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咆哮(インスパイア)
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「助かった。礼をいう」
立ち上がったヤムトは、殻にこもったボスイカを見て状況を把握したらしい。
「今なら逃げられるが?」
一応そう訊いてみた。
「お前が作ってくれたこの好機、見逃すわけにはいくまい」
「でしょうね」
ヤムトは目を閉じて天を仰ぎ、口を開いた。
アオオオオオオォォォン──
伸びやかで力強い咆哮。
まるで鬨の声のようなそれは、広くはない洞窟内に幾重にも反響する。
「ん? なんだかやる気が出てきたような、力がみなぎるような……」
「咆哮というスキルだ。我と、この咆哮を聞いた我の仲間の能力を一時的に底上げする」
「ヤムトもスキル持ってたのか」
「狼の獣人なら誰でも使えるスキルだ。その効果の程は使用者の能力次第だがな」
「本人も強いのにこんなスキルも使えるなんてやっぱ獣人ってすげえな」
「さあ、ヤツにトドメといこう。
咆哮の効果時間は短いのだ、お喋りしている暇はないぞ」
ヤムトは戦鎚を両手で握り直す。
オレも一応ショートソードを手にする。
だがボスイカは殻に閉じ籠もっている。トドメといわれてもオレに出番はないだろう。
武器を構えて疾走したヤムトは、ボスイカの直前で跳躍すると、その閉じられている殻に戦鎚を振り下ろした。
ボグンという鈍い音を響かせて、殻の一部が陥没した。恐ろしい威力だ。
着地と同時にさらに横薙ぎの一撃。
またハンマーが殻にめり込む。
そこからは弾幕のような連撃だ。大振りの打撃がボスイカの殻をどんどんへこませていく。
悲鳴こそあげないが、ボスイカは縮こまったまま動かない。他に防御のすべがないのだろう。
集中的に狙ったため、左翼の殻がぐしゃぐしゃになった。あっという間だ。
そこでようやくボスイカは動きを見せた。背を覆っていた殻が翼のように左右に開いていく。左翼の動きはギシギシとぎこちない。
「ヤムト、胴体の真ん中あたりを狙え!」
トドメを刺すならば、狙うべきは心臓だ。
ボスイカが一般的なイカと同じ体の作りをしているなら、心臓は胴のだいたい真ん中あたり、左右に一つずつと背側に一つの計三つだ。殻が開いた状態なら狙えるはずだ。
「分かった」
身軽にボスイカの背を駆けあがると、ヤムトは戦鎚の一撃を打ち込む。
今度はヘッドのハンマーではなくつるはし側が殻に覆われていない胴体に突き刺さった。
突端部の長さが足りないので内臓までは達していないはずだ。
ヤムトもそれは心得ているらしく、すぐに引き抜いて、次の一撃を振り下ろす。
引き抜き、振り下ろす。さらに引き抜いては振り下ろす。
血液こそ飛び散らないが、凄惨な光景だ。
その時オレは、ボスイカの胴が膨張していることに気づいた。気のせいではない。
そもそもなぜ殻を開いたのか。目はすでに潰されているのに。
これまでのボスイカの行動を思い返してみる。そしてある可能性に思い至った。
おそらく殻があると大きく膨らむことができないのだ。
イカは海水を胴に吸い込んで、胴の中にあるエラで呼吸をするとともに、吸い込んだ水を噴き出して推進力にもする。
その際、外套膜と呼ばれる筒状の胴をポンプにするのだ。
それはこのボスイカも同じなのだろう。水から完全にあがらず、その半身を湖水に浸けた状態にしているのは、外套膜の裾部分から水を吸い込むためなのだ。
このボスイカは丈夫な殻を持っているが、その堅固さゆえに殻で覆われている間は外套膜を大きく膨らませることができないのではないか。
逆にいえば、殻を開くということは──
水弾での攻撃? いや──
「ヤムト、そいつ逃げるつもりだ!」
叫ぶと同時にオレは駆け出していた。
ヤムトの咆哮の効果か体が軽い。地を蹴る足にも力が漲っている。
目標は胴が頭に被さるその境い目。触手のすぐ脇だ。
攻撃は来ないと判断し飛び込む。水に足を取られ転倒しそうになるが、なんとか持ちこたえる。胴に到達した勢いそのままに剣を差し込む。思いっ切り横に裂く。
たぶんこのあたりから水を吸い込むんだったと思う。
胴が縮んだ。裂いた箇所から水が流れ出た。伸ばされていた漏斗からも水が出た。
それでもボスイカの動きは止まらない。体がぐんと湖に向かって動いた。
しかし、その巨体が水中に入り切る寸前に後退は止まった。
ヤムトが両腕で触腕を抱えていた。
「逃さねえさ」
綱引きのように腰を落とした姿勢だ。太ももや腕や肩の筋肉が膨れ上がっている。
ボスイカが再び膨らむ。
オレは泳ぐようにして再びボスイカに追いすがる。今しがた剣を差し込んだ場所にもう一度刃先を突き刺す。小さな剣だが少しでもダメージを与えようと、無我夢中で切っ先を動かした。
触手が暴れまわるが、幸いなことに攻撃の要である触腕はヤムトが抑えている。
気がつくとほとんど肩口ぐらいまでが外套膜の隙間に埋没していた。
そこで突然後ろに引かれた。なすすべもなく水中に引き倒された。
水を飲んでしまいむせ返る。わけが分からないまま手のひらで顔の水を拭く。
何とか立ち上がる。ボスイカは殻を閉じていた。
振り返るとヤムトが側にいた。
閉じる殻に巻き込まれそうなところをヤムトが後から引っ張ってくれたのだ。それに気付いたのは何とか岸に上がってからだった。
殻に閉じ籠もったボスイカは水中に没してそのまま動かなくなっていた。
立ち上がったヤムトは、殻にこもったボスイカを見て状況を把握したらしい。
「今なら逃げられるが?」
一応そう訊いてみた。
「お前が作ってくれたこの好機、見逃すわけにはいくまい」
「でしょうね」
ヤムトは目を閉じて天を仰ぎ、口を開いた。
アオオオオオオォォォン──
伸びやかで力強い咆哮。
まるで鬨の声のようなそれは、広くはない洞窟内に幾重にも反響する。
「ん? なんだかやる気が出てきたような、力がみなぎるような……」
「咆哮というスキルだ。我と、この咆哮を聞いた我の仲間の能力を一時的に底上げする」
「ヤムトもスキル持ってたのか」
「狼の獣人なら誰でも使えるスキルだ。その効果の程は使用者の能力次第だがな」
「本人も強いのにこんなスキルも使えるなんてやっぱ獣人ってすげえな」
「さあ、ヤツにトドメといこう。
咆哮の効果時間は短いのだ、お喋りしている暇はないぞ」
ヤムトは戦鎚を両手で握り直す。
オレも一応ショートソードを手にする。
だがボスイカは殻に閉じ籠もっている。トドメといわれてもオレに出番はないだろう。
武器を構えて疾走したヤムトは、ボスイカの直前で跳躍すると、その閉じられている殻に戦鎚を振り下ろした。
ボグンという鈍い音を響かせて、殻の一部が陥没した。恐ろしい威力だ。
着地と同時にさらに横薙ぎの一撃。
またハンマーが殻にめり込む。
そこからは弾幕のような連撃だ。大振りの打撃がボスイカの殻をどんどんへこませていく。
悲鳴こそあげないが、ボスイカは縮こまったまま動かない。他に防御のすべがないのだろう。
集中的に狙ったため、左翼の殻がぐしゃぐしゃになった。あっという間だ。
そこでようやくボスイカは動きを見せた。背を覆っていた殻が翼のように左右に開いていく。左翼の動きはギシギシとぎこちない。
「ヤムト、胴体の真ん中あたりを狙え!」
トドメを刺すならば、狙うべきは心臓だ。
ボスイカが一般的なイカと同じ体の作りをしているなら、心臓は胴のだいたい真ん中あたり、左右に一つずつと背側に一つの計三つだ。殻が開いた状態なら狙えるはずだ。
「分かった」
身軽にボスイカの背を駆けあがると、ヤムトは戦鎚の一撃を打ち込む。
今度はヘッドのハンマーではなくつるはし側が殻に覆われていない胴体に突き刺さった。
突端部の長さが足りないので内臓までは達していないはずだ。
ヤムトもそれは心得ているらしく、すぐに引き抜いて、次の一撃を振り下ろす。
引き抜き、振り下ろす。さらに引き抜いては振り下ろす。
血液こそ飛び散らないが、凄惨な光景だ。
その時オレは、ボスイカの胴が膨張していることに気づいた。気のせいではない。
そもそもなぜ殻を開いたのか。目はすでに潰されているのに。
これまでのボスイカの行動を思い返してみる。そしてある可能性に思い至った。
おそらく殻があると大きく膨らむことができないのだ。
イカは海水を胴に吸い込んで、胴の中にあるエラで呼吸をするとともに、吸い込んだ水を噴き出して推進力にもする。
その際、外套膜と呼ばれる筒状の胴をポンプにするのだ。
それはこのボスイカも同じなのだろう。水から完全にあがらず、その半身を湖水に浸けた状態にしているのは、外套膜の裾部分から水を吸い込むためなのだ。
このボスイカは丈夫な殻を持っているが、その堅固さゆえに殻で覆われている間は外套膜を大きく膨らませることができないのではないか。
逆にいえば、殻を開くということは──
水弾での攻撃? いや──
「ヤムト、そいつ逃げるつもりだ!」
叫ぶと同時にオレは駆け出していた。
ヤムトの咆哮の効果か体が軽い。地を蹴る足にも力が漲っている。
目標は胴が頭に被さるその境い目。触手のすぐ脇だ。
攻撃は来ないと判断し飛び込む。水に足を取られ転倒しそうになるが、なんとか持ちこたえる。胴に到達した勢いそのままに剣を差し込む。思いっ切り横に裂く。
たぶんこのあたりから水を吸い込むんだったと思う。
胴が縮んだ。裂いた箇所から水が流れ出た。伸ばされていた漏斗からも水が出た。
それでもボスイカの動きは止まらない。体がぐんと湖に向かって動いた。
しかし、その巨体が水中に入り切る寸前に後退は止まった。
ヤムトが両腕で触腕を抱えていた。
「逃さねえさ」
綱引きのように腰を落とした姿勢だ。太ももや腕や肩の筋肉が膨れ上がっている。
ボスイカが再び膨らむ。
オレは泳ぐようにして再びボスイカに追いすがる。今しがた剣を差し込んだ場所にもう一度刃先を突き刺す。小さな剣だが少しでもダメージを与えようと、無我夢中で切っ先を動かした。
触手が暴れまわるが、幸いなことに攻撃の要である触腕はヤムトが抑えている。
気がつくとほとんど肩口ぐらいまでが外套膜の隙間に埋没していた。
そこで突然後ろに引かれた。なすすべもなく水中に引き倒された。
水を飲んでしまいむせ返る。わけが分からないまま手のひらで顔の水を拭く。
何とか立ち上がる。ボスイカは殻を閉じていた。
振り返るとヤムトが側にいた。
閉じる殻に巻き込まれそうなところをヤムトが後から引っ張ってくれたのだ。それに気付いたのは何とか岸に上がってからだった。
殻に閉じ籠もったボスイカは水中に没してそのまま動かなくなっていた。
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