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地底湖に棲むもの
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ヤムトの言葉が終わるか終わらないかのうちに、緑のナメクジが跳ねた。オレ目掛けてだ。
反射的に剣を振るう。
飛来する軌道と剣の刃筋が合致し、ナメクジは真っ二つに両断された。手応えはほとんどない。
「何なんだよ、いったい」
たまたま反応できたが、それまでのノソノソとした動きからは想像できない瞬発力だった。
敵の小ささに警戒を緩めていたせいもあるが、正直かなりびびった。
「動くものに跳びかかってくるのだ」
「先に言えよ」
「水辺に来た自分よりも大きな生き物に喰らいつき、体内に潜り込んで寄生するようだ」
「げ、めちゃくちゃ恐いじゃないか。というか、オレよく水中で襲われなかったよな」
そんな場所を泳いできたことに、今さらながら震えが止まらない。
「あれらが宿主として選ぶのは、陸上の生物だけなのだと思う。水中の生物に寄生しても外を歩けないからな。いずれにせよ人間は小さすぎて寄生は上手くいだろうがな」
「人間は小さい? じゃあ一体何に寄生するんだ?」
そう訊き返したところで、また別のナメクジが水から這い上がってきた。
剣を構えたが、そいつはヤムトに向かって跳んだ。
目にも止まらない速度で一閃されたヤムトの爪がそれを叩き落とした。
「コカトリスの体内に入って操るようだ。先ほど外でコカトリスがいたので狩ったのだが、その時に頭部に潜り込んでいたこいつが出てきたのだ」
何ごともなかったかのようにヤムトは話を続ける。
「頭部ってトコが怖えな。その狩ったコカトリスはどうしたんだ?」
「近くにいた竜殿がすぐに来てくれたので、回収を頼んだ」
特に含むところもない調子でヤムトは言った。どうやら異次元収納がシルバーのスキルだってこともこの獣人には分かっていたらしい。
「じゃあもうクエスト達成じゃないか。なのになんでわざわざこんなトコに来てるんだよ」
「コカトリスが一体どこでこれに寄生されたのかと思ってな」
「ナメクジの出どころを調べるためだけにわざわざここまで来たってのか?」
「そうだ」
「物好きすぎるだろ」
「これに操られてよたよたと歩くコカトリスはまるでゾンビのようだった。これはけっこう危険な魔物だ。クエストに出た先で異変があればギルドに報告するのが冒険者の義務だし、重要な情報の場合は報酬だって出るだろう?」
それはヤムトのいうとおりだ。
人間が常に魔物の脅威に対峙することを宿命付けられているこの世界では、情報の共有は重要だ。
冒険者によって持ち込まれた異常、異変の情報をギルドはすみやかに国や街に提供する。国や街はそれに対しての対策を講じる。
場合によっては情報に見合った報酬が支給されることもある。
それでもオレたちは食材のコカトリスを捕りにきただけなのだから、わざわざ地底湖まで探索するヤムトの気持ちがオレには分からない。真面目なのかヤムトは。
「よく場所まで特定できたな」
「寄生するなら水場ではないかと思ってな。それで川沿いを探しながら上がってきたらここに辿り着いたというわけだ。ここがコカトリスの水場だったのだろう」
「おい、また出てくるぞ」
水からまたナメクジが上がってきていた。
跳びかかってきたところをヤムトが軽々と叩き落とす。際限がなさそうだ。
「本体だか親だか知らないが、そいつは水の中だろう? 棲んでる場所の目星はついたんだし、そんなのが出てくる前にとっと戻ろうぜ。このナメクジだってキリがないし」
「ああ。そうだな」
ヤムトはそう返事しつつも、すぐには動き出そうとしない。
「行くぞ。出口はどっちだ?」
重ねて言うと、ヤムトは湖に目を釘付けにして答えた。
「……いや、そうもいかないようだ」
一瞬、またナメクジが這い上がってきたのかと思った。だが今度のそれは小さな生物ではなく、大きな何かの一部だった。ぬめった質感はナメクジと同じだが、こちらは真っ白で細長く、水の中からうねうねと動く先端だけを出している。いわゆる触手というやつだ。
さらに二本、三本──と、立て続けに触手が岸を上がる。
無数の触手が地面を這い、次いでそれらに引きずられるように本体が姿を現した。
ゆうに十本以上はある触手とその両サイドにある巨大な一対の目。
胴が寸詰まりになったイカのような姿の魔物だ。
触手の上部には兜の額当てのような形状の硬そうな殻が見え、さらにそれから後ろに続く胴の部分は左右に別れた翼のようにも見える殻で覆われている
うごめく触手の中でもひときわ長い二本が鞭のように動いた。オレたちを狙って打ってきたのだ。
「我らをエサにするつもりか」
ヤムトはいつの間にか手にしていた戦鎚をぶんぶんと旋回させた。迫った触手を全て打ち据え、獣人は嬉しそうにニヤリと笑った。
「冗談じゃない。中ボスどころか完全に邪神の見た目じゃねえか。戦って勝てるワケがねえ。早く逃げるぞ、出口はどっちだ」
「出口は後ろだが、こいつに背を向けるのは危険だ。逃げるにせよ、ダメージを与えて隙を作ってからだ」
