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「入れ替わりは今回限りで!」姫に懇願するも……
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✳︎
「末長くよろしくやるのですぞ♡」
「何を、何を仰いますっ! もう、ご婚姻に関する入れ替わりは、これっきりにして頂きますよう……」
結婚式の後、人払いをした姫の部屋で、私はラピス姫に泣きついた。必死で泣いたお陰か、姫はようやくヘンテコな口調をやめて、よしよしと私の頭を撫でて宥めてくださる。が、入れ替わりを止めることについてはすんなりと了承しなかった。
「ええー。でもスフィア、花嫁衣装がよく似合うわ。とても素敵」
繊細な刺繍や宝石の散らされた純白の衣装を着た私を見て、ラピス姫は目を細めた。
金色の髪の姫とは違い、本来の私は黒髪だ。大きなエメラルドグリーンの瞳の姫とは違い、私はルビー色の瞳。背も姫よりも五センチほど高く、任務の為に鍛えた身体は普通の女性より骨張っていて、決して魅力があるとは思えない。
しかし姫は、努力の末鍛え抜かれた身体は内から美しさが現れていると、心からの賛辞を下さる。
少し気恥ずかしくなって、私は下を向いて言った。
「本来ならあなた様がお召しになるべきもので……」
「幼い頃から共に育ったスフィアが嫁に行ってしまうと思うと、なんだか……少しだけ隣に立つ王子のことが憎らしく思えたわ」
「え、ええと、ですから、本当ならあなた様があの場にいらっしゃるべきで……あれは私の結婚では……」
「スフィアっ幸せになるのよっ!」
ぎゅうう、と抱きつかれて、私は少し泣きながら笑った。
ラピス姫の突然始まるごっこ遊びは、疲れるが悪い気はしない。きっとこれは、“大事な親友が彼氏と結婚して寂しい淑女”ごっこ。何だかチグハグでめちゃくちゃだが、ただの諜報員である私に心を開いて遊んでくださっているのだと思うと、少し心が暖かくなる。
「それで、あれはどうだった?」
「あれ、とは?」
ラピス姫がにまりと笑って聞いた質問の意味が解らず、首を傾げる。
「だからー、誓いのヴェーゼ。キスよ。キス。見ている方がドキドキしてしまったわ」
「ヴェ、っっ」
カッと一気に顔に血が集まった気がした。
しかし、姫が喜ぶ? ような出来事は、実は何もない。
あの時、ヴェールを上げられた後、ミゼル王子の深く蒼い瞳と目が合って、その眩い程の美しさに鼓動が速まった。
神父に促されたミゼル王子は私に顔を近付けた。が。
「し、してません」
「え?」
「だ、だから、していません。王子はフリをしただけで、寸前で止められたのです」
「ええー?」
そう、あの時ミゼル王子が直前でこう囁いて、唇を触れなかった。
『本当のキスはまだ取っておきましょう』
どう言う意図か解らなかったが、公然で唇を合わせるのをためらわれる紳士なお方なのだと思った。
「ふーん」
ラピス姫は、つまらなそうに息を吐く。
「“擬態”が見破られた訳ではないと思うのですが」
「そうねえ……」
私の“擬態”は完璧で、自分の意思で解かない限り誰にも見破られたことはない。
「ミゼル王子、思ってたよりも良い人なのかも」
ぽつりと呟いたラピス姫に、私は嬉しくなって答えた。
「ええ。姫に、とってもお似合いのお方だと思いますよ」
ミゼル王子に興味を持って頂ければ、入れ替わりは解消してもらえる。
少しだけ私情を込めたが、ミゼル王子は温厚で人徳もあり、自由に過ごされたいラピス姫をきっと受け入れてくださる。姫にとっても悪くないお話のはず。
ラピス姫の幸せを願って、私は諜報で得たミゼル王子の情報をここぞとばかりに姫にお伝えした。
「末長くよろしくやるのですぞ♡」
「何を、何を仰いますっ! もう、ご婚姻に関する入れ替わりは、これっきりにして頂きますよう……」
結婚式の後、人払いをした姫の部屋で、私はラピス姫に泣きついた。必死で泣いたお陰か、姫はようやくヘンテコな口調をやめて、よしよしと私の頭を撫でて宥めてくださる。が、入れ替わりを止めることについてはすんなりと了承しなかった。
「ええー。でもスフィア、花嫁衣装がよく似合うわ。とても素敵」
繊細な刺繍や宝石の散らされた純白の衣装を着た私を見て、ラピス姫は目を細めた。
金色の髪の姫とは違い、本来の私は黒髪だ。大きなエメラルドグリーンの瞳の姫とは違い、私はルビー色の瞳。背も姫よりも五センチほど高く、任務の為に鍛えた身体は普通の女性より骨張っていて、決して魅力があるとは思えない。
しかし姫は、努力の末鍛え抜かれた身体は内から美しさが現れていると、心からの賛辞を下さる。
少し気恥ずかしくなって、私は下を向いて言った。
「本来ならあなた様がお召しになるべきもので……」
「幼い頃から共に育ったスフィアが嫁に行ってしまうと思うと、なんだか……少しだけ隣に立つ王子のことが憎らしく思えたわ」
「え、ええと、ですから、本当ならあなた様があの場にいらっしゃるべきで……あれは私の結婚では……」
「スフィアっ幸せになるのよっ!」
ぎゅうう、と抱きつかれて、私は少し泣きながら笑った。
ラピス姫の突然始まるごっこ遊びは、疲れるが悪い気はしない。きっとこれは、“大事な親友が彼氏と結婚して寂しい淑女”ごっこ。何だかチグハグでめちゃくちゃだが、ただの諜報員である私に心を開いて遊んでくださっているのだと思うと、少し心が暖かくなる。
「それで、あれはどうだった?」
「あれ、とは?」
ラピス姫がにまりと笑って聞いた質問の意味が解らず、首を傾げる。
「だからー、誓いのヴェーゼ。キスよ。キス。見ている方がドキドキしてしまったわ」
「ヴェ、っっ」
カッと一気に顔に血が集まった気がした。
しかし、姫が喜ぶ? ような出来事は、実は何もない。
あの時、ヴェールを上げられた後、ミゼル王子の深く蒼い瞳と目が合って、その眩い程の美しさに鼓動が速まった。
神父に促されたミゼル王子は私に顔を近付けた。が。
「し、してません」
「え?」
「だ、だから、していません。王子はフリをしただけで、寸前で止められたのです」
「ええー?」
そう、あの時ミゼル王子が直前でこう囁いて、唇を触れなかった。
『本当のキスはまだ取っておきましょう』
どう言う意図か解らなかったが、公然で唇を合わせるのをためらわれる紳士なお方なのだと思った。
「ふーん」
ラピス姫は、つまらなそうに息を吐く。
「“擬態”が見破られた訳ではないと思うのですが」
「そうねえ……」
私の“擬態”は完璧で、自分の意思で解かない限り誰にも見破られたことはない。
「ミゼル王子、思ってたよりも良い人なのかも」
ぽつりと呟いたラピス姫に、私は嬉しくなって答えた。
「ええ。姫に、とってもお似合いのお方だと思いますよ」
ミゼル王子に興味を持って頂ければ、入れ替わりは解消してもらえる。
少しだけ私情を込めたが、ミゼル王子は温厚で人徳もあり、自由に過ごされたいラピス姫をきっと受け入れてくださる。姫にとっても悪くないお話のはず。
ラピス姫の幸せを願って、私は諜報で得たミゼル王子の情報をここぞとばかりに姫にお伝えした。
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