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トメリア姉妹の店

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「あ、カズさん、こんにちは」

 店頭で野菜を並べていた少女が手を振った。カノミ・トメリアだ。
 手を振る動きに合わせて肩までの真っ直ぐな髪がさらさらと揺れる。

「こんにちはー」

 と、返したのはオレではなくシルバー。
 思念伝達テレパシーのスキルを当たり前のように使うのはやめてほしい。
 だがカノミの方も気にした様子もなく「カズさんのお友だちですか? はじめまして」などと会話を続けている。

 ここは大通りから二本入った所にあるレンガ積みの小ぢんまりとした食料品店だ。
 通りに面した面に壁はなく、四枚の木の扉になっている。扉を全て外せば開放状態で商売ができる作りだ。
 今は扉は開け放たれており、多くはないが青果を盛ったカゴが店頭の台に置かれている。
 店内の棚には加工された食品が入った瓶が並んでいるのが見える。
 カウンター脇には調味料やハーブ、スパイスの小瓶。
 奥まった所にある机の上にはパンや焼き菓子も並んでいるはずだ。

 もちろんカノミ一人でやっているわけではない。彼女と姉のトヨケのトメリア姉妹二人で切り盛りしているのだ。
 たしかカノミは十三歳、姉のトヨケは二十歳。
 早逝した両親がやっていた店を二人が引き継いだのが三年前のことらしい。
 二人とも、本来ならばまだまだ店を構えられるような年齢ではない。それでも店を潰すこともなく、曲がりなりにも常連客までいるのは彼女たちの明るさと、売っている物の質の良さのお陰だろう。

「今日はたくさん買わせてもらうぜ。乾し肉はあるか?」

 売られている野菜を手に取って見ながら、カノミにそう訊いた。

 シルバーは店内に並んでいるハーブ類の瓶に顔(前カゴ)を寄せるようにして物珍しそうに見ている。

「はい、ありますよ。どういった物がいいですか?」

 カウンターの中へと戻ったカノミはそう応える。
 この店には乾し肉だけでもハーブを効かせた物やスパイスを効かせた物、長期保存用に可能な限り水分を抜いた物などがある。
 他にも燻製にした肉を干した物や塩漬けして貯蔵しただけの物などもあり、肉だけでも選択肢が多い。

「日持ちするやつを色々ともらえるかな。十人の一週間分の食料なんだ」

 具体的に何を作るかはまだ考えていないが、保存もでき、塩も摂取できる乾し肉はなくてはならない。
 そしてこの店の乾し肉は絶品なのだ。

「かしこまりましたっ」

 カノミの返事は元気が良い。

「あと、焼き締めたパンももらえるか。野菜と果物は適当に選ばせてもらう」

 オレの注文にカノミは店内をパタパタと走り回る。

「働き者だねー」

 シルバーが言うと、カノミはえへへと嬉しそうに笑った。

「これぐらいで良いですか?」

 カノミは色々と見繕った品をカウンターに並べた。

「ありがとう、良さそうだ」

 さすがに十人分の食糧となるとかなりの量がある。
 これもシルバーの異次元収納ポケットに収納させてもらうとするか。

「今日はトヨケは?」

 代金を払いながら、訊いてみた。

「お姉ちゃんはダンジョン探索に行ってます……」

 そう答えたカノミの顔が急に曇った。
 トヨケはギルドに登録をしている冒険者でもある。
 店が経営難に陥った時の一時しのぎで始めた冒険者ではあったが、彼女の性には合っていたらしく店が軌道に乗った今も時折はギルドからの依頼で仕事に行くことがあった。

 とはいえ数日もかかるような依頼はほとんど受けない。
 半日か、長くてもせいぜい日暮れまでには終わる仕事を選んでいるとのことだった。

「どうかしたか?」

 カノミの様子がおかしいので、質問を重ねてみる。

「あの……それが」

「何かあるのか? 力になれるかどうかは分からないが、とりあえず話してくれないか」

 躊躇する様子を見せたが、不安の方が勝ったらしくカノミは口を開いた。

「お姉ちゃんがダンジョンに出向いたのは三日前の朝なんです。行く時にはその日のうち、日の暮れるまでには帰ってくると言ってたんですけど……」

 らしくない沈んだ声。

「まだ帰ってきてないわけか。どこのダンジョンだ?」

「シルベネートのダンジョンです」

「シルベネートという事は護衛か?」

「はい、浅層階の調査の護衛って言っていました」

「なるほど、それは確かに妙だな」

 当たり前のことなのだが、ダンジョンというのは基本的には街の外、それも森の奥や山間など人里から遠く離れた場所にある。
 だがそれには例外もあって、それがシルベネートのダンジョンだ。
 このダンジョンはペンディエンテの城壁内部にある。
 位置的には街の東側、貴人たちの邸宅エリアと市民の暮らす一般区画のちょうど境目あたりだ。

 ダンジョンは危険な迷宮であると同時に、人間に様々な恩恵をもたらす宝物庫でもある。
 よって周囲にダンジョン探索の拠点としての街が造られるケースも珍しくはなく、それが起源となった街や国家も幾つかある。ペンディエンテもそのうちのひとつだ。

 そしてそういったダンジョンは大抵すでに探索しつくされており、比較的安全だ。
 そんな場所の探索を行っても利益はなさそうだが、利益ではなく調査を目的として潜る者もおり、オレたち冒険者には時折その護衛の仕事が回ってくることがある。
 危険度も少ないうえに、街の中にあって行き返りの時間がかからない。報酬は多くはないが、短時間で気楽に引き受けられる仕事であるのでそれなりに人気もあった。

「ダンジョンそものに危険はほとんどないはずだが……」

 だからこそ、三日も戻らないというのは普通の事態ではないのだ。

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