ママチャリってドラゴンですか!? ~最強のミスリルドラゴンとして転生した愛車のママチャリの力を借りて異世界で無双冒険者に~ 

たっすー

文字の大きさ
上 下
2 / 100

路地裏の災難

しおりを挟む
 まとまった収入を得られる仕事が決まったことが気を大きくしていたかもしれない。

 エール七杯を立て続けにガブ飲みしたあと、ぐらんぐらんする頭を抱えてモリとともに通りに出た。
 通りに面した店の掲げるランプの火が地面を照らしている。そこにふらふらと覚束ない足取りのオレたちの影が踊る。
 胃からこみ上げてくるものを抑えながら歩いた。一歩一歩が三半規管を大きく刺激する。

 世界が揺れると嘔吐をガマンすることなど、どうでもよいことの様に思えてくる。


「おい、どこ行くんだ」


 通りから、暗い路地に入ったオレの背中にモリの声がかかる。


「ちょっとションベン」


「じゃあ、オレはもう帰るぞ。あさっての仕事忘れるんじゃねーぞ」


 そう言い残してモリの足音は遠ざかる。連れションもしないとは友だち甲斐のないやつだ。
 とはいっても、ションベンと言いながら実はオレは吐く場所を探していたんだが。

 一度は降りた道をふたたび上がってこようとするエールや煎り豆や乾し肉をなだめながら、路地の奥の方を目指した。それがよくなかった。

 この辺りは通りこそ道幅も広くて舗装もなされているが、一歩横道へ入ると、剥き出しの地面や建物の壁のそこかしこになにかよく分からない汚れがこびりついており、細い路地が迷路のように入り組んでいる。通りからの灯りも届かず、建物の裏口や窓から漏れる光だけが頼りだ。

 どこからか駆け足の音が響いた。さらに切迫した息遣いと二種類の声も。


「離して!どういうつもり?」


 なかば悲鳴に近い女の声と、


「おいおい、どういうつもりなのか説明すればいいのかい?」


 おどけた男の声。それから別の小馬鹿にしたような笑い声が続く。

 男たちは一人ではなさそうだ。
 雰囲気からして関わり合いになるべきじゃない。そう思ってはいるのだけれど、立ち去る踏ん切りもつかない。


「お、逃げたぞ」


 男の声が聞こえた次の瞬間、角を曲がって女がこちらに走ってきた。
 暗がりで身なりもよくは分からないが細身の若い女だということは分かる。


「助けて!」


 オレの姿を認めるなり、女が声をあげた。
 そのまま駆けてくると、棒立ちになっているオレの背後にまわる。

 助けてといわれても、オレにできることなんて何もない。
 慌てることさえできずに成り行きを見守っていると、すぐに男たちが追い付いてきた。

 男は二人だ。

 ここでこいつらを打ち負かして女を助けてやれれば格好良いのだが、たぶんそれはムリだろう。


「お、お前、ど、どういう、つ、つもりだ?」


 二人組の片割れ、丸顔に二重顎、腹だけがポコンと出た体型の男の方が、息を切らせながらそう言った。

 顔立ちからして、おそらく二十歳前後というところだろう。
 なかなか息が整わないところからして、運動不足のようだ。


「賤民ごときが、まさか口を挟むつもりかな」


 不愉快そうな表情を隠そうともせずにそう言ったもう一人もやはり同じぐらいの年齢に見える。
 こちらはヒョロリとしていて長髪だ。ウェーブのかかった金髪が神経質そうに尖った顎あたりまでたれている。


