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窮地

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 鉱山の街では南西の峠の頂に現れた軍団と、その軍団が掲げるアイラス王国軍の旗、そして、響き渡るラッパの音に歓声が上がる。
 しかし、そんな中で鉱山の街の冒険者であるチェスターとカミーラだけは違った。

「救援に来てくれたのはありがたいが、早すぎる・・・」
「このままでは・・・危ない」

 今、アンデッドの軍勢を切り裂いて突き進んでくるアイラス王国軍。
 あの様子ではアンデッドを突破することも容易いだろう。

「このままじゃマズい。罠に飛び込んじまう!奴等を甘く見ちゃだめだ。千にも満たない程度の戦力じゃ飲み込まれちまうぞ!」

 チェスターが懸念したとおり、立ちはだかるアンデッドを突破したアイラス王国軍だが、その前に完全武装のスケルトンの部隊が這い出してきた。
 アイラス王国軍の足が止まる。

 イザベラは新たな敵を見極める。
 目の前に現れたのは盾や槍を装備したスケルトンの軍団。
 大半がスケルトンたが、中位種のスケルトンウォリアーが多数混ざっている。

「少しは張り合いが出てきましたのね。隊形を変換!聖騎士は前面に展開、聖監察兵団は左右側面の防護!第2騎士団と第4軍団は支援部隊を守りながら中央と後方に密集!」

 イザベラの号令で全隊が突撃隊形から防御隊形に変換した。

「隊形を維持しながら前進!」

 聖騎士の後方に陣取ったイザベラは防御隊形を取りながらも前進を命令する。
 敵の出方を見るつもりは無いようだ。
 じわじわとスケルトンの軍団に接近する中でイザベラは傍らに立つイズとリズを見た。

「接触する前に一撃をお願いできます?」

 何のことはない、イザベラはイズ達の力を最初から当てにしていたようだ。
 イザベラの言葉に先に動いたのはリズ。
 弓に3本の矢を番えると、それぞれにサラマンダーの力を宿して放った。
 スケルトンの手前の地面に突き刺さった矢から解放されたサラマンダーは炎を身に纏い、周囲のスケルトンを巻き込みながら、地面を駆け巡る。
 続いてイズがノームの力を借りて大地を隆起させてスケルトンを押し潰した。
 イズとリズの精霊による攻撃でスケルトンの一部を打ち減らすことには成功したが、やはり感情の無いアンデッド故に陣形が崩れることはない。
 しかし、そんなことはイザベラも分かっている。
 この一撃は双方が衝突する直前に敵の陣形に僅かな綻びを穿つのが目的だ。

「突撃用意!支援の神官は浄化の祈りを!」

 中央にいる神官達が祈りを捧げ、浄化の光がスケルトン達を包んだ。
 数十体のスケルトンが光の中に姿を消した。
 スケルトンの軍団に突入口が開く。

「押し通ります!」

 イザベラの号令で聖騎士を先頭に僅かに開いたスケルトンの軍団の隙間に押し入ってゆく。
 当然ながらスケルトン達は陣形を集束させ、前方だけでなく左右や後方から包囲しようとしてくるが、そんなことはお構いなしに前進を続ける。
 一歩一歩確実に歩を進め、今まさにスケルトンを突破しようとした瞬間。
 突破できれば一気に鉱山の街に駆け込んでイバンス王国の残存兵力と合流して状況の把握と情報を収集し、鉱山の街解放の対策を取る。
 その目前であった、新たな完全武装のスケルトンの軍団数千が地面から這い出して行く手を塞ぐ。
 更に今アイラス王国軍と戦っている軍団が後方と左右を固め、イザベラ達を四方から完全に包囲した。
 際限なく現れる敵を相手に延々と強いられる戦いこそ、アンデッドの軍勢を相手にする恐ろしさの極みである。

「チッ、嫌になりますわね。戦力を温存していたということですの?忌々しい!端から見ていた時にも厄介だと思いましたけど、いざ相手にしてみるとホントに面倒ですわね」

 うんざりしたように話すイザベラだが、それでも部隊を密集させて防御を固めつつ前進を試みる。
 しかし、アイラス軍を飲み込もうとする包囲が厚く、完全に進撃の足が止まった。

 その様子を目の当たりにしたチェスターが歯噛みする。

「ヤバい!アイラス軍が完全に囲まれた」

 チェスターは傍らに立つ守備隊長に援護の可否を問うが、隊長は首を横に振る。
 現在の戦力では援護のために打って出てもアイラス軍に合流することすらできないだろう。
 チェスター達が手をこまねいて見ていることしかできない中でアイラス軍の必死の攻撃が続いていた。

 完全包囲の中にありながら、イザベラ達はそれでも前に進もうとしているのだ。

「無理をせずに着実に進みなさい!敵は感情の無いアンデッド。個々の能力は低くても数で押してきます。そして何より恐怖を感じないので壊走することはありませんの!1体ずつ確実に倒しなさい」

 イザベラの言うとおり、スケルトン達は仲間が焼かれようが、砕かれようが、無感情に攻めてくる。
 彼等を相手に一般的な戦場の常識は通用しないのだ。
 そんな敵を相手にして指揮を執るイザベラに焦りは無いが、余裕も無い。

「少し・・・先走り過ぎたかしら、私の悪い癖ですわね」

 攻めあぐね始めたイザベラが呟いた。 
 直感のままに猪突する。
 その性格はイザベラ自身が自覚しているが、それでも直面した困難を強引に突破してきた。
 その自覚している性格故に聖騎士団長の職を固辞したのだ。

「これ以上時間を掛けたくありませんの!後方の備えを最低限に、戦力を前面に集中!」

 自らの強引な性格を自覚していながらもそれを省みることなく前に踏み出すのが聖騎士イザベラなのである。
 とある聖監察兵団の中隊長が

「イザベラさんは人に無理をさせておいて無理をするなと無理を言う人だ」

と評しているが、彼女を知る全ての者がその評価に同意見である。

 アイラス軍と共に窮地に陥ったリズは迷っていた。
 現在の状況を打開して敵を突破できるかも知れない手がある。
 しかし、失敗すれば敵ではなく味方に甚大な被害を被らせてしまいかねない危険な策であるうえ、リズ自身成功させる自信がない。
 今、この場に彼女の師であるゼロがいたならばそんな策は絶対に認めてくれないだろう。
 そんなリズの迷いを双子の兄のイズは敏感に感じ取っていた。
 真面目で心優しいリズが迷う程のことだ、よほど危険な賭けなのであろう。
 彼女が心配しているのは策の成否ではない、周りにいる仲間達のことだ。
 失敗して仲間に被害が出れば、リズはその責任の重圧に耐えられないだろう。
 その時に兄として取るべき選択肢は一つだ。

「リズ迷うな!お前の責は私の責だ!共に背負ってやる。ゼロ様の弟子として踏み出せ!」

 兄の言葉にリズは決断した。

「イザベラ様!私の合図に合わせて前面の騎士達に耐火防御の姿勢を取らせてください!」

 リズの言葉の意味をイザベラは問うたりはしない。
 即座に判断して頷いた。

「分かりましたわ!」

 リズは自分の前に3体のウィル・オー・ザ・ウィスプを召喚した。
 更にそのウィル・オー・ザ・ウィスプにサラマンダーの力を宿す。
 すると、3体のウィル・オー・ザ・ウィスプは火の玉から姿を変えて巨大な炎の蜥蜴と化した。

「今!」

 リズが叫ぶや前面にいた聖騎士が一斉に片膝を着き、盾の影に隠れる防御姿勢を取った。

「お願い!駆け抜けて!」

 リズの命を受けて3体の炎蜥蜴が防御姿勢を取る聖騎士達を飛び越えて前方に飛び出し、スケルトンを炎で飲み込みながら突き進む。
 リズの術の未熟さ故に3体の内1体は飛び出して直ぐにその姿を維持できずに爆ぜ飛んでしまい、もう1体は方向を見失って迷走した挙げ句に消滅したが、残りの1体は正面の数百のスケルトンを焼き潰し、その軍勢を貫き通して街への突破口が開いた。

「一気に前進!敵を倒すことよりも突破することに専念!聖騎士は殿を守りなさい!」

 イザベラの号令で全軍が駆け出し、スケルトンが突破口を塞ぐ前に突破することに成功した。

「後方に防御陣!第2騎士団と第4軍団は支援部隊を守りながら街に入りなさい!聖騎士団と聖監察兵団は後方に備え、先行部隊が街に入るまで持ちこたえます!」

 動き始めるとイザベラの指示は疾風の如く速く、敵が陣形変換をして追撃に入る前に先行部隊は鉱山の街に入ることに成功した。
 そうなればこれ以上の戦闘続行の必要はない。
 
「全軍反転、街まで撤収!」

 聖騎士団と聖監察兵団は脱兎の如く走り出した。
 その時、イザベラ達の行く手を阻むように更に数百のスケルトンが出現する。

「狙いは私達ってことですの?対アンデッド戦に強い聖騎士と聖監察兵団を見逃す気は無いようですわね。空っぽの頭なのに知恵が回りますこと。このねちっこさ、背後の術者の趣味かしら?まあ、そんなことはどうでもいいですわ。支援部隊と第2騎士団、第4軍団は送り込めました。それに、このまま大人しく倒される私達ではありませんの。まだまだ、物足りません。存分に舞わせていただきますわ」

 イザベラは吹っ切れたように笑った。
 しかし
 
「新たなアンデッドの軍勢が出現!」

 ヘルムントが叫ぶ。
 彼の指示するのは鉱山の街の北方の山の中腹。
 大盾と槍を構えたスケルトンの軍勢数千が隊列を組んで山道を駆け下りてくるのが見えた。
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