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一月中旬から始まったテスト期間を終え、二月に入ると約二ヶ月の長い春休みが始まった。
春休みに入ってすぐに、中之島から役を引き継いださつきは、正式に散歩サークルの部長となった。副部長については、大学院に進学する片平が続投するかと思われたが、「俺は宴会部長だけやる~」とあっさり一線からは退いてしまった。
そして代わりに副部長を引き受けたのが、成井田だった。
成井田を副部長に推薦したのは中之島だが、引き受けてくれないかと打診したのはさつきだった。
年末以降、二人はほとんど会話らしい会話を出来ていなかったが、サークルの中でさつきが上手く会話を続けられるのは成井田しかいない。中之島が成井田を指名した時、さつきは成井田に協力して貰えるのであれば心強いと思った。
「引き受けてくれたら、嬉しい」
勇気を出してさつきが謙虚に希望を述べると、成井田は不意を突かれた顔で、二つ返事で了解した。
「なぁんか、魔性みが増したよな。コウちゃん」
二人のやり取りを見ていた片平の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
✳︎
「年間の活動予定日とコースはこれで大体決められたから、あとは代表者欄を変えた申請書を学校に提出するだけだね」
さつきがパソコンの画面を見せると、成井田はにこやかに頷いた。
部長と副部長のミーティングと称して、さつきと成井田は春休み中に何度も打ち合わせをした。
部室を持たないため、はじめは大学のカフェテリアを利用していたが、年間予定表やコース設定のためにガイドブック等を広げながら、パソコンで表を作る作業には向かず、成井田の提案で自然にお互いの家で作業をするようになった。
「ちょっと休憩しましょう。コーヒー入れますね」
ワンルームの中心に置かれたローテーブルに手をついて座布団から立ち上がると、成井田はキッチンで湯を沸かした。
成井田の部屋は、シンプルで整然としていた。四角い部屋に置かれている家具は、ベッドとローテーブル、最低限の家電くらいで、カーテンや布団カバーといったファブリックも白かグレーで統一されており、こだわりが感じられる。
さつきが、いつも綺麗にしていてすごい、と感心すると、荷物は全てウォークインクローゼットの中に人が来る時だけ“ぶち込んでいる”のだと成井田は少し照れながら説明した。
成井田は、シンプルなロゴがあるだけのマグカップのうち、ミルクをたっぷり入れたピンク色の方をさつきの前に置いてくれた。
「ありがとう」
温かいカフェオレを一口嚥下して、向かいで同じ様に一息付いた成井田を見上げる。すると、丁度目が合ってしまい、さつきは慌てて下を向いて口を開いた。
「成井田が副部長を引き受けてくれて、本当に嬉しかった。すごく不安だったんだ。他のメンバーだったら、こんな風に上手く話せなくて、まとめることも出来なかったと思う」
引き受けてくれて、ありがとう。
さつきが頭を下げると、成井田は苦笑して「大袈裟ですよ」と軽く首を振った。
さつきは打ち合わせの度、成井田に感謝を伝えた。
卒業していく先輩と、残ったメンバーたちの連絡先の確認や日程調整など、さつきが手間取りがちな人とのやり取りについて、成井田は難なくこなしてくれた。部長を何とか引き継げているのは、成井田が手伝ってくれているお陰で、感謝してもしきれないと思っていた。
『気持ちは、言葉に出さなければ伝わらないものだよ』
ユタのアドバイスを思い出して、成井田には感謝の気持ちを何度でも伝えたいと思った。
「本当に、成井田のお陰で……。ありがとう」
それから、こうして成井田が引き受けてくれたお陰で、再び自然に話せるようになったことが、何よりもさつきは嬉しかった。
以前抱いていた仄かな恋心は心の奥底に封印して、友人として、先輩として成井田と話せる環境に戻れた。この友情が壊れないように、ずっと大切にしていきたい。
幸い、さつきは成井田に恋心を伝えていない。だから、自分さえ黙っていれば、変な行動を起こしさえしなければ、この関係は続くと思った。
成井田の部屋に来て、鈍いさつきでも気付いたことは、家主以外の誰かの気配だった。
手洗いを借りた時に見えた、洗面所に置かれた歯ブラシ。シンプルな部屋に不釣り合いな、小花柄のタオル。コーヒーを入れた時に貸してくれる、ピンク色のマグカップ。さつきが来た時に鉢合わせした事は無いが、成井田には大事な相手がいる。自分と血迷った関係になることなど、万に一つもない。
さつきは自分の中にある心の器に、友達として居られるという少しの安堵と、諦めきれなかった恋心が汚れた砂になり、混ざり合って、少しずつ溜まって行くような感覚がしていた。その砂はずっしりと重く、砕けた星の欠片のような恋心の色を落として埋めたててくれる。
これでいい。
浮ついた気持ちは、ユタに対しても、成井田に対しても不誠実だから。
「あの……この間大学で風見先生と、何を話してたんですか?」
不意に成井田に聞かれて、さつきは顔を上げた。
風見とは、後期の設計の講義にゲスト講師として呼ばれた建築士だった。さつきはサークルの打ち合わせをする為に、成井田と大学のカフェに向かう途中で、風見に呼び止められた時のことを思い出す。
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