「いや、オレは……」


 尊大な態度からしてもこの二人は貴人だ。

 刺繍や飾りの施された光沢のある絹織りの服装からもそれが分かる。
 たぶんこいつらの服一着は、オレの生涯収入よりも高い。


「さ、さっさ、と、き、消えろ。卑しき民が視界にあるだけで不快だ」


 二重顎がまるで生ゴミでも見るような目でそう言った。


「分かりました」


 答えて、オレは背後の女の手を掴んで歩き出した。


「待て、待て」


 二重顎が声を上げた。


「平民が貴人殿の視界に入るのは失礼かと存じますので、我々はとっとと失せます」


 足を止めずにそう言った。

 だが次の瞬間、背中に衝撃を受けて地面に倒れ込んでしまった。
 どうやら相当な勢いで蹴られたらしく、息ができない。


「かはっ、かはっ」


 這いつくばったまま、必死で息を吸い込み肺に空気が戻るのを待つ。


「賤民といっても女は別だ。貴様だけが去れ」


 尖り顎の方が冷たい目で見下していた。蹴ったのはこっちの方らしい。


「立て。そしてとっとと失せろ」


「わ、分かりました」


 息がまともにできないので、返答するのにも苦労する。
 だけど立ち上がらなければ、次の蹴りが飛んできそうだったので、オレは苦しいのをこらえて立ち上がった。

 と、そこに次の蹴りが飛んできてオレの顎を直撃した。

 これまた不意打ちだったので、もろにくらって今度は仰向けに倒れてしまった。
 今度の蹴りは二重顎の方だ。


「め、目つきが、はあ、気に、いらないぞ」


 せっかく整いかけた息が、蹴りのせいでまた乱れている。


「もともと、こういう目なんで」


 喋りにくい。唇が痛いというよりも痺れていた。歯が下唇に突き刺さったらしく、血が溢れていた。

 起き上がる前に、二重顎が脇腹を蹴りつけてきた。大した威力ではないが何度も何度も足を振るわれ、あばらが悲鳴をあげる。
 いや、あまり痛みを感じないのはまだ酔いから冷めてないからか。
 だけど、これはやばい。このままだと殺される。
 貴人であるこいつらは平民のオレを殺すことなどなんとも思わないだろう。

 オレは転がってその場を離れる。
 息を詰めて体中の痛みをこらえると、一気に立ち上がった。

 二人に向かって身構えた。
 積極的に戦おうという意思があったわけではない。
 被害を最小限に抑えるためには、抵抗しないことが一番良いのだと頭では分かっていた。
 だけどまがりなりにも戦闘も経験してきている冒険者の本能は、このまま反抗をしなければ命が危ういと告げていた。 


「反逆だな」


 尖り顎がそう言った。


「お、オレがやるぞ」


 二重顎が前に出た。

 気になって振り返ると、女の姿はなかった。
 今の間に上手く逃げたのだろう。

 貴人たちもすでに女のことはどうでも良くなっているようだ。今夜のレクリエーションは暴力に変わったらしい。
 二重顎は背も低く、その突き出た腹とは裏腹に手や足はヒョロリと細い。
 とてもじゃないが争いごとなどできないように見える。
 だが貴人である以上はそうではないのだろう。

 貴人は世襲制ではあるが、いわゆる貴族であるとともに、騎士・戦士でもあり、外国や魔族の暴威からこの国を守っている。
 国の始祖に連なる神人によって特権待遇を与えられているのはそのためだ。

 つまり見た目はザコっぽくても強いのだ。


「きぃええええ」


 雄叫びとともに二重顎が殴りかかってきた。
 腰に提げているサーベルを使うつもりがなさそうなのがまだ救いか。

 大振りなモーション。スピードも遅い。
 余裕で避けられる、と思った。

 ところが、オレの体は硬直していた。
 魔物と戦っている時にはこんな風になることはないのだが、先ほどのダメージのせいか、それとも貴人を相手にしているというおびえによる萎縮か。

 二重顎の拳はオレの左頬をとらえた。
 衝撃と痛み。口の中が切れる。

 なかば無意識にその手首を掴んだ。
 ほぼ反射的に引き込んで、相手の体勢を崩す。
 つんのめるように頭を下げた二重顎の二重顎目掛けて、拳を振るった。
 だけど、そこでも何ともいえない悪寒が背筋を駆け昇り、動きを止めてしまった。

 腕の筋肉がこわばっている。

 そこにすかさず振り払った二重顎の腕が、さっきも打たれたオレの顎に直撃した。
 激しい痛みで今度はかくんと力が抜ける。
 目を剥いて息を荒げた二重顎が叫んだ。


「オ、オレを殴ろうとしたな。ころ殺してやる!」


 繰り出されるのは右のアッパーカット。


「んぐっ」


 みぞおちにめり込んだ。
 忘れていた吐き気がこみあげてきた。
 数秒ほどはこらえたものの、けっきょくオレは胃の内容物をその場にぶちまけた。


「ごえええぇぇ」


「けっけけけ汚らわしいっ」


 オレのゲロの何滴かが跳ねたのだろう。
 二重顎は慌てて飛び退くと、ポケットからハンカチを取り出してブーツのつま先を拭き始めた。

 被害を被る距離にいたわけでもない尖り顎もさらに離れる。


「同じ空気を吸っていることさえ耐え難いわ」


 そう言って、ブーツを拭いたハンカチをオレに投げつけると二重顎は大股で歩いてオレから離れていった。
 もっとも、自分のゲロの水溜りに顔を埋めながら意識も朦朧としてきたオレにはなにを言ったのかも理解できていなかったが。


 ──ああ、これ死ぬな。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった

Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。 *ちょっとネタばれ 水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!! *11月にHOTランキング一位獲得しました。 *なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。 *パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...