時間を取って貰って同行して貰うのは、申し訳ない位です。ありがたく護衛していただきましょう」
「ただうちの領地には取り立てて珍しい物がありませんから、退屈なさらなければ良いのですけど」
 セレナはそんな懸念を口にしたが、クレアはそれに笑って応じた。

「その手の心配は不要かと思いますよ? 寧ろ二人とも、腕利きの人間がごろごろしている土地で腕試しができると、喜んで付いて来るかもしれません」
「え? それじゃあ滞在中、ずっと鍛錬ですか?」
「うわぁ、ルイが喜んで引きずり回しそう……。良い家の方々なのだから、きちんと限度と節度を守って接するように言い聞かせておかないと」
 目を丸くしている姉弟を見て、クレアは笑いを誘われた。そして早速その日から、執事達に指示をして旅程の再確認と、宿泊予定地の手配を滞りなく進めていった。
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