57 / 99
保護者気取り
しおりを挟む「カズさん、それ絶対受けるべきだよ」
トヨケが言い、
「そうだなあ、悪い話じゃないと思うぜ」
ハンガクが焼き菓子を頬張りながら、気がない様子でそう引き継ぐ。
興味がないのは別にいいんだが、ここはトヨケの店なのでもう少し行儀よくしてほしいところだ。ポロポロと食べかすが落ちている。
「私もそう思いますよ」
ツルがお茶を出してくれながらおっとりと言った。
相変わらず儚げな佇まいの妖精のような美人だが、トヨケの店なのになぜか自分の家のように馴染んでいる。
城壁修理の依頼を終えた翌日、オレはコカトリスとシェルクラーケンの肉の残りについて相談をしにトメリア食料品店に来ていた。
シルバーが里帰りすると言い出した時に、急遽トメリア食料品店にある氷魔法を使った保冷庫に入れさせてもらったのだ。
工事現場の食事で大盤振る舞いをしたがそれでも残りの肉はまだまだ大量だ。ひと部屋まるごとを使ったかなり広めの保冷庫であるが、そのほとんどのスペースを埋めてしまっていて心苦しい。
トヨケの伝手で買い手を探してもらったり、トメリア食料品で加工品にしてもらうなどのお願いをしているのだ。
「ていうかさ、いつやるんだよ、食べ放題」
ハンガクが言った。
「なんだその初耳の企画は」
そう応じたが、それがトヨケたちに料理を教えるという話だというのはオレも分かっていた。
この弓使いの中ではただ食べるだけのイベントになっているようだが。
そもそもトヨケに料理を教えるなんて事自体、だんだんと気が乗らなくなっていた。
オレには転生前の世界の料理に関する知識が多少はある。だけど実際に食料品店として客に調理品を提供している、いわばプロ料理人のトヨケに比べれば、オレの腕前なんて素人同然なのだ。料理を教えるだなんて傲慢以外の何ものでもない。
「ただ食べるだけじゃなくて、カズさんに料理を教えてもらう会だからね、ハンガク。とっても楽しみだな」
そのトヨケから一番楽しみにされているのが辛いところだ。
「コカトリスの肉の方もなんとかしないといけないし、それ使ってなにか考えてもいいかな」
捌いてもらった時にお裾分けをした肉で、トヨケはすでに燻製や干し肉を作っていた。
だけど研究熱心な彼女は、オレの作る異世界料理にも興味を持っている。少しでも役に立てるなら、全面的に協力はしたいとオレは考えていた。
「でもルシッドさんたちのお手伝いから帰ってきてからだよね」
トヨケが言う。
「なんで行くことになってるんだよ」
オレが抗議すると、トヨケはにっこり笑ってこう答えた。
「カズさん、冒険者ランク七位のままでしょ。
上位者のクエストに同行して成功して、その上級者の推薦があればランクは上がるんだよ」
そんなことはもちろん知っている。
だがオレはランクには興味がないので、これまでも申請などしてこなかったのだ。
「今のままでいいよ」
オレがそう言うと、トヨケは首を横に振った。
「きちんと自分の実力に見合ったランクになっておかないと。ランクによって受けられる依頼も変わってくるんだから」
「どうした、やけにカズに昇級を勧めるじゃないか」
ハンガクが言った。
オレも疑問に思っていた。
これまでは、トヨケに昇級を勧められたことはなかったのだ。
「だってカズさんがシェルクラーケンに勝てるぐらい強いなんて知らなかったんだもん」
シェルクラーケンに勝てたのはオレの実力じゃないと言いかけたが、同じ話の蒸し返しになるのでやめておいた。
「トヨケさん、シルバーさんに頼まれてましたものね『僕がいない間カズのことよろしく頼むね』って」
ツルの声は淡い雪のようにすうっと耳に染み入ってくる。
あまりに自然に言われたので一瞬気がつかなかったが、慌ててオレは聞き返す。
「ん、今なんて?」
「だからシルバーさんがトヨケさんに頼んでたんですよ。『カズはすぐにだらけるから、尻を叩いてやってね。トヨケちゃんのいうことだったらなんでも素直に聞くと思うんだ』と言われてましたよね」
最後の方は同意を得るように、トヨケに向かって言った。これはトヨケとオレがいる前で言って良いことではないんじゃないか。
顔を真っ赤にしたトヨケは曖昧に頷いた。なんだこの気まずさは。
「シルバーのヤツ、みんなに会いに来ていたのか」
オレがそう言うと、
「ちょくちょくここに来てお茶してたよな」
と、ハンガクが答えた。
「そうですね。この一週間だいたい毎日来られてましたね」
と、ツルも言った。
「そういえばツルがコカトリスの肉を食べてみたいって言ったら、次の日には持ってきてくれたんだもんな」
「すごいですよねシルバーさん」
「え、は?」
ツルに言われて、だと?
それであのチャリ野郎は突然コカトリスを獲りに行こうなんて言い出したのか。
コカトリスを狩ったのはヤムトだし、シルバーはなんにもすごくないのだが。
ママチャリでドラゴンのくせに、保護者気取りでそのうえ人間の女に鼻の下を伸ばしてるなんて一体どういう生き物なのだろうか。
最早、腹を立てていいのか面白がっていいのかもわからない。
オレはため息をひとつ吐いた。
「一応明日、ルシッドたちの所に行ってみるよ。もう他のやつに決まってるかもしれないけどな」
仕方ない。シルバーのせいでトヨケに気を遣わせてたのなら無碍に断るわけにもいかないだろう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
57
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる