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吊り橋は落ちるもの
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うねうねとつづらに折れ曲がる山道は勾配を増していき、上りきったところで木々が晴れた。
眼下には九十度よりもさらにえぐた岩肌むき出しの崖。ショウエマ峡谷だ。
真っ青な空が近く、涼しげなせせらぎの音ははるか下。
左右に目を転じれば、切り立った山々の間を幾重にも曲がりながら川が流れていく。
対岸は遠く、あちらへ渡ることなど不可能に思える。
「吊り橋ってどこだ?」
ヤムトに訊いた。
シルバーに乗っているだけのオレとは違って、ヤムトの息は流石に少し上がっている。
っていうか、山道を走って登るだなんて一体どんな体力をしているんだ。
「少し上流に行く。ここからはちょうど岩に隠れて見えないが、すぐ近くだ」
ヤムトは指をさしながらそう答えた。
崖沿いを少し行くと、崖下へと降りていく道が現れた。まあ、道というよりもほぼただの岩場で、なんとか足を置ける場所が下へと続いているだけなのだが。
流石にシルバーから降りようとしたのだが、
『面倒くさいから、そのまま乗ってて』
と言われて、けっきょく乗ったまま岩場を下った。
トレイルライドのマウンテンバイクのように、シルバーはトントンと器用かつスピーディーに岩場を下りていく。
ただ乗っているだけのオレは、落とされないように必死でハンドルにしがみつく。
先行しているヤムトは、まるで忍者のような身のこなしで、軽やかに岩場を下っていた。
少し広い岩棚に降りた。
川まではまだ遠いが、この岩棚に吊り橋があった。
いや、正確には吊り橋の残骸があった。
「吊り橋、落ちてるな」
「ああ」
吊り橋と聞いた時から嫌な予感はあった。
許された敵は背後からナイフを投げるものだし、救助に来たヘリコプターと吊り橋は落ちる物だ。
敵に追われている時でないのがまだ救いか。
「他に渡れるところはないのか?」
鉱石採集で来た時には、向こうへ渡るつもりはなかったのでこことは違うルートで最初から谷底へ降りた。
曖昧な記憶にはなるが、川は幅もそこそこに広く、深い場所もあったので泳いで渡るのは苦労することになりそうだ。
「もっと上流の方に行けば、浅くなっている所がある」
ヤムトが言った。
下まで降りるのにも時間がかかるが、それしか方法がないのならば仕方ない。
この峡谷に生息するコボルトにエンカウントする可能性も高いが、それはヤムトとシルバーがいればなんら問題はないだろう。
一応、二人にコボルトのことを伝えておくか。
「ここいらはコボルトが住んでるんだ」
言いながら気づいたが、狼の獣人も、犬の頭部を持つ魔物であるコボルトも犬系の亜人だ。
ヤムトはコボルトに対してはどんな感じなんだろうか?
「ああ、そうだったな。まあコボルトなど、なんら問題ではない」
「あのさ、同じイヌ人間的に戦ったりするのは抵抗ないのか?」
そう訊くと、ヤムトは大きなため息を吐いた。
「お前、デリカシーがないとか、失礼だとかいわれて揉めること多くないか?」
「どうかな。そんなことはなかったと思うけど」
「いちおう答えてやるが、それは前提からして間違いだ。
人間は二足歩行の種族を見ると亜人だなどと呼ぶが、コボルトからすれば人間がコボルトに似ているのだろうし、ゴブリンからすれば人間がゴブリンに似ているのだ。
エルフやドワーフにしても同じだろう。
彼らからすれば人間の事を亜エルフや亜ドワーフと呼びたいところなのではないか」
言われてみればそうだ。
ゴブリンもコボルトも人間を改造して作られたワケではないし、エルフやドワーフに至ってはどちらも彼らの伝承に人間よりも古い種族であるとハッキリ語られているのだ。
「すまない、たしかにあんたの言うとおりだな」
「だが我々獣人はそうではない」
「え?」
「遥かな昔、魔術によって栄えた魔術国家があった。
そこでは魔術に関する様々な研究が行われていて、その中には魔術によって人と獣の特徴を併せ持つ生物を創りだす研究も行われた」
「ってことは、獣人ってのは魔法生物なのか?」
魔法によって生み出された生物や魔物は今でもけっこう残っている。
身近なところではスライムなんかがそうだ。
「数百、数千というおびただしい種類の動物や魔物と人の合成が行われたという。
だがその中で、ある程度以上の寿命を持ち、子を生すことができたのはほんのひと握りだけだったようだ。
さらに種族として生き残っているのは今では我ら狼系獣人を含めてたった五種族のみだ」
「たった五種族……」
「つまり我ら獣人だけは、お前らのいう亜人にあたるということだ。
従って、全く類似点のないコボルトに対してはなんら特別な感情は持ち合わせてはいない」
「まあコボルトも犬のように見えるだけで、実際は竜の系譜に連なる魔物なんだけどね。
あの頭もよく見たらモフモフしてなくて、ウロコだし」
シルバーの声が突然割って入った。
「ああ、そういえばそう聞いたことがあるな」
ヤムトはそう答えた。
「あれ」
ヤムトに聞こえているという事は、シルバーの発言は囁き声ではない。
話せることは秘密にしておきたいと言ってたクセにどういうつもりなのか。
「おいシルバー、いいのか?」
「ん? まあいいよ。このモフモフさん悪い人じゃなさそうだし」
悪い人じゃない? いや、なにを言ってるんだこの自転車野郎は。
たぶんオレの命を狙ってるんだぞ、ヤムトは。
ところがヤムトは特に驚いた様子も見せずに、普通にシルバーに話し掛けた。
「鉱竜殿は川は大丈夫かな? それほど深くはないが」
「まだ僕をただのトカゲだと思ってるの?」
「いや、仲間のドワーフから鉱竜殿の事は聞いている。
非礼を詫びたかったのだが、どうやら話せることを伏せておきたいようだったので、我らからは話しかけないでおいたのだ」
バナバは「よく言っておく」と言っていたのだから、ヤムトが知っているのも当然だ。
意外だったのはルシッドのパーティのやつらがそんな風に気を効かせていた事だ。
「いい心がけだね。あ、もしかして僕が金属だから水に沈むと思ってる?」
「竜のことはよく分からないが、金属の体ならば水は苦手かと」
「得意不得意でいえば、水竜や海竜ほどには得意じゃないけど、一応泳げるよ。でも……」
シルバーはぴょんと小さく跳ねて方向転換をした後、くいっとハンドルを切って切り立った岩山の一部をそのカゴで指し示した。
「今はそんな悠長なことをせずに、さっさと谷を越えちゃおうよ」
眼下には九十度よりもさらにえぐた岩肌むき出しの崖。ショウエマ峡谷だ。
真っ青な空が近く、涼しげなせせらぎの音ははるか下。
左右に目を転じれば、切り立った山々の間を幾重にも曲がりながら川が流れていく。
対岸は遠く、あちらへ渡ることなど不可能に思える。
「吊り橋ってどこだ?」
ヤムトに訊いた。
シルバーに乗っているだけのオレとは違って、ヤムトの息は流石に少し上がっている。
っていうか、山道を走って登るだなんて一体どんな体力をしているんだ。
「少し上流に行く。ここからはちょうど岩に隠れて見えないが、すぐ近くだ」
ヤムトは指をさしながらそう答えた。
崖沿いを少し行くと、崖下へと降りていく道が現れた。まあ、道というよりもほぼただの岩場で、なんとか足を置ける場所が下へと続いているだけなのだが。
流石にシルバーから降りようとしたのだが、
『面倒くさいから、そのまま乗ってて』
と言われて、けっきょく乗ったまま岩場を下った。
トレイルライドのマウンテンバイクのように、シルバーはトントンと器用かつスピーディーに岩場を下りていく。
ただ乗っているだけのオレは、落とされないように必死でハンドルにしがみつく。
先行しているヤムトは、まるで忍者のような身のこなしで、軽やかに岩場を下っていた。
少し広い岩棚に降りた。
川まではまだ遠いが、この岩棚に吊り橋があった。
いや、正確には吊り橋の残骸があった。
「吊り橋、落ちてるな」
「ああ」
吊り橋と聞いた時から嫌な予感はあった。
許された敵は背後からナイフを投げるものだし、救助に来たヘリコプターと吊り橋は落ちる物だ。
敵に追われている時でないのがまだ救いか。
「他に渡れるところはないのか?」
鉱石採集で来た時には、向こうへ渡るつもりはなかったのでこことは違うルートで最初から谷底へ降りた。
曖昧な記憶にはなるが、川は幅もそこそこに広く、深い場所もあったので泳いで渡るのは苦労することになりそうだ。
「もっと上流の方に行けば、浅くなっている所がある」
ヤムトが言った。
下まで降りるのにも時間がかかるが、それしか方法がないのならば仕方ない。
この峡谷に生息するコボルトにエンカウントする可能性も高いが、それはヤムトとシルバーがいればなんら問題はないだろう。
一応、二人にコボルトのことを伝えておくか。
「ここいらはコボルトが住んでるんだ」
言いながら気づいたが、狼の獣人も、犬の頭部を持つ魔物であるコボルトも犬系の亜人だ。
ヤムトはコボルトに対してはどんな感じなんだろうか?