ヤムトは戦鎚を握り直すと、軽い足取りでボスキャライカに向かって駆け出した。
あいつ、絶対に戦いたかったんだぜ。
反射的に剣を振るう。
飛来する軌道と剣の刃筋が合致し、ナメクジは真っ二つに両断された。手応えはほとんどない。
「何なんだよ、いったい」
たまたま反応できたが、それまでのノソノソとした動きからは想像できない瞬発力だった。
敵の小ささに警戒を緩めていたせいもあるが、正直かなりびびった。
「動くものに跳びかかってくるのだ」
「先に言えよ」
「水辺に来た自分よりも大きな生き物に喰らいつき、体内に潜り込んで寄生するようだ」
「げ、めちゃくちゃ恐いじゃないか。というか、オレよく水中で襲われなかったよな」
そんな場所を泳いできたことに、今さらながら震えが止まらない。
「あれらが宿主として選ぶのは、陸上の生物だけなのだと思う。水中の生物に寄生しても外を歩けないからな。いずれにせよ人間は小さすぎて寄生は上手くいだろうがな」
「人間は小さい? じゃあ一体何に寄生するんだ?」
そう訊き返したところで、また別のナメクジが水から這い上がってきた。
剣を構えたが、そいつはヤムトに向かって跳んだ。
目にも止まらない速度で一閃されたヤムトの爪がそれを叩き落とした。
「コカトリスの体内に入って操るようだ。先ほど外でコカトリスがいたので狩ったのだが、その時に頭部に潜り込んでいたこいつが出てきたのだ」
何ごともなかったかのようにヤムトは話を続ける。
「頭部ってトコが怖えな。その狩ったコカトリスはどうしたんだ?」
「近くにいた竜殿がすぐに来てくれたので、回収を頼んだ」
特に含むところもない調子でヤムトは言った。どうやら異次元収納がシルバーのスキルだってこともこの獣人には分かっていたらしい。
「じゃあもうクエスト達成じゃないか。なのになんでわざわざこんなトコに来てるんだよ」
「コカトリスが一体どこでこれに寄生されたのかと思ってな」
「ナメクジの出どころを調べるためだけにわざわざここまで来たってのか?」
「そうだ」
「物好きすぎるだろ」
「これに操られてよたよたと歩くコカトリスはまるでゾンビのようだった。これはけっこう危険な魔物だ。クエストに出た先で異変があればギルドに報告するのが冒険者の義務だし、重要な情報の場合は報酬だって出るだろう?」
それはヤムトのいうとおりだ。
人間が常に魔物の脅威に対峙することを宿命付けられているこの世界では、情報の共有は重要だ。
冒険者によって持ち込まれた異常、異変の情報をギルドはすみやかに国や街に提供する。国や街はそれに対しての対策を講じる。
場合によっては情報に見合った報酬が支給されることもある。
それでもオレたちは食材のコカトリスを捕りにきただけなのだから、わざわざ地底湖まで探索するヤムトの気持ちがオレには分からない。真面目なのかヤムトは。
「よく場所まで特定できたな」
「寄生するなら水場ではないかと思ってな。それで川沿いを探しながら上がってきたらここに辿り着いたというわけだ。ここがコカトリスの水場だったのだろう」
「おい、また出てくるぞ」
水からまたナメクジが上がってきていた。
跳びかかってきたところをヤムトが軽々と叩き落とす。際限がなさそうだ。
「本体だか親だか知らないが、そいつは水の中だろう? 棲んでる場所の目星はついたんだし、そんなのが出てくる前にとっと戻ろうぜ。このナメクジだってキリがないし」
「ああ。そうだな」
ヤムトはそう返事しつつも、すぐには動き出そうとしない。
「行くぞ。出口はどっちだ?」
重ねて言うと、ヤムトは湖に目を釘付けにして答えた。
「……いや、そうもいかないようだ」
一瞬、またナメクジが這い上がってきたのかと思った。だが今度のそれは小さな生物ではなく、大きな何かの一部だった。ぬめった質感はナメクジと同じだが、こちらは真っ白で細長く、水の中からうねうねと動く先端だけを出している。いわゆる触手というやつだ。
さらに二本、三本──と、立て続けに触手が岸を上がる。
無数の触手が地面を這い、次いでそれらに引きずられるように本体が姿を現した。
ゆうに十本以上はある触手とその両サイドにある巨大な一対の目。
胴が寸詰まりになったイカのような姿の魔物だ。
触手の上部には兜の額当てのような形状の硬そうな殻が見え、さらにそれから後ろに続く胴の部分は左右に別れた翼のようにも見える殻で覆われている
うごめく触手の中でもひときわ長い二本が鞭のように動いた。オレたちを狙って打ってきたのだ。
「我らをエサにするつもりか」
ヤムトはいつの間にか手にしていた戦鎚をぶんぶんと旋回させた。迫った触手を全て打ち据え、獣人は嬉しそうにニヤリと笑った。
「冗談じゃない。中ボスどころか完全に邪神の見た目じゃねえか。戦って勝てるワケがねえ。早く逃げるぞ、出口はどっちだ」
「出口は後ろだが、こいつに背を向けるのは危険だ。逃げるにせよ、ダメージを与えて隙を作ってからだ」
ヤムトは戦鎚を握り直すと、軽い足取りでボスキャライカに向かって駆け出した。
あいつ、絶対に戦いたかったんだぜ。
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