上 下
9 / 100

お買い物

しおりを挟む
 居住区へと戻る女の子が振り返って名残惜しげにぶんぶんと手を振った。母親は深々と頭を下げた。
 擦り傷を治療したぐらいにしては大げさな感謝のされ方だが、多分上位種のドラゴンとやらに対しての礼なのだろう。

「いや、やっぱドラゴンとか納得いかねえ」

 もう何度目かになる言葉がオレの口をいて出る。

「カズは想像力が乏しいなあ。それにドラゴンに対しての偏見が強すぎるんだよ」

「偏見というか、そもそもドラゴンについての事なんてほとんど知らないぞ。何しろ転生してきてまだ半年ほどだからな」

「転生までのこっちの世界での記憶もあるんでしょ?」

「あるにはあるが、ぼんやりしてるな。知ってる魔物もコボルトかゴブリン、あとは狼とかイノシシぐらいだな」

 異世界転生といってもいきなりこちらの世界にポンっと飛び込んで来るわけではない。
 いや感覚的には飛び込んできた感じなのだが、こちらの世界でのオレにもそれまでの人生があって記憶もある。
 だがその人生は曖昧で現実感が乏しく、どこか借り物のような感じがする。
 今のオレはこの世界での生い立ちよりも転生前の自分と地続きであるという感覚が強いのだ。
 これはあくまで想像だが、転生の時に向こうからくる魂を受け容れる肉体が創られ、その時にその人生までも遡って創られるのではないだろうか。つまりこちらの人生こそが後付けなんじゃないだろうか。 

「それはそうと、ホントに大丈夫なんだろうな」

 オレとシルバーは宿に戻ることを止め、再び商店街の方へと向かっていた。
 シルバーが荷物を持ち帰るのに有効なスキルを持っていると言ったからだ。

「大丈夫もなにも買った物を収納するだけでしょ? 僕の異次元収納ポケットに入れてくだけじゃん。そもそもこういうスキルってRPGとか建築ゲームとかだと普通に使えるよね。なんでカズは使えないの?」

「普通は使えねえよ。いくら異世界だっつってもそんな摩訶不思議なスキルがぽこぽこ使えたら誰も苦労しねえ」

 こいつと一緒に戻って不用意に目立ってしまうことは嬉しくない。
 だがドラゴンという存在はどうやらこの世界では一目置かれるらしい。さっきの母子の態度からすると、万が一昨夜の貴人たちの目に止まっても大丈夫なのではなないかと思えてきた。

 城壁の修繕に集めた人数はオレを除いて十人と聞いている。そいつらの賄いを用意するためには、食材だけではなく調理器具や食器類などなかなかの大荷物になるのだ。
 モリからはとりあえず買い上げだけを済ませれば後ほど自分が荷車リヤカーを準備して購入済みの品の回収を行うと言われていた。
 だがそれだと二度手間になるし、大変な作業をモリに押し付けているようで、気がすすまなかったのだ。
 だけどシルバーにそんな便利なスキルがあるとなると話が変わってくる。

 リスクとメリットを天秤にかけて、オレはシルバーととも行ってさっさと買い物を済ませてしまおうと判断したのだ。

「僕の異次元収納ポケットは保温、保冷もきくし、混ざったらいけない物も別々に収納できるよ。ちなみにカップに入った飲み物とかもこぼれない」

「ディーバーやってる時に欲しかったな、そのスキル」

 デバッグは保温・保冷性はあったが、食べものの周りにはタオルを詰めたりして中身のこぼれるのを防いでいた。
 もしも異次元収納ポケットみたいなスキルが使えていたなら、もっとストレスなく仕事をすることができただろう。

「デバッグも十分に有能だったけどね」

「ああそっか。それってデバッグ由来のスキルなんだな」

 あの時盗まれたデバッグだったが、こうやってスキルとしてシルバーの一部になっているということは、死ぬ前には取り返すことができたのだろう。成仏できそうだ。



「何にしましょう」

 店の棚に並んだ品物をひとつひとつ手に取ってみていると、店主から声をかけられた。
 オレより幾つか年長だったはずだが、こういった店を構えるにはかなり若い部類だろう。
 口ひげをたくわえており、柔らかな微笑みを浮かべている。中々の美青年だ。
 若さには似つかわしくない落ち着きと穏やかさがある。

「調理に使う焚火台と大鍋、フライパンかな。あとナイフも。焚火台たきびだいも鍋もフライパンも大きいものがいい。ナイフは切れ味よりもヘビロテで使っても傷まないやつがいいな。どれも安いものじゃなくてもいい」

 金ならある。というかモリのお使いだから、予算はそれほど気にしていない。
 それよりも城の作業を始めてからナイフが折れたりでもすれば新しい物を調達するためにかなり無駄な時間を浪費してしまう。
 ここは値段だけを見て安易に決めるべきではない。

