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月の光教団

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 渓谷の都市に向かう途中の夜営地。
 ゼロのアンデッドが付近の警戒をしているので見張りは必要なく、腰を据えて休息を取れることをチェスターとカミーラは驚くが、ゼロにしてみれば毎度のことだ。
 ただし、念には念を入れて周辺警戒はシャドウとミラージュ、ジャック・オー・ランタン、スペクターに加え、少数ながらサーベル率いるスケルトン部隊を配置し、夜営地にはアルファが待機する。
 そんな中でどういうわけか戦斧を装備したスケルトンウォリアーが夜営地の警戒に当たっている。

「どうにもリン・・彼は自我が強い個体ですね」
「・・・ああ。アンデッドになっても変わらないな」

 ゼロとリックスが苦笑する。
 あえてスケルトンウォリアーの名を呼ばないゼロ。
 アンデッドを名で呼ぶとアルファ達のように更に強い自我と力を得て上位種へと進化してしまう。
 この戦いをもって輪廻の波に旅立つ約束の彼に必要以上の力を与えないためだ。

 アンデッドに警戒を任せたゼロは情報を整理して行動計画を考えていた。

「渓谷の都市自体はその地形と土地の狭さから他の都市に比べて遥かに小さい。まあ、ちょっとした街程度だな。ただ、都市の周辺に多くの村などの小規模集落があり、それらをまとめて都市を形成しているんだ。それでも鉱山の都市にも及ばないが、国の西端にあるから規模は小さいが城塞都市の一面もある」

 チェスターが都市の概要について説明するとリックスとコルツが頷く。

「確かに、都市の周りに村が多かったな。村自体は全てアンデッドに占領されていたんだ」
「都市に潜入しようとした小官等でしたが、セイラ殿とレナ殿が敵の手に落ち、撤退する先々でアンデッドに囲まれました。その中でライズ殿やオックス殿達とはぐれてしまいました。都市周辺の村がまるで敵の前線陣地のようでした」
「更に周辺の森なんかに災禍を逃れた人々がいてな。そいつ等を守りながら戦っていたが、そのせいで脱出ができなかった。何とかしてゼロに知らせようと思って、俺とコルツだけで逃げ出してきたんだ」

 それぞれの話を聞いたゼロは頷いた。

「1つ確認なんですが、渓谷の都市やその周辺に遺跡のようなものはありますかね?」

 ゼロの質問にカミーラが首を振る。

「・・・それは無い。渓谷の都市は西の守りのために作られた比較的新しい都市。都市開拓の際にもそういった遺跡が発見されたという記録はない」

 カミーラの説明を聞いたゼロは懐から紙束を取り出すと空を見上げながらサラサラと何かを書き始めた、月の位置を確認しながら何かの計算をしているようだ。

「なるほど・・・。少しずつですが状況が見えてきました。リックスさん達だけでも逃れてくれて助かりました」

 計算を終えたゼロは皆を見渡した。

「これまでの調査や様々な資料から推測していたのですが、私の読みどおり、月の光教団の復活を目論む者がいます。そしてそのための生贄がセイラさんということです」

 リックスが首を傾げる。

「セイラが生贄?どういうことだ?それに、奴等はレナのことも狙っていたぞ?」
「レナさん・・・というか魔法使いの力が必要だったのでしょう。セイラさんを生贄に捧げる役割を担わせるために、です」

 誰もゼロの説明を理解できない。

「月の光教団は太陽の光を駆逐し、夜の闇に包まれた世界を月の光で照らす、という教義を掲げた集団です。その中で現在の主たる宗教を太陽として、その中のシーグル教の聖女としての資質を持つセイラさんを太陽の象徴とし、彼女を生贄として殺すことで太陽を駆逐するというわけです。そして、レナさんは聖女の対局にいる魔法使い、つまり、月の象徴としてセイラさんに手を下す役割を負うということです」

 ゼロの説明を聞いてもやはり納得がいかない。
 理解し難い邪教の考えであることを考慮して、セイラが生贄として狙われるということはこじつけられなくもない。
 しかし、教団自らが手を下すのでなく、わざわざ魔法使いを捕らえてその役割を担わせることが理解できない。

「そもそも、捕らえられたレナがそんな役を引き受ける筈もないだろう。洗脳等の手を取るにしても、あまりにも回りくどい」

 リックスの疑問にゼロも頷く。

「古い文献に生贄となる者を夜の魔法の業火によって焼き尽くすという儀式の記録がありました。なぜわざわざレナさんを狙ったのかは分かりませんが、神の使徒的な役割なのかもしれません。多分、セイラさんを殺害した後で神の使徒は月に帰る、なんて処理されるのかもしれません。ただ、あまり時間はありません。私の推測ですが、これから7日後か22日後に何らかの儀式、多分セイラさんが生贄にされるのだと思いますが、それが行われます」

 ゼロの言葉に全員が顔を見合わせ、チェスターが口を開いた。

「さっきの計算か?何があるんだ?」

 ゼロは先程計算に使った紙を見せた。
 訳の分からない計算式が書かれていて、チェスター達にはその内容が理解できないが、カミーラは顔色を青くした。

「月が太陽を蝕む日・・・」
「なんだそりゃあ?」

 首を傾げるチェスター達のためにゼロが絵を書いて説明する。

「約百年に1度、この国で太陽と月の周回軌道が重なり、太陽が月に隠れる現象が起きます。これは単なる自然現象なのですが、時の人々は不吉なことと考えていたのです。そして、今回はその現象が短期間に2回発生しますが、それが7日後と22日後です。不吉なことが起きるとは根拠の無い迷信の筈ですが、この時期に月の光教団が復活しようとしているのは単なる偶然ではないでしょう。現実的に彼等が目覚め、この国の大半を支配した。そのことからも、このまま放置するわけにもいきません」

 ゼロの言葉に全員が息を飲んだ。

「彼等が何時、どんな行動を起こすか分かりませんが、我々も迅速に行動しましょう。この先にいるのは今までの急拵えのリッチとはわけが違います。明らかに自らの意志を持って行動している者がいる筈です」
  
 リックスとコルツが顔を見合わせた。  

「黒いネクロマンサーだ」

 2人の説明によれば、セイラとレナを襲ったのは漆黒のローブを纏ったネクロマンサーだったとのことだ。
 ゼロも漆黒の装備に身を包んでいるものの、リックス達にしてみればゼロとは似ても似つかないが、セイラやレナはゼロの魔力の波動に似ていると感じたようで、2人に一瞬の迷いが生じ、その隙を突かれたらしい。 

 そして、セイラ達が捕らわれる際に口走ったのは、そのネクロマンサーはアンデッド、所謂リッチではなく、命ある死霊術師であるという事実だった。
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