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日雇い労働者
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転生して異世界に行く、というのはよく聞く話だ。
行き先の世界は様々だ。平和なところもあれば、魔女教が暗躍する世界や、複数の魔王があれやこれやと跳梁跋扈する世界もあるという。
関係ないけど跳梁跋扈ってショウリョウバッタみたいだよな。
で、オレも異世界へと転生した。
オレ自身は転生前と変わらずパッとしない境遇ながらも、そこは普通に平和な世界だった。
いや、平和な世界に見えていた。
■□
「エールお待ち!」
テーブルに木製タンブラーがタンっと置かれた。オレは銅貨二枚を店のオヤジに手渡す。
エール一杯が200ルデロ。大した料理も出ない店だけど、酒だけは安い。
他の店なら3、400はするだろうし、ここみたいな椅子のない立ち飲み屋ではなく、ちょっと凝った料理を出す食堂だと500ルデロは取られる。
ひと晩1000ルデロの木賃宿で寝起きしている日雇い労働者のオレからすれば、500ルデロのエールなんてとても飲んでいられない。
本当は安いワインでも飲んでいるべきなのだろうが、仕事後のエールに代えられるものなんてない。
「おう、カズ。調子はどうだ」
野太い塩辛声。
デカい体のモリが自分のタンブラーを手にオレのテーブルへとやってきた。
テカテカに禿げ上がった頭は、すでに酔いで真っ赤に染まっている。ファンタジー世界の酒場って、たいてい一人はこういうルックスのヤツいるんだよな。
「ぼちぼちだよ。そっちは?」
「ぼちぼちねぇ。ゴブリン討伐でえらい儲けたって聞いたぞ。景気いいんだろ?」
「ゴブリン討伐なんて儲からないって。半日かけて遺跡までよいこら歩いてって、十匹ぐらい狩ったところでたかがしれてる。商会の倉庫整理やってる方がなんぼかマシだよ」
モリは日雇い労働者仲間だ。
冒険者なんてカッコつけて自称するやつらもいるが、オレたちは要するにギルドに単発の仕事を紹介してもらう日雇い労働者だ。
魔物討伐の仕事も、ターゲットが弱い魔物の場合は、出没場所まで出張する手間賃程度の稼ぎにしかならない。
そのうえケガしたり死んだりしても、この世界には労災補償も保険金の支払いもない。もっともオレの死亡保険金なんて受け取る人間もいないわけだが。
魔物討伐の仕事を好んでやるやつらもいるにはいるが、オレにいわせれば、そんなやつらはただのサイコパスだ。
オレは転生者だ。
ネット小説やコミックやアニメでは非常によく見かけるムーブだが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。
転生する前のオレは、ウィークリーマンション暮らしの非正規雇用者だった。
いや、非正規雇ってのは正確じゃない。DIVA Üzって会社と契約してる個人事業主さまだ。
仕事は自転車こいで、飲食店の料理をスマホでオーダーしてきた客の家へ配達すること。
詳しい話はまた追々するとして、とりあえず転生してみての感想は「転生しても、あんま変わんねーな」だ。
転生前も転生後も毎日あくせく働いてもまとまった金が得られるわけでもなく、生活に保証もない。夢なんてものはもちろんなく、将来への漠然とした不安だけがある。
とはいえ、仕事があって、不味くても飯と酒にありつけるだけでもありがたいことなんだが。
不味い飯も不味い酒も、労働の後ならそんなに悪いもんじゃない、ってことも学べてるしな。
「頭割りだとゴブリン退治も大した額にはならんか」
モリはゲップをひとつすると、オレの皿の煎り豆に手を伸ばす。
「そういうこと。それにオレは魔物殺すの好きじゃないんだ」