「打ち師や砥ぎ師の指定とかはありませんか?」

「いや、特には」

 オレの言葉に店主は頷くと、店の奥をゴソゴソとやり始めた。
 ドラゴンが来て物珍し気に店内や売り物を見てまわっているというのに、客からのオーダーには普段と変わらない対応をするあたり、プロ根性が覗える。

「荒物屋は他にも幾つかあったのにどうしてこの店なの?」

 シルバーが訊いた。

「よく利用する店だからな、ここ。
大きな店じゃないがわりとニッチな注文にも対応した品を探してくれるんだよ」

「あーなるほど、オレ分かってる系のそういうアレかー」

 せっかく説明してやったというのに、シルバーは含み笑いと共にそんな風に返した。
 この自転車、オレに乗られてた時にずっと恨みでも抱いてたんだろうか。

「これなどはいかがでしょうか」

 店主がオレとシルバーを交互に見ながら、鍋やナイフを売り場に設えてあるテーブルに並べてみせた。フライパンにいたっては三つある。
 なんとなく、どれも良い品だということが分かる。
 打ち師や砥ぎ師にはこだわらないと伝えたが、多分これは力のある者の手による作品だ。だが……

「安くなくてもいいとは言ったけど、これは……」

 鍋とフライパンはどこをとっても厚みが均一だ。
 鍋の板厚はかなり分厚い。これはかなり安定した熱の伝わり方をしてくれるだろう。じっくりと煮込む料理にかなり力を発揮するに違いない。
 フライパンは三つとも板厚が違う。薄い物、厚い者、その中間くらいの物が用意されている。料理によって使い分けろということか。
 強火でサッと痛めてしまう野菜炒めには薄い物を、分厚い肉を焼く場合には一番厚いフライパンでじっくり火を通せばミディアムレアの上質なステーキを焼き上げることができそうだ。
 そしてナイフ。一種類の鉄ではない。複数の鉄を叩いて接合し、一枚の刃物としているのだろう。そこから気の遠くなるような工程を経て、ここまで美しく研ぎあげられているのだろう。

 安くないどころか、どれもかなりの業物だ。

「これはとても手が出ないな」

「すいません、カズさん。冗談が過ぎました」

 オレの渋い顔に気付いたらしい店主が、目を細めて深々と頭をさげた。

「どれもこれもウチが置かせていただいてる品の中では最高級の物です。腕のあるマイスターが手間を惜しまずに作り上げた逸品です。これを出したらカズさんがどんな顔をするのか見てみたかったんです」

「どんな顔をするも何も、こんな良い物を見せられたら、ただただ羨ましくなってしまうだけだな」

「本当に申し訳ありません。カズさんにはいつも見抜かれてばかりですので」

「試されたみたいなもんか。つってもオレなんか目利きでも何でもない、当てずっぽう言ってるだけの一般人だかんな」

 仕方がない。これだけの品物を購入するとなると、モリの想定している支度金どころか、城壁修理で入ってくるであろう収入を全て費やしてもまだまだ足りないはずだ。

「ふむふむ、どれも良い品のようだね」

 シルバーの声が割って入った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

A級パーティーを追放された黒魔導士、拾ってくれた低級パーティーを成功へと導く~この男、魔力は極小だが戦闘勘が異次元の鋭さだった~

名無し
ファンタジー
「モンド、ここから消えろ。てめえはもうパーティーに必要ねえ!」 「……え? ゴート、理由だけでも聴かせてくれ」 「黒魔導士のくせに魔力がゴミクズだからだ!」 「確かに俺の魔力はゴミ同然だが、その分を戦闘勘の鋭さで補ってきたつもりだ。それで何度も助けてやったことを忘れたのか……?」 「うるせえ、とっとと消えろ! あと、お前について悪い噂も流しておいてやったからな。役立たずの寄生虫ってよ!」 「くっ……」  問答無用でA級パーティーを追放されてしまったモンド。  彼は極小の魔力しか持たない黒魔導士だったが、持ち前の戦闘勘によってパーティーを支えてきた。しかし、地味であるがゆえに貢献を認められることは最後までなかった。  さらに悪い噂を流されたことで、冒険者としての道を諦めかけたモンドだったが、悪評高い最下級パーティーに拾われ、彼らを成功に導くことで自分の居場所や高い名声を得るようになっていく。 「魔力は低かったが、あの動きは只者ではなかった! 寄生虫なんて呼ばれてたのが信じられん……」 「地味に見えるけど、やってることはどう考えても尋常じゃなかった。こんな達人を追放するとかありえねえだろ……」 「方向性は意外ですが、これほどまでに優れた黒魔導士がいるとは……」  拾われたパーティーでその高い能力を絶賛されるモンド。  これは、様々な事情を抱える低級パーティーを、最高の戦闘勘を持つモンドが成功に導いていく物語である……。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...