「ああ、そうだったな。まあコボルトなど、なんら問題ではない」
「あのさ、同じイヌ人間的に戦ったりするのは抵抗ないのか?」
そう訊くと、ヤムトは大きなため息を吐いた。
「お前、デリカシーがないとか、失礼だとかいわれて揉めること多くないか?」
「どうかな。そんなことはなかったと思うけど」
「いちおう答えてやるが、それは前提からして間違いだ。
人間は二足歩行の種族を見ると亜人だなどと呼ぶが、コボルトからすれば人間がコボルトに似ているのだろうし、ゴブリンからすれば人間がゴブリンに似ているのだ。
エルフやドワーフにしても同じだろう。
彼らからすれば人間の事を亜エルフや亜ドワーフと呼びたいところなのではないか」
言われてみればそうだ。
ゴブリンもコボルトも人間を改造して作られたワケではないし、エルフやドワーフに至ってはどちらも彼らの伝承に人間よりも古い種族であるとハッキリ語られているのだ。
「すまない、たしかにあんたの言うとおりだな」
「だが我々獣人はそうではない」
「え?」
「遥かな昔、魔術によって栄えた魔術国家があった。
そこでは魔術に関する様々な研究が行われていて、その中には魔術によって人と獣の特徴を併せ持つ生物を創りだす研究も行われた」
「ってことは、獣人ってのは魔法生物なのか?」
魔法によって生み出された生物や魔物は今でもけっこう残っている。
身近なところではスライムなんかがそうだ。
「数百、数千というおびただしい種類の動物や魔物と人の合成が行われたという。
だがその中で、ある程度以上の寿命を持ち、子を生すことができたのはほんのひと握りだけだったようだ。
さらに種族として生き残っているのは今では我ら狼系獣人を含めてたった五種族のみだ」
「たった五種族……」
「つまり我ら獣人だけは、お前らのいう亜人にあたるということだ。
従って、全く類似点のないコボルトに対してはなんら特別な感情は持ち合わせてはいない」
「まあコボルトも犬のように見えるだけで、実際は竜の系譜に連なる魔物なんだけどね。
あの頭もよく見たらモフモフしてなくて、ウロコだし」
シルバーの声が突然割って入った。
「ああ、そういえばそう聞いたことがあるな」
ヤムトはそう答えた。
「あれ」
ヤムトに聞こえているという事は、シルバーの発言は囁き声ではない。
話せることは秘密にしておきたいと言ってたクセにどういうつもりなのか。
「おいシルバー、いいのか?」
「ん? まあいいよ。このモフモフさん悪い人じゃなさそうだし」
悪い人じゃない? いや、なにを言ってるんだこの自転車野郎は。
たぶんオレの命を狙ってるんだぞ、ヤムトは。
ところがヤムトは特に驚いた様子も見せずに、普通にシルバーに話し掛けた。
「鉱竜殿は川は大丈夫かな? それほど深くはないが」
「まだ僕をただのトカゲだと思ってるの?」
「いや、仲間のドワーフから鉱竜殿の事は聞いている。
非礼を詫びたかったのだが、どうやら話せることを伏せておきたいようだったので、我らからは話しかけないでおいたのだ」
バナバは「よく言っておく」と言っていたのだから、ヤムトが知っているのも当然だ。
意外だったのはルシッドのパーティのやつらがそんな風に気を効かせていた事だ。
「いい心がけだね。あ、もしかして僕が金属だから水に沈むと思ってる?」
「竜のことはよく分からないが、金属の体ならば水は苦手かと」
「得意不得意でいえば、水竜や海竜ほどには得意じゃないけど、一応泳げるよ。でも……」
シルバーはぴょんと小さく跳ねて方向転換をした後、くいっとハンドルを切って切り立った岩山の一部をそのカゴで指し示した。
「今はそんな悠長なことをせずに、さっさと谷を越えちゃおうよ」
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