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7.別れ 2
しおりを挟むオメガと違い、アルファは何人でも番を作ることができる。郁にとっては、それだけが唯一の救いだと思った。オメガのように一度つがうとその相手以外と交われない場合は取り返しがつかないが、アルファならば合わない番は捨て置いて、新しい番を作れば良い。
「何……言ってるんだよ……」
しかし、それを聞いた室見の階級分化フェロモンの香りが強くなり、郁はよろめいて背後の壁に凭れた。アルファは番にしたオメガに対して、他のアルファを誘惑できないようにするなど一種の服従を強制させる階級分化フェロモンを発すると言われている。郁は室見の身体から発せられる、目に見えない強烈なその力を身をもって感じた。顔を覆っていた手で鼻と口元を守るが、その香りが皮膚を撫でるようにすら感じられて全身が総毛立つ。それでも郁は、室見を説得するために用意したセリフを、何も考えずとも言えるように、何度も脳内で推敲した言葉を吐き出す。
「あんなことをして、申し訳なかった。すべてのオメガが、先生のように誰彼構わず人を誘惑するとは、思わないでほしい。本来オメガはきちんとヒートをコントロールして、日常生活では理性的に……」
「そんな返事を貰いに来たんじゃない!」
逆上した室見が、郁の襟ぐりを掴んで、泣き出しそうな顔で叫んだ。
「先生だって俺のこと、愛してるだろ?!」
郁のみに働く室見のフェロモンがむせかえる程に校長室を満たし、呼吸すらままならなくなる。今すぐ室見に応えて身体を開けと脳は司令を発するが、教師としての郁がかろうじてそれを抑え込む。もはや立っているだけでやっとの状態だった。
「一花!」
その時、立ち会っていた室見の父親が彼の腕を掴んで郁から引き離した。
「先生がああ言ってるんだ。明科先生はお前の運命の番ではない。アルファとオメガは元々相性が良い種別だから、お前は運命と勘違いしているだけだ。聞き分けなさい」
いやだ、嘘だ、先生! どうして! と叫ぶ室見を、父親と、同室していた白い手袋を着けた体格の良い室見家の運転手が押さえつける。父親が郁に目線を送り、頼んでいたことを言うように促した。郁はそれに従って、暴れる室見を宥める一言を絞り出す。
「……もう、きみには会えない。さよならだ。室見」
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