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2.教師と生徒 5
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受け持ちのクラスは、アルファが一人、オメガが二人、その他三十七人がベータだった。誰がどの性別種かは学校側から生徒たちに公表することはないが、何となく立ち振舞いや雰囲気で察して、あの人はアルファだ、オメガだ、と生徒同士の噂話の対象になる。それはもちろん生徒だけに留まらず、教師にも向けられる。
「明科先生の番って西条先生ですか?」
「ちがうよ。西条先生は同期と言って、同じ年に先生になった仲間だけどね」
「なんだー。時々西条先生って明科先生のこと、“郁”って呼んでるし。すごく仲良さそうだからそうかと思った。西条先生ってアルファですよね?」
「西条先生の性別種は、先生は知らないな」
うそー! と女型生徒二人は楽しそうに歓声をあげる。
郁は自分がオメガだということを生徒たちに説明していたため、なんでも遠慮なく聞いてくる生徒は多かった。その中でも特に室見は、よりプライベートなことまで踏み込んで聞いてくるので、どう答えたら良いかと困ることがしばしばあった。
放課後に廊下の掲示ポスターの入れ替えを行っていると、どこからともなく室見はやってきて、郁を質問責めにした。
「先生は結婚してる?」
「してないよ」
「じゃあ恋人いる?」
「……大人をからかうんじゃない」
「からかってなんかないって! 本気だよ」
「なら、なおさらだ。藤原にちゃんと返事したのか?」
「……あー……。まだ……」
室見は隣のクラスの藤原という女型オメガの生徒から告白をされて、どうすればいいかと郁に相談していた。
「答えが出てるなら、返事をしてあげなさい。先生になんか構ってないで」
「だって、郁ちゃんが……」
「先生、だろ」
「……先生が、あんなこというから」
「あんなこと?」
「自分が好きな相手に言われて傷つくような断り方はするな、とか言うから」
室見はふてくされた顔でため息を吐いた。
「それ考えたら、好きな人から断られたらどう言われても傷つくから、なんも言えないよ」
意外と真面目な答えが帰ってきて、郁は目を丸くした。
「なんだよ先生、意外そうな顔して……俺だってちゃんと考えてるよ。藤原ってどんなやつか知らなかったから、同じクラスのやつに聞いたりしたし」
「そうか。それなら、先生がとやかく言うことじゃなかったな」
「……いや、言ってよ……」
室見は廊下の壁に寄りかかって、つまらなそうに下を向く。そして、床に置いてあった新しく掲示する理科の実験ポスターを広げて郁に渡した。
「最初にも言ったけど、そういうことについては、先生に相談されてもたいしたアドバイスはしてあげられないよ」
「だから、そうじゃなくて」
室見が差し出したポスターを脚立の上で受け取って、郁は首をかしげて室見を見た。
「運命の番が他の誰かに取られちゃうかもしれないんだから、もうちょっとさ……嫉妬してくれてもいいんじゃないの?」
「……?」
室見が何を言っているのかピンと来ずに、郁はポスターを画鋲で留める作業を続ける。
他の誰かに取られちゃう……? 室見が、藤原に取られる、という意味だろうか? だがもとから室見は自分の番ではないし……?
「あー、もー! 先生鈍すぎ!」
室見は焦れったそうに、大声でわめいた。
「明科先生の番って西条先生ですか?」
「ちがうよ。西条先生は同期と言って、同じ年に先生になった仲間だけどね」
「なんだー。時々西条先生って明科先生のこと、“郁”って呼んでるし。すごく仲良さそうだからそうかと思った。西条先生ってアルファですよね?」
「西条先生の性別種は、先生は知らないな」
うそー! と女型生徒二人は楽しそうに歓声をあげる。
郁は自分がオメガだということを生徒たちに説明していたため、なんでも遠慮なく聞いてくる生徒は多かった。その中でも特に室見は、よりプライベートなことまで踏み込んで聞いてくるので、どう答えたら良いかと困ることがしばしばあった。
放課後に廊下の掲示ポスターの入れ替えを行っていると、どこからともなく室見はやってきて、郁を質問責めにした。
「先生は結婚してる?」
「してないよ」
「じゃあ恋人いる?」
「……大人をからかうんじゃない」
「からかってなんかないって! 本気だよ」
「なら、なおさらだ。藤原にちゃんと返事したのか?」
「……あー……。まだ……」
室見は隣のクラスの藤原という女型オメガの生徒から告白をされて、どうすればいいかと郁に相談していた。
「答えが出てるなら、返事をしてあげなさい。先生になんか構ってないで」
「だって、郁ちゃんが……」
「先生、だろ」
「……先生が、あんなこというから」
「あんなこと?」
「自分が好きな相手に言われて傷つくような断り方はするな、とか言うから」
室見はふてくされた顔でため息を吐いた。
「それ考えたら、好きな人から断られたらどう言われても傷つくから、なんも言えないよ」
意外と真面目な答えが帰ってきて、郁は目を丸くした。
「なんだよ先生、意外そうな顔して……俺だってちゃんと考えてるよ。藤原ってどんなやつか知らなかったから、同じクラスのやつに聞いたりしたし」
「そうか。それなら、先生がとやかく言うことじゃなかったな」
「……いや、言ってよ……」
室見は廊下の壁に寄りかかって、つまらなそうに下を向く。そして、床に置いてあった新しく掲示する理科の実験ポスターを広げて郁に渡した。
「最初にも言ったけど、そういうことについては、先生に相談されてもたいしたアドバイスはしてあげられないよ」
「だから、そうじゃなくて」
室見が差し出したポスターを脚立の上で受け取って、郁は首をかしげて室見を見た。
「運命の番が他の誰かに取られちゃうかもしれないんだから、もうちょっとさ……嫉妬してくれてもいいんじゃないの?」
「……?」
室見が何を言っているのかピンと来ずに、郁はポスターを画鋲で留める作業を続ける。
他の誰かに取られちゃう……? 室見が、藤原に取られる、という意味だろうか? だがもとから室見は自分の番ではないし……?
「あー、もー! 先生鈍すぎ!」
室見は焦れったそうに、大声でわめいた。
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