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第2章 穏やかな新婚生活?
(1)新しい生活
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セレナと、自称クライブであるクレアの挙式が、無事終了した翌朝。
レンフィス伯爵邸の食堂に簡素なワンピースを身に着けたクレアが現れ、既に席に着いていた他の面々に向かって、朗らかに挨拶をしてきた。
「おはようございます。今朝も、昨日に負けず劣らずの晴天ですね。天気が良いと、それだけで気分が浮き立つ気がしませんか?」
微塵も疲れを感じさせない、その笑顔での問いかけに、レンフィス伯爵家の面々は引き攣り気味の笑顔で返す。
「そうだな……。浮き立つかもな……」
「ええ……、本当に、これ以上は無い位の晴天ですね」
「クライ、いえ、クレアさん。お元気ですね。昨日は挙式で忙しかったと思いますが、疲れは残っていませんか?」
フィーネが半ば感心しながらも、気遣わしげに尋ねてきた為、クレアは笑顔で素直に頷く。
「大丈夫です。今日は日の出と共に目が覚めたので、着替えてから早速厨房に顔を出して、籠一つ分の根菜の皮むきをさせて貰いました。慣れなくて随分無駄にしてしまいましたが、料理長に『この位駄目にしても伯爵家の身代は傾きませんから、地道に練習していきましょう』と言われました」
「そうですね。何事も経験と申しますし。ですが疲れが溜まらない程度に、頑張って下さいね?」
「はい。お心遣い、ありがとうございます」
そんなやり取りを、ラーディス達は朝食を食べ始めながら、微妙な心情で見守っていた。
(元王子様兼王女様が、早朝から延々と根菜の皮むき……。本当に良いんだろうか?)
(やはり、相当向上心旺盛な方なのね)
(この女性だったら、料理の腕を極めてしまうかも)
するとここで食べる合間に、クレアが思い出したようにエリオットに声をかける。
「食事を終えたら、洗濯の手ほどきを受ける事になっていますが……。エリオットは、午後に時間は空いていますか?」
「え? あ、はい。大丈夫ですが、どうかしましたか?」
慌てて顔を向けた彼に、クレアが話を続ける。
「後見人となった以上、レンフィス伯爵領の従来の政策がどんな物なのか、早急に確認したいのです。分かる方がいればその方に説明して貰いたいのですが、今後の政策立案を考えると、次期伯爵のエリオットに同席して貰えれば効率的かと思いますので」
その申し出を聞いたエリオットは、納得して深く頷いた。
「ああ、そうですね。従来父様は、長期計画を作成した上で、常に一年先までの詳細な指示を現地の領官達に出していました」
「そうなると……、あと半年弱程度は、それに従って運営する予定なのですね?」
「はい、その通りです。それに関しては、まず執事長のグエンに文書を揃えて貰いましょう。それから至急領地から、管理官を呼び寄せる手続きを取ります」
「お願いします。現場をご存じの方に報告して貰えるのなら、それに越した事はありませんから。その方が到着するまでは、従来の政策内容の精査を進めておきます」
「宜しくお願いします。分かる範囲であれば、私が説明しますので」
それに引き続き、領地の様子や経営状態の話に突入したクレアとエリオットを、セレナは感慨深く眺めやった。
(本当に“クライブ殿下”との結婚が本決まりになってからも結構すったもんだがあったけれど、クレアさんは驚く位すぐに、この屋敷に馴染んだわね)
女性と打ち明けられた時は使用人一同と共に驚愕したものの、持ち前の人当たりの良さと育ちの良さ故か、あっさりと屋敷内に溶け込んでしまったクレアに対して、セレナはある種の畏敬の念を覚えていた。
「失礼します。お邪魔しても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
午後の時間帯に、クレアがグエンとエリオットに手伝って貰いながら、書斎で施策指示書などの精査をしていると、控え目にドアがノックされてからセレナが姿を見せた。
「そろそろ少し、休憩しませんか? お茶の支度をしてきましたので」