皿をモリの方へ押してやりながらそう応えた。
転生前から引きずっている価値観から、生きものを殺すということへの抵抗がなかなか抜けないでいた。それが魔物であってもだ。
「そうだったな」
ボリボリと豆を噛み砕きながらモリは頷く。
魔物討伐を嫌がるオレを腰抜けと揶揄しないこいつは数少ない友人といえた。
「城壁の修繕の仕事があるんだが来るか?」
「いいね。まだ空きがあんの?」
「作業員は足りてる。
だけど賄い係りがいてくれるとありがたい。
おまえ、飯作るの得意だろ?」
「得意つったって、別にちゃんとしたレストランで修行したとかじゃねえぞ。独り者ならではの必要にせまられての男料理だ」
自炊は転生前からの生活習慣だ。飲食店バイトもいくつかはやったが、基本的には料理はすべて自己流だ。
美味いかどうかよりも、安く作れるかと腹がふくれるかどうかが評価基準のエコロジー料理だが。
「それで十分だよ。こちとらその男料理すらマトモにできねえぶきっちょばっかりなんだ。
一週間ぐらい現場に詰めることになるだろうから、飯をどうしようか悩んでたんだよ」
モリが、人集めも含めて請け負った仕事なのだろう。おそらくオレが入れば余剰人員になってしまうはず。何人連れていこうが契約金は変わらないから、一人あたりの稼ぎが減ってしまうことになる。
それでもオレの手が必要だと言ってくれるのはこいつの優しさだ。
「いつ?」
その優しさに甘えることにした。
ギルドに行って仕事を探したとしても、いつでも仕事があるわけではない。
モリの仕事をやらせてもらう方が確実だ。
貯金にはまだ少し余裕があったが、稼げる時に稼いでおくのが日雇い労働者の鉄則だ。
「あさってからだ。たぶん一週間ぐらいの作業になるだろう。報酬は三万ってとこになると思う」
一週間で三万なら悪い金額ではない。
魔物の討伐やダンジョンの探索と違って、報酬の目減りもあまりないだろうし、なにより安全だ。
「やりたい。頼んでもいいか?」
「もちろんだ。じゃあ、あさって朝8時にギルドに来てくれ」
行き先の世界は様々だ。平和なところもあれば、魔女教が暗躍する世界や、複数の魔王があれやこれやと跳梁跋扈する世界もあるという。
関係ないけど跳梁跋扈ってショウリョウバッタみたいだよな。
で、オレも異世界へと転生した。
オレ自身は転生前と変わらずパッとしない境遇ながらも、そこは普通に平和な世界だった。
いや、平和な世界に見えていた。
■□
「エールお待ち!」
テーブルに木製タンブラーがタンっと置かれた。オレは銅貨二枚を店のオヤジに手渡す。
エール一杯が200ルデロ。大した料理も出ない店だけど、酒だけは安い。
他の店なら3、400はするだろうし、ここみたいな椅子のない立ち飲み屋ではなく、ちょっと凝った料理を出す食堂だと500ルデロは取られる。
ひと晩1000ルデロの木賃宿で寝起きしている日雇い労働者のオレからすれば、500ルデロのエールなんてとても飲んでいられない。
本当は安いワインでも飲んでいるべきなのだろうが、仕事後のエールに代えられるものなんてない。
「おう、カズ。調子はどうだ」
野太い塩辛声。
デカい体のモリが自分のタンブラーを手にオレのテーブルへとやってきた。
テカテカに禿げ上がった頭は、すでに酔いで真っ赤に染まっている。ファンタジー世界の酒場って、たいてい一人はこういうルックスのヤツいるんだよな。
「ぼちぼちだよ。そっちは?」
「ぼちぼちねぇ。ゴブリン討伐でえらい儲けたって聞いたぞ。景気いいんだろ?」
「ゴブリン討伐なんて儲からないって。半日かけて遺跡までよいこら歩いてって、十匹ぐらい狩ったところでたかがしれてる。商会の倉庫整理やってる方がなんぼかマシだよ」
モリは日雇い労働者仲間だ。
冒険者なんてカッコつけて自称するやつらもいるが、オレたちは要するにギルドに単発の仕事を紹介してもらう日雇い労働者だ。
魔物討伐の仕事も、ターゲットが弱い魔物の場合は、出没場所まで出張する手間賃程度の稼ぎにしかならない。
そのうえケガしたり死んだりしても、この世界には労災補償も保険金の支払いもない。もっともオレの死亡保険金なんて受け取る人間もいないわけだが。
魔物討伐の仕事を好んでやるやつらもいるにはいるが、オレにいわせれば、そんなやつらはただのサイコパスだ。
オレは転生者だ。
ネット小説やコミックやアニメでは非常によく見かけるムーブだが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。
転生する前のオレは、ウィークリーマンション暮らしの非正規雇用者だった。
いや、非正規雇ってのは正確じゃない。DIVA Üzって会社と契約してる個人事業主さまだ。
仕事は自転車こいで、飲食店の料理をスマホでオーダーしてきた客の家へ配達すること。
詳しい話はまた追々するとして、とりあえず転生してみての感想は「転生しても、あんま変わんねーな」だ。
転生前も転生後も毎日あくせく働いてもまとまった金が得られるわけでもなく、生活に保証もない。夢なんてものはもちろんなく、将来への漠然とした不安だけがある。
とはいえ、仕事があって、不味くても飯と酒にありつけるだけでもありがたいことなんだが。
不味い飯も不味い酒も、労働の後ならそんなに悪いもんじゃない、ってことも学べてるしな。
「頭割りだとゴブリン退治も大した額にはならんか」
モリはゲップをひとつすると、オレの皿の煎り豆に手を伸ばす。
「そういうこと。それにオレは魔物殺すの好きじゃないんだ」
皿をモリの方へ押してやりながらそう応えた。
転生前から引きずっている価値観から、生きものを殺すということへの抵抗がなかなか抜けないでいた。それが魔物であってもだ。
「そうだったな」
ボリボリと豆を噛み砕きながらモリは頷く。
魔物討伐を嫌がるオレを腰抜けと揶揄しないこいつは数少ない友人といえた。
「城壁の修繕の仕事があるんだが来るか?」
「いいね。まだ空きがあんの?」
「作業員は足りてる。
だけど賄い係りがいてくれるとありがたい。
おまえ、飯作るの得意だろ?」
「得意つったって、別にちゃんとしたレストランで修行したとかじゃねえぞ。独り者ならではの必要にせまられての男料理だ」
自炊は転生前からの生活習慣だ。飲食店バイトもいくつかはやったが、基本的には料理はすべて自己流だ。
美味いかどうかよりも、安く作れるかと腹がふくれるかどうかが評価基準のエコロジー料理だが。
「それで十分だよ。こちとらその男料理すらマトモにできねえぶきっちょばっかりなんだ。
一週間ぐらい現場に詰めることになるだろうから、飯をどうしようか悩んでたんだよ」
モリが、人集めも含めて請け負った仕事なのだろう。おそらくオレが入れば余剰人員になってしまうはず。何人連れていこうが契約金は変わらないから、一人あたりの稼ぎが減ってしまうことになる。
それでもオレの手が必要だと言ってくれるのはこいつの優しさだ。
「いつ?」
その優しさに甘えることにした。
ギルドに行って仕事を探したとしても、いつでも仕事があるわけではない。
モリの仕事をやらせてもらう方が確実だ。
貯金にはまだ少し余裕があったが、稼げる時に稼いでおくのが日雇い労働者の鉄則だ。
「あさってからだ。たぶん一週間ぐらいの作業になるだろう。報酬は三万ってとこになると思う」
一週間で三万なら悪い金額ではない。
魔物の討伐やダンジョンの探索と違って、報酬の目減りもあまりないだろうし、なにより安全だ。
「やりたい。頼んでもいいか?」
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