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レナの決意

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 レナは夜明けと共に目を覚ました。
 目を覚ますなり

「紙とペンを頂戴!」

と叫び、ゼロが差し出した紙とペンをひったくると一心不乱に何かを書き込み始めた。
 その鬼気迫る有り様に様子を窺っていたオックス達も何も声をかけられない。
 差し出された紙に書ききれず、自分が着させられていた白いローブの裾を捲り上げ、その脚を露わにすることも厭わずに書き続けていたレナだが不意に

「・・・っつ!ダメだわ」

言い放つとペンを置いた。
 聞けば、レナは精神支配を受けていた間、自分で物事を考えることはできなかったが、その目で見た光景はまるで傍観者の如く何の感情も無いままに朧気に脳裏に残されていたらしい。
 ただ、それは夢のような感覚であり、目覚めと共に手の平に掬った水のように記憶から流れ落ちてしまうものらしく、そのことに気付いたレナは記憶が消える前に可能な限り多くの情報を書き留めようとしたとのことだ。
 それでも精神支配の影響は強く、レナが書き留めようとした情報の半分以上、それも肝心な情報は残すことができなかったらしい。
 
「完全に私の敗北だわ・・・」

 間一髪でセイラをその手にかけずに済んだことには安堵しつつも、精神支配に抗えなかった自身の不甲斐なさを反省し、悔やむレナ。
 だが、若くして賢者にまでなったレナ程の精神力だからこそ視覚情報を頭に残し、しかも、目覚めと共に消えゆく筈の記憶を僅かでも書き留めることができたのだろう。

 その後、落ちついた後にイリーナの件を含めた経緯を聞いたレナは何も言葉を発することは無かった。
 内心では自分が敵に捕らわれなければ、と悔やむ気持ちはあるが、自分がその場にいたらイリーナを助けることができた筈だ、とは言えない。
 自分ならば何とかできたかもしれない、なんて思いは自分の思い上がりでしかないし、何よりもその場で戦っていたライズを蔑ろにするだけだ。
 誰よりも辛いのはライズ自身であるが、そのライズが空元気とはいえ明るく振る舞っているのだからレナは何も言うべきではないのだろう。
 
 レナは決意の表情でゼロを見た。

「私を虚仮にした報いは受けてもらうわ。だからゼロ、私は最後まで貴方について行く。何があっても連れて行って頂戴」

 レナがゼロについて行こうとするのは何時ものことだが、今回はその意味合いが少しだけ違っていた。

 レナの書き記した記憶からいくつかの情報を得ることができた。
 1回目の日蝕の際の儀式が失敗した場合には2回目の日蝕の儀式はイバンス王国の王都のシーグル教大教会で行われること。
 首謀者は黒衣のネクロマンサーであり、月の光教団の信徒が数百人。
 生け贄を捧げることにより何らかの存在の復活を目論んでいること。
 イバンス王国を攻めた主体は正体不明の白きネクロマンサーであるが、ゼロはネクロマンサーでなくノー・ライフ・キングだと予想している。
 これらのことが判明した。

 そのためにゼロ達は工業都市を攻略中のイザベラ達に合流して情報を交換した後に速やかに次の行動に移る必要があるのだ。
 工業都市を解放したら残る攻略目標は2つ、王都と王都を守る城塞都市。
 それらを解放すると共にセイラを救出して教団の儀式を阻止し、黒のネクロマンサーと白きノー・ライフ・キングを倒さなければならない。
 どれか1つでも困難なことなのに、その全てを限られた時間で成し遂げなければならないのだが、そうなると、ゼロは必ずパーティーを分散させる筈だ。
 ややもするとゼロは信頼の置けるレナを別働隊に組み込むかもしれないが、レナとしては受け入れることができない。
 ゼロから離れたくないという思いもあるが、自分を虚仮にした黒衣のネクロマンサーに一撃を食らわせてやらないと気が済まないのだ。
 そのレナの思いを知り、更に例えゼロが拒否してもレナは聞き入れないことを知るゼロはレナの決意に何も言わずに頷いた。
 
 因みに、レナは儀式のために杖以外の装備は奪われて白いローブを着せられていたが、目覚めと共に書き記した記憶により奪われた装備品の保管場所が分かり、その全てを取り戻すことができた。

「あんな趣味の悪い服装じゃ満足に戦えやしないわ」

 普段どおり、深いスリットの入った濃い紫色のローブに金属の装飾が施されて防御効果のある魔術師の帽子、軽装の革鎧を纏い、左腕には革籠手を巻き、ショートソードを帯びる。
 金属製の杖は仕込み剣となっており、鞘を払って刃の状態を確認しているレナを見てチェスターは顔色を変えた。

「その杖、仕込み剣だったのか・・・」

 精神支配下のレナを押さえつけた際に暴れるレナに蹴飛ばされたチェスターだが、レナの杖にまで気を回していなかったのだ。
 
 レナを含めてチェスター、カミーラ、オックス、リリス、コルツ、そしてライズの準備が整い、全員を見回したゼロは静かに口を開いた。

「ここからは過酷な日々が続きますが、決して立ち止まることはできません。遅れる者を待つことも、倒れた者を看取ることもできません。その覚悟がある者だけ・・・」

 そこまで話したゼロは目の前の皆が笑みを浮かべていることに気付いた。

「ゼロ、それをいうのは・・何だったか、そう愚問ってやつだぜ」
「そうだな、俺達は覚悟なんて最初から持っちゃいねえ。そんなものは必要ない。あるのは俺達が前に進むという必然だ」

 ライズとオックスが語り、全員が頷いている。

「俺達にとっては自分の国を取り返す戦いだ!逃げるという選択肢は無いぜ」
「・・・どこにも逃げ道なんてない。だから皆さん、お願いします」

 チェスターとカミーラが頭を下げた。
 そして、レナがゼロの背中を叩く。

「行きましょうゼロ。セイラ・・・とアイリアを助け出しましょう」

 ゼロ達はイザベラ達が戦う工業都市へと向かった。
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