「ありがとうございます、頂きます」
そこで付き従ってきた侍女が、テーブルにお茶の支度を整え始めるのを見てから、セレナはエリオットに向き直った。
「ところでエリオット、どんな感じかしら? お父様が亡くなってから一年間は何とか大丈夫だろうと思ってはいたものの、確かにその後は不安だったの」
それにエリオットが盛大に溜め息を吐いてから、呻くように告げる。
「正直、僕にはお手上げです。目を配らなければいけない事が多すぎて、正直どこからどう手を付ければ良いのか……。でもクレアさんは流石ですね。一通り見ただけで、大まかな案件の仕分けを済ませてしまいましたし」
そんな彼の感嘆まじりの台詞に、クレアは苦笑しながら応じる。
「どこの領地でも、緊急性を要する事項や継続性を要する案件は類似していますから。エリオットも経験を重ねれば、自ずと分かるようになりますよ?」
「それなら良いのですが……」
「確かにクレアさんは、これまでクライブ殿下として内政に携わっておられましたから。言わば、内政のプロフェッショナルです。私達が口を挟む隙などございませんね」
グエンも笑顔で思うところを正直に述べたが、ここで小さく首を振ったクレアが予想外の事を言い出した。
「いえ、やはりその土地を実際に知らない人間では、正確な判断ができません。当面は呼び寄せた管理官から話を聞いて判断しますが、準備が整えば再来月にも、レンフィス伯爵領に出向こうかと考えています」
それを聞いたセレナは、驚いて目を丸くした。
「今年中には出向くつもりでしたが、そんなに早く領地に行くのですか?」
「ええ。これは、王都からの避難策を兼ねていますが」
「避難? 何から避難するのですか?」
キョトンとしたセレナを見て、クレアとエリオットは一瞬互いの顔を見合わせてから、笑いを堪える表情で指摘する。
「セレナ。王都内に滞在中の殆どの貴族の家から、各種催し物への招待状が届いていますから」
「皆様は姉様と“クライブ殿下”との運命の出会いと、これまでの愛の軌跡を伺いたくて、手ぐすね引いて待ち構えておられるのですよ」
それを聞いたクレアは、がっくりと肩を落とした。
「本当に勘弁して……。人前で茶番を繰り返す日々が、また始まるの?」
「ですがレンフィス伯爵領施政代行者として、私が新婚旅行を兼ねて妻を伴って実地検分に出向くとなれば、誰も引き留められないでしょう。それで半年位、王都から姿を消そうかと考えています。その頃には、さすがに熱狂も鎮静化していると思いますので。ところでセレナは、半年位王都を離れても構いませんか?」
「全然、大丈夫です! 是非ともそうしましょう!」
その必死の賛同ぶりに、クレアは苦笑を深めながら頷いた。
「それでは、その方向で話を進めましょう。それでも王都に戻って来たら、相手を厳選して招待に応じなければいけないかと思いますが」
若干申し訳無さそうに言われたセレナは、即座に首を振った。
「それは仕方がありません。領地に出向いている間に覚悟を決めておきますし、半年の間にドレスも多目に揃えておく事にします。実はこれまで積極的に催し物に参加しておりませんので、あまり豪奢なドレスは持っていませんから……」
そんな実情を暴露すると、クレアは事も無げに解決策を口にする。
「それなら領地に行く前に、二人で衣装を仕立てに行きましょう。戻るまでに仕上げて貰うように頼んでおけば、その時になって慌てなくてすみますから。私の領地はありませんが王家からの支給金はありますから、それで衣装を整えます」
「すみません、クレアさん」
「お世話になっているのですから、それ位当然です。それに、妻の衣装を仕立てられない程の甲斐性無しの夫だと、思われたくはありません」
そこで茶目っ気たっぷりにウインクしてきたクレアに、エリオットとセレナは呆気に取られたが、すぐに調子を合わせて言葉を返した。
「確かにそうですね。姉様、先程の謝罪の台詞は、訂正するべきではありませんか?」
「そうね……。ありがとう、クライブ。仕上がりを楽しみにしているわ」
「どういたしまして」
そこでグエンも交えて全員で笑い出し、室内は和やかな空気に包まれた。
(半年前、あんなに前途多難だったのが嘘みたい。こんなに楽しく過ごせるなんて、あの頃は夢にも思っていなかったわ)
そんな事を思ったセレナは、穏やかな日々を過ごせるようになった事に対して、深く感謝したのだった。
レンフィス伯爵邸の食堂に簡素なワンピースを身に着けたクレアが現れ、既に席に着いていた他の面々に向かって、朗らかに挨拶をしてきた。
「おはようございます。今朝も、昨日に負けず劣らずの晴天ですね。天気が良いと、それだけで気分が浮き立つ気がしませんか?」
微塵も疲れを感じさせない、その笑顔での問いかけに、レンフィス伯爵家の面々は引き攣り気味の笑顔で返す。
「そうだな……。浮き立つかもな……」
「ええ……、本当に、これ以上は無い位の晴天ですね」
「クライ、いえ、クレアさん。お元気ですね。昨日は挙式で忙しかったと思いますが、疲れは残っていませんか?」
フィーネが半ば感心しながらも、気遣わしげに尋ねてきた為、クレアは笑顔で素直に頷く。
「大丈夫です。今日は日の出と共に目が覚めたので、着替えてから早速厨房に顔を出して、籠一つ分の根菜の皮むきをさせて貰いました。慣れなくて随分無駄にしてしまいましたが、料理長に『この位駄目にしても伯爵家の身代は傾きませんから、地道に練習していきましょう』と言われました」
「そうですね。何事も経験と申しますし。ですが疲れが溜まらない程度に、頑張って下さいね?」
「はい。お心遣い、ありがとうございます」
そんなやり取りを、ラーディス達は朝食を食べ始めながら、微妙な心情で見守っていた。
(元王子様兼王女様が、早朝から延々と根菜の皮むき……。本当に良いんだろうか?)
(やはり、相当向上心旺盛な方なのね)
(この女性だったら、料理の腕を極めてしまうかも)
するとここで食べる合間に、クレアが思い出したようにエリオットに声をかける。
「食事を終えたら、洗濯の手ほどきを受ける事になっていますが……。エリオットは、午後に時間は空いていますか?」
「え? あ、はい。大丈夫ですが、どうかしましたか?」
慌てて顔を向けた彼に、クレアが話を続ける。
「後見人となった以上、レンフィス伯爵領の従来の政策がどんな物なのか、早急に確認したいのです。分かる方がいればその方に説明して貰いたいのですが、今後の政策立案を考えると、次期伯爵のエリオットに同席して貰えれば効率的かと思いますので」
その申し出を聞いたエリオットは、納得して深く頷いた。
「ああ、そうですね。従来父様は、長期計画を作成した上で、常に一年先までの詳細な指示を現地の領官達に出していました」
「そうなると……、あと半年弱程度は、それに従って運営する予定なのですね?」
「はい、その通りです。それに関しては、まず執事長のグエンに文書を揃えて貰いましょう。それから至急領地から、管理官を呼び寄せる手続きを取ります」
「お願いします。現場をご存じの方に報告して貰えるのなら、それに越した事はありませんから。その方が到着するまでは、従来の政策内容の精査を進めておきます」
「宜しくお願いします。分かる範囲であれば、私が説明しますので」
それに引き続き、領地の様子や経営状態の話に突入したクレアとエリオットを、セレナは感慨深く眺めやった。
(本当に“クライブ殿下”との結婚が本決まりになってからも結構すったもんだがあったけれど、クレアさんは驚く位すぐに、この屋敷に馴染んだわね)
女性と打ち明けられた時は使用人一同と共に驚愕したものの、持ち前の人当たりの良さと育ちの良さ故か、あっさりと屋敷内に溶け込んでしまったクレアに対して、セレナはある種の畏敬の念を覚えていた。
「失礼します。お邪魔しても構いませんか?」
「ええ、どうぞ」
午後の時間帯に、クレアがグエンとエリオットに手伝って貰いながら、書斎で施策指示書などの精査をしていると、控え目にドアがノックされてからセレナが姿を見せた。
「そろそろ少し、休憩しませんか? お茶の支度をしてきましたので」
「ありがとうございます、頂きます」
そこで付き従ってきた侍女が、テーブルにお茶の支度を整え始めるのを見てから、セレナはエリオットに向き直った。
「ところでエリオット、どんな感じかしら? お父様が亡くなってから一年間は何とか大丈夫だろうと思ってはいたものの、確かにその後は不安だったの」
それにエリオットが盛大に溜め息を吐いてから、呻くように告げる。
「正直、僕にはお手上げです。目を配らなければいけない事が多すぎて、正直どこからどう手を付ければ良いのか……。でもクレアさんは流石ですね。一通り見ただけで、大まかな案件の仕分けを済ませてしまいましたし」
そんな彼の感嘆まじりの台詞に、クレアは苦笑しながら応じる。
「どこの領地でも、緊急性を要する事項や継続性を要する案件は類似していますから。エリオットも経験を重ねれば、自ずと分かるようになりますよ?」
「それなら良いのですが……」
「確かにクレアさんは、これまでクライブ殿下として内政に携わっておられましたから。言わば、内政のプロフェッショナルです。私達が口を挟む隙などございませんね」
グエンも笑顔で思うところを正直に述べたが、ここで小さく首を振ったクレアが予想外の事を言い出した。
「いえ、やはりその土地を実際に知らない人間では、正確な判断ができません。当面は呼び寄せた管理官から話を聞いて判断しますが、準備が整えば再来月にも、レンフィス伯爵領に出向こうかと考えています」
それを聞いたセレナは、驚いて目を丸くした。
「今年中には出向くつもりでしたが、そんなに早く領地に行くのですか?」
「ええ。これは、王都からの避難策を兼ねていますが」
「避難? 何から避難するのですか?」
キョトンとしたセレナを見て、クレアとエリオットは一瞬互いの顔を見合わせてから、笑いを堪える表情で指摘する。
「セレナ。王都内に滞在中の殆どの貴族の家から、各種催し物への招待状が届いていますから」
「皆様は姉様と“クライブ殿下”との運命の出会いと、これまでの愛の軌跡を伺いたくて、手ぐすね引いて待ち構えておられるのですよ」
それを聞いたクレアは、がっくりと肩を落とした。
「本当に勘弁して……。人前で茶番を繰り返す日々が、また始まるの?」
「ですがレンフィス伯爵領施政代行者として、私が新婚旅行を兼ねて妻を伴って実地検分に出向くとなれば、誰も引き留められないでしょう。それで半年位、王都から姿を消そうかと考えています。その頃には、さすがに熱狂も鎮静化していると思いますので。ところでセレナは、半年位王都を離れても構いませんか?」
「全然、大丈夫です! 是非ともそうしましょう!」
その必死の賛同ぶりに、クレアは苦笑を深めながら頷いた。
「それでは、その方向で話を進めましょう。それでも王都に戻って来たら、相手を厳選して招待に応じなければいけないかと思いますが」
若干申し訳無さそうに言われたセレナは、即座に首を振った。
「それは仕方がありません。領地に出向いている間に覚悟を決めておきますし、半年の間にドレスも多目に揃えておく事にします。実はこれまで積極的に催し物に参加しておりませんので、あまり豪奢なドレスは持っていませんから……」
そんな実情を暴露すると、クレアは事も無げに解決策を口にする。
「それなら領地に行く前に、二人で衣装を仕立てに行きましょう。戻るまでに仕上げて貰うように頼んでおけば、その時になって慌てなくてすみますから。私の領地はありませんが王家からの支給金はありますから、それで衣装を整えます」
「すみません、クレアさん」
「お世話になっているのですから、それ位当然です。それに、妻の衣装を仕立てられない程の甲斐性無しの夫だと、思われたくはありません」
そこで茶目っ気たっぷりにウインクしてきたクレアに、エリオットとセレナは呆気に取られたが、すぐに調子を合わせて言葉を返した。
「確かにそうですね。姉様、先程の謝罪の台詞は、訂正するべきではありませんか?」
「そうね……。ありがとう、クライブ。仕上がりを楽しみにしているわ」
「どういたしまして」
そこでグエンも交えて全員で笑い出し、室内は和やかな空気に包まれた。
(半年前、あんなに前途多難だったのが嘘みたい。こんなに楽しく過ごせるなんて、あの頃は夢にも思っていなかったわ)
そんな事を思ったセレナは、穏やかな日々を過ごせるようになった事に対して、深く感謝したのだった。
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