上 下
47 / 100

チャリ野郎と人間野郎

しおりを挟む
 想像していたよりも脆い感触。剣の鍔までが眼球の中心に埋まっていた。
 慌ててそれを引き抜く。

 直撃にものすごい勢いで殻が閉じ、目を覆い隠した。
 もしも瞬でも引くのが遅れていれば、殻に挟まれて腕ごと剣を持っていかれていた。
 剣に血はついていない。いや、イカの血は透明なのだと聞いたことがある。

 イカは殻の隙間から触手だけを出しているが、この状態での攻撃はないはずだ。なにより目が閉じられている。
 ダメージと痛みで閉じ籠もるのは何秒ぐらいだ? 何秒もなく、この瞬間にも殻を開いて触手を打ち出してくるのか?
 さらなる攻撃を加えるべきか。触腕から解かれたヤムトのもとに駆け寄るべきか。それとも他にやれることはあるか。
 いずれにせよ賭けだ。
 賭けならば少しでも分の良いものに賭けるべきだ。

 ざばんと膝まで浸かる水を掻き分けて離脱した。水の中では動きが遅くなる。水際を走って反対側の目を目指して回り込む。
 怒り、もしくは恐怖に突き動かされて、もうすぐにでもイカは攻撃に転じてくるはずだ。殻が開けば終わりだ。あっという間に触手で捕らえられて口へと運ばれるだろう。

 ──よし、間に合った

 再び湖水に足を踏み入れる。イカの右眼の前だ。
 殻はまだしっかり閉じられている。これが開いた瞬間に攻撃を仕掛けるのだ。

 ところが殻は閉じられたままに、わらわらと動く触手の中から二本の触腕がぬうっと伸ばされた。左の触腕は左側を、右の触腕は右側を、攫うように動かしている。
 視覚ではなく触覚でオレを探すつもりらしい。これはヤバい。かなりヤバい。

 なにか手はないか。無意識で探った水面に、手が触れた物がある。
 ぬるりとした感触のものが浮いていた。さっきオレが切ったナメクジの半身だ。中身が半ばこぼれ落ちてほとんどくちゃくちゃになった皮だけだ。
 気持ち悪い、などとはいってられない。意を決してそれを掴む。
 慎重に狙う余裕もないので、おおよその見当で投げた。
 徐々にこちらに向かっていた右の触腕にうまく命中した。

 右の触腕が皮を絡め取ったかと思うと、左の触腕までもがそれに巻きついた。

 ──よしっ

 声を出せないので、心の中でガッツポーズを叫ぶ。

『なにがよしなの?』

 ──なにって、そりゃあ獲物を捕らえたら次にコイツは殻を開くだろ? その瞬間を逃さず目に剣を……って、おい! チャリ野郎!! どこにいやがるんだ!?

 突然シルバーのテレパシーが聞こえてきた。あたりを見回したが、その姿はない。

『なんだよ突然、ガラ悪いな。
 でも僕にとってチャリ野郎は全然ディスられてる言葉にならないよ。
 カズが人間野郎っていわれるのと同じことなんだからね。
 僕がいるのは山のてっぺんだよ』

 ──なんだっていい。オレたちのいる場所は分かるな? すぐに来てくれ

『すぐったって、こっちも取り込んでるんだよね』

 ──取り込んでるのなんて後回しだ。っと、とりあえず来いっ

 思わずシルバーと会話のラリーを続けそうになったが、イカの殻が開き始めたので慌てて打ち切った。
 山のてっぺんか。たとえ取り込んでいなくても、ここに来るまでにそこそこ時間を要するはずだ。シルバーの助力は見込めない。
 この一撃は外すわけにはいかない。左手で柄をしっかりと握り、右の手の平を柄頭にあてる。
 イカの眼が現れた。

「ふんっ」

 足の踏ん張りが効かないので、体重を乗せるようにして剣を突き出した。
 硬いものを砕く手応えとともに剣が鍔まで埋まる。
 先の経験からすぐに殻が閉じられることを予測して、体ごと剣を引く。
 殻が閉じた。
 オレは背中から水中に倒れ込んだが、這うように必死で水を掻いてなんとか岸にあがる。

 イカは完全に殻に閉じ籠もった。触手も漏斗も縮めている。やはり巨石に見える。収めるべき物が収まるべき場所に収まっているようだ。
 とりあえずこれで少しの時間は稼げるはずだ。

 オレはヤムトの元へと走る。
 触腕に投げ出された獣人は仰向けで地面に転がっていた。
 浅く胸が上下している。良かった生きてる。

「ヤムト」

 声をかけながら、ヤムトの腰にあるポーチを探る。
 やはりあった。最も取り出しやすい所に、ティーバッグほどの大きさのフクロブドウの葉の小袋が見つかった。中には回復薬ポーションが入っているはずだ。
 つまみ出して、ヤムトの口に押し込む。
 狼の口の中に指を突っ込む体験をすることになるとは思わなかった。
 無意識にでも指を噛みちぎられないかと気が気じゃないが、ヤムト自身では葉袋を噛むことはできなさそうなので、そのまま口の中で指で袋を潰してやる。
 葉袋の残骸もそのまま口に残し、オレはヤムトの頬を叩く。

「おい、大丈夫か」

 ヤムトはすぐに目を開いた。

「すまぬ。気を失っていたようだ。どうなった?」

 軽くむせながら身を起こし、ヤムトは顔を歪める。うめき声こそ漏らさないが、まだ痛みは激しいようだ。

「ポーション一個じゃ足りないか」

 オレが訊くと、答える代わりにヤムトはポーチから葉袋を三つほど取り出し口に放り込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界でも男装標準装備~性別迷子とか普通だけど~

結城 朱煉
ファンタジー
日常から男装している木原祐樹(25歳)は 気が付くと真っ白い空間にいた 自称神という男性によると 部下によるミスが原因だった 元の世界に戻れないので 異世界に行って生きる事を決めました! 異世界に行って、自由気ままに、生きていきます ~☆~☆~☆~☆~☆ 誤字脱字など、気を付けていますが、ありましたら教えて頂けると助かります! また、感想を頂けると大喜びします 気が向いたら書き込んでやって下さい ~☆~☆~☆~☆~☆ カクヨム・小説家になろうでも公開しています もしもシリーズ作りました<異世界でも男装標準装備~もしもシリーズ~> もし、よろしければ読んであげて下さい